Sky15-北を焦がす光-
本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。
警報は、雪の夜を切り裂くみたいに鳴り響いた。
《全館に告ぐ。帝国軍、北東山脈方面より接近中。識別コード未登録。地上部隊およびSKY部隊、第一戦闘配置につけ——》
半分眠っていた意識が、一気に覚める。
セリが眉をしかめ、ベッドから跳ね起きる
「……マジかよ」
寝起きの声に苛立ちが混じる。枕元の端末を掴み、仮眠室のベットに寝ていたアスミを視線だけで急かした。
「あすみ、起きろ」
アスミは跳ねるように上体を起こし、息を切らす
「起きてる!」
すでに、枕元の端末を叩き落とす勢いで立ち上がっていた。制服の上着を掴み、足を突っ込む。冷たい床の感触が、かえっていい目覚ましになる。
廊下に飛び出すと、同じように寝起きの隊員たちが一斉に走り出していた。制服のボタンを留めながら、靴紐を結びながら、それでも足を止めない。
「アルファ1・2、聞こえるか」
走りながら耳元のイヤピースをねじ込むと、ハイルトンの声が飛び込んできた。
《敵は山脈越し。地上の装甲車両と、小隊規模のSKY。まだ“様子見”の数だが——》
声が少しだけ低く落ちる。
《——今回は避難車列が、まだ山を抜け切れてない》
その情報だけで、状況は嫌というほど見えた。
北東の山あいを抜けてくる避難ルート。ついこの前、兄妹たちを拾い上げた道。
雪と岩の隙間を縫って、車列が進む。その上を、帝国の影が覆いにくる。
「了解。アルファ1、出撃準備入ります」
「アルファ2、同じく」
二人は声を揃えて返事をし、そのまま格納庫へ駆け込んだ。
*
昼間は工具音と冗談で賑やかな空間が、今は最低限の声だけで動いている。
整備員たちが手際よくケーブルを外し、燃料ホースを外し、弾薬を装填していく。
「オルタイトタンク、正常値。同期回路オールグリーン。レイナー二等兵、問題なし」
ラルフが早口に読み上げて、親指を立てた。
「ありがとう」
アスミは短く礼を言い、コクピットへと駆け上がる。
シートに体を沈め、ハーネスを締める。ヘルメットを被った途端、さっきまでの廊下の喧噪が一気に遠のいた。
(——行くよ)
システムが起動し、透明なフロントスクリーンに、各種表示が浮かび上がる。
《アルファ1、出力リンク開始。同期率、62……68……》
リーサの事務的な声が、耳元に落ちる。
《4、3、2、1——発進》
瞬間、機体が後ろから蹴り出された。重力が一度押しつぶし、そのままふっと軽くなる。
雪原と滑走路レーンが一気に遠ざかり、北方基地の光がミニチュアみたいになった。
暗い雲の層を抜けると、そこには、薄く白んだ空と、遠く滲む星の帯があった。
「アルファ1、高度八千。北東へ向かう」
「アルファ2、同じく。……寒いな」
セリの声が、いつもの軽さで紛れる。でも、その奥に緊張が混じっているのが分かる。
遠く、山脈の稜線が黒い牙みたいに連なっていた。
《敵編隊、接近。速度、マッハ2.6。こちらを探っている》
機械音声が淡々と告げる。その淡々とした調子が、逆に怖い。
(探ってる……?)
それはつまり、まだ本気じゃない。
本気になったら、どうなる。
脳裏に、雪の道を走る避難車列が浮かんだ。
守らなきゃ。
指先に力が入りすぎて、手袋の中で関節が軋む。
黄色のバーのすぐ向こう側——さっきから、何かが扉を叩いている。
開けたら戻れない気はする。けれど、開けなければ届かない場所も確かにある。
(今じゃない。まだ、ここで踏ん張る)
そう決めたところで耳を刺すような、別種の電子音が割り込んできた。
《……南西脈斜面に、新規熱源反応。複数。パターン固定中》
リーサの声色が変わる。
《推定……長距離砲座。砲列構築に移行しています》
「……は?」
セリの短い息が、通信越しに漏れた。
HUDの隅に、新しい赤点がぽつぽつと灯る。
谷よりさらに上——山肌の雪を削るようにして、いくつもの熱源が並び始めていた。
(基地の方角……)
嫌な予感が背筋を走る。
《アルファ1、敵編隊まで——5、4、3——》
「行く」
トリガーを引いた。
光の帯が夜の空を裂き、最前列の敵機の装甲を削り取る。敵のカウンターの弾幕が、側面をかすめていく。
警告灯が一瞬だけ赤く跳ね、機体が小さく震えた。装甲を削られた鈍い衝撃が、ハーネス越しに肋骨へ伝わる。
視界の端が、少しだけ狭くなる。世界が、照準と軌道の線だけで構成される。
《オルタイト出力、63%。同期率80%。アルファ1、負荷上昇中》
《アルファ2、カバーに回る。右上、取るぞ》
「任せた」
アスミは、セリの機体の影を盾にしながら、一気に距離を詰めた。
敵機の間合いに踏み込み、ほとんど“ぶつかる”勢いで躱しながら機体を回頭させる。
赤い銃火が、ひとつ、ふたつと夜空に咲いた。
(——まだいける)
喉の奥で、自分の声がした。
黄色のバーの向こう側が、じわじわと呼吸を合わせてくるような感覚。
《……北東山脈裾野、地上部隊のシルエット確認。装甲車列、接敵》
機械音声が告げる。
その瞬間、あすみの心が冷たく締まった。
下を見ない。見たら、手が止まる。
(守る)
ただそれだけを、照準の中心に置く。
敵機が避難ルート側に抜けようとした瞬間、その前に回り込み、弾道をねじ曲げる。
《アルファ2、左側面の装甲車を押さえる。お前は上だけ見てろ》
「分かった」
セリの声が、妙に落ち着いている。
アスミは、ほんの一瞬だけ胸の奥が軽くなるのを感じた。
(……大丈夫。セリが下を押さえてくれてる)
《地上車列、進行継続。第二区画を突破。上空援護、感謝する》
短い報告が、胸の奥に小さな“手応え”を落とした。
だから自分は上から、全部を見ていればいい。避難車列も。帝国の影も。自分の照準も。
その“全部”の線が、どこで交わるのかを。
*
どれくらい時間が経ったのか、一瞬分からなくなった。
敵機は確かに減っている。地上の装甲車も、何台かは煙を吹いて止まっている。
《避難車列と地上部隊の距離、残り十キロ》
《ノーザン・クロスからの砲撃まで、あと四分》
(……ギリギリ)
呼吸が荒くなっていることに気付いて、アスミはわざと深く息を吸った。
《オルタイト出力、72%。同期率86%。アルファ1、許容範囲を超過する可能性があります》
「うるさい」
アスミは、機械音声に小さく吐き捨てた。
(限界、まだ分かんないくせに)
視界の端にちらつくオレンジ色を、わざと見ないようにする。
セリの低い悪態が、金属音みたいに耳に刺さる。
アスミは、一瞬だけ息を止めた。
さっきまで守り切ったはずのものが、まとめてその円の中に入っている。
《アルファ1・2。現位置で待機しつつ、山側を監視。砲座が完成する前に、可能な限り攪乱してください》
リーサの声が、冷たくなる。その冷たさが、逆に現実を突きつけてくる。
敵は、基地ごと焼く気だ。
《ここから先が、本番だ》
雪雲の上で、二機のヴィーラが静かに旋回する。遠く、山脈の縁が、じわりと紅く滲んだ気がした。
(——まだ、終わってない)
アスミは、握ったスティックに力を込める。胸の奥の熱も、さっきよりわずかに強く応えた。
北の空は、まだ焦げはじめたばかりだ。
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