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SKY  作者: RUI


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35/45

Sky35-言わない約束-

 


 沈黙が落ちた。


「ここにいる」と言い切ったあとも、しばらくの間、誰も何も言わなかった。


 金属の壁に反響していた鼓動の音が、少しずつ自分のものだと認識できるようになってくる。


 カイトは、乾いた喉を無理やり動かした。


「……あすみは」


 最初に出てきたのは、やっぱりその名前だった。


「古賀あすみは——」


 言い切る前に、ケイがわずかに目を伏せる。


「……生きてる」


 短い言葉。


 それだけで、椅子の背にもたれそうになった身体に力が戻る。


「ポッドからは抜けた。連合の管轄下だ」


「……どこに……?」


「連合の保護下の生活圏だよ」


 ケイは具体名を出さなかった。


「学校に通って、本を読んで、進路に頭を悩ませてる。そういう場所だ」


 教室のざわめきが、一瞬、耳の奥でよみがえる。


 黒板。

 プリント。

「一緒に帰ろ?」と言った声。


 カイトは唇を噛んだ。


「……戦場じゃないんだな」


「少なくとも、今この瞬間、銃声の聞こえる場所にはいない」


 ケイはそれだけははっきりと言った。


「帝国の砲撃も届かない。連合の監視網の内側だ」


 胸の奥で、固く縮まっていた何かが、ほんの少しだけ緩む。


 よかった——と、素直に思った次の瞬間。


「……でも、あいつは狙われる」


 ケイの言葉が、その安堵の上から静かに覆いかぶさる。


「……どういう意味だよ」


 カイトの声が、また少し低くなる。


 ケイは、テーブルの端に片手を置いた。


「ノエルの名字、覚えてるな」


「……古賀、ノエルさん…」


「ノエル・オルディア、だ」


 ケイは訂正するように言葉を重ねた。


「俺の妻で、オルディア人。お前の父親が標的にした《種》の一人だ」


 オルディア。


 あすみの家で、何度か耳にした単語だ。


 あすみの伯母が、あすみに向かって「あなたの血は特別だから」と小声で言っていたのを、遠くから聞いたことがある。


「オルディア人は、オルタイトと相性がいい」


 ケイの声は淡々としていた。


「この世界で一番、あの石に“噛み合う”体質を持っている。だから——」


 そこで、一拍置く。


「SKYに乗れば、帝国にとっては“最高級の兵器”になる」


 カイトは息を呑んだ。


 SKY。

 ずっと憧れていた文字列が、今はまるで違う色で迫ってくる。


「だから帝国は、オルディアを集めて実験台にした。ノエルがそうだったようにな」


 ノエルの名前が、また胸の奥を刺す。


 ケイは視線を外さないまま、続けた。


「古賀あすみも、ノエルと同じオルディア人だ」


 分かっていたはずの事実が、改めて、輪郭を持って落ちてくる。


「あいつは、オルタイトに触れれば——SKYに乗れば、お前の父親にとって“価値のある資源”だ」


 父親、という言い方に、カイトは顔を歪めた。


「帝国から見れば、“回収して兵器にしたいオルディア”」


 ケイは指折り数えるみたいに、視線を少しだけ下げる。


「連合から見れば、“帝国にさらわれたとたん爆発する爆弾”」


 机の上に、見えない天秤が載った気がした。


「——だから今は、ただの学生でいてほしい」


 最後の一文だけ、ほんの少しだけ声に温度が乗る。


 カイトは、拳を握りしめた。


「……なら、なんで……」


 喉の奥から出かかったのは、「なんで俺だけここに」という言葉だった。


 でも、その先を自分で飲み込む。


 自分で「ここにいる」と言ったのは、自分だ。


 ケイのせいでも、誰かのせいでもなく。


 ケイは、その揺れを見透かしたように、息を一つだけ吐いた。


「一つ、俺から条件がある」


 そこで、話題の軸が変わる。


「——あいつには、今話したようなことを、言うな」


 カイトは顔を上げた。


「……今の全部……?」


「全部だ」


 ケイは即答した。


「お前の父親の名前も。皇王だったことも。ノエルの死に方も。連合の保護施設を襲って、お前を攫ったことも」


 一つ一つ、言葉を置いていく。


「あいつを壊す情報は、俺が全部持っておく」


 それは命令というより、自分自身へ向けた宣言のようにも聞こえた。


「……なんで」


 カイトの声が、さっきより少しだけかすれる。


「あいつの家を壊したのは、俺の……血だろ」


 やっとのことで言葉にした。


「知らないまま笑ってたのは、俺だけだ」


 あすみは、最初から“軍なんて嫌いだ”と言っていた。


 その裏に、どんな感情が隠れていたのか、考えようともしなかった自分。


「……知る権利とか、そういう話じゃねぇのかよ」


 ケイは、短く目を閉じた。


「そう思うなら、それでもいい」


 静かに言う。


「“俺の父親が、お前の母親を殺した”って、今すぐあいつに言いに行ってもいい」


 胸の奥がぎゅっと縮む。


「——ただし、その瞬間、あいつの中で何かが折れる」


 その言い方に、カイトは顔を上げた。


「今のあいつのままじゃ、受け止めきれない」


 ケイの目には、遠くを見る色が混ざっている。


「誰かの罪と、自分の人生を、まだ分けられねぇ」


 カイトは、何も言えなかった。


 自分だって、さっき聞かされたばかりの事実を、まともに咀嚼できていない。


 あすみなら——。


 彼女の顔を思い浮かべる。


 進路に悩んで、伯母に気を遣って、友達と笑って。


 それでも、家族のことになると、いつも少し目を伏せていたあの横顔。


(……あいつが、これ聞いたら)


 その先を想像した瞬間、喉がつまった。


 ケイは、ほんの少しだけ視線を緩める。


「俺は、あいつに全部ぶつける役はやらない」


 淡々とした声には、決意みたいなものが滲んでいた。


「あいつを壊すのは、あいつの一歩の重さだけで十分だ」


 カイトは、しばらく視線を落としたまま黙っていた。


(言わないほうが、楽だから——じゃない)


 それだけは分かっていた。


 言えないのは、自分が卑怯だからじゃない。


 言った瞬間、あいつの目の色がどう変わるかを、想像してしまうからだ。


「……言わねぇよ」


 ぽつりと、言葉が落ちた。


 自分で聞いても、そんなに大きくない声だった。


「言えるわけねぇだろ、そんなの」


 ケイは、静かに頷く。


「それでいい」


「俺が言わなくても、いつかどっかから漏れんだろ」


 カイトは続けた。


「帝国がどう崩れるか知らねぇけど……その時、お前も俺も、たぶんそこにいる」


 自分でも驚くくらい、先の話をしていた。


「その時までに……」


 言葉を探す。


「あいつが、自分で選べるくらいには……」


 そこまで言って、口を閉じた。


 ケイは、わずかに目を細めた。


「——それで十分だ」


 短い肯定。


「俺は、あいつの歩幅を信じる」


 その言い方が、妙に印象に残った。


 歩幅。


 あすみが、自分の足で歩いていく距離のことを、そう呼んでいるみたいだった。


「お前は、お前の道を歩け」


 ケイは立ち上がる。


「帝国の息子としてじゃなく、《ARCLINE》のパイロットとしてな」


 椅子の脚が床を擦る音が、やけに大きく響いた。


 カイトは、しばらくテーブルの木目を見つめていた。


 父親の名前。

 ノエルの最期。

 あすみの血。

 自分の位置。


 全部をひとつの皿に載せるには、まだ自分という器が足りない気がした。


 それでも——。


(生きてる)


 その一点だけが、今は唯一の救いだった。


 放課後に交わした約束は、もう昔の形のままでは戻れない。


 それでも、同じ地図のどこかで、まだ線は続いている。


(言わない)


 胸の中で、もう一度だけ繰り返す。


(絶対に、あいつには言わない)


 その代わり——。


(俺は俺で、ここで戦う)


 金属の部屋の空気は冷たかったけれど、その底に、かすかな熱だけは確かに残っていた。


次回は1/10更新になります

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