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SKY  作者: RUI


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15/45

Sky15-北を焦がす光-



 警報は、雪の夜を切り裂くみたいに鳴り響いた。


《全館に告ぐ。帝国軍、北東山脈方面より接近中。識別コード未登録。地上部隊およびSKY部隊、第一戦闘配置につけ——》


 半分眠っていた意識が、一気に覚める。


セリ(眉をしかめ、ベッドから跳ね起きる)「……マジかよ」


 寝起きの声に苛立ちが混じる。


セリ(枕元の端末を掴み、視線だけで急かす)「あすみ、起きろ」


あすみ(跳ねるように上体を起こし、息を切らす)「起きてる!」


 あすみもすでに、枕元の端末を叩き落とす勢いで立ち上がっていた。

 制服の上着を掴み、足を突っ込む。冷たい床の感触が、かえっていい目覚ましになる。


 廊下に飛び出すと、同じように寝起きの隊員たちが一斉に走り出していた。

 制服のボタンを留めながら、靴紐を結びながら、それでも足を止めない。


「アルファ1・2、聞こえるか」


 走りながら耳元のイヤピースをねじ込むと、ハイルトンの声が飛び込んできた。


《敵は山脈越し。地上の装甲車両と、小隊規模のSKY。まだ“様子見”の数だが——》


 声が少しだけ低く落ちる。


《——今回は避難車列が、まだ山を抜け切れてない》


 その情報だけで、状況は嫌というほど見えた。


 北東の山あいを抜けてくる避難ルート。

 ついこの前、兄妹たちを拾い上げた道。


 雪と岩の隙間を縫って、車列が進む。

 その上を、帝国の影が覆いにくる。


「了解。アルファ1、出撃準備入ります」


「アルファ2、同じく」


 二人は声を揃えて返事をし、そのまま格納庫へ駆け込んだ。



 北方第七基地・第一格納庫。


 昼間は工具音と冗談で賑やかな空間が、今は最低限の声だけで動いている。

 整備員たちが手際よくケーブルを外し、燃料ホースを外し、弾薬を装填していく。


「オルタイトタンク、正常値。同期回路オールグリーン。古賀二等兵、問題なし」


 ラルフが早口に読み上げて、親指を立てた。


「ありがとう」


 あすみは短く礼を言い、コクピットへと駆け上がる。


 シートに体を沈め、ハーネスを締める。

 ヘルメットを被った途端、さっきまでの廊下の喧噪が一気に遠のいた。


(——行くよ)


 システムが起動し、透明なフロントスクリーンに、各種表示が浮かび上がる。


《アルファ1、出力リンク開始。同期率、62……68……》


 リーサの事務的な声が、耳元に落ちる。


《4、3、2、1——発進》


 瞬間、機体が後ろから蹴り出された。


 重力が一度押しつぶし、そのままふっと軽くなる。

 雪原と滑走路が一気に遠ざかり、北方基地の光がミニチュアみたいになった。


 暗い雲の層を抜けると、そこには、薄く白んだ空と、遠く滲む星の帯があった。


「アルファ1、高度八千。北東へ向かう」


「アルファ2、同じく。……寒いな」


 セリの声が、いつもの軽さで紛れる。

 でも、その奥に緊張が混じっているのが分かる。


 遠く、山脈の稜線が黒い牙みたいに連なっていた。


《敵編隊、接近。速度、マッハ2.6。こちらを探っている》


 機械音声が淡々と告げる。


 その淡々とした調子が、逆に怖い。


(探ってる……?)


 それはつまり、まだ本気じゃない。


 本気になったら、どうなる。


 脳裏に、雪の道を走る避難車列が浮かんだ。

 兄妹の乗ったトラック。

 あの小さな手。

 泣き止まない声。


 守らなきゃ。


 指先に力が入りすぎて、手袋の中で関節が軋む。


 黄色のバーのすぐ向こう側——

 さっきから、何かが扉を叩いている。


 開けたら戻れない気はする。

 けれど、開けなければ届かない場所も確かにある。


(今じゃない。まだ、ここで踏ん張る)


 そう決めたところで——


 耳を刺すような、別種の電子音が割り込んできた。


《……南西脈斜面に、新規熱源反応。複数。パターン固定中》


 リーサの声色が変わる。


《推定……長距離砲座。砲列構築に移行しています》


「……は?」


 セリの短い息が、通信越しに漏れた。


 HUDの隅に、新しい赤点がぽつぽつと灯る。

 谷よりさらに上——山肌の雪を削るようにして、いくつもの熱源が並び始めていた。


(基地の方角……)


 嫌な予感が背筋を走る。


《アルファ1、敵編隊まで——5、4、3——》


「——行く」


 トリガーを引いた。


 光の帯が夜の空を裂き、最前列の敵機の装甲を削り取る。

 敵のカウンターの弾幕が、側面をかすめていく。

 警告灯が一瞬だけ赤く跳ね、機体が小さく震えた。装甲を削られた鈍い衝撃が、ハーネス越しに肋骨へ伝わる。


 視界の端が、少しだけ狭くなる。

 世界が、照準と軌道の線だけで構成される。


《オルタイト出力、63%。同期率80%。アルファ1、負荷上昇中》


《アルファ2、カバーに回る。右上、取るぞ》


「任せた」


 あすみは、セリの機体の影を盾にしながら、一気に距離を詰めた。


 敵機の間合いに踏み込み、ほとんど“ぶつかる”勢いで躱しながら機体を回頭させる。

 赤い銃火が、ひとつ、ふたつと夜空に咲いた。


(——まだいける)


 喉の奥で、自分の声がした。


 黄色のバーの向こう側が、じわじわと呼吸を合わせてくるような感覚。


《……北東山脈裾野、地上部隊のシルエット確認。装甲車列、接敵》


 機械音声が告げる。


 その瞬間、あすみの心が冷たく締まった。


 下を見ない。

 見たら、手が止まる。


(守る)


 ただそれだけを、照準の中心に置く。


 敵機が避難ルート側に抜けようとした瞬間、その前に回り込み、弾道をねじ曲げる。


《アルファ2、左側面の装甲車を押さえる。お前は上だけ見てろ》


「分かった」


 セリの声が、妙に落ち着いている。


 あすみは、ほんの一瞬だけ胸の奥が軽くなるのを感じた。


(……大丈夫。セリが下を押さえてくれてる)


《地上車列、進行継続。第二区画を突破。上空援護、感謝する》


 短い報告が、胸の奥に小さな“手応え”を落とした。


 だから自分は——上から、全部を見ていればいい。


 避難車列も。

 帝国の影も。

 自分の照準も。


 その“全部”の線が、どこで交わるのかを。



 どれくらい時間が経ったのか、一瞬分からなくなった。


 敵機は確かに減っている。

 地上の装甲車も、何台かは煙を吹いて止まっている。


 けれど——


《避難車列と地上部隊の距離、残り十キロ》


《ノーザン・クロスからの砲撃まで、あと四分》


(……ギリギリ)


 呼吸が荒くなっていることに気付いて、あすみはわざと深く息を吸った。


《オルタイト出力、72%。同期率86%。アルファ1、許容範囲を超過する可能性があります》


「うるさい」


 あすみは、機械音声に小さく吐き捨てた。


(限界、まだ分かんないくせに)


 視界の端にちらつくオレンジ色を、わざと見ないようにする。


 セリの低い悪態が、金属音みたいに耳に刺さる。


 あすみは、一瞬だけ息を止めた。


 避難車列。

 兄妹の乗ったトラック。

 基地の建物。

 滑走路。

 整備区画。


 さっきまで守り切ったはずのものが、まとめてその円の中に入っている。


《アルファ1・2。現位置で待機しつつ、山側を監視。砲座が完成する前に、可能な限り攪乱してください》


 リーサの声が、冷たくなる。


 その冷たさが、逆に現実を突きつけてくる。


 敵は、基地ごと焼く気だ。


《ここから先が、本番だ》


 雪雲の上で、二機のSKYが静かに旋回する。


 遠く、山脈の縁が、じわりと紅く滲んだ気がした。


(——まだ、終わってない)


 あすみは、握ったスティックに力を込める。


 胸の奥の熱も、さっきよりわずかに強く応えた。


 北の空は、まだ焦げはじめたばかりだ。


(つづく)

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