Sky39-光の残像-
本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。
宇宙には、音がない。
HUDの中では帝国補給船団のマーカーがじわじわと近づいているのに、コクピットの中には、自分の呼吸音しかなかった。
《ジャミング層、展開完了》
リアの冷静な声が、ヘルメットの内側に落ちてくる。
《護衛艦のレーダー帯域、予定通りいくつか〝穴〟ができてる。今のところ、こっちには気づいてない》
HUDには、帝国側の探知範囲が淡い円で重なり合って浮かんでいる。その隙間を縫うように、ブリーフィングでカイトが引いた〝綱渡りコース〟の細いラインが一本、見えた。
《Strike Wing、こちらブリッジ》
ニコの声が、いつもより少しだけ低くなる。
《現時点で敵船団との距離、三万。Shade、Fox、Vector、Jelly、予定ルートどおり進行中。このままなら、真正面からバレる心配はなさそうだ》
「このままなら、が怖いんだよな」
サジが、軽口混じりに笑った。
《まあ、オルテアが教科書通りに動いてくれることを祈るさ》
「祈るなら、せめて俺たちの腕を信じてもらおうか」
ウィリスの声は、相変わらず眠たそうで、それでいて芯がある。
《Vector》
その声に呼ばれて、カイトは短く息を吐いた。
「聞こえてる」
《さっきお前が引いた線、信じて前に出る。嫌になったら、今のうちに言え》
カイトは、スロットルをほんの少しだけ押し出した。
「言わないよ」
HUD上の矢印が、引いたラインにぴたりと重なる。
ここを通れば、見えないで近づける。自分で描いたコースだ。もう、引き返す選択肢は最初からない。
帝国補給船団は、中心に灰色の輸送艦が三隻。その前後を、やや小ぶりの護衛艦が二隻、ぴったりと挟んでいる。
本当に、教科書みたいな陣形だとカイトは思った。
《護衛艦の索敵パターン、ループ解析完了》
リアの落ち着いた声が落ちる。
《やっぱりマニュアル通り。こっちから見て右後方、二十秒ごとに〝死角〟ができる。そこにジャミングを合わせる》
「つまり、〝そこから殴れ〟ってことだな」
ウィリスが、短くまとめた。
《Fox、撤退ルートのビーコン準備》
「了解。逃げ道作っておくから、前の二人は存分に暴れてきな」
サジの機体マーカーが、わずかに外側へずれる。補給船団から少し離れた空間に、小さな光点がいくつも散っていく。デコイと、退路確保用のマーカーだ。
《Strike Wing、攻撃位置まで十秒》
ニコのカウントが始まる。
カイトは、視界の片隅で補給艦のシルエットを捉えた。
燃料タンク。コンテナ。ハッチ。
どこに何が載っているかなんて、ここからは分からない。ただ、「ここを潰せば、この先の戦場で撃たれる弾が減る」という一点だけが、任務として目の前に置かれている。
《五、四、三、二――》
「Vector、先行する」
カイトはスロットルを一気に押し込んだ。機体が軌道を変える。
リアが張った電子幕の〝穴〟の縁を滑るようにかすめて、補給船団の死角に飛び込んだ。
《行け》
ケイの声が、ブリッジから短く落ちる。
トリガーに指をかけた。HUDの照準が、護衛艦と輸送艦の継ぎ目、いちばん装甲の薄い接続部に吸い込まれる。
ここ。
カイトは、迷いなくトリガーを引いた。
ミサイルのアイコンが、視界から消える。次の瞬間、護衛艦の側面で、白い閃光が弾けた。
《命中確認》
ミナの報告が、ブリッジに響く。
護衛艦のシールドが崩れ、バランスを失った船体がわずかに傾く。その隙間に、ウィリスの機体が滑り込むように突っ込んだ。
《Shade、囮に入る》
ウィリスの機体から、連続射撃の光が走る。護衛艦の対空砲座に向かって、誘導弾が次々に突き刺さった。
《っち、こっち向いたな》
帝国側の迎撃機が、護衛艦のハッチから吐き出されるように飛び出してくる。
数は多くない。けれど、慌てた動きと、訓練された反応が入り混じったその機動には、明らかに〝人〟が乗っている感触があった。
《Fox、後ろ取った》
サジが、きらりと笑うような声で言う。
《退路と、敵の逃げ道、まとめて塞いでやるよ》
補給船団の周囲に、いくつか小さな爆発が咲く。デコイと妨害弾が、敵のセンサーをかき回している。
「……逃げる線は」
カイトは、すでに次の〝矢印〟を探していた。
護衛艦が片方沈んだ。もう片方は、隊列を崩さないように前に出ようとしている。
そして、輸送艦の一番後ろの一隻が、わずかに進路を変えた。
そこだ。
このまま行けば、あの艦は味方を盾にする形で、艦隊の影に隠れようとする。何が積まれているかは分からない。指揮系統か、特殊な積荷か。ただ、隊列全体がそこを守ろうとしているのは、動きの線を見れば分かる。守られている線は、隠しても浮き上がる。
「Vector、後列の三番艦を落とす」
《了解。前は俺が引き受ける》
ウィリスの声と、正面で起こる光の雨を、視界の端に追いやる。
カイトは、機体をぐっと回頭させた。
輸送艦三番艦の裏側に回り込む。敵の迎撃機が、遅れて追ってくる気配がした。ここで逃がせば、この先で誰かが死ぬ。頭の中で、線と線が交差する。今この瞬間と、少し先の戦場と。
迷う暇はない。だから、選ぶ。
《Jelly、三番艦周辺に追加ジャミング》
カイトは無線でリアに指示を出す。
《了解。やるなら早くして。こっちもそんなに長くは持たない》
リアの声と同時に、ミニマップ上で、三番艦の周囲にノイズが走った。
カイトは、そのざらつきの中央に照準を合わせて、トリガーを引く。
ミサイルは、ほとんど反射のような動きで放たれた。
軌跡が三番艦の船腹に突き刺さり――光は、外へ弾けなかった。
内へ向かって走った。装甲の継ぎ目が、船尾から順に、内側から明るくなっていく。船が、自分の光に飲まれていくように見えた。
《三番艦、大破。沈む》
ミナの声が落ちる。
剥がれた装甲板が、爆発の光を背にして黒い影になり、ゆっくりと宙に散っていった。
艦橋のホロスクリーンには、帝国補給船団のシンボルが、一つ、また一つと消えていく様子が映っていた。
「衛星の残像、拡大します」
ミナが指先を走らせる。
爆発直前、三番艦の船内カメラから飛んできた映像が、一瞬だけスクリーンいっぱいに広がった。
白い蛍光灯に照らされた狭い通路。積み上げられたコンテナ。走る影。
作業服の男が、振り返る。誰かに何かを叫んでいる。口の形だけが、音のない映像の中で開閉する。
その背後から、白い光が一気に飲み込んだ。
「……」
ミナは、短く息を呑んで、すぐに映像を切った。
消えたのは、スクリーンの方だけだった。
ニコが、横からちらりとミナを見た。
「大丈夫か」
「大丈夫、任務ですから」
ミナは、小さく頷いて、視線をコンソールに戻した。
モニター上では、帝国補給船団の残骸が、ただの点になりつつあった。
「Strike Wing、全機の状況は?」
《Shade、小破。装甲削られただけだ。問題ない》
《Fox、無傷!》
《Jelly、システムにオーバーヒート警告。帰ったら冷やして》
《Vector、――》
一瞬、言葉が途切れた。
《大丈夫。帰れる》
カイトの声は、少しだけかすれていたが、はっきりしていた。
《Strike Wing、全機帰投ルートに乗った。追撃は今のところなし》
ニコが、静かに告げる。
「よし」
ケイは、椅子に深く背中を預けて言った。軌道上の四機の信号を見ながら続ける。
「戻ってこい」
帰投ルートの最後のカーブを抜けて、Strike Wingはコアシップの格納庫レールに乗った。
減速。脚部ロック。動力停止。
カイトは、システムチェックを最低限だけ済ませると、ハーネスを外してコクピットを出た。
梯子を降りる途中で、鉄骨の匂いと、格納庫のざわめきが一気に押し寄せてくる。
「よお、線読み坊や」
降り立った先で、タミルが腕を組んで待っていた。
その視線は、カイトではなく、機体の装甲に走る弾痕や、焦げたパネルに向けられている。
「また、派手にやってきたな」
「必要最低限にしたつもりですけど」
カイトがそう答えると、タミルは鼻を鳴らした。
「お前らの〝最低限〟と、俺の〝最低限〟は違うんだよ」
そう言いながらも、指で弾痕の縁をなぞり、内部まで貫通していないことを確かめる。ほんの一瞬だけ、表情が緩んだ。
「まあ」
タミルは、機体の脚を軽く触った。
「ちゃんと戻ってきたから、今回は許す」
その言い方が、どこか安堵に似ていて。カイトは、小さく息を吐いた。
「次も、ちゃんと戻ります」
「口で言うな。機体で証明しろ」
タミルは、それだけ言って整備班に指示を飛ばし始めた。
格納庫の騒がしさが、少しずついつもの日常の音に戻っていく。
あの艦に人がいたことは、撃つ前から分かっていた。想像も、していた。
カイトが知らないのは、その想像に顔があったことだ。
走る影が振り返り、声のない叫びを残して、白に飲まれたこと。その一瞬が、映像としてミナのスクリーンに届いてしまったこと。
それを知っているのは、艦橋のミナ、ひとりだけだった。
カイトのまぶたの裏には、ただ、沈んでいく補給艦の光の残像だけが、焼き付いたままだった。
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