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SKY  作者: RUI


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37/46

Sky37-補給線の影-

 



 艦橋の空気は、 いつもより少しだけ重かった。


 中央のホロテーブルには、 紺色の宙域マップが浮かんでいる。

 無数の細い線が、 蜘蛛の巣みたいに交差していた。


 「⸺帝国第三補給ルート。 ここ四十八時間の船舶ログと、

  うちで抜いた暗号通信を重ねました」


 ミナ・オルソンは、 視線をほとんど動かさずに指先だけを滑らせた。


 一本の線が、 他よりわずかに太く強調される。


 「本線はここ。 で、 最近“使われている”のは⸺こっちのバイパスです」


 地図の外縁を回り込むように、 薄い曲線がひとつ描き出された。


 ケイが、 無精髭に手をやりながらその線を眺める。


 「理由は?」


 「本線は、連合の監視衛星の射程に引っかかりやすいです。

 帝国側もそれを嫌って、ギリギリ“見えない”境界線を試している」


 ミナは淡々と続ける。


 「⸺例えば、ここ。重力散乱域の縁をなぞるように通ってます」


 ホロに、小さな赤い点が並ぶ。

 微細な隕石群と、古い残骸と、廃棄された衛星の墓場。


 「まっすぐじゃない、 ってことか」


 カイトは腕を組んだまま、 ホロの上の線を目で追った。


 揺れている。ただの航路じゃない。

 誰かが「ここなら見つかりにくいだろう」と考えながら引いた線の癖が、そのまま滲んでいた。


 「通過予測時刻は?」


 「あと⸺七時間二十二分三十秒から、誤差プラスマイナス三十分」


 ミナは、時計を見るまでもなく答える。


 「船団規模は?」


 「前回までと同じなら、輸送艦三~五、護衛艦二以上。艦種は⸺」


 彼女が言いかけたところで、ケイが軽く手を上げた。


 「十分だ」


 短く切る。

 ホロ上の線を、もう一度だけ眺める。


 「⸺やるか?」


 問いかけられたのが誰なのか、 はっきりとは示されていない。

 なのに、 ブリッジの視線が自然とカイトの方へ寄った。


 カイトは、少しだけ息を吸ってから頷いた。


 「やるしかないだろ。ここが削れれば、南の基地の圧が少しはマシになる」


 ケイの口元が、わずかに歪む。


 「ニコ」


 「了解了解」


 後方のコンソールにひじをついていたニコ・ヴァレンテが、気だるげに応じる。


 「Strike Wing、出撃準備。 Vector、 Fox、 Shade、 クラゲ。

 ⸺あと三時間でブリーフィングだ。 寝たい奴は今寝とけよー」


 「今から寝ろって言われて寝られるかよ」


 カイトが苦く笑うと、 ニコは肩をすくめた。


 「知らねぇな。 死ぬほど眠い顔で出撃されるよりマシだ」


 ブリッジの空気が、 少しだけ緩んだ。


 *


 格納庫は、 いつも通りうるさかった。


 シャトル用レールの唸り、 工具の金属音、 オイルの匂い。

 その全部を、 低い警告ブザーの音がかき消していく。


 「おーい、 ベクター様。 今日も“正しい方向”に飛んでくれよ」


 自分の機体の足元へ向かっていたカイトに、 背後から声が飛ぶ。


 振り返ると、 サジ・レンブラント⸺コールサイン 《Fox》 が、

 ヘルメットを小脇に抱えたままにやついていた。


 「……その呼び方、 やめろって言ってるだろ」


 「なんでよ。 似合ってるじゃん、 “矢印坊や”」


 「矢印坊やは余計だ」


 カイトが眉をひそめると、 サジはますます楽しそうな顔をする。


 「でもさ、 マジでたいしたもんだと思うぜ。 線引き。 ニコもミナも、

 最近お前の出したコース前提で計画立て始めてるし」


 「……それは、 あいつらが優秀なだけだ」


 「出たよ、 謙虚。 Shade~、 こいつまた自分の貢献度を過小評価してるぞ~」


 呼びかけられた方を見ると、 ウィリス・フェルツ⸺《Shade》 が、

  一機隣で整備兵と言い合っていた。


 「ここのバランサー、 あと〇・五だけ詰められるだろ」


 「これ以上は保証外です」


 「保証外でもいいから詰めろ。 死んでから“保証内でした”って言われても困る」


 「……Shade中尉、 毎回それ言いますね」


 「毎回言わなきゃ伝わらないんだよ」


 タミル・ホー整備長が、 遠くから頭をかきながら口を挟む。


 「お前ら二人とも、 機体は“壊すな”、でも“戻ってこい”だ。 いいな?」


 「了解」


 「了解でーす」


 返事だけは揃う。


 ウィリスは、 そのままこちらへ歩いてきた。


 「ボリー」


 「……その呼び方も、 もう誰も使ってないだろ」


 「ああ?Vectorが嫌なら、 ボリーでいいだろ」


 あっさり言われて、 カイトは肩をすくめた。


 「今回、 フォーメーションは?」


 「お前が前。 俺とFoxが左右で影。 クラゲは後ろから傘だ」


 ウィリスは、 リア・シュナイダーの乗る機体⸺電子戦ポッドを増設されたSKYを顎で示す。


 整備台の上で、 リアが何やら配線に顔を突っ込んでいた。


 「リア、 遮蔽とジャミング、 持つか?」


 カイトが声をかけると、 彼女は片手だけひらひらと振った。


 「ログ見る限り、 帝国側のセンサー古い型だし。 ちょっとノイズ乗せれば目潰しできるわよ」


 頭は見えないまま、 軽い口調だけが飛んでくる。


 「問題は、 その “ちょっと”を間違えないことですね」


 ミナが、 端末を抱えたまま通り過ぎながらぽつりと言った。


 「ばっか、 私を誰だと思ってんの」


 「……《クラゲ》」


 「そういう嫌味な正解はいらないのよ、 ミナ」


 リアが顔を上げて睨むと、ミナは無表情のまま、ほんの少しだけ口の端を上げた気がした。


 ⸺死なせないために、こんだけ準備してんだ


 カイトは、 自分の機体に手を置いた。


 滑らかな装甲の感触。

 冷たい金属の下に、 いくつもの手と時間が詰まっている。


 「お前は戻ってこいよ」


 タミルがぼそりと呟く。


 「壊すのは嫌いだが、 戻ってこないのはもっと嫌いなんでな」


 「分かってる」


 カイトは短く返して、 コクピットへ乗り込んだ。


 *


 《Vector-1、 チェック完了》


 《Fox-2、 異常なし》


 《Shade-3、 問題ない》


 《Jelly-4、 リンク良好》


 出撃用カタパルトの先に、 黒いソラが開いている。


 艦体の照明が順に落ちていき、 代わりにコクピット内のパネルが明るさを増した。


 《作戦目標:帝国第三補給ルート上の中規模船団。

 撃沈よりも “動けなくすること”を優先。 可能なら拿捕、 最低でも補給能力の低下》


 ニコの声が、 ヘルメットの内側に響く。


 《もう一回言っとくけどな。 うちは“英雄”が欲しいんじゃない。 二回目以降の出撃ができ

 る奴が欲しい》


 「了解」


 カイトは、 スロットルに手をかけた。


 遮蔽フィールドが起動する。

 機体の輪郭が、 宙域の背景に溶けていく感覚。


 《リンク切り替え。 以降、 電磁沈黙モード。こっちからも、 お前らの位置はほぼ “線”でしか見えねぇ。

 ⸺迷子になるなよ、Vector》


 「……そっちの台詞だろ、 ニコ」


 軽く返して、 カイトは目を細めた。



 HUDに、 ミナが事前に送ってきたマップが重なる。


 帝国の補給線。

 重力散乱域。

 レーダーサイト。

 旧式衛星。


 細い線と点が、 ぐちゃぐちゃに絡まった、 ただの汚い図面。


 ⸺のはずだった。


 ……見える


 一本一本の線の意味が、 体のどこかで勝手に分類されていく。


 「ここは “見られている”」

 「ここは “見えないふりをしている”」

 「ここは “誰も見ていないはず”」


 帝国の航路計画を立てた誰かの癖が、 線の揺れ方にそのまま残っていた。


 《Vector?》


 Shadeの声が飛んでくる。


 「……待て」


 カイトは、 地図を縮小して、 もう一度だけ全体を見渡した。


 補給線の本流。

 そこから外れたバイパス。

 警戒用の哨戒コース。


 そして⸺


 ここだ


 一本、 妙に薄い線がある。


 衛星の死角と、 重力散乱域の縁が、 たまたま重なってできた 「穴」 みたいな隙間。


 「……ここ」


 カイトは、 そのポイントをマーカーで示した。


 《ミナ》


 ニコの声が、 すぐさま飛ぶ。


 《今のVectorの印、 確認した》


 「帝国のログだと、 そこは“通っていない”ことになってます」


 ミナの声は、 相変わらず淡々としている。


 「でも、 重力と屈折を逆算すると⸺“通れるように”調整されてますね。

 誰かが、テスト済みの裏ルートとして使ってる」


 《つまり?》


 「ここを抜ければ、 帝国側のレーダー網に“ほぼ映らず”接近できます」


 ホロテーブル上で、 細い線が新しく描き足される。


 カイトの機体から、 ぐるりと回り込むように。


 《……マジで?》


 ニコが小さく笑う気配を乗せて言った。


 《じゃあ、 やってみようか、 “線読み坊や” 》


 「その呼び方はやめろ」


 カイトは、 ため息半分の声で返しながら、 スロットルを前に押し出した。


 機体が、 静かに宙域の影へと滑り込んでいく。


 ⸺見えてる線の通りに行くだけだ



 外すなよ、 Vector



 自分で自分にそう言い聞かせるみたいに、


 カイトは視界の中の一本の線を、 ただ黙って追い始めた。



 *


 宙域は、静かだった。


 HUDに映る補給線のマップが、少しずつ近づいてくる。

 カイトの機体は、重力散乱域の縁をなぞるように、ほとんど音もなく滑っていた。


 《Vector、後方リンク確認。お前の引いた線、ちゃんと追えてる》


 Shadeの声が、ヘルメットの内側に落ちてくる。


 《こっちも問題なし。ベクターの矢印、今んとこ外れてないぞ》


 Foxが軽く笑う気配を乗せて続ける。


 《Jelly、電子幕展開中。帝国側のレーダー、こっちには向いてない》


 リアの声は落ち着いていた。


 カイトは、スロットルを微調整しながら、視界の端に浮かぶ細い線を目で追う。


 帝国のログでは「通っていない」ことになっている隙間。

 でも、重力と屈折の計算を逆算すれば、誰かが意図的に「通れるように」調整した痕跡がある。


 ⸺ここを抜ければ、見つからない


 《距離、二万》


 ミナの声が、淡々と数字を告げる。


 《補給船団、予定通りの進路。護衛艦二、輸送艦三。警戒パターンは……教科書通りね》


「やっぱりな」


 カイトは小さく息を吐いた。


 HUDに、帝国船団のシルエットが浮かび上がり始める。

 灰色の船体。規則正しい陣形。


 その中心に、補給物資を積んだ輸送艦が三隻。


 ⸺あれを落とせば、南の基地への圧が少しは減る


 《Strike Wing、攻撃位置まであと三十秒》


 ニコの声が、カウントを始める。


 《照準は輸送艦。護衛艦は……可能な限り避けろ。撃沈じゃなくて、動けなくすることが目標だ》


「了解」


 カイトは、トリガーに指をかけた。


 照準が、輸送艦の推進部に吸い込まれる。


 《二十》


 呼吸を整える。


 《十》


 機体が、わずかに揺れる。


 《五、四、三――》


「Vector、先行する」


 カイトはスロットルを一気に押し込んだ。





 最初の一撃は、静かだった。


 ミサイルが輸送艦の推進部に突き刺さり、白い閃光が弾ける。

 船体がバランスを崩し、わずかに傾く。


 《命中確認。推進系、停止》


 ミナの報告が落ちる。


 《Shade、二番艦へ》


 《了解》


 ウィリスの機体が、滑るように次の輸送艦へ向かう。

 連続射撃の光が走り、船体の側面に小さな爆発が連なった。


 《Fox、護衛艦が動いた》


 《任せろ。デコイ撒く》


 サジの機体から、いくつもの小さな光点が散る。

 護衛艦のレーダーが、一瞬混乱したように揺れた。


 《Jelly、ジャミング継続。護衛艦の通信、遮断できてる》


 《了解。けど、長くは持たない。早く終わらせて》


 リアの声に、わずかな緊張が混じる。


 カイトは、次の輸送艦に照準を合わせた。


 三番艦。

 隊列の一番後ろ。わずかに進路を変えようとしている。


 ⸺逃がすわけにはいかない


 トリガーを引く。


 ミサイルが、白い軌跡を描いて飛んでいく。


 船体の中央部に突き刺さり――


 一瞬の静寂。


 そのあと、内部から破裂するような光が溢れた。


 《三番艦、大破》


 ミナの声が、わずかに遅れて落ちる。


 《補給船団、機能停止。護衛艦は……撤退しようとしてる》


「追うな」


 ケイの声が、短く制した。


「目的は達成した。帰投しろ」


 《了解》


 四機は、静かに宙域の影へと戻っていった。


 ーーー


 格納庫に戻ると、整備班がすでに待っていた。


「おかえり、Vector」


 タミルが、機体の脚を軽く叩く。


「壊さなかったな。偉い」


「……壊したくて壊してるわけじゃない」


 カイトは、コクピットから降りながら苦く笑った。


 ヘルメットを脱ぐ。

 汗が、額に張り付いている。


「お疲れ、線読み坊や」


 サジが、肩を叩きながら通り過ぎる。


「その呼び方、やめろ」


「やだね」


 軽口が飛び交う中、カイトは自分の機体を一度だけ振り返った。


 白い装甲。

 薄くグレーのライン。

 コクピットの下に刻まれた《VECTOR》の文字。


 ⸺これでいいのか


 頭の片隅で、問いかけが浮かぶ。


 補給線を叩けば、南の基地への圧が減る。

 それは分かっている。


 でも、あの輸送艦の中に、誰がいたのかまでは分からない。


「Vector」


 背後から、ケイの声がした。


 振り向くと、無精髭の男が腕を組んで立っていた。


「ブリーフィングルームに来い。報告を聞く」


「……了解」


 カイトは短く返し、ケイの後を追った。



 ブリーフィングルームは、いつもより静かだった。


 中央のホロテーブルには、さっきの宙域マップが浮かんでいる。

 赤い線。船団の位置。攻撃ポイント。


 ケイが、その前に立つ。


「作戦は成功だ」


 短く言い切る。


「輸送艦三隻、すべて機能停止。護衛艦は撤退。こちらの損害はゼロ」


 ミナが、端末を操作しながら続ける。


「帝国側の通信を拾った限りでは、“ARCLINEの仕業”とは特定されていません。

 事故か、別の勢力と思われている可能性が高い」


「つまり、次もやれるってことだな」


 ウィリスが、腕を組んで頷く。


「ただし――」


 ケイが、視線をカイトに向けた。


「Vector。お前の引いた線は、完璧だった」


「……」


 カイトは、何も返せなかった。


「だが、完璧すぎるのも問題だ」


 ケイの声が、少しだけ低くなる。


「お前の”線読み”に頼りすぎれば、いつかそれが裏目に出る。分かるな?」


「……分かってます」


 カイトは、短く答えた。


 自分の能力が、どこまで通用するのか。

 それを過信してはいけない。


「次の作戦までに、少し休め」


 ケイが、ホロテーブルを消す。


「お前が倒れたら、このチームは回らない」


「……了解」


 カイトは頭を下げ、部屋を出た。


 *


 廊下を歩きながら、カイトは天井を見上げた。


 金属の板。

 配管。

 照明。


 ここが、今の自分の居場所だ。


 あすみも、セリも、エリンも――みんな、遠い。


 それでも、ここで戦わなければ、あいつらがいる場所がもっと危なくなる。


 ⸺だから、止まれない


 ケイの言葉が、頭の中で繰り返される。

「お前が倒れたら、このチームは回らない」


 カイトは、自分の部屋へ向かって歩き続けた。

 自分の足音だけが、廊下に響いていた。




次回は1/14 0時頃更新予定です

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