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SKY  作者: RUI
REDROSE

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20/120

Sky20-ひび割れた中立-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。


補給拠点の朝は、北方基地よりもざわざわしていた。鉄の匂いと、油と、香辛料の混じった空気。

トラックの列は相変わらず途切れず、荷下ろし用のクレーンが金属音を立てている。その合間に、どこの国のものか分からない軍歌や、怒鳴り声や笑い声が、薄い雲を押し上げるように立ち上っていた。


アスミとセリは、短い休憩時間を使って、補給拠点の食堂にいた。

食堂といっても、コンテナ二つを横に並べて繋いだだけの空間だ。壁には中立国語と連合共通語で書かれたメニュー表が無造作に貼られ、長机とパイプ椅子がぎゅうぎゅうに並んでいる。


「……塩っ辛い」

アスミは、アルミトレーの上のスープを一口すすって、小さく顔をしかめた。


「カロリーはあるから、文句言うな」

向かい側でセリが、パンをスープにちぎって放り込みながら言う。


周りのテーブルはほぼ満席だった。連合軍の兵士、中立国の兵士、傭兵、運転手。

肩章も制服もバラバラな人間が、同じ食堂で肩をぶつけ合いながら飯をかき込んでいる。

言語も、笑い声も混ざる中、あすみの耳に、ふと別の色をした声が引っかかった。

「⸺聞いたか? 東側のキャンプの話」

隣のテーブルから数人の話し声が聞こえた。中立国語に、たどたどしい連合共通語が混じる。


「なんだよ、また物資抜いたとか?」

「違う違う。避難民の女、夜に“検査”名目で抜いてるってさ。○○大隊の連中だろ? あそこ、昔からそういう⸺」

そこだけ、妙にハッキリ聞き取れてしまった。

「あいつら、どこでもやってんな。中立の旗振ってても、中身は同じだな」

別の椅子がガタンと鳴り、笑い声が重なる。テーブルの上で、空のマグカップが小さく跳ねた。

「何人か文句つけたやつもいたらしいがよ。“ここで保護してやってんだ、多少の慰労ぐらい大目に見ろ”だってさ」

「避難民もただじゃねえんだよ、ってか? 気分悪ぃ」

気分が悪い、と言いつつ、その口調はどこか楽しげで、慣れた響きがあった。


「……」

スプーンが、トレーの上で止まった。スープの表面に、薄い油の膜が虹色に揺れる。

その向こうで、さっきの少女の瞳がよみがえった気がした。

コートの袖から見えた、赤い線。襟元の粉を厚く塗り重ねた肌。布を押さえ込む、白くなった指先。

あれは砲撃だけの跡じゃない。

見たくないものに名前が付いてしまいそうになって、胃のあたりがきゅっと縮む。


「……よくあるクソ話だ」

急に目の前の声が近くなった。セリが、パンをトレーに置き、隣のテーブルを一度、横目で睨むように見てから、

アスミに視線を戻した。

「どこの前線にもひとつは転がってる。酒入った運転手と傭兵の話なんて、半分以上は盛ってる」


淡々とした声。けれど、その言い方の中に、はっきりとした嫌悪が混じっているのが分かる。

「全部真に受けてたら、胃が持たないぞ」

「あの列、思い出しただけで、もう持たないけど」

アスミは、トレーの上のスープを見つめたまま言った。

「嘘でも本当でも、どっちにしても聞きたくない話だよ」


セリは少しだけ黙った。食堂の喧騒が、その沈黙をすぐに埋める。

隣のテーブルでは、まだ同じ話題が続いていた。


「連合の連中は“人権”だのうるさいからよ、見て見ぬふりするしかねえさ。口出したら、今度はこっちが追い出される」

「中立様は偉いよな。どっちにも武器売って、女も⸺」

そこまで聞いたところで、セリの椅子が、かすかに軋んだ。


「食うぞ」

低い声でそう言うと、トレーを少し引き寄せる。

『気にするな』とも、『忘れろ』とも言わない。ただ視線で、「ここに意識を戻せ」と促す。


アスミは、スプーンを持ち直した。スープをすくう手が、わずかに震えている。

口に運ぶ。塩気と、安い脂の味。胃の重さは、何も誤魔化してくれない。

頭の中で、あり得る光景が勝手に並び始める。


夜のテント。名簿に書かれる番号。「検査」と言えば、何をしても許されると思っている人間の手。

抵抗すれば、保護そのものを奪われる立場。制服がなかったら。銃を腰から下げていなかったら。

(……私だって、セリがいなかったら)

胸の奥で、その言葉が小さく形になる。口には出さない。出したら、何かが壊れそうで。


自分の年齢。女であること。“コロニー”で暮らしていた時間の長さ。

列に並んでいた女性たちと、自分を分けている線が、思っていたよりずっと薄いものに見えた。

トレーの端を、指先でぎゅっと掴む。

これも戦争の姿。私が知らなかった現実の世界。


「アスミ」

セリが、少しだけ声を落とした。

「中立国が全部クソって話じゃない。今俺らの機体整備してるのも、ここの技術者たちだ。避難民の受け入れやってるのも、ここだ」


「分かってる。分かってるけど」

それでも、「一部」って言葉で括られる何かの中に、さっきの少女が押し込まれているかもしれないと思うと、

スープが喉を通るたびに、砂利でも飲み込んでいるような感覚がした。


「中立ってさ」

ぽつりとこぼれる。

「どっちにも味方しないって意味じゃなくて、 “どっちからも見られてる”場所なんだよね」


「そうだな」

セリは即座に認めた。

「だからこそ、割れ目も見えやすい。でも、俺たちが今できるのは⸺」


「補給路をちゃんと通すこと」

アスミが、先に言う。


昨日、ゲート前で聞いた言葉。“見る場所を決めろ”

補給路を守ることが、あの列の先を少しでもマシにするかどうかなんて、正直分からない。

それでも、今この席で、自分が選べる方向は限られている。

スプーンを握る指に力を込める。震えを押さえ込むように。


隣のテーブルの笑い声は、まだ続いていた。中立国の兵士も、連合側の傭兵も、それに混ざっている。

ひび割れた壁の隙間から、冷たい風が入り込むみたいに、「中立」という言葉の中にも、静かなひずみが入り込んでいた。


アスミは、最後の一口を無理やり胃に押し込むと、トレーを持ち上げた。

「……行こ。時間、そろそろ」

「おう」

セリも立ち上がる。

セリは振り返らない。隣のテーブルにも、目を向けない。代わりに、その視線はずっとアスミに向けられていた。

コンテナの扉を押し開けると、外の光が一気に入り込む。補給拠点の喧騒と、冷たい風と、鉄の匂い。


一度だけ深呼吸をして、アスミは吐き出す息の白さを見つめた。


この世界のどこかで、制服の有無だけで立つ場所が変わるなら。

せめて、自分が立っている側の意味を、間違えないように。


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