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SKY  作者: RUI


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36/45

Sky36-ARCLINEの空-

挿絵(By みてみん) 


 甲板を震わせるエンジンのうなりは、 ノーザン・クロスのものより少しだけ低い。


 ARCLINEのコアシップ 《アークライン》⸺

 その第2格納庫の片隅で、 カイトは自分のSKYの腹の下にしゃがみ込み、 パネルの継ぎ

 目を指先でなぞっていた。


 「……ここ、 まだ微妙にズレてる」


 「はいはい、 皇王坊ちゃんの“微妙”いただきました」


 頭上から、 タミル・ホー整備長のぼやきが落ちてくる。


 油で黒ずんだつなぎ、 無造作に束ねた髪。

 レンチを片手に、 機体の側面をトン、 と叩いた。


 「安全基準内。 文句あんなら、 自分でバラして自分で組み立てな」


 「文句じゃなくて、 感想」


 「感想で飛行時間が伸びるなら、 みんな詩人になってるさ」


 言い返しながらも、 タミルは結局ジャッキを持ってきて機体の角度を微調整し始める。


 「……壊すなよ、 ボリー」


 「分かってる」


 「壊すなって言ってんだ。 撃墜されて帰ってこないやつより、 壊して帰ってくるやつのほう

 が整備班的には腹立つんだよ」


 「ひどい差別だな」


 「差別じゃなくて現場の本音」


 ぶっきらぼうな口調に、 カイトは小さく笑った。


 ボリー。

 自分の、 母方の姓。


 ここでそう呼ばれるたびに、 あの時のあの部屋で見た⸺「ロナルド=オルディア二世」 の文字が

 並んだ端末の画面が、 少しだけ遠くなる気がした。



 「おーい、 ボリー。 整備長に絡んでる暇あったら、 ブリーフィング行けよ」


 格納庫の出入口側から、 間の抜けた声が飛んできた。


 振り向くと、 オレンジ色のフライトジャケットを羽織った男が、 片手をひらひら振っている。


 サジ・レンブラント。 コールサイン 《Fox》。


 「先に行っててくれ。 あと十分はかからない」


 「十分もタミル様のご高説拝聴してたら、 俺ら待ちくたびれて寝るぞ」


 「寝てろよ」


 「えっマジで? じゃあ本当に寝⸺」


 「サジ」


 機体の向こう側から、 低い声がした。


 ウィリス・フェルツ。 コールサイン 《Shade》。


 長身で、 髪を後ろでひとつに結び、 無造作にフライトスーツの袖をまくっている。

 目だけが、 いつも戦場の色をしていた。


 「ブリーフィング、 五分前だ」


 「……はいはい。 影さん怖い」


 サジが肩をすくめる。


 「ボリー、 あとで合流。 今日のフォーメーション、 また俺が囮らしいからさ、 優しくしてな?」


 「味方の囮なら歓迎だよ」


 「敵の囮にはならねえから安心しろ」


 そんな軽口を交わしつつ、 サジは格納庫を出ていった。


 「……行け」


 タミルがジャッキを外しながら顎でドアをしゃくる。


 「微妙なズレは直しとく。 お前が生きて帰ってくる前提でな」


 「頼む」


 カイトは立ち上がり、 機体の腹を一度だけ軽く叩いてから、 格納庫を後にした。


 *


 第1作戦室には、 既に数人が集まっていた。


 壁一面のスクリーンに、 海と陸と国境線が入り組んだ地図が映っている。


 「遅かったじゃない、 ボリー」


 コンソールの前に肘をつきながら、 リア・シュナイダーが振り返った。


 細身の体にゆるいパーカーを羽織り、 ヘッドセットを首に引っかけたまま、 足を椅子の脚に絡めて座っている。


 コールサイン 《クラゲ》。 電子戦担当。


 「整備長に捕まってただけです」


 「ふーん。 “捕まってた”って言い方、 今度タミルに伝えてあげようか?」


 「やめてください」


 「冗談よ。 あの人、 本気で怒るからね」


 リアが肩をすくめると、 その横で別のモニターに向き合っていた女性が、 静かにこちらを見た。


 ミナ・オルソン。 情報処理担当。


 「着席を。 あと二分でリンク始めます」


 簡潔な言葉に従い、 カイトは自分の席に腰を下ろした。


 前方のスクリーンに、 作戦地域が拡大されていく。


 「じゃ、 そろそろ始めようか」


 室内のスピーカーから、 あくび混じりの声がした。


 ニコ・ヴァレンテ。 コアシップのオペレーター兼操舵士だ。


 そのだらしなく聞こえる声とは裏腹に、 指先は信じられない速さでコンソールを走っていく。


 「本日のメニュー。

 一、 帝国補給船団の監視。

 二、 もしチャンスがあれば、 ついでに嫌がらせ。 以上」


 「ざっくりしすぎてませんか」


 カイトが思わず突っ込むと、 リアが吹き出した。


 「詳細はこれから。 ミナ、 お願い」


 促されて、 ミナがスクリーンに新しいデータを映し出す。


 「対象は帝国軍第十七補給線。

 ここ⸺」


 レーザーポインタで示されたのは、 小国群と帝国領の境界付近。


 「このルートを定期的に通過する輸送艦隊。

 通常は帝国本国から南方基地への物資搬送。

 最近、 護衛艦の数が微妙に増えています」


 「“微妙”だってさ。 整備長と気が合いそうだな」


 サジが隣で小声で言う。


 「黙ってて」


 「こわ」


 リアが笑いながら、 今度は自分のコンソールを操作した。


 「今回の任務は “見て、 覚えて、 帰る”が基本。

 私は通信妨害と疑似信号発信を担当。

 ボリーとシェイドは、 護衛の動きのパターンを見てきて。

 撃つのは、 自分たちからは極力控えること。 相手から撃ってきたら、 まあ……各自判断で」


 「“各自判断”って言葉、 好きだよな」


 ウィリスがぼそりと言う。


 「自由っていいことよ?」


 「自由ってのは責任の裏返しだ」


 「はいはい、 元・帝国軍様のありがたいお言葉」




 軽い応酬。

 でも、 そのやりとりの端々に積み重ねた戦場の数が見える。


 ニコが、 そこで話を締めた。


 「とにかく。今日の主役はミナとリア。 俺らはその護衛」


 「……護衛の護衛って、 変な言い方だよな」


 サジが頭を掻く。


 「文句があるなら、 ミナに勝てるくらい頭よくなってからにしなさい」


 「はい成長は諦めました」


 笑いが、 短く弾けて消える。


 こんな会話の束の中で⸺

 カイトは、 ふと、 昔のブリーフィングルームを思い出していた。


 ……あの学園コロニーの、 教室


 あの時の俺は、 “ここから先に死がある”なんて少しも分かってなかった


 今、 スクリーンの上で動く矢印は、 全部 「誰かの死に方」 と繋がっている。


 それを分かった上で、 ここに座っている自分。


 「質問は?」


 ニコの声に、 誰も手を挙げなかった。


 「じゃ、 解散。 各自出撃準備」


 「了解」


 椅子が一斉に軋む音が、 作戦室を満たした。


 *


 出撃準備区画へ向かう通路は、 いつもと同じ金属の匂いがした。


 艦の外側で宇宙 ソラ がどれだけ静かでも、 ここだけは常に人と機械の気配でざわついている。


 「ボリー」


 後ろから呼ばれて振り向くと、 ウィリスがゆっくり歩いてきていた。


 「さっきの、 難民護衛の時のログ、 見た」


 「……また?」


 「お前、 やっぱり線読むのだけは天才だな」


 褒めているのか呆れているのか分からない口調。


 「“だけ”は余計です」


 「他に褒めるとこが見つからないだけだ」


 「ひどいな」


 ウィリスは、 短く息を吐いた。


 「……前に出る癖は、 少しマシになった」


 「タミルに殴られますからね」


 「タミルは殴らない。 あいつ、 機体以外には優しいからな」


 「そうですか?」


 「少なくとも、 お前がここにいることは、 あいつも歓迎してる」


 その言葉に、 カイトはわずかに足を止めた。


 「……何ですか、 急に」


 「いや」


 ウィリスは、 前を向いたまま続ける。


 「ここは軍隊じゃない。

 正義の味方ってわけでもない。

 ただ、 自分でここを選んだやつしかいない場所だ」


 「……知ってます」


 「だから、 たまに確認したくなるだけだ。

 お前が “ここにいる”って言ったあの日の顔と、 今の顔が、 ちゃんと繋がってるかどうか」


 あの時の、 その一言が、 背中に蘇る。


 ⸺「……ここにいる」


 ……あの時は、 あすみの顔しか浮かばなかった


 ノエルが、 研究施設ごと消された事実。

 ケイの妻であり、 あすみの母であり、 2人が “帰る場所だと思っていた家”の柱。


 それを命じたのが、 自分の父親だと知った日。


 何も知らないまま戻ることはできない、 と口に出してしまった瞬間。


 ここで生きるって、 そういうことだ


 カイトは、 短く息を吸った。


 「……大丈夫です」


 「そうか」


 「俺は、 ここで飛びます」


 「了解」


 ウィリスは、 それ以上何も言わなかった。


 *


 出撃準備の喧騒の中、 カイトはヘルメットを脇に抱え、 ふと格納庫の端の小さな窓に目を向けた。


 分厚い強化ガラスの向こうに、 星の光が滲んでいる。


(あいつが、 あいつの場所で飛ぶなら)


 心の中でだけ、 小さく呟く。


(俺は、 俺の場所で飛ぶ)


 帝国の下で 「使われる」 線から外れた今。

 自分で選んだ側の線の上でしか、 生きられない。


 (いつか、 同じ地図の上で線が交差するとしても⸺

 その時、 自分がどっち側に立っているのか。)

 そこまで考えかけて、 カイトはひとまず思考を切った。


 「ボリー、 行くぞー!」


 サジの声が、 格納庫の天井に跳ねる。


 「了解。⸺Shade、 Fox、 Alpha1・2、 出撃準備完了」


 カイトはヘルメットをかぶり、 機体への梯子を上り始めた。


 ARCLINEの空は、 今日も静かじゃない。


 でも、 その騒がしさごと⸺

 今の自分の 「現実」 として、 受け入れていくしかなかった。



次回更新は1/12になります。

ここから視点が動いていくので、ブックマークで追ってもらえると安心です(作者も小躍りします)

※挿し絵を追加しました(カイトのイメージ画像になります)


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