↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SKY  作者: RUI
ARCLINE

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/125

Sky39-光の残像-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。



 宇宙には、音がない。

 HUDの中では帝国補給船団のマーカーがじわじわと近づいているのに、コクピットの中には、自分の呼吸音しかなかった。

 《ジャミング層、展開完了》

 リアの冷静な声が、ヘルメットの内側に落ちてくる。

 《護衛艦のレーダー帯域、予定通りいくつか〝穴〟ができてる。今のところ、こっちには気づいてない》

 HUDには、帝国側の探知範囲が淡い円で重なり合って浮かんでいる。その隙間を縫うように、ブリーフィングでカイトが引いた〝綱渡りコース〟の細いラインが一本、見えた。

 《Strike Wing、こちらブリッジ》

 ニコの声が、いつもより少しだけ低くなる。

 《現時点で敵船団との距離、三万。Shade、Fox、Vector、Jelly、予定ルートどおり進行中。このままなら、真正面からバレる心配はなさそうだ》

「このままなら、が怖いんだよな」

 サジが、軽口混じりに笑った。

 《まあ、オルテアが教科書通りに動いてくれることを祈るさ》

「祈るなら、せめて俺たちの腕を信じてもらおうか」

 ウィリスの声は、相変わらず眠たそうで、それでいて芯がある。

 《Vector》

 その声に呼ばれて、カイトは短く息を吐いた。

「聞こえてる」

 《さっきお前が引いた線、信じて前に出る。嫌になったら、今のうちに言え》

 カイトは、スロットルをほんの少しだけ押し出した。

「言わないよ」

 HUD上の矢印が、引いたラインにぴたりと重なる。

 ここを通れば、見えないで近づける。自分で描いたコースだ。もう、引き返す選択肢は最初からない。



 帝国補給船団は、中心に灰色の輸送艦が三隻。その前後を、やや小ぶりの護衛艦が二隻、ぴったりと挟んでいる。

 本当に、教科書みたいな陣形だとカイトは思った。

 《護衛艦の索敵パターン、ループ解析完了》

 リアの落ち着いた声が落ちる。

 《やっぱりマニュアル通り。こっちから見て右後方、二十秒ごとに〝死角〟ができる。そこにジャミングを合わせる》

「つまり、〝そこから殴れ〟ってことだな」

 ウィリスが、短くまとめた。

 《Fox、撤退ルートのビーコン準備》

「了解。逃げ道作っておくから、前の二人は存分に暴れてきな」

 サジの機体マーカーが、わずかに外側へずれる。補給船団から少し離れた空間に、小さな光点がいくつも散っていく。デコイと、退路確保用のマーカーだ。

 《Strike Wing、攻撃位置まで十秒》

 ニコのカウントが始まる。

 カイトは、視界の片隅で補給艦のシルエットを捉えた。

 燃料タンク。コンテナ。ハッチ。

 どこに何が載っているかなんて、ここからは分からない。ただ、「ここを潰せば、この先の戦場で撃たれる弾が減る」という一点だけが、任務として目の前に置かれている。

 《五、四、三、二――》

「Vector、先行する」

 カイトはスロットルを一気に押し込んだ。機体が軌道を変える。

 リアが張った電子幕の〝穴〟の縁を滑るようにかすめて、補給船団の死角に飛び込んだ。

 《行け》

 ケイの声が、ブリッジから短く落ちる。

 トリガーに指をかけた。HUDの照準が、護衛艦と輸送艦の継ぎ目、いちばん装甲の薄い接続部に吸い込まれる。

 ここ。

 カイトは、迷いなくトリガーを引いた。

 ミサイルのアイコンが、視界から消える。次の瞬間、護衛艦の側面で、白い閃光が弾けた。

 《命中確認》

 ミナの報告が、ブリッジに響く。

 護衛艦のシールドが崩れ、バランスを失った船体がわずかに傾く。その隙間に、ウィリスの機体が滑り込むように突っ込んだ。

 《Shade、囮に入る》

 ウィリスの機体から、連続射撃の光が走る。護衛艦の対空砲座に向かって、誘導弾が次々に突き刺さった。

 《っち、こっち向いたな》

 帝国側の迎撃機が、護衛艦のハッチから吐き出されるように飛び出してくる。

 数は多くない。けれど、慌てた動きと、訓練された反応が入り混じったその機動には、明らかに〝人〟が乗っている感触があった。

 《Fox、後ろ取った》

 サジが、きらりと笑うような声で言う。

 《退路と、敵の逃げ道、まとめて塞いでやるよ》

 補給船団の周囲に、いくつか小さな爆発が咲く。デコイと妨害弾が、敵のセンサーをかき回している。

「……逃げる線は」

 カイトは、すでに次の〝矢印〟を探していた。

 護衛艦が片方沈んだ。もう片方は、隊列を崩さないように前に出ようとしている。

 そして、輸送艦の一番後ろの一隻が、わずかに進路を変えた。

 そこだ。

 このまま行けば、あの艦は味方を盾にする形で、艦隊の影に隠れようとする。何が積まれているかは分からない。指揮系統か、特殊な積荷か。ただ、隊列全体がそこを守ろうとしているのは、動きの線を見れば分かる。守られている線は、隠しても浮き上がる。

「Vector、後列の三番艦を落とす」

 《了解。前は俺が引き受ける》

 ウィリスの声と、正面で起こる光の雨を、視界の端に追いやる。

 カイトは、機体をぐっと回頭させた。

 輸送艦三番艦の裏側に回り込む。敵の迎撃機が、遅れて追ってくる気配がした。ここで逃がせば、この先で誰かが死ぬ。頭の中で、線と線が交差する。今この瞬間と、少し先の戦場と。

 迷う暇はない。だから、選ぶ。

 《Jelly、三番艦周辺に追加ジャミング》

 カイトは無線でリアに指示を出す。

 《了解。やるなら早くして。こっちもそんなに長くは持たない》

 リアの声と同時に、ミニマップ上で、三番艦の周囲にノイズが走った。

 カイトは、そのざらつきの中央に照準を合わせて、トリガーを引く。

 ミサイルは、ほとんど反射のような動きで放たれた。

 軌跡が三番艦の船腹に突き刺さり――光は、外へ弾けなかった。

 内へ向かって走った。装甲の継ぎ目が、船尾から順に、内側から明るくなっていく。船が、自分の光に飲まれていくように見えた。

 《三番艦、大破。沈む》

 ミナの声が落ちる。

 剥がれた装甲板が、爆発の光を背にして黒い影になり、ゆっくりと宙に散っていった。



 艦橋のホロスクリーンには、帝国補給船団のシンボルが、一つ、また一つと消えていく様子が映っていた。

「衛星の残像、拡大します」

 ミナが指先を走らせる。

 爆発直前、三番艦の船内カメラから飛んできた映像が、一瞬だけスクリーンいっぱいに広がった。

 白い蛍光灯に照らされた狭い通路。積み上げられたコンテナ。走る影。

 作業服の男が、振り返る。誰かに何かを叫んでいる。口の形だけが、音のない映像の中で開閉する。

 その背後から、白い光が一気に飲み込んだ。

「……」

 ミナは、短く息を呑んで、すぐに映像を切った。

 消えたのは、スクリーンの方だけだった。

 ニコが、横からちらりとミナを見た。

「大丈夫か」

「大丈夫、任務ですから」

 ミナは、小さく頷いて、視線をコンソールに戻した。

 モニター上では、帝国補給船団の残骸が、ただの点になりつつあった。

「Strike Wing、全機の状況は?」

 《Shade、小破。装甲削られただけだ。問題ない》

 《Fox、無傷!》

 《Jelly、システムにオーバーヒート警告。帰ったら冷やして》

 《Vector、――》

 一瞬、言葉が途切れた。

 《大丈夫。帰れる》

 カイトの声は、少しだけかすれていたが、はっきりしていた。

 《Strike Wing、全機帰投ルートに乗った。追撃は今のところなし》

 ニコが、静かに告げる。

「よし」

 ケイは、椅子に深く背中を預けて言った。軌道上の四機の信号を見ながら続ける。

「戻ってこい」



 帰投ルートの最後のカーブを抜けて、Strike Wingはコアシップの格納庫レールに乗った。

 減速。脚部ロック。動力停止。

 カイトは、システムチェックを最低限だけ済ませると、ハーネスを外してコクピットを出た。

 梯子を降りる途中で、鉄骨の匂いと、格納庫のざわめきが一気に押し寄せてくる。

「よお、線読み坊や」

 降り立った先で、タミルが腕を組んで待っていた。

 その視線は、カイトではなく、機体の装甲に走る弾痕や、焦げたパネルに向けられている。

「また、派手にやってきたな」

「必要最低限にしたつもりですけど」

 カイトがそう答えると、タミルは鼻を鳴らした。

「お前らの〝最低限〟と、俺の〝最低限〟は違うんだよ」

 そう言いながらも、指で弾痕の縁をなぞり、内部まで貫通していないことを確かめる。ほんの一瞬だけ、表情が緩んだ。

「まあ」

 タミルは、機体の脚を軽く触った。

「ちゃんと戻ってきたから、今回は許す」

 その言い方が、どこか安堵に似ていて。カイトは、小さく息を吐いた。

「次も、ちゃんと戻ります」

「口で言うな。機体で証明しろ」

 タミルは、それだけ言って整備班に指示を飛ばし始めた。

 格納庫の騒がしさが、少しずついつもの日常の音に戻っていく。

 あの艦に人がいたことは、撃つ前から分かっていた。想像も、していた。

 カイトが知らないのは、その想像に顔があったことだ。

 走る影が振り返り、声のない叫びを残して、白に飲まれたこと。その一瞬が、映像としてミナのスクリーンに届いてしまったこと。

 それを知っているのは、艦橋のミナ、ひとりだけだった。

 カイトのまぶたの裏には、ただ、沈んでいく補給艦の光の残像だけが、焼き付いたままだった。


本作の本文・設定・登場人物・固有名詞・世界観・構成を、作者の許可なく転載、複製、翻案、要約転載、データセット化、AI学習・機械学習・生成AIサービスへの入力、解析、再配布に利用することを禁じます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。