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SKY  作者: RUI


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19/44

Sky19-補給路の影-

 


 ブリーフィングは短かった。


「補給車列の護衛」「ゲート周辺の警戒」。


 ——機体が戻るまでの、穴埋めの任務。


 基地の外へ出る装甲車の中は、暖房が効きすぎていて乾いていた。

 あすみは窓の外を見て、何もない雪原に目を置こうとして、うまくいかなかった。


 隣のセリが、黙ったまま腕を組む。

 視線は前。声も前。


 ——そういう人間の横顔だった。


 山道を抜けて、谷がひらける。

 雪の白が途切れて、鉄と灰色が増えていく。


 その先に——突然、街が現れた。


 ⸻



山脈の裾野に、突然ひらけた灰色の街があった。


谷を削って造られた一本の道路。その先に積み上げられたコンテナと燃料タンク、

仮設バラックとテント。舗装しきれない地面には、装輪車のタイヤ跡と荷馬車の車

輪の筋が幾重にも重なっている。


中立国側の補給拠点都市。

連合軍北方基地から、装甲車で数時間。


「……すごい、混み方」


ゲート脇に立ちながら、あすみは思わず声を漏らした。


前も後ろも、トラックと装甲車と荷車だらけだった。

連合軍の紋章、中立国の紋章、見慣れない他国軍のマーク。鉄と油の匂いの間を縫

うように、ロバに荷を積んだ商人の隊列が進む。その足もとでは、子どもが砂ぼこ

りで茶色くなった靴を気にしながら、母親のコートの裾を握りしめている。


「北方基地の補給路とは、だいぶ雰囲気違うな」


隣で腕を組んでいるセリが、低くつぶやいた。


二人は今日はパイロットスーツではない。

支給された冬用戦闘服に、防寒コート。S機は拠点奥の整備棟で分解され、定期点

検を受けている。その間、彼らに割り振られた任務は⸺「補給車列の護衛」と

「ゲート周辺の警戒」。


「ほんと。なんか、世界の端っこ全部がここに流れ込んできてる感じ」


あすみは、視線だけ動かして周囲を見回す。


トラックの列。

荷車の列。

そして⸺人だけの列。


ゲート脇、車両とは別に、歩行者用の細い通路が作られている。そこに伸びる、長

い列。紙切れを握りしめた人たちが、少しずつ前へ押し出されていた。


軍服ではない。


色あせたワンピース。

毛玉だらけのカーディガン。

膝の抜けたズボン。

サイズの合わないコート。




「……避難民?」


口にした瞬間、自分の声が少し硬いと気付く。


「ここの医療区画に回すって、ブリーフィングで聞いただろ」


セリは静かに答えた。その視線も、列の方へ向いている。


列の多くは女性だった。

年配の人もいるが、あすみと同じくらいの年頃に見える人が一番多い。


肩をすぼめ、声を潜め、視線を落としたまま⸺ただ前に進むことだけに集中して

いるように見える。


風が谷を抜けた。


ばさ、とコートの裾がめくれる。

その一瞬、厚手のタイツの隙間から白い肌がのぞいた。そこに、不自然な色むらが

ある。黄色と薄紫が混じったような、消えかけのあざ。


すぐに、持ち主の手が裾を押さえた。

反射の速さに、あすみの喉がひくりと鳴る。


その手の爪には、くすんだ赤が残っていた。

きれいに塗る余裕はなかったのだろう。根元だけ色がはげ落ち、縁が黒ずんでい

る。


「……」


すぐ前に並んでいる別の女性は、襟元を何度も直していた。


ボタンの位置をひとつ掛け違えているせいで、片側だけが妙に開いている。そこか

らのぞく鎖骨のあたりに、粉っぽい肌色の筋が見えた。上から厚く塗ったファンデ

ーションが、うまく馴染めずに浮いている。


粉の下に隠したものを、想像してしまう。


「あすみ」


セリが小さく呼んだ。


「……うん」


答えながらも、視線は列から離れない。


列の少し後ろに、まだあどけなさの残る少女がいた。

あすみより少し年下だろうか。借り物らしい大きなコートに身を沈め、袖の中に両

手を隠している。裾からのぞく足首は、赤くなっていた。靴は合っていない。かか

とが半分浮いたまま、歩くたびにつま先が先に地面を探る。




ゲート側から、中立国兵の怒鳴り声が飛んだ。

意味は分からないが、調子は荒い。


少女の肩が、びくりと跳ねる。


袖の中から、そっと片手が出た。

前に立つ女性のコートの裾を、迷うように掴む。袖口から覗いた手首には、細い赤

い線がいくつも走っていた。縄か、何か固いもので強く縛られていた跡。すでに赤

黒くなりかけている。


(見なかったことに⸺)


そう思うより先に、少女が顔を上げた。


フードの影から覗いた瞳と、あすみの視線がぶつかる。


灰色とも薄茶ともつかない色。

その奥が、どこか「空いて」いる。

驚きや恐怖が、何度も途中で止められたあとみたいに、表に浮かんでこない。


一秒もない、短い時間。


前が詰まり、列がじわりと動いた。少女はすぐに視線を落とし、前へ押し出されて

いく。接点はすぐ切れたが、その目だけが、あすみの胸の内側に焼き付いた。


「難民受付と医療テント、こっちって言ってたな」


セリが、列の先を顎で示す。


ゲート脇の大きな白いテント。入口には、中立国の役人らしい男と、連合軍の衛生

兵が立っている。紙を受け取り、何かを尋ね、番号札を渡す。その先には、赤い十

字が掲げられた医療テント。さらに奥には、警備兵が立つ小さなテントがいくつ

か。


あすみは無意識に息を浅くした。


「……普通の人ばっかりだ」


気づけば、言葉が漏れている。


「普通って?」


セリの問いは、責めるでもなく、ただ確認するようだ。


「服も、歩き方も……昨日まで、どこかで普通に暮らしてた人たちに見えるってこ

と。

 主婦とか、学生とか、店員さんとか……そんな、感じ」


「ああ」




セリは短く相槌を打つ。


「こっち側に来るまでは、戦争に関係ないはずだった人たち、だな」


列の前方で、ひとりの女性が足をもつれさせた。

すぐ後ろの人が肩を支える。その女性のスカートの裾は裂けていて、焦って縫い合

わせた糸が、歩くたびに引きちぎれそうに伸びている。


「……軍、ちゃんと守れてるのかな」


あすみは、自分でも唐突だと思う言葉を口にしていた。


セリは、すぐには答えなかった。

彼の視線は遠く、車列の向こう側に投げられている。


「守れた人もいるし、間に合わなかった人もいる」


ようやく返ってきた言葉は、簡単で、それ以上でもそれ以下でもない。


「俺たちがここにいるのも、“これ以上”を増やさないためだ。

 ……少なくとも、それくらいの意味はある」


「……うん」


納得したわけではない。

でも、否定もできない。


ゲートの向こうで、誰かの笑い声が上がった。

別の場所では怒鳴り声。

トラックのエンジン音と、荷台の鉄がぶつかる音。

そのどれにも埋もれてしまいそうな、小さな子どもの泣き声が、一瞬だけ混じっ

て、すぐに消えた。


「セリ。私たち、明日もここ?」


「明日は補給路の途中まで護衛して、そこで引き継ぎだってさ」


セリは腕時計をちらりと見てから、あすみに視線を戻す。


「あすみ。任務中に、全部見ようとするなよ」


「……見ちゃったから、困ってるんだけど」


自分でも驚くくらい、素直な返事になった。


セリはふっと目を細める。


「そういう時は、“見る場所”を決めるんだ」




「見る場所?」


「今は、列ぜんぶじゃなくて⸺」


セリはあすみの肩越しに、ゲートの向こうを見た。


「明日走る補給路。そこだけ見てろ。

 そっちをちゃんと見てれば、少なくともあのトラックの中身は前線まで届く」


あすみは、補給車列の先を見る。


中立国の街の外へ伸びる一本の道。

その先には、まだ雪の残る山と、さらにその向こうに広がる北方の空がある。


「……分かった」


すぐに割り切れたわけではない。

胸の奥にさっきの少女の瞳が、まだくっきり残っている。


それでも⸺目を逸らさないと前に進めないことがある、ということも分かってい

る。


「じゃあ私は、補給路を見る。

 セリは?」


「あすみ」


セリは、少しだけ口元を緩めた。


「俺は、あすみを見る」


「は?」


思わずそちらを向くと、彼はいつもの冷静な表情に戻っていた。


「お前が変な無理しないかどうか、って意味だよ。

 俺のバディが壊れたら困るからな」


「……紛らわしい言い方しないで」


文句を言いながらも、あすみの肩の力は、ほんの少しだけ抜ける。


列は、まだ続いていた。

テントの入口で一人ずつ立ち止まり、何かを飲み込んでから白い布の向こうに消え

ていく。


戦争に巻き込まれた“普通の女の人たち”。


コートの裾を押さえる手。




襟元を直す仕草。

合っていない靴。

さっきすれ違った少女の目。


それらを、あすみは胸の奥にそっと畳んでしまい込む。

捨ててしまうのではなく、今は動ける場所に押しやるように。


明日、補給路を護衛する時。

今日見たものが、きっと頭をよぎる。


その時、自分がどうするのか⸺まだ分からない。


ただひとつ分かるのは、


北方基地からここまで延びてきた一本の道の上に、

自分たちの足跡も、あの人たちの足跡も、同じように刻まれているということだった。

※本日投稿分、19話と20話の内容が入れ替わっていたため差し替えました。

既読の方は恐れ入りますが19話からお読みください。

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