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SKY  作者: RUI


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Sky20-ひび割れた中立-

補給拠点の朝は、北方基地よりもざわざわしていた。


鉄の匂いと、油と、香辛料の混じった空気。

トラックの列は相変わらず途切れず、荷下ろし用のクレーンが金属音を立ててい

る。その合間に、どこの国のものか分からない軍歌や、怒鳴り声や笑い声が、薄い

雲を押し上げるように立ち上っていた。


あすみとセリは、短い休憩時間を使って、補給拠点の食堂にいた。


食堂といっても、コンテナ二つを横に並べて繋いだだけの空間だ。

壁には中立国語と連合共通語で書かれたメニュー表が無造作に貼られ、長机とパイ

プ椅子がぎゅうぎゅうに並んでいる。


「……塩っ辛い」


あすみは、アルミトレーの上のスープを一口すすって、小さく顔をしかめた。


「カロリーはあるから、文句言うな」


向かい側でセリが、パンをスープにちぎって放り込みながら言う。


周りのテーブルはほぼ満席だった。

連合軍の兵士、中立国の兵士、傭兵、運転手。

肩章も制服もバラバラな人間が、同じ食堂で肩をぶつけ合いながら飯をかき込んで

いる。


言語も、笑い声も混ざる中、あすみの耳に、ふと別の色をした声が引っかかった。


「⸺聞いたか? 東側のキャンプの話」


隣のテーブル。

中立国語に、たどたどしい連合共通語が混じる。


「なんだよ、また物資抜いたとか?」


「違う違う。避難民の女、夜に“検査”名目で抜いてるってさ。

 ○○大隊の連中だろ? あそこ、昔からそういう⸺」


そこだけ、妙にハッキリ聞き取れてしまった。


「あー、あいつらか。どこでもやってんな。

 中立の旗振ってても、中身は同じだな」


別の椅子がガタンと鳴り、笑い声が重なる。

テーブルの上で、空のマグカップが小さく跳ねた。




「何人か文句つけたやつもいたらしいがよ。

 “ここで保護してやってんだ、多少の慰労ぐらい大目に見ろ”だってさ。

 はは、言うねえ」


「避難民もただじゃねえんだよ、ってか? 気分悪ぃ」


気分が悪い、と言いつつ、その口調はどこか楽しげで、慣れた響きがあった。


「……」


スプーンが、トレーの上で止まった。


スープの表面に、薄い油の膜が虹色に揺れる。

その向こうで、さっきの少女の瞳がよみがえった気がした。


⸺コートの袖から見えた、赤い線。

⸺襟元の粉を厚く塗り重ねた肌。

⸺布を押さえ込む、白くなった指先。


あれは砲撃だけの跡じゃない。

見たくないものに名前が付いてしまいそうになって、胃のあたりがきゅっと縮む。


「……よくあるクソ話だ」


急に目の前の声が近くなった。


セリが、パンをトレーに置き、隣のテーブルを一度、横目で睨むように見てから、

あすみに視線を戻した。


「どこの前線にもひとつは転がってる。

 酒入った運転手と傭兵の話なんて、半分以上は盛ってる」


淡々とした声。

けれど、その言い方の中に、はっきりとした嫌悪が混じっているのが分かる。


「あすみ。全部真に受けてたら、胃が持たないぞ」


「あの列、思い出しただけで、もう持たないけど」


あすみは、トレーの上のスープを見つめたまま言った。


「嘘でも本当でも、どっちにしても気持ち悪い話じゃん」


セリは少しだけ黙った。

食堂の喧騒が、その沈黙をすぐに埋める。


隣のテーブルでは、まだ同じ話題が続いていた。




「連合の連中は“人権”だのうるさいからよ、見て見ぬふりするしかねえさ。

 口出したら、今度はこっちが追い出される」


「中立様は偉いよな。どっちにも武器売って、女も⸺」


そこまで聞いたところで、セリの椅子が、かすかに軋んだ。


「食うぞ」


低い声でそう言うと、トレーを少し引き寄せる。

『気にするな』とも、『忘れろ』とも言わない。ただ視線で、「ここに意識を戻

せ」と促す。


あすみは、スプーンを持ち直した。

スープをすくう手が、わずかに震えている。


口に運ぶ。塩気と、安い脂の味。

胃の重さは、何も誤魔化してくれない。


頭の中で、あり得る光景が勝手に並び始める。


夜のテント。

名簿に書かれる番号。

「検査」と言えば、何をしても許されると思っている人間の手。

抵抗すれば、保護そのものを奪われる立場。


⸺制服がなかったら。

⸺銃を肩から下げていなかったら。

⸺セリが隣にいなかったら。


(……私だって、セリがいなかったら)


胸の奥で、その言葉が小さく形になる。

口には出さない。出したら、何かが壊れそうで。


自分の年齢。

女であること。

“普通の街”で暮らしていた時間の長さ。


列に並んでいた女性たちと、自分を分けている線が、

思っていたよりずっと薄いものに見えた。


トレーの端を、指先でぎゅっと掴む。


「なあ、あすみ」


セリが、少しだけ声を落とした。


「中立国が全部クソって話じゃない。

今俺らの機体整備してるのも、ここの技術者たちだ。

 避難民の受け入れやってるのも、ここだ」


「分かってる。分かってるけど」


それでも、「一部」って言葉で括られる何かの中に、

さっきの少女が押し込まれているかもしれないと思うと、

スープが喉を通るたびに、砂利でも飲み込んでいるような感覚がした。


「中立ってさ」


ぽつりとこぼれる。


「どっちにも味方しないって意味じゃなくて、

 “どっちからも見られてる”場所なんだよね」


「そうだな」


セリは即座に認めた。


「だからこそ、割れ目も見えやすい。

 でも、俺たちが今できるのは⸺」


「補給路をちゃんと通すこと」


あすみが、先に言う。


昨日、ゲート前で聞いた言葉。

“見る場所を決めろ”。


補給路を守ることが、あの列の先を少しでもマシにするかどうかなんて、正直分か

らない。

それでも、今この席で、自分が選べる方向は限られている。


スプーンを握る指に力を込める。

震えを押さえ込むように。


隣のテーブルの笑い声は、まだ続いていた。

中立国の兵士も、連合側の傭兵も、それに混ざっている。


ひび割れた壁の隙間から、冷たい風が入り込むみたいに、

「中立」という言葉の中にも、静かなひずみが入り込んでいた。


あすみは、最後の一口を無理やり胃に押し込むと、トレーを持ち上げた。


「……行こ。時間、そろそろ」


「おう」


セリも立ち上がる。



彼は振り返らない。隣のテーブルにも、目を向けない。


代わりに、その視線はずっとあすみに向けられていた。


コンテナの扉を押し開けると、外の光が一気に入り込む。

補給拠点の喧騒と、冷たい風と、鉄の匂い。


あすみは一度だけ深呼吸をして、吐き出す息の白さを見つめた。


⸺この世界のどこかで、制服の有無だけで立つ場所が変わるなら。


せめて、自分が立っている側の意味を、間違えないように。


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