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SKY  作者: RUI
REDROSE

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Sky11-届くところ-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。

 


 雪は、今日も容赦なく降っていた。

 空から落ちてくる一片一片は軽いくせに、積もるとなると話は別だ。昨日整備班や歩兵が総出でかいたばかりの道が、もう膝下まで埋まりかけている。


「……これ、終わる気がしないんだけど」

 スコップを雪に突き立てながら、アスミは小さくぼやいた。


「終わらせるんだよ。終わらないと飯にありつけない」

 隣で同じようにスコップを動かしているマルコ伍長が、言葉の割に楽しそうに笑

 う。

「今日はほら、“お客さん”が来るからな。道を空けてやらねぇと」


 “お客さん”。

 その言い方に、アスミの手が少しだけ止まる。

 昨日の戦闘のあと、司令部から通達があった。避難集落#3の一部住民を、基地内の簡易居住区で受け入れることになった、と。避難集落は、あまりにも脆い。砲撃一つで、全部消えてしまう。だから最低限、移せる分だけでも、硬い壁の中へとグレイ司令が言っていた。


「アルファ2、手が止まってるぞー」

 背中越しにセリの声が飛んできた。

「アルファ2じゃないです。セリだって、さっきから全然進んでないよ」

 アスミがスコップの動きを止めて、セリに顔を向けた。

 後ろで立っているセリの足元には全く掘り返した跡がなかった。

「俺は、お前の監視役」

 セリがスコップの持ち手に寄りかかる。

「またそう言って、私のこと監視なんて特にしてないじゃない。職務怠慢でしょ」

 アスミはセリに向かって嫌そうな笑顔を見せ、またスコップを動かし始める。

 基地の外周から、港まで伸びる一本の雪道。

 そこに、人が二人すれ違えるくらいの幅の“黒い筋”が、少しずつ見えてきた。


 雪の白と、地面の灰色。遠くには、氷海と、薄く霞んだ空。

 風は冷たいけれど昨日の砲声よりはずっとましだ。


 *


 輸送車両が見え始めたのは、昼前だった。

 オルシアからの補給車や医療車と同じ型の車両が数台、ゆっくりと雪道を進んでくる。そのうちの一台の荷台には、コンテナや荷物に混ざって、人影も見えた。


「来たな」

 マルコが、門の前で腕を組んで目を細める。

「機動歩兵班、出迎えと誘導に回れ。アルファ組は……そのまま雪かき続行な」

「えっ、行っちゃうんですか」

 アスミがマルコに言う。

「行っちゃうんだよ。お前らはまだバケモノの足持ってんだから、雪と戦っててく

 れ」

 マルコが片手を振りながら走っていく。後ろ姿に向かって、セリが小さく舌打ち

 した。


「いい役持っていくよなぁ、あいつ」

 セリがマルコの背中を見ながらスコップを動かし始める。

「雪かきも大事な任務でしょ」

 アスミは、あえて真面目に言って、もう一度スコップを雪に差し込んだ。

「……あ」

 輸送車両の荷台の端に、小さな顔が見えた。

 フードの間から覗く、黒い髪。大きな瞳が、基地の建物を不安そうに見上げている。

 その隣で、少し年上の少年が、荷台の縁を握りしめて立っていた。


(あの子達)

 セリが捕まえたお兄ちゃんと、床下に隠れていた小さい子

「アスミ?」

 セリが、あすみの視線の先を追う。


「……行ってきていい?」

 手元のスコップを地面に置き、アスミはセリに言った。

「駄目って言っても、お前は行くんだろ」

 セリが肩で笑う。

「それはそう」

 アスミはセリに向かって笑うと、輸送車両の方へ足を向けた。


 *


 荷台から降ろされた荷物が、次々と台車に移されていく。その端で、兄妹二人が固まったように立っていた。

 薄いコートの裾に、まだ雪がついている。


「こんにちは」

 アスミは、少し距離を取りながら、手を上げた。

 兄の方⸺ナイルが、はっと顔を上げる。その後ろで、妹のハルが、兄の袖をぎゅっと握った。

「……こんにちわ」

 ナイルの声は、前に集落で話した時よりも、少し低く聞こえた。


「レイナー二等兵、だよ。アスミって呼んで」


「……レイナー、さん」

 ぎこちない呼び方にアスミはほんの少し微笑んで返した。

 ハルは、兄の後ろからちょこんと顔だけ出して、じいっとあすみの制服を見てい

 る。

「ここが、住むところ?」

「うん。当分のあいだは、基地の中で暮らしてもらうことになるって」

 アスミは、背後の建物を指さした。

 基地本棟の横に、新しく並んだプレハブ棟。簡易居住区として、慌ただしく準備された白い箱が、雪の中に整然と並んでいる。

「狭いし、あんまり綺麗ってわけじゃないけど……外よりは、風は防げるから」


「外よりは、ね」

 ナイルが、小さく呟く。その声には、薄く何かが刺さっていた。


「ねぇ、お姉さん」

 ハルが、兄の袖から少しだけ身を出す。

「また、空、飛ぶの?」


「うん。たぶん、またすぐ」


「昨日、すごかったよ。空から、青い壁、ばーって出て」

 ぱぁっと手を広げて、拙い仕草でシールドのまねをする。


「お母さんがね、『大丈夫、大丈夫』って言ってた」

 その“お母さん”の声は、昨日の混乱の中ではよく聞こえなかった。今、ハルの言葉の中でだけ、落ち着いた調子で蘇る。


「……そっか」


 アスミは、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

 兄のナイルは、まだ警戒を解いていない顔で、アスミと基地を交互に見ていた。視線が、兵士たちの銃や装甲車に向かうと、わずかに強張る。


(……大人を信用してない、って顔だ)

 それは、昨日の爆発を、すぐ近くで見てしまった子どもの顔でもあった。

「ナイル」

 ハルが兄の袖を引く。

「行こうよ。あったかいところ」

「……ああ」

 ナイルの返事だけは短い。歩き出そうとしたところで、マルコが近づいてきた。

「お、レイナー。お前、こっちの案内手伝ってくれ」

「はい」

 アスミはマルコに向かって身体を向けると、兄妹をちら、と横目で見た。

「坊主たちもこっちだ。簡易居住区まで一緒に行こうぜ」

 マルコが、わざとらしく馬鹿でかい声で笑う。

「俺はマルコ伍長。ここで一番雪かきが似合う男だ。よろしくな!」

 ハルが、くすっと笑った。ナイルは、少しだけ視線を逸らしたまま、小さく頭を下げた。


 *


 簡易居住区までの道は、さっきまであすみたちがかいていたばかりだ。

 両側はまだ膝まで雪が積もっているけれど、真ん中の通路は地面が見えている。歩くたびに、雪の端が崩れて、さらさらと足元に落ちる。


「ここ、全部、軍の人たちが作ったの?」

 ハルが、不思議そうにプレハブ棟を見上げた。


「建てたのは、工兵の人たちかな。私たちは雪かき係」

 アスミがハルに視線を送りながら、歩く速度を合わせて言った。

「雪かき係」

 ハルが、楽しそうに復唱する。

「……俺たちは、どれくらいいることになるんですか」

 ナイルが、あすみに向かってぽつりと訊いた。


 目は合わせない。歩きながら、前を見たまま言う。

「それは……正直、私にも分からない」

 嘘はつかなかった。避難というのは、大体予定通りにはいかないものだ。

「でも、少なくとも、帝国がここまで攻めてくるまでは安全だと思う」

「攻めてきたら?」

 ナイルは足を止めてアスミを見た。

「その前に止めるよ」

 ナイルに向き替えり、アスミはまっすぐに言葉を落とした。

 言葉にしてから、自分で少し驚く。

(……言い切った)

 ナイルの目はアスミを見据えている。

「そんな簡単に、止められんのかよ」

 低く、押し殺した声。


「簡単じゃないよ」

 アスミは、すぐに否定した。

「簡単じゃないけど……ここを守るために、みんなここにいる」


 整備班も。管制も。歩兵も。ヴィーラも。


「私一人じゃ、無理。でも、みんなでやる」

 そこだけは、はっきりと言えた。


「……止められなかったら?」

 ナイルの足は、立ち止まった場所から動かない。

「その時は?」


 アスミは、少しだけ考えてから、前を向いたまま言った。

「その時は、一緒に逃げる」


 ナイルが、わずかに顔を上げる。

「逃げるって」


「安全な方に。避難ルート、ちゃんと決まってるから」

 帝国が本気で北方を叩きにきた時のために。地図と矢印で、何度も叩き込まれたルート。

「ここが、絶対に壊れないなんて言えない」

 そこまで言って、アスミは言葉を区切る。

「でも、“壊れるまで何もしない”わけじゃないから」


 ナイルは黙ったまま、また歩き始めた。

「……変な基地だな」


「変?」

 アスミもその歩幅に合わせて、また歩き始める。

「雪かきさせて、メシ食わせて、部屋まで用意して」

 ぶつぶつ言いながらも、足はちゃんと前に出ている。

「帝国は、そんなことしなかった?」

 アスミが問いかけると、ナイルは短く鼻を鳴らした。

「……しなかった」

 それ以上は言わない。それで十分だった。


「ここ、二人の部屋ね」

 簡易居住棟の一室の前で立ち止まり、ドア横のパネルにカードをかざす。

 ピッ、と軽い音がしてロックが外れる。


「入ってみて」

 アスミがドアを開き、ナイルとハルの前に道を作る。

 ナイルが先に入る。続いて、ハルがぱたぱたと飛び込んできた。

「わー!」

 まだ空っぽに近い部屋。でも、窓があって、小さなベッドが二つあって、畳まれた毛布と枕が乗ってい

 る。

「お兄ちゃん! ベッドふたつある!」

「見りゃ分かる」

 ナイルは、そっけなく答えながらも、視線をぐるりと一周させた。


 壁と天井を見た後に床へ視線を落とす。何かを探すように。


「爆弾はないよ」

 つい口から出て、あすみは自分で少しだけ苦笑する。

「……そんな顔してたから」


 ナイルが、少しむっとしたように眉を寄せた。

「別に」


「ねぇ、お姉ちゃん!」

 ハルがベッドに飛び乗って、ばふん、と小さく跳ねた。

「ここ、ずっといていいの?」


「ずっと……どうかな。お母さんが後で来たら、聞いてみようか」

 アスミは、少しだけ言葉を選ぶ。


「ハル」

 ナイルが、ベッドの上の妹をちらりと見た。

「母さんが来るまで。勝手に外出るなよ」

「うん!」

 その元気さだけで、少し肩の力が抜ける。


「何かあったら、ここにいる人に言って」

 アスミは、ドア横の呼び出しボタンを指さした。

「押したら、誰か来てくれるから」


「お姉ちゃん来てくれる?」

 ハルが、ぱっと顔を輝かせる。


「来られる時は行く。でも、私が飛んでる時は、たぶん別の人が来る」

 アスミは、窓の外の白い空を見た。

「……ここ、基地の中で一番暖かい所の一つだから。安心して眠っていいよ」

 そう言ってから、ナイルに向き直る。

「足りないものがあったら、また言って。できる範囲で何とかする」




 ナイルは、しばらく無言でこちらを見てすぐにそっぽを向いた。

「……別に。なんでもいい」


「そう?」

 アスミは、それ以上追いかけなかった。ドアのところまで下がりかけてふと振り返る。

「……あのさ」

 自分でも、なんで口を開いたのかよく分からないまま、言葉が出た。

「ここ、好きになってくれると、ちょっと嬉しいな」

「明日、考える」

 それが、彼なりの折り合いなんだろう。アスミは笑って、ドアの外に出た。

「そっか、おやすみ」

「おやすみー!」

 ハルの明るい声と、ナイルの小さな「……おやすみ」が、ドア越しに混ざる。

 ドアが閉まる音を背中で聞きながら、アスミは短く息を吐いた。

(その前に止める、か)

 自分で言った言葉が、じわじわと胸の中に沈んでいく。

(言っちゃったな)

 軽口ではなく。虚勢でもなく。

 “止められないかもしれない”ことを知った上で、それでも「止める」と言ってし

 まった。歩きながら、廊下の窓の外に目をやる。


 雪は、まだ細かく降っていた。昼にかいた道の上に、また薄く積もり始めている。


(全部は守れない)

 それでも⸺

(ここにいる間くらいは、守りたい)


 兄妹の部屋。食堂の騒がしさ。整備区画の油の匂い。リーサのうるさい声。

 北方第七基地の全部を、ひとまとめにして。

(この基地ごと、“届くところ”にする)

 そんな無茶なことを、自然と思ってしまう自分に、半分呆れ、半分で少しだけ笑

 った。


 その夜。寝る前にもう一度だけ簡易居住区の前を通りかかった時、さっきの部屋の中から、布団の擦れる音と、小さな笑い声が聞こえた。

 母親が仕事を終え、基地に来たのだろう。優しい声と、くすくすと笑う子供たちの声が聞こえた。

 ドアに手は触れず、そのまま通り過ぎる。


(……よかった)

 雪の匂いと暖かい灯りの中で、アスミは、少しだけ軽くなった足取りで、自分の部屋へと戻っていった。


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