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SKY  作者: RUI
ARCLINE

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35/125

Sky35-言わない約束-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。


 金属の壁に跳ね返っていた鼓動が、ようやく自分の胸の内側へ戻ってきた。

 ここにいる、と言い切ったあとも、しばらく誰も口を開かなかった。端末の白い光が、テーブルの縁に薄く溜まっている。空調の音は低く、一定だった。

 カイトは乾いた喉を鳴らした。

「アスミは。アスミ・レイナーは」

 言い切るより先に、ケイがわずかに目を伏せた。

「生きてる」

 その一言だけで、背中から抜けかけていた力が戻った。

「ポッドからは抜けた。NTOの管轄下にいる」

「……どこに?」

「NTOの保護下にある生活圏だよ」

 地名は出なかった。

「学校に通って、本を読んで、進路に頭を悩ませてる。そういう場所だ」

 教室のざわめきが、耳の奥をかすめた。窓際の席。伏せた睫毛。ページをめくる細い指。

 カイトは唇を噛んだ。

「戦場じゃないんだな」

 ケイはまっすぐに見返した。

「少なくとも、今この瞬間、銃声の聞こえる場所にはいない。帝国の砲撃も届かない。NTOの監視網の内側だ」

 胸の奥で固まっていたものが、ほんの少しだけほどけた。

 よかった。そう思った、そのすぐあとだった。

「でも、あいつは狙われる」

 安堵の表面に、薄い膜が降りた。カイトは顔を上げた。

「どういう意味だよ」

 ケイはテーブルの端へ片手を置いた。

「ノエルの名字、覚えてるな」

「……ノエル・オルディアさん……」

「そうだ。俺の妻で、オルディア人。オルテアが標的にした《種》の一人だ」

 オルディア。ニュースの中で、何度も聞いた名だった。拘束。移送。収容。画面の隅に流れる白い文字。

「オルディア人は、オルタイトと相性がいい」

 ケイの声は変わらない。

「この世界で一番、あの石に“噛み合う”体質を持っている。だから」

 そこで、短く舌打ちをした。

「ヴィーラに乗れば、あいつらにとっては“最高級の兵器”になる」

 カイトは息を呑んだ。

 ヴィーラ。その名は、ずっと空へ続くものだった。なのに、今は違う。

「だからオルテアは、オルディアを集めて実験台にしている。ノエルがそうだったようにな」

 ノエルの名が、また胸を刺した。

「アスミも、ノエルと同じオルディア人だ」

 一瞬、意味が追いつかなかった。適合テストの日の、アスミの横顔が浮かんだ。何を聞いても曖昧に笑い、すぐに話を逸らした。

「あいつがオルタイトに触れ、ヴィーラに乗れば、お前の父親にとって“価値のある資源”になる」

 父親、という言葉に、頬がひきつった。

「帝国から見れば、“回収して兵器にしたいオルディア”」

 ケイの視線が、わずかに下がる。

「NTOから見れば、“帝国にさらわれたとたん爆発する可能性のある爆弾”」

 机の上に、見えない天秤が置かれたようだった。どちらにも、人間の姿はなかった。

「だから、あいつには何も考えずに、ただの学生でいてほしい。軍に入ることも選ばせたくはない」

 最後の一文だけが、少し低くなった。カイトは拳を握った。爪の先が掌に食い込む。

「……なら、なんで……」

 その先にあった言葉を、飲み込んだ。ここにいると決めたのは、自分だ。

 ケイは何も言わず、短く息を吐いた。

「一つ、俺から条件がある。今後どこかで会うことがあっても、あいつには、今話したことを言うな」

 カイトは顔を上げた。

「……今の全部……?」

「全部だ」

「お前の父親の名前も。皇王だったことも。ノエルの死に方も。連合の保護施設を襲って、お前を攫ったことも」

 言葉が一つずつ、テーブルの上へ置かれていく。

「あいつを壊す情報は、俺が全部持っておく」

 ケイはカイトを見なかった。端末の光だけが、その横顔の輪郭を削っていた。

「……なんで」

 声が掠れた。

「アスミの母親を殺したのは、俺の……父親だろ」

 父親という言葉は、まだ口の中で異物のままだった。

「知らないまま笑ってたのは、俺だけだ」

 アスミは、軍なんて嫌いだと言っていた。その時、自分は笑っただろうか。何を返したのか、もう思い出せなかった。

「……知る権利とか、そういう話じゃねぇのかよ」

 ケイは短く目を閉じた。

「そう思うなら、それでもいい」

 睫毛の影が、頬に落ちた。

「“俺の父親が、お前の母親を殺した”って、今すぐ言いに行ってもいい」

 胸の奥が狭くなる。

「――ただし、その瞬間、何が起きるかは分からない」

 カイトは顔を上げた。

「今のアスミには、まだ受け止めきれない」

 ケイの目は、カイトを通り越した先を見ていた。

「誰かの罪と、自分の人生を、器用に分けられる年齢じゃない」

 何も返せなかった。自分でさえ、父親の罪と、自分の身体の境目を見失っている。アスミの顔が浮かんだ。

 進路に悩み、伯母に気を遣い、友達と笑っていた。けれど家族のことになると、決まって少しだけ目を伏せた。

 その目に、今の言葉が落ちていくところを想像した。喉が塞がった。

「俺は、あいつに全部ぶつける役はやらない」

 ケイの声は静かだった。

「あいつを壊すのは、これからのアスミの一歩の重さだけで十分だ」

 カイトは視線を落とした。言わないほうが楽だからではない。言えば、アスミがどんな顔をするのかを知ってしまったからだ。

「……言わねぇよ」

 声は、自分にしか聞こえないほど小さかった。

「言えるわけねぇだろ、そんなの」

 ケイは静かに頷いた。

「それでいい」

「俺が言わなくても、いつかどっかから漏れんだろ」

 カイトは続けた。

「オルテアがどう崩れるか知らねぇけど、その時、あんたも俺も、たぶんそこにいる」

 自分でも驚くほど、遠い先のことを話していた。

「その時までに……」

 言葉を探した。

「アスミが、自分で選べるくらいには……」

 そこで口を閉じた。

 ケイは、わずかに目を細めた。

「それで十分だ。俺は、娘の歩幅を信じる」

 歩幅。その言葉だけが、妙に長く残った。

「お前は、お前の道を歩け」

 ケイは立ち上がった。

「ロナルド二世の息子としてじゃなく、《ARCLINE》のパイロットとして」

 椅子の脚が床を擦り、乾いた音を立てた。カイトは、しばらくテーブルの木目を見つめていた。

 何もかもを一度に抱えるには、まだ自分の中に場所が足りなかった。それでも、アスミは生きている。

 その一点だけが、まだ手の中に残っていた。握った拳へ視線を落とし、そのまま見つめた。

 もう会えない、あの笑顔が、閉じた指の内側に一瞬だけ浮かんだ気がした。

 放課後に交わした約束は、もう昔の形のままでは戻らない。

 金属の部屋の空気は冷たかった。けれど、握った掌の奥にだけ、消えきらない熱が残っていた。

本作の本文・設定・登場人物・固有名詞・世界観・構成を、作者の許可なく転載、複製、翻案、要約転載、データセット化、AI学習・機械学習・生成AIサービスへの入力、解析、再配布に利用することを禁じます。


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