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SKY  作者: RUI
ARCLINE

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37/125

Sky37-補給線の影-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。

 


 艦橋の空気は、いつもより少しだけ重かった。

 中央のホロテーブルには、紺色の宙域マップが浮かんでいる。無数の細い線が、蜘蛛の巣みたいに交差していた。誰も口を開かないと、投影機の低い駆動音だけが天井に溜まっていく。

「帝国第三補給ルート。ここ四十八時間の船舶ログと、うちで抜いた暗号通信を重ねました」

 ミナは、視線をほとんど動かさずに指先だけを滑らせた。一本の線が、他よりわずかに太く強調される。

「本線はここ。で、最近使われているのは、こっちのバイパスです」

 地図の外縁を回り込むように、薄い曲線がひとつ描き出された。

 ケイが、無精髭に手をやりながらその線を眺める。

「理由は?」

「本線は、連合の監視衛星の射程に引っかかりやすいです。帝国側もそれを嫌って、ギリギリ〝見えない〟境界線を試している」

 ミナの声には抑揚がない。数字を読む声と、人の命に関わる話をする声が、同じ温度で並んでいる。

「例えば、ここ。重力散乱域の縁をなぞるように通ってます」

 ホロに、小さな赤い点が並んだ。微細な隕石群と、古い残骸と、廃棄された衛星の墓場。

「まっすぐじゃない、ってことか」

 カイトは腕を組んだまま、ホロの上の線を目で追った。

 揺れている。ただの航路じゃない。誰かが「ここなら見つかりにくいだろう」と考えながら引いた線の癖が、そのまま滲んでいた。線は嘘をつかない。引いた人間の怖がり方まで、そこに残る。

「通過予測時刻は?」

「あと七時間二十二分三十秒から、誤差プラスマイナス三十分」

 ミナは、時計を見るまでもなく答える。

「船団規模は?」

「前回までと同じなら、輸送艦三〜五、護衛艦二以上。艦種は――」

 彼女が言いかけたところで、ケイが軽く手を上げた。

「十分だ」

 短く切って、ホロ上の線をもう一度だけ眺める。

「やるか?」

 問いかけられたのが誰なのか、はっきりとは示されていない。なのに、ブリッジの視線が自然とカイトのほうへ寄った。

 いつからか、こうなっている。カイトは、少しだけ息を吸ってから頷いた。

「やるしかないでしょう。ここが削れれば、南の基地の圧が少しはマシになる」

 ケイの口元が、わずかに歪む。

「ニコ」

「了解です」

 後方のコンソールに肘をついていたニコ・ヴァレンテが、気だるげに応じた。

「Strike Wing、出撃準備。Vector、Fox、Shade、クラゲ。三時間後にブリーフィングだ。寝たい奴は今寝とけよ」

「今から寝ろって言われて寝られるかよ」

 カイトが苦く笑うと、ニコは肩をすくめた。

「知らないな。死ぬほど眠い顔で出撃するよりはましだろ」

 ブリッジの空気が、少しだけ緩んだ。


 *


 格納庫の中は、シャトル用レールの唸り、工具の金属音、オイルの匂いで、いつも通りうるさかった。その全部を、低い警告ブザーの音が順にかき消していく。

「おい、Vector、今日も〝正しい方向〟に飛んでくれよ」

 自分の機体の足元へ向かっていたカイトに、背後から声が飛ぶ。振り返ると、サジがヘルメットを小脇に抱えたまま、にやついていた。

「その呼び方、やめろって言ってるだろ」

「なんでよ。似合ってるじゃん、〝矢印坊や〟」

 睨まれた割には、サジは嬉しそうに答えた。

「矢印坊やは余計だ」

 カイトが眉をひそめると、サジはますます楽しそうな顔をする。

「でもさ、まじでたいしたもんだと思うぜ、線引き。ニコもミナも、最近お前の出したコース前提で計画立て始めてるし」

 背後から覗き込むように身体を近づけて、サジが言う。

「それは、あいつらが優秀なだけだろ」

 カイトはヘルメットの固定金具を確認しながら答えた。

「出たよ、謙虚。ウィリス、こいつまた自分の貢献度を過小評価してるぞ」

 呼びかけられたほうを見ると、ウィリスが一機隣で整備兵と言い合っていた。

「ここのバランサー、あと〇・五だけ詰められるだろ」

「これ以上は保証外です」

「保証外でもいいから詰めろ。死んでから〝保証内でした〟って言われても困る」

「……毎回それ言いますね」

「毎回言わなきゃ伝わらないんだよ」

 そのやりとりを、カイトとサジは機体の前で眺めていた。

 遠くから、タミルが口を挟む。

「お前ら二人とも、機体は壊すな。綺麗なまま、戻ってこい。いいな?」

「了解」

「了解です」

 二人の返事が、同じタイミングで揃った。こちらへ歩いてきたウィリスに、カイトが訊く。

「今回、フォーメーションは?」

 ウィリスは、電子戦ポッドを増設されたリアのヴィーラを顎で示した。

「お前が前。俺とサジが左右で影。クラゲは後ろから傘だ」

 その整備台の上では、リアが配線に顔を突っ込んでいる。

「リア、遮蔽とジャミング、持つか?」

 カイトが声をかけると、片手だけがひらひらと振られた。

「ログ見る限り、帝国側のセンサー古い型だし。ちょっとノイズ乗せれば目潰しできる」

 頭は見えないまま、軽い口調だけが飛んでくる。

「問題は、その〝ちょっと〟を間違えないことですね」

 端末を抱えて通りかかったミナが、ぽつりと言った。

「ばっか、私を誰だと思ってんの」

「……クラゲ」

「そういう嫌味な正解はいらないのよ、ミナ」

 リアが顔を上げて睨む。ミナは無表情のまま、ほんの少しだけ口の端を上げた気がした。

 死なせないために、これだけの人間が準備している。

 カイトは、自分の機体に手を置いた。滑らかな装甲の感触。冷たい金属の下に、いくつもの手と時間が詰まっている。

「お前は戻ってこいよ」

 タミルがぼそりと呟いた。

「壊すのは嫌いだが、戻ってこないのはもっと嫌いなんでな」

「分かってます」

 カイトは短く返して、コクピットへ乗り込んだ。


 *


 《Vector、チェック完了》

 《Fox、異常なし》

 《Shade、問題ない》

 《Jelly、リンク良好》

 出撃用カタパルトの先に、黒い宇宙が開いている。艦体の照明が順に落ちていき、代わりにコクピット内のパネルが明るさを増した。自分の呼吸の音が、ヘルメットの内側で自分だけに聞こえる。

 《作戦目標:帝国第三補給ルート上の中規模船団。撃沈よりも動けなくすることを優先。可能なら拿捕、最低でも補給能力の低下》

 ニコの声が響く。

 《もう一回言っとくけどな。うちは〝英雄〟が欲しいんじゃない。二回目以降の出撃ができる奴が欲しい》

「了解」

 カイトは、スロットルに手をかけた。

 遮蔽フィールドが起動する。機体の輪郭が、宙域の背景に溶けていく感覚。自分の存在が薄くなるようで、この瞬間だけは、いつも少し呼吸が浅くなる。

 《リンク切り替え。以降、電磁沈黙モード。こっちからも、お前らの位置はほぼ〝線〟でしか見えない。迷子になるなよ、Vector》

「そっちの台詞だろ、ニコ」

 軽く返して、カイトは目を細めた。HUDに、ミナが事前に送ってきたマップが重なる。

 帝国の補給線。重力散乱域。レーダーサイト。旧式衛星。

 細い線と点が、ぐちゃぐちゃに絡まった、ただの汚い図面のはずだった。

 見える。

 一本一本の線の意味が、体のどこかで勝手に分類されていく。

 ――ここは〝見られている〟。

 ――ここは〝見えないふりをしている〟。

 ――ここは〝誰も見ていないはず〟。

 帝国の航路計画を立てた誰かの癖が、線の揺れ方にそのまま残っていた。

 《Vector?》

 ウィリスの声が飛んでくる。

「待て」

 カイトは、地図を縮小して、もう一度だけ全体を見渡した。補給線の本流。そこから外れたバイパス。警戒用の哨戒コース。

 そして、ここだ。

 一本、妙に薄い線がある。衛星の死角と、重力散乱域の縁が、たまたま重なってできた「穴」みたいな隙間。

「ここ」

 カイトは、そのポイントをマーカーで示した。

 《ミナ》

 ニコの声が、すぐさま飛ぶ。

 《今のVectorの印、確認した》

「帝国のログだと、そこは〝通っていない〟ことになってます」

 ミナが答える。

「でも、重力と屈折を逆算すると〝通れるように〟調整されてますね。誰かが、テスト済みの裏ルートとして使ってる」

 《つまり?》

「ここを抜ければ、帝国側のレーダー網にほぼ映らず接近できます」

 ホロテーブル上で、細い線が新しく描き足される。カイトの機体から、ぐるりと回り込むように。

 《……マジで?》

 ニコが小さく笑う気配を乗せた。

 《じゃあ、やってみようか、〝線読み坊や〟》

「その呼び方はやめろ」

 ため息半分の声で返しながら、カイトはスロットルを前に押し出した。機体が、静かに宙域の影へと滑り込んでいく。

 見えてる線の通りに行くだけだ。外すなよ、Vector。

 自分で自分に言い聞かせるように、カイトは視界の中の一本の線を、ただ黙って追い始めた。


 *


 宙域は、静かだった。

 カイトの機体は、重力散乱域の縁をなぞるように、ほとんど音もなく滑っていた。窓の外を、名前も残っていない残骸がゆっくりと流れていく。誰かの船だったもの。誰かの衛星だったもの。墓場の縁を、線一本を頼りに通り抜けていく。

 《Vector、後方リンク確認。お前の引いた線、ちゃんと追えてる》

 ウィリスの声が落ちてくる。

 《こっちも問題なし。Vectorの矢印、今んとこ外れてないぞ》

 サジが軽く笑う気配を乗せて続けた。

 《Jelly、電子幕展開中。帝国側のレーダー、こっちには向いてない》

 リアの声は落ち着いている。

 《距離、二万》

 ミナの声が、数字を告げた。

 《補給船団、予定通りの進路。護衛艦二、輸送艦三。警戒パターンは……教科書通りですね》

「やっぱりな」

 カイトは小さく息を吐いた。

 HUDに、帝国船団のシルエットが浮かび上がり始める。灰色の船体。規則正しい陣形。その中心に、補給物資を積んだ輸送艦が三隻。

 あれを止めれば、南の基地への圧が少しは減る。

 《Strike Wing、攻撃位置まであと三十秒》

 ニコの声が、カウントを始める。

 《照準は輸送艦。護衛艦は可能な限り避けろ。撃沈じゃなくて、動けなくすることが目標だ》

「了解」

 カイトは、トリガーに指をかけた。照準が、輸送艦の推進部に吸い込まれる。

 《二十》

 呼吸を整える。

 《十》

 機体が、わずかに揺れる。

 《五、四、三――》

「Vector、先行する」

 カイトはスロットルを一気に押し込んだ。


 最初の一撃は、静かだった。

 ミサイルが輸送艦の推進部に突き刺さり、白い閃光が弾ける。音のない爆発。船体がバランスを崩し、ゆっくりと傾いていく。宇宙では、大きなものほど静かに壊れる。

 《命中確認。推進系、停止》

 ミナの報告が落ちる。

 《Shade、二番艦へ》

 《了解》

 ウィリスの機体が、滑るように次の輸送艦へ向かう。連続射撃の光が走り、船体の側面に小さな爆発が連なった。

 《Fox、護衛艦が動いた》

 《任せろ。デコイ撒く》

 サジの機体から、いくつもの小さな光点が散る。護衛艦のレーダーが、一瞬混乱したように揺れた。

 《Jelly、ジャミング継続。護衛艦の通信、遮断できてる》

 《了解。けど、長くは持たない。早く終わらせて》

 リアの声に、わずかな緊張が混じる。

 カイトは、次の輸送艦に照準を合わせた。三番艦。隊列の一番後ろ。わずかに進路を変えようとしている。

 逃がすわけにはいかない。

 トリガーを引く。ミサイルが、白い軌跡を描いて飛んでいく。

 船体の中央部に突き刺さり、一瞬の静寂のあと、内部から破裂するような光が溢れた。

 思ったより、大きい。

 カイトの指が、トリガーの上で一拍だけ止まった。

 《三番艦、大破》

 ミナの声が、わずかに遅れて落ちる。

 《補給船団、機能停止。護衛艦は……撤退しようとしてる》

「追うな」

 ケイの声が、短く制した。

「目的は達成した。帰投しろ」

 《了解》

 四機は、静かに宙域の影へと戻っていった。

 振り返らなくても、HUDの端にはまだ映っている。傾いたまま、どこへも行けなくなった三つの灰色が。


 *


 格納庫に戻ると、整備班がすでに待っていた。

「おかえり、Vector」

 タミルが、機体の脚を軽く叩く。

「壊さなかったな。偉いぞ」

「壊したくて壊してるわけじゃないです」

 カイトは、コクピットから降りながら苦く笑った。ヘルメットを脱ぐと、汗が額に張り付いていた。艦内の空気が、頬に触れてやけに冷たい。

「お疲れ、線読み坊や」

 サジが、肩を叩きながら通り過ぎる。

「その呼び方、やめろ」

「やだね」

 軽口が飛び交う中、カイトは自分の機体を一度だけ振り返った。

 白い装甲。肩に引かれた青いライン。傷ひとつない。

 これでいいのか。頭の片隅で、問いかけが浮かぶ。補給線を叩けば、南の基地への圧が減る。それは分かっている。

 でも、あの輸送艦の中に誰がいたのかまでは、分からない。

 分からないまま、機体は綺麗だった。

「Vector」

 背後から、ケイの声がした。振り向くと、腕を組んで立っている。

「ブリーフィングルームに来い。報告を聞く」

「……了解」

 カイトは短く返し、ケイの後を追った。


 *


 ブリーフィングルームは、いつもより静かだった。

 中央のホロテーブルには、さっきの宙域マップが浮かんでいる。赤い線。船団の位置。攻撃ポイント。もう終わったことが、まだ光っている。

 ケイが、その前に立った。

「作戦は成功だ」

 言い切る。

「輸送艦三隻、すべて機能停止。護衛艦は撤退。こちらの損害はゼロ」

 ミナが、端末を操作しながら続けた。

「帝国側の通信を拾った限りでは、〝ARCLINEの仕業〟とは特定されていません。事故か、別の勢力と思われている可能性が高い」

「つまり、次もやれるってことだな」

 ウィリスが、腕を組んで頷く。

「ただし」

 ケイが、視線をカイトに向けた。

「Vector。お前の引いた線は、完璧だった」

「……」

 カイトは、何も返せなかった。

「だが、完璧すぎるのも問題だ」

 ケイの声が、少しだけ低くなる。

「お前の〝線読み〟に頼りすぎれば、いつかそれが裏目に出る。分かるな?」

「……分かってます」

 自分の能力が、どこまで通用するのか。それを過信した瞬間に、線は外れる。外れた線の先で死ぬのは、自分だけとは限らない。

「次の作戦までに、少し休め」

 ケイが、ホロテーブルを消した。光が落ちて、部屋の輪郭が急に古くなる。

「お前が倒れたら、このチームは回らない」

「……了解」

 カイトは頭を下げ、部屋を出た。

 廊下は、静かだった。天井の配管が、等間隔に照明の影を落としている。

 あすみも、セリも、エリンも、置いてきた全てのものが、遠い。

 カイトは自分の部屋へ向かって歩き続けた。足音だけが、廊下に響いていた。


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