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SKY  作者: RUI
REDROSE

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18/120

Sky18-机の上の避難-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。



 外の風が、司令室の窓を低く鳴らしていた。

 薄く曇ったガラス越しに見えるのは、いつも通りの雪と灰色の空のはずなのに、部屋の中の空気はいつもより冷たかった。中央の卓上に、立体映像のウィンドウが浮かんでいる。


『……以上が、連合本部からの最新指針だ』

 映像の向こうにいるのは、スーツ姿の中年男だった。

 軍人ではない。肩章の代わりに、胸元に小さなバッジをいくつも付けている官僚タイプだ。

『北方第七基地は、今後“前線に準ずる防衛拠点”として扱う。Sランク搭乗員の運用についても、優先的な戦略配備を——』


「はいはい、聞こえてる」

 ハイルトン・グレイ大佐は、湯呑みを片手に、ソファにだらしなく腰を沈めたまま返事をした。


『アスミ・レイナー二等兵。今回の戦闘記録を拝見したが、非常に有用な戦力だ。今後は北方に留め置くのではなく、より直線的な前線艦隊への——』

「前線、ねぇ」

 ハイルトンは、わざとらしく言葉を切った。


『なにか?』

「確認したいんだが、本部さん」

 湯呑みを傾ける。茶をすすって、吐く息は軽い。

「北方第七基地は、“前線に準ずる”じゃなくて、“前線”ってことでいいんだな?」

『……表現上の問題だ。細かい——』

「“前線に準ずる”ってのは」

 ハイルトンは笑っている。でも、その目は笑っていない。

「本部が責任を持たないための言葉だろ。現場だけ前線に放り込んで、紙の上じゃ準ずるで逃げる」

『——』

「いや、悪い悪い」

 わざとらしく肩をすくめた。

「でもな、“前線”ってのは、“真っ先に死ぬやつがいる場所”だ。本部がそう呼ぶなら、それで構わねぇ。ただし」

 ハイルトンは手元の湯呑みを机に置いた。

「前線に昇格させるなら、前線らしく“子どもを下げる”許可も一緒に寄越せ。安全圏の施設に回すための輸送枠と、諸々の手続き一式」

『民間避難民の移送は、現場の判断で——』

「できねぇよ」

 珍しく、言葉を遮った。

「そっちが“前線”って言った。その口で、今さら“検討”はねぇだろ。本部ってのは、もっと偉そうに決めるもんだ」

 ハイルトンが湯呑みを机の端に寄せた。乾いた音がして、司令室の空気が一段だけ締まる。

『……分かった。北方第七基地の民間避難民については、優先退避対象として扱う。輸送の便と受け入れ先については、後ほど正式な文書を——』

「それでいい」

 ハイルトンは、立体映像の窓を見上げた。

「あと、Sランク搭乗員の運用指針とやらも、文書で頼む。現場判断の余地は、こっちで勝手に詰める」

『了解した』

 通信が切れると同時に、司令室の空気が少しだけ緩んだ。

 ハイルトンは湯呑みを取って、また茶をすすった。

「レイナーが赤くなった瞬間にこれかよ」

 背後で、控えていたキヌアが小さく咳払いをする。

「大佐。避難の件、よろしいのですか」

「よろしいもなにも」

 ハイルトンは肩を回す。

「今の北方は、いつ砲撃が来てもおかしくない。前線に昇格するなら、子どもは下げる。それだけだ」

 キヌアが頷く。

「受け入れ先は?」

「南方の保護施設。連合本部の管轄じゃない。ゼルンハイト系のNGOが運営しているとこだ」

 ハイルトンは、窓の外を一瞬だけ見た。

「……“赤い薔薇”。あの呼び名が外まで転がってりゃ、帝国だって黙ってねぇ。民間人を置いとく理由がひとつもない」

 キヌアの表情が固くなる。

「……つまり」

「政治の臭いがする。北方はもう、そういう場所になった」

 ハイルトンは、湯呑みを持ったまま立ち上がる。

「守れるものは守る。……守れないものが増える前にな」



 窓の外には雪。室内の古いストーブが、時々くぐもった音を立てている。

「ここ、“きょう”の分」

 低いテーブルの上に広げられたノートに、セリが赤ペンを走らせる。ペン先が紙を擦る音が、ストーブのくぐもった唸りに混ざった。

ナイルは、腕を組んでその手元を睨みつけていた。ハルは、その横でひらがなの練習帳を一生懸命なぞっている。

「『ゆき』の“ゆ”が、ちょっと逆向きだな」

「……へぇ」

 ナイルは納得していない顔をした。

 セリは赤ペンを置いて、目を細める。

「逆向きでも読めるけど、教科書に合わせた方があとで困らない。な?」

 ナイルが鼻を鳴らす。

「……ふーん」

 その様子がどことなく、誰かに似ている気がして、アスミは思わず笑ってしまった。

「笑った」

 ハルが顔を上げる。

「セリ、意外と教えるの上手いね」

セリが、なんとも言えない顔で笑った。廊下の向こうで、誰かが笑い混じりに言う声がした。

「赤い薔薇だってさ」

セリの視線が廊下の方を向いた。

「もう外に漏れてんのかよ、その呼び名……」

 アスミは、笑うこともできずに、曖昧な声を漏らす。

(……やっぱり、広がってるんだ)

 食堂でマルコがぼそっと言ったあだ名が、思ったよりずっと速く、外の世界まで転がっていったらしい。

 ハルはそれを知らないから、純粋に目を輝かせて言う。

「“あかい薔薇”のおねえちゃん、ニュースに出てたよ!」

 アスミの喉が、ほんの少し詰まる。

「……ニュース?」

「うん! すっごい人だって! でも、かわいかった!」

 ハルの言葉は無邪気で、残酷だった。

 セリが一瞬だけ、視線を外す。

「……へぇ」

 アスミは、笑うふりをした。

「そっか」

 それ以上、言えなかった。

 守れなかった子がいる。守れた子がいる。その差が、今も胸の奥で刺さっている。

 でも——

「ねえ」

 アスミは、話題を変えるように言った。

「ナイル。ハル。……近いうちに、ちょっとだけ、別の場所に行くかもしれない」

 ナイルが眉を寄せる。

「え。なんで」

「基地が、もっと危なくなったら……別の場所に行ってみるのも、悪くないかもしれないよ」

 アスミがナイルを見て言った。

 ハルがぱっと顔を上げアスミを見る。目はキラキラと輝いていて楽しそうだった。

「おひっこし?」

「うん。……避難、って言い方の方が近いかな」

 ナイルは、しばらく黙ったまま、窓の外を見ていた。

 雪。基地の壁。遠くに見える滑走路。

 あの避難列から連れてこられた時、ここはただの「知らない場所」だった。

 今は雪かきの仕方を教えてくれた人がいて。宿題を見てくれる人がいて。

 食堂で、スープの残りをこっそり多めにしてくれる人がいて。


「……ここ、好きだけど」

 ナイルがぽつりと言った。


 その声が、アスミの胸を少しだけ締め付ける。ナイルの横顔を見ながら、ゆっくりと言葉を選んだ。

「ここは、“前線の前線”になっちゃうかもしれないんだって。……ここで暮らすのは、大人でも大変だよ」


 ナイルは、しばらく黙ったまま、窓の外を見ていた。

 そして、ぽつりと。

「……ハルと母さんだけでも、安全な場所に置いて、自分は基地に残りたい」

 そんな考えが、ほんの一瞬頭をかすめた。それが、どれだけ独りよがりかも、分かっている。

 アスミは、ゆっくりと言葉を選んだ。

「好きって思える場所を、ひとつ知ったならさ。きっと、またどこかで見つけられるよ」

 自分に言い聞かせるように。

「ここが、全部じゃない。いつか、ここにまた遊びに来ればいい。雪かき、手伝いに」

 あすみはそう言って、ナイルの頭をぽん、と軽く撫でた。

「いつか、また来よう。……その時は、雪かき手伝ってね」


 ナイルは小さく頷く。ハルは、無邪気に笑った。


 ここは、もう“知らない場所”じゃない。それだけで、十分だった。


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