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SKY  作者: RUI
REDROSE

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12/117

Sky12-守るだけの戦場-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。



 トレイを持った兵士たちが列を作り、スープの鍋とパンの山の前で渋滞する。湯気と人の温度で、窓ガラスがうっすら曇っていた。


「今日はちょっと色がマシですね」

 スープの鍋を覗き込みながら、アスミは小声で言った。

 茶色一色だったいつものそれより、ほんの少しだけ緑が多い。刻んだ野菜が、沈んだり浮いたりしている。

「あっ。野菜、入ってる!」

 横でセリが真顔でうなずく。

「文明だな」

食堂の担当兵からスープを受け取りながらアスミは言った。

「怒られるよ、調理班に聞こえたら」

セリは前にいる配膳兵に向かってニコリと笑う。

「聞こえるように言ってやらないとな。いつもありがとうって」

 そんなことを言いながら、睨みつける配膳兵を無視してセリはパンを二つも取っていた。

「レイナー二等兵!」

 奥のテーブルから、大きな声が飛ぶ。整備服の袖をまくったラルフが、スプーンを振り回して手を振っていた。その隣では、ジン伍長が端末を片手に、いつもの仏頂面で座っている。

「おはようございます」

 アスミがトレイを持って近づくと、セリと並んで席を詰めてくれた。

「司令は?」

「さっきまでいたよ。パンだけかっさらってどっか行った」

ラルフがスープをすすりながら答える。

「相変わらずですね」

アスミはスープを一口、口に運んだ。

(……ちゃんと温かい)

 塩気は強いが、胃が動き出す感じがした。食堂の端のモニターでは、ニュースチャンネルが小さな音量で流れている。

《⸺西方前線、ガルディア合衆国側の部隊と帝国艦隊の衝突が続いています》

 画面には、雪ではなく土煙の上がる荒野の映像。地上戦車と砲撃の閃光が映し出されていた。

《ノイ=フェルン王国沿岸部では、帝国新型艦のシルエットが複数確認されたとの情報も⸺》


「また西側かよ」

 マルコ伍長が、少し離れたテーブルでパンを齧りながら、モニターを睨むように見上げた。

「お前、そんなに行きたいのか、西方前線」

 同僚らしき歩兵が笑う。

「行きたくねぇよ。行きたくねぇけど……」

 マルコはスープを一気に飲み干し、ちょっとだけ顔をしかめた。

「“中立圏だから撃つな、追うな、守るだけ”っての、正直ムカつく時あるだろ」

 相手の言葉に、周りが一瞬だけ静かになる。


「……でも、守るの大事ですよ」

 アスミは、気付いたら口を挟んでいた。

「ここが中立だから、逃げてこられた人もいるし……」


「分かってんだよ、それは」

 マルコは、納得していないという顔でアスミを見た。

「逃げてきたやつらの顔見たら、“追い返せ”なんて絶対言えねぇしな」

 言葉とは裏腹に、目は少し柔らかかった。

「でも、帝国の奴らが線の向こうで好き勝手やってんのを、こっちから越境できねぇのは……どうにも慣れねぇ」


「“撃たないことで守ってる”ってのもあるからな」

 隣にいた歩兵のアッシャーが、ぼそっとフォローする。

「ここで誰か一人引き金間違えたら、条約ごと吹き飛ぶ」


「そうそう。だからマルコはあそこで吠えてるのが仕事」

 ニュースの音量を上げながら、リーサ軍曹がいつの間にか隣に立っていた。トレイ片手に、腰に手を当てている。

「聞こえてたかよ、リーサ」

マルコはリーサへ視線を上げた。

「聞こえてましたよ。私のアンテナ、優秀なんで」

リーサが食事の乗ったトレーを後ろの机に置いて座った。

「アンテナって……」

 アスミが苦笑すると、リーサは後ろの席で胸を張る。

「元前線の無線兵なめないでくださいね?」

「前線?」

 思わず聞き返すと、リーサは「しまった」という顔でチラリと横目をやった。

「はい、そこ掘り下げない」

「気になりますけど」

アスミがリーサを見て言う。

「気になっても、今は掘り下げない」

 リーサは、あえて話を切り替える。

「レイナー二等兵、食べたら通信室来いよ。午前中に、SKY各機の回線チェックするから」

ジンが席を立って、アスミに向かって言った。

「了解です」

 ラルフも立ち上がりながら横から口を挟む。

「その前に整備区画寄ってかない? うちの子ら、朝のご挨拶待ってるからさ」

「うちの子?」

「SKYのことですよ」

 ジンが、呆れたようにラルフを見て言った。

「お前、本当に機体に名前つけてるからな」


「つけません? 愛着湧くじゃん」

レイナーはきょとんとした表情でジンを見て立っている。

「仕事上の相棒になら」

 セリがパンを齧りながら笑う。

「……じゃあ、朝は整備区画で挨拶してから通信室ですね」

 アスミは、スープを最後まで飲み干した。

(今日も、ちゃんと“仕事”がある)

 戦闘のない日でも、基地の中はやることだらけだ。



 第一格納庫は、油と金属の匂いで満ちていた。

巨大な天井クレーンの下で、SKYたちが膝をついたまま静かに並んでいる。昨日の戦闘で傷ついた装甲はだいぶ修復され、新しいパーツの色が目立つ以外は、ほとんど元通りに見えた。

「おはようございまーす。うちの子たち、いい子にしてましたかー?」

 ラルフが、機体の脚を軽く叩きながら声を掛ける。

「うちの子って言うな」

 ジンが呆れたように言いながらも、手は忙しく工具を動かしていた。


「レイナー、ほら」

 ラルフが、アスミの機体の胸部装甲をぺしっと叩く。

「昨日のダメージログ、見たけどな。あれで帰ってくるの、なかなかやるな、この子」

「“この子”が頑張ったんです」

 アスミは、機体の足元に立って見上げる。

 白銀の装甲の一部は新しいパネルに取り替えられていて、まだ少しだけ色が浮いていた。


「名前、つけるか?」

 ラルフが、目を輝かせる。

「愛称。アルファ2とかレイナー機とかだと味気ないじゃん。なんかこう……」

「やめろ」

 ジンが、ようやく端末から顔を上げた。

「今、どうせロマンのない名前つけようとしてたろ」

アスミとラルフがジンを見た。ラルフは笑いながら言った。

「ありますよロマン。ね、“雪原の白い悪魔”とか」

「やめてください」

 アスミが即答した。

「悪魔はちょっと……」


ラルフは少し考えてから、あっ!と、思いついたように言う。

「じゃあ“北の天使”」

あすみが無表情のまま淡々と返す。

「もっとやめてください」

 セリが吹き出す。

「ラルフ、センスの方向どっち行きたいのかはっきりして」


「こういうのはな」

 ジンが、少しだけ真面目な声で言う。

「整備班の中で勝手に呼ぶくらいがちょうどいいんだよ。パイロットの前で大声で呼ぶもんじゃねぇ」

「俺たちの仕事は、こいつらをちゃんと“次の日も戦場に立てる状態”で返すことだ」

 ジンは、露出していたケーブルを慎重に押し込みながら続けた。

「名前つけて、子どもみたいに可愛がって、ついでに駄々こねて整備サボるようになったら最悪だろ」

「それ、ラルフさんのことですよね」

 アスミがぽろっと言うと、ラルフが「ひどい!」と大げさに肩を落とした。

「でもまあ……」

ジンが、アスミの機体の脚を軽く叩く。

「こいつが生きて帰ってきたら、その日はちょっとだけいいもん食わせたくはなる」

 ジンは、いつもの仏頂面のまま、少しだけ口元を緩めたように見えた。

「ちゃんと戻ってこい。パイロットごと」


「はい」

 アスミは、まっすぐに頷いた。

隣では、グレン中尉の機体に別の整備員たちが群がっている。

「中尉、また無茶したでしょ」

「してねぇよ。ギリギリだ」

「それを無茶って言うんです」

 そんなやり取りが、いつものように飛び交っていた。


(……こうやって、誰かが毎日直してくれてる)

 自分が前に出る分だけ、後ろで手を汚している人たちがいる。その当たり前を、改めて実感する。


「アスミ、行くぞ」

 セリが肩を軽く叩いた。

「うん。ラルフさん、ジン伍長。行ってきます」

ラルフとジンは機体の側で端末を開きながら整備作業に取り掛かろうとしていた。

「はいよー。帰ってくる場所ぐらいは磨いといてやる」

そして、ラルフが歩いていくアスミとセリを見て言った。

「変な被弾ログ増やすなよ」

 いつも通りの声に背中を押されるようにして、あすみは格納庫を後にした。



 通信室は、食堂と違う種類の騒がしさがあった。

 壁一面に並んだモニター。いくつもの回線が同時に開いていて、帝国側国境監視、北方海域の天候情報、連合本部からの定時連絡などが、音と光で行き交っている。


「レイナー二等兵、こっち」

 リーサ軍曹が片手を挙げた。

 背丈は小さいが、椅子の上に片膝を立ててコンソールに向かう姿は、妙に板についている。

「ヴィーラ用回線のチェックします。ヘッドセット、つけて」

「はい」

 アスミは指定された席に座り、ヘッドセットを装着した。

《アルファ2、こちら基地通信室。音声聞こえますか?》

 リーサの声が、すぐ耳元から響いてくる。

《聞こえます。クリアです》

《じゃあ次、ノイズテスト。雑音混ぜるので、レベル教えて》

 その後も、淡々とした項目が続く。音声遅延、緊急回線、暗号化チャンネル。

 作業の合間、リーサはモニターの一つに目を走らせた。

《……まただ》

《何かありました?》

《西大陸のニュース。ほら》

 アスミはヘッドセットをずらし、リーサが指さした画面を見る。


《連合加盟国ベルナイン商業連邦では⸺》

 ざらついた映像の中、スーツ姿の男たちが議会のような場所で何かを叫んでいた。

《帝国との裏取引疑惑を受け、一部議員の辞職要求が……》

「ベルナイン、また揉めてるんですか?」

「いつも揉めてるよ、あそこは。お金の匂いがするところには、だいたい揉め事がある」

リーサは表情を変えずに画面を見つめたまま言葉を落とす。

「でもまあ、ああいう国がないと、戦争って長続きしちゃうんだよね」

「え?」

「どこにどれだけ弾が流れてるか、あいつら全部把握できるから」

 さらっと怖いことを言う。

「……リーサ軍曹、前線にいたって」

「はいそこ、また掘ろうとしない」

 リーサは笑って誤魔化した。

「西方前線、さっきも話題になってましたよね」

アスミもリーサと同じ画面を見ながら言った。

「うん。ガルディアが頑張ってる。あそこは地上戦ガチ勢だから」

 別のモニターには、険しい顔のキャスターが別のニュースを読んでいた。


《⸺中立国ゼルンハイトは、宇宙エレベーター周辺への武装艦接近に対して、再三の抗議声明を発表⸺》


「ゼルンハイトは、絶対中立なんですよね」

ゼルンハイト評議国。アルクトリと並ぶ中立国。

「“絶対”って言葉が一番信用できないって、前に誰かが言ってた」

 リーサは、笑いながらも目だけは真剣だった。

「でも、中立領で戦闘起きたら、本当に終わる。だから、あそこは死んでも守るって決めてる人たちがいっぱいいる」

アスミは、ゆっくりと言葉を選ぶ。北方基地もアルクトリ領の一部に設置されている。

「ここも、中立領ですよね」

「うん。だから、ここもね」

 リーサは一瞬だけ黙り、アスミを見た。

「ここと、あそこは繋がってる。海の上と空の上で」

 意味ありげな言い方だったが、それ以上説明はしなかった。


 別のニュースが流れ始める。

《⸺帝国補給線付近で、謎の武装組織による襲撃が発生。自称レジスタンス組織『ARCLINEアークライン』が犯行声明を⸺》

 画面には、黒く塗りつぶされたシルエットと、歪んだ紋章のようなマーク。

「また出た」

 誰かがぼそっと呟いた。

「アークラインって、テロ組織なんですよね?」

 アスミが尋ねると、リーサは少しだけ口をとがらせた。

「教科書的にはね。“国際秩序を乱す非合法武装集団”」

「教科書的には?」

「何かを守ってるのか、壊してるのか、ここにいるとよく分かんなくなるよ」

 リーサはマイクのスイッチを切り、一瞬だけ溜め息をついた。

「でもまあ、今の私たちの仕事は、あいつらのこと考えることじゃない。……はい、チェック戻るよ」


「はい」

 アスミは、視線をコンソールに戻した。

(世界のあちこちで、いろんな人が動いてる)

 モニターの向こうの、映像の中の人たち。名前も顔も知らない誰かたち。

(今は、ここの線を守るのが、自分の範囲)

 それをもう一度、心の中で確認した。



「なんでパイロットまで雪かきしてるんだろうな」

 スコップを肩に担ぎながら、セリがぼやく。

「運動不足解消?」

アスミは雪をスコップに乗せながら言った。

「十分運動してるだろ、お前」

 マルコ伍長が、前を歩きながら振り返る。

「パイロットが地面触るのも悪くねぇんだよ。どこが凍って危ないとか、自分の目で見とけ」

 基地の外周フェンス沿いに積もった雪を、黙々と崩していく。

 遠くのほうで、兄妹が別の班と一緒に雪を運んでいるのが見えた。ハルがスコップを振り回してはナイルに怒られている。

「おーい、あんまはしゃぐなよー」

 マルコが大きな声を飛ばす。

「滑ったら尻割れるからなー!」

「尻は割れてるだろ」

 セリが小さく突っ込む。

 ふと、アスミはマルコの横顔を見た。

「さっき、食堂で……」

「ん?」

「“守るだけムカつく”って言ってましたよね」

「あー……聞いてたか」

 マルコは、雪を放り投げながら小さくため息をついた。

「前は、もっと別のとこにいたんですか?」

「ガルディア側の南前線だ。砂漠と山と、たまに町が燃えるとこ」

 ガルディア。統合軍の大きな拠点がいくつもある国。

「撃って、撃たれて、進んで、押し返されて。……あっちはあっちで、もううんざりだったけどな」

 スコップの先で氷を砕く音が、妙に乾いて響いた。

「ここはまだマシだよ。雪かきして、難民の子らの相手して、“ライン越えるな”って怒られて」

「怒られて?」

「帝国の砲座が見える距離まで近づきすぎると、リーサに怒鳴られる」

 マルコは笑った。

「でもまあ、あいつらの方がひでぇからな」

 マルコは遠く、海の向こう側を見た。

「中立圏まで追っかけてこれねぇように、こっちで歯止めかけるのが俺らの仕事だ」

「歯止め……」

「そう。だから、“守るだけ”ってのも、それはそれで結構きついんだよ」

 マルコはそう言って、また雪を崩し始めた。

 空から、細かい雪がぱらぱらと降り始める。白い息と、スコップの音と、遠くの兄妹の笑い声。

 北方第七基地の一日は、戦場と生活のちょうど真ん中あたりで、静かに続いていく。


(ここで、みんなと一緒に動いてるんだな)

 どこを歩いても、“顔の見える誰か”がいて、その全部が「守りたい場所」に繋がっている。

(この基地が、今の私の世界の中心だ)

 そんなことを思いながら、アスミはもう一度スコップを握り直した。

 遠くで、リーサの声が管制塔から響く。

《雪かき班、転倒注意! 腰やったら医務班忙しくなるから!》


「うるせー!」

 誰かの返事と笑い声が、雪の上を転がっていった。


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