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SKY  作者: RUI


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31/45

Sky31-崩れた輪郭-




人通りの多い通りを抜けた先、ネオン看板の影が落ちる細い路地は、昼間だというのに少し暗かった。


ビルとビルの隙間に押し込められた空。

換気口から漏れる温い風と、遠くのアナウンスの残響。

舗装の割れ目には、雨の名残りが黒く溜まっている。


その中ほどで、黒いフードを被った青年が、自販機の淡い光に半分だけ照らされて立っていた。


セリは、角を曲がったところで足を止める。


心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。


――間違えようがなかった。


背丈。

肩の線。

人混みの中から見つけた時と同じ、他人行儀な立ち方。


喉が乾く。

声を出す前に、一度だけ息を飲み込んだ。

飲み込んだはずなのに、胸の奥のほうが勝手に浮いて、足裏だけが冷えていく。


「…お前…カイトだろ?」


自分でも驚くくらい、声が低く出た。


青年の肩が、わずかに揺れる。

ゆっくり振り返った顔は――昔と同じで、でもどこか削れたように細くなっていた。

目も髪も、黒より少し薄い茶色になっている。


――一瞬では誰かわからない。けど見間違うわけもない。


「…久しぶり」


それだけ。

それだけで、五年以上の空白をまとめて投げられたみたいで、セリの奥歯がぎりっと鳴る。


「…お前…今まで……」


言い切る前に、身体が勝手に動いた。


セリは二歩を一気に詰めて、カイトの肩を掴む。

引き寄せるようにして、胸と胸がぶつかる距離まで持ってきた。


指に触れた骨ばった感触が、余計に腹立たしい。

生きてるのに、軽い。ちゃんと食ってない重さだ。そういうのが、殴るより先に腹に刺さる。


「…生きててよかった…!」


絞り出した声が、思ったより震えていた。


カイトは、少しだけ目を伏せる。

胸ぐらを掴まれたまま、逃げようとはしない。


路地の入口から差し込む看板の明かりが、二人の影を足元に長く落としていた。


セリは、声を少し震わせながら聞く。

「…今まで…何やってたんだよ。」


少し間。


カイトが、視線だけを横に滑らせる。


「セリ…俺、いま ARC LINE にいる」


唐突に落とされた固有名詞に、セリの眉がぴくりと跳ねた。


「は?」


聞き返す声には、まだ半分、再会の実感がある。


カイトは、ゆっくりと言葉を継いだ。


「レジスタンス。…パイロットやってる」


そのひと言で、空気が変わった。


路地の外のざわめきが、すっと遠のく。


「…………は?」


さっきより低い声が喉から漏れる。


カイトのフードの影から覗く目は、昔よりずっと静かだった。

諦めとも、覚悟ともつかない色が滲んでいる。


「……あすみには、ここで会った事、絶対に言うなよ」


一拍も置かずに続いた言葉に、セリの手が反射的に動いた。


掴んでいた肩から、指がするりと滑って――今度は胸ぐらを、ぐしゃっと掴み上げる。


布地が音を立てて握りしめられる。


「お前、何言ってんだよ! あすみが今まで、どんな思いしてたか位わかんだろ!」


息をぶつける距離で怒鳴ると、カイトはようやくセリの手首を片手で掴んだ。


強くはない。

それでも、「これ以上は引かない」という境界だけは、はっきりしていた。


「……分かってるよ」


低く、小さく。

けれど、迷いのない声だった。


「だったら――」


なおも詰め寄ろうとした瞬間。


「……うちの親父がやったんだよ」


カイトの目が、ほんの一瞬だけ真正面からセリを捉えた。


その色を見た瞬間、セリは次の言葉を飲み込む。

怒鳴り声が喉の奥で引っかかって、代わりに唾の生ぬるさだけが口の中に残った。


「あすみの母親が死んだのは俺の父親のせいなんだよ」


路地の奥で、換気扇がくぐもった音を立てて回っている。

それ以外の音が、全部消えた気がした。


「……は?」


喉からこぼれた声は、さっきまでの怒鳴り声とは違う、掠れた音だった。

頭の中で何かが倒れたのに、倒れた“音”だけが遅れて聞こえる。


カイトは、胸ぐらを掴まれたまま、ほんの少しだけ視線を落とす。


「だから、俺は連れてかれた。人質だ。」


淡々とした言い方が逆に残酷だった。


無理やり飲み込んだものの重さが、言葉を一個ずつ潰しているのが分かる。


セリの指先はまだ胸ぐらを掴んでいる。

離せないんじゃない。離したら、今聞いたことが現実になる気がした。


「……それ、あいつに言えよ」


声が低い。

怒鳴っていないのに、刃みたいにまっすぐだった。


カイトの胸ぐらを掴む手首を握っていた指が、少しだけ食い込む。


「…」


短い沈黙。


「……あすみ、今 SKY に乗ってる。次は西方だ、前線。分かるか?」


「お前がいたら、SKYになんて乗ってなかったろうよ」


セリは、言葉を選ぶ余裕もなく吐き出した。


カイトの目が、大きく見開かれる。


一瞬だけ――本当に一瞬だけ、昔の少年じみた素の反応が浮かんで、すぐに押し殺された。


視線がふっと伏せられる。


「…今更だな」


自分に叩きつけるみたいな声。


セリの喉の奥で、何かがきしんだ。


「お前一人で――」


そこまで言いかけた時。


「…言うなよ、絶対に。」


カイトが、少しだけ顔を上げる。


目の奥の影は、そのままだ。


掴まれていた胸ぐらから、セリの指がするりと力を失う。

代わりに、カイトがそっとその手を外した。


セリは、壁にもたれかかったまま、ずるずるとその場にしゃがみ込む。


背中に冷たいコンクリートの感触。

足の裏から、さっきまで走っていた路地の振動がじわじわ上がってくる。


視界の端に、立っているカイトの足元が見えた。


「……あいつ、ずっと待ってるぞ」


しゃがみ込んだまま、顔を上げない。


声だけが、上向きに投げられる。


カイト

「知ってるよ」


即答。


でも、目線は合わせない。

ほんの少しだけ横を向いて、路地の奥の暗がりを見ている。


短い沈黙の後――


カイトが、ようやくセリの方を見下ろした。


自分から距離を詰めようともしない、半歩分の遠さを保ったまま。


「…ごめんな」


その言葉は、妙に軽くて、妙に重くて。


セリは、膝に肘を乗せて、拳で額を押さえた。


指先がわずかに震える。


「ごめんなじゃねぇよ…」


かすれた声が、路地裏の空気に滲む。


その上で、二人分の息だけが、しばらく白く揺れていた。



やがて、カイトが小さく息を吐いた気配がした。


足音は、一歩、二歩。

セリのすぐ脇をかすめるようにして、奥でも手前でもなく、斜めに路地を抜けていく。


すれ違いざま、袖がかすかに触れた気がしたけれど――

振り返っても、きっと何も言えないと分かっていた。


セリは、額を押さえたまま、足音が遠ざかるのを聞いていた。


……ふざけんなよ


胸の中でだけ、毒づく。


ふざけんな……でも、生きてた


喉の奥が焼けるように熱いのに、目の奥は妙に乾いていた。


外から、誰かの笑い声と、港のクレーンの音が流れ込んでくる。

さっきまでと同じ、中立地の昼の音だ。


セリは、ゆっくりと立ち上がった。


膝に力を入れるのに、ほんの少し時間がかかる。

壁に手をつきながら姿勢を立て直し、深くひとつ息を吸った。


……戻らないと


自分のいる場所は、あの路地じゃない。

輸送機で、西方へ向かう列の中だ。


通りに出ると、太陽が眩しかった。

通りの喧騒が、さっきより少しだけ遠くに聞こえる。


腕時計の表示をちらりと見る。集合時間までは、もうあまり余裕がない。


セリは歩き出した。

さっき掴みかけて、結局飲み込んだ言葉を、もう一度だけ胸の中で噛み直しながら。


……生きてたのに……ふざけんなよ………


アルクトリの海風を背中に受けながら、セリは輸送機の待つ港へ足を向けた。

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