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SKY  作者: RUI


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Sky14-オルタイトと搭乗員



 医務棟の診察室は、外の寒さが嘘みたいにあたたかかった。


 白い壁。消毒液のにおい。壁際には簡易モニターが並び、奥のカーテンの向こう

では、誰かが検査を受けているらしく、機械の小さな駆動音がしている。


「⸺じゃあ、次。古賀二等兵」


「はい」


 名前を呼ばれて、あすみは椅子から立ち上がった。

 廊下のベンチには、さっきまで一緒にいた歩兵たちが、順番待ちでぐったりして

いる。


 中に入ると、細長い診察室の中央に簡易ベッド、その脇に端末とモニター。

 白衣を着た軍医が、データパッドをめくっていた。


 年の頃は三十代後半くらい。黒髪をひとつに束ね、眼鏡の奥の目が少し眠たそう

に見える。


「北方基地医務班、シラトリ軍医だ。よろしくな」


「あ……古賀あすみ二等兵です。よろしくお願いします」


「そんなに緊張しなくていい。今日は定期の反応検査と問診だけだ。⸺ああ、心

電図つけるから、上着だけ脱いでこっち」


 言われるままに、あすみはジャケットを脱いでベッドに腰掛ける。

 冷たいセンサーが、胸と腕に貼り付けられる。


「脈、ちょっと速いな。寒いからか?」


「……さっきまで外にいたので」


「なるほどな。⸺じゃ、楽にして。モニター見るだけだから」


 シラトリは、あすみの上に吊り下がったモニターに視線を移した。

 波形と数字が、次々と並んでいく。


「オルタイト反応値……ふん」


 短く息を漏らす。


「やっぱり高いな。LAAアカデミー時代から変わらず、上限ぎりぎり」




「……やっぱり、高いんですか?」


 あすみは、自分の胸のあたりを見下ろした。


「高い。普通の搭乗員が、だいたいこの辺⸺」


 シラトリは画面上の数値を指でなぞる。


「ここからここまでが“安全圏”。それより上は、“許容範囲”。で、お前は⸺」


 指が、さらにその上の数字で止まる。


「この、限界線のひとつ下。ちょうど“赤くなりやすい”ゾーン」


「……赤くなる、って」


 聞き慣れた言葉。でも、あえて確かめる。


「教範では、なんて習った?」


「オルタイトが限界値を超えて励起すると、搭乗員の身体と精神に過負荷がかかっ

て、視覚情報に色の偏りが出ることがある……って」


「正解だ。⸺現場では、それを“赤くなる”って言う」


 シラトリは、慣れた調子で説明を続けた。


「オルタイトの核心部は、刺激されると光を放つ。正常なら青~白。安全圏内。だ

が、限界近くまで引っ張ると、波長が偏って赤寄りの帯になる」


 モニターに簡易の図が出される。青から白、そして赤へと変わるグラデーショ

ン。


「それが視覚的にも、コクピットの中で“赤く”見える。⸺もちろん、かっこいい

言い方もある。『限界突破』『覚醒』とか、な」


 口調は淡々としているが、どこか皮肉っぽい。


「だが、医学的には、あれはただの“過負荷”だ。脳にも身体にも、負債が残る」


「……負債」


「神経系の焼き切れ。心臓負荷。血管系の損傷。⸺昔、一度だけ見た。赤化状態

で数分飛んだまま敵編隊引き裂いて、そのあとコクピットの中でそのまま心停止し

たパイロットがいた」


 診察室の空気が、ひんやりと変わる。




「伝説みたいに語られるが、当人は伝説のまま死んでる。長生きしたやつは、いな

い」


 あすみは、わずかに喉が鳴るのを自覚した。


「……私も、いつか、そうなるんですか」


「さあな」


 シラトリは、あっさりと肩をすくめた。


「そんな未来の話、医者の仕事じゃない。俺達の仕事は、“今日の時点では安全か

どうか”を判断することだけだ」


 モニターに映る波形を、少し拡大する。


「今のところ、お前の数値は“高いけど安定”。だから、飛ばしてる。⸺ただし」


 そこで、表情が少しだけ真面目になる。


「オルタイト反応が高いってことは、“限界が近い”って事でもある。普通の奴がま

だ余裕の出力でも、お前にとっては既にぎりぎりかもしれない」


「……」


「だから、自分の体感だけで“まだ行ける”って判断するな。古賀二等兵、お前は特

に」


 名前を呼ぶ声が、少しだけ低くなる。


「赤くなり始めたら、その先にあるのは“かっこいい覚醒”じゃなくて、“戻れない

領域”だ。⸺それを先に教えておく」


 あすみは、小さく息を吐いた。


「……はい。分かりました」


「よろしい」


 シラトリはうなずいてから、別の画面を呼び出した。


「ついでに、遺伝子検査の結果もざっと見るか。⸺これは、もう事前に聞いてる

と思うが」


「あ、あの、“異常”ってやつですか」




「そう。“適性”ってやつの、裏側の話」


 画面には、細かい数列とDNAの図が並んでいる。


「SKY搭乗員全員、例外なく“普通じゃない”体をしてる。生まれつきか、幼少期

に調整されたかは人によるが⸺」


 一本のラインを指でなぞりながら言う。


「オルタイトと脳を直接リンクさせるために、神経系と代謝系に細かい“改造”が入

ってる。耐性を上げて、反応速度を上げて、その代わりにどこかを削ってる」


「……どこか、って」


「人によって違う」


 シラトリは、あっさりと言う。


「体力が落ちやすくなる奴もいるし、怪我の治りが妙に早い代わりに、年を取るの

が早く感じるって言う奴もいる。髪や目の色が変わることもある」


「目と髪……」


 あすみは、思わず自分の前髪を指先でつまんだ。


 変わってしまうかもしれないもの。

 変わったときに、自分が自分だと分かるのかどうか⸺


 そこまで考えかけて、首を小さく振る。


「……やっぱり、あんまり考えたくない話ですね」


「普通の反応だ。考えすぎると眠れなくなるからな」


 シラトリはそう言って、淡々とモニターを閉じた。


「連合の公式見解では、“機能強化の範囲内で、健康に問題はない”ってことになっ

てる」


 シラトリは肩をすくめる。


「だが、俺達現場の医者からすれば、“完全に安全とは言い切れない”」


「……正直ですね」


「基地の軍医ってのはな、綺麗事を言っても誰も得しない職業なんだよ」




 少しだけ笑って、それから続ける。


「お前の遺伝子パターンは、典型的なオルディア系血統に、連合側での微調整が少

し入ってる。どのみち、普通のコロニー育ちとは別物だ」


「……」


「だからといって、“化け物”扱いされる筋合いはない。ただ、“普通の人間と同じ

じゃない”って事実は、本人が一番ちゃんと分かっておけ」


 あすみは、胸の奥が少しだけざらっとするのを感じた。


 小さい頃から、何度も聞いてきた言葉だ。

 「特別」「適性」「普通じゃない」。


 嬉しいと感じたことは、一度もない。


「⸺質問、あるか?」


「……一つ、だけ」


「うん?」


「……この検査って、セリも受けてるんですよね」


「ああ。アンダーソン二等兵か。アイツは⸺」


 シラトリは端末を少しスクロールして、別のファイルを開いた。


「反応値は中の上。遺伝子パターンは、連合側の典型的なSKY用調整型。副作用

は軽微だな」


「副作用……何かあるんですか?」


「本人が一番気にしてるのは、“将来ハゲないかどうか”らしい」


「……は?」


 あすみは思わず顔を上げた。


「検査のたびに聞いてくる。“先生、俺って遺伝子いじってるってことは、髪とか

早く抜けたりしません?”ってな」


 医務室の空気が、少しだけ和らぐ。


「安心しろ。すぐにはハゲない。今のパターンだと、たぶん普通の人並みだ」




「……普通に伝えてあげてください、それ」


「伝えてる。毎回な。⸺人によって、不安に思うところは違うってことだ」


 シラトリは、モニターを閉じた。


「よし。数値は問題なし。古賀あすみ二等兵、現時点では搭乗継続に支障なし」


「……ありがとうございました」


 あすみはセンサーを外され、上着を着直した。


 診察室を出る前、ふと振り返る。


「先生」


「うん?」


「……私が、もし“赤くなり始めたら”。その時も、ちゃんと止めてくれますか」


 自分で言って、少し変な質問だと思う。


 それでも、聞かずにはいられなかった。


 シラトリは、わずかに目を細めた。


「医者としては、“止める”と約束したいところだが⸺」


 そこで、視線を外して、窓の外の雪をちらりと見る。


「戦場ではな、俺が止める前に、自分で止まれないと間に合わないことが多い」


 あすみの喉が、また小さく鳴る。


「だから、こう言っておく。⸺“自分で止まれ”」


 短く、はっきりとした言葉。


「それができない奴は、赤くなる資格もない」


 あすみは、小さく頷いて、診察室を出た。



「どうだった?」


 廊下のベンチで、セリが足をぶらぶらさせながら聞いてくる。




「禿げないって言ってたよ」


「は?」


「先生が。セリは、たぶん、ハゲないって」


「お前、何の検査してきたんだよ」


 セリが額にしわを寄せる。


「言ったの、セリでしょ。“ハゲません?”って」


「聞くなよ、人前で! ……マジで言ってんのか、あの医者」


「ふふ」


 不意に、笑いがこぼれた。


 廊下の向こうでは、他の隊員たちが順番を待ちながら、ニュース端末の画面を覗

き込んでいる。


『⸺西方前線において、帝国軍新型艦の目撃情報が⸺』


『アルクトリ中立諸島での、連合・帝国双方の代表会談は、依然として⸺』


 断片的なニュースが、医務棟の静けさに浮いている。


 その音を聞きながら、あすみはさっきのシラトリの言葉を思い出していた。


(“普通じゃない”体。オルタイト。赤くなる資格)


 胸のあたりが、少しだけ重くなる。


「……どうした」


 隣で、セリが覗き込んだ。


「ん、なんでもない。⸺セリ、禿げないって」


「そこはもういい」


 呆れたようにため息をつくその顔が、いつものセリで、少しだけ安心する。



 その日の夕方。


 医務棟と司令室をつなぐ細い通路で、シラトリは一枚のファイルを持って立ち止




まっていた。


「大佐、定期検査のレポートです」


 司令室の扉をノックすると、中から気の抜けた声が返ってくる。


「おー、どうぞー」


 中に入ると、ハイルトンがいつものソファに沈み込んでいた。

 机の上には、コーヒーカップと書類の山。


「北方第七基地司令、ハイルトン・グレイ大佐」


「その前振り、要るか?」


「形式です。⸺古賀二等兵とアンダーソン二等兵の分、まとめておきました」


 シラトリは、ファイルを机の上に置いた。


 ハイルトンは、面倒くさそうにそれを開く。

 ページをめくる指先だけが、どこか丁寧だ。


「……ふん」


 目線が、ある数字のところで止まる。


「やっぱり高ぇな、古賀の方」


「はい。安全域の天井ぎりぎり。ただ、現状は安定してます」


「“現状は”か」


「ええ。“今のところ”」


 シラトリも、ソファの背にもたれながら言う。


「昔みたいに、“限界突破で突っ込ませろ”って空気なら、とっくに前線に放り出さ

れてますね」


「勘弁してくれ」


 ハイルトンは、鼻で笑った。


「そういう芸当は、もうノーザン・クロスで沢山だ」


「ミュラー中尉が聞いたら、きっと泣いて喜びますよ。“先輩も丸くなりました

ね”って」




「アイツは昔から口が悪い」


 言いながらも、表情の片隅に、わずかな苦笑が浮かぶ。


「……で、どうなんだ。医者目線で見て、“あいつ”」


 ファイルを閉じ、指先で軽く叩きながら問う。


「⸺あの子の“赤くなり方”は、どっちに転びそうだ」


 シラトリは、少しだけ考えるように目を伏せた。


「今のところは、“守るために踏み込む”方です。自分のためじゃなく、誰かのため

に」


「ふん」


「ただ、その“誰か”が増えすぎると、止まれなくなるタイプですね。届く限りは全

部抱え込もうとする」


「……ミュラーとケイの悪いとこ取りか」


 ぽつりと、昔の名前が出る。


 シラトリは、何も言わない。


「こっち側で、ちゃんと生かして返してやれると思うか」


 ハイルトンの声が、ふと、電話越しに聞いたミュラーの台詞と重なる。


『⸺あの子、ちゃんと“こっち側”で生かして返して下さいよ』


 シラトリは、少しだけ肩をすくめた。


「それは、大佐の仕事でしょう」


「人のせいにするな」


「医者はいつも、人のせいにされる側ですから」


 軽口で流してから、真面目な声に戻る。


「少なくとも、今はまだ、“赤くなる資格”はありますよ」


「資格、ね」


「自分の足で踏み込んで、自分の意思で止まろうとしてる限りは」




 ハイルトンは、窓の外の雪を一瞥した。


 灰色の空の下で、北の風がうねっている。


「⸺じゃあ、こっちの仕事は」


 彼は、コーヒーカップを持ち上げながらぼそっと言う。


「“止まれなかった時に、ちゃんと止めてやること”か」


「それができる上官は、多くないです」


「おだてても何も出ないぞ」


「おだててませんよ。⸺報告は以上です。どうか、脳と心臓の負債は、ほどほど

の範囲でお願いします」


「そっちはそっちで、ちゃんと管理しろ」


「承知しました」


 シラトリは、敬礼をして司令室を出た。


 扉が閉まる。


 ハイルトンは、一人になった部屋で、ファイルを指先でとんとんと揃えた。


「……どっちに転ぶか分からん、か」


 天井を見上げる。


「せめて、“あの頃”よりはマシな転び方をしてくれるといいんだがな」


 呟きは、誰に向けたものでもなかった。


 北方の風が、窓をわずかに揺らした

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