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SKY  作者: RUI
REDROSE

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10/120

Sky10-ギリギリのライン-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。

 

 灰色の雲が、低く垂れていた。

 ヴィーラのコクピットから見下ろす北方の空は、いつも以上に重たく見える。


 《アルファ1より各機。前方、帝国部隊を視認。歩兵多数、機甲三。対空砲座も確認》

 グレン中尉の声が、冷静に情報を読み上げる。

 《アルファ2、了解》

 《アルファ3、了解》

 アスミとセリが交互に答えると同時に、赤いマーカーがHUD上に次々と浮かび上がる。

 雪原を這うように迫ってくる、無数の影。その少し後ろに、黒い装甲車両と、小さな砲座の輪郭。


(……昨日までの“嫌がらせ”と、全然違う)

 感覚的に分かる。弾の密度も、進軍の組み方も、明らかに“正面戦”の形をしている。


 《こちら指揮所。ハイルトンだ》

 ハイルトンの声が、いつもの間延びを少しだけ削り落として回線に乗る。

 《敵の第一波は、こっちの出方を見るための“手前”だ。本命はその後ろにいる機甲と砲座。いいか、最初から全部落とそうとするな。あくまでラインを守れ》


 スクリーン端、地図表示の上に引かれた一本の線。

 E-5からG-6。その後ろに、補給拠点E-7と、避難集落#3が小さく点滅している。

 《ラインを抜かれた瞬間、後ろの連中がまるごと巻き込まれる。⸺そこだけは、絶対に通すな》

「……了解。アルファ1、聞いたな?」

 《アルファ1、了解》

 《アルファ2、了解》

 《アルファ3、了解》

 三機の返答が重なる。


(“届くところ”は、絶対に手を離さない)

 昨日、医務棟の裏でハイルトンに聞かされた「届くところだけ守れ」という言葉が、自然と胸の奥から浮かび上がる。


 《アルファ1、右側から回り込んで機甲の頭を押さえる。アルファ2、中央の防壁。アルファ3は左翼支援》

 グレン中尉の指示が飛ぶ。


 《了解》

 アスミは、機体を前へ滑り出させた。雪原の上を、白銀のSKYが三機、扇形に広がって進む。


 *


 最初の衝突は、一瞬のうちに訪れた。

《来るぞ!》

 セリの声と同時に、帝国側の歩兵部隊が一斉に射撃を開始する。細かな弾幕が、雪を削る勢いで押し寄せてくる。

「⸺シールド展開」

 アスミは機体の腕を前に出し、エネルギーフィールドを展開させた。

 青白い光の膜に、無数の弾丸が弾かれて火花になる。


 《アルファ3、右から回り込む奴らを削る。アルファ2、そのまま中央を押さえろ》

《了解!》

 セリの機体が左側へ滑り込み、歩兵の側面に火力を浴びせる。雪煙が舞い上がり、悲鳴とも怒号ともつかない声が混ざる。


(地上戦だ……)

 宇宙の静かな真空とは違う。空気があるから、音が全部、生々しく響いてくる。


 《敵装甲、前進開始!》

 リーサ軍曹の強い声が、上から降ってきた。

 《座標F-5、G-5のラインに接近中!》


「アルファ1、行きます!」

 グレン中尉のヴィーラが、前方に飛び出す。

 脚部スラスターで雪を蹴り上げながら、装甲車両の側面に回り込む。膝関節部分に狙いを定め、集中砲火を浴びせる。装甲が砕け、車体が横倒しになる。


 《一両、行動不能》

 《ナイスカット》


 セリが軽く乗る。しかし、倒れた車両の陰から、すぐに新たな砲撃音が立ち上がった。


 《対空砲座確認! 座標E-5!》

 HUD上に、小さな赤い三角が点灯する。その瞬間、視界いっぱいに青い光が走った。


 《⸺っ!?》

 コクピットを貫く、激しい警告音。

《アルファ2に直撃! バイタルは⸺生きてる、生きてます!》


(やられた⸺!)

 アスミの機体の左肩部分が、大きく弾け飛んでいた。装甲が剥がれ、警告表示だらけになったモニターが、赤く瞬く。


 《古賀! 下がれ! 今のダメージじゃ前線維持は⸺》

 グレンの声が鋭くなる。


「⸺まだ動けます!」

 反射的に、声が出ていた。左肩の感覚はほとんどない。しかし、両脚と右腕は生きている。スラスターも出力を保っている。

 問題ない。⸺まだ、前に出られる。


 《被弾警告レベル4だ! ライン下がれ!》

 《指揮所よりアルファ2。現状で前進は⸺》


「ここで下がったら、そのまま抜かれます!」

 アスミは、モニターの端に映る地図を睨みつけた。

 敵装甲二両目が、倒れた一両を迂回するように前進を始めている。そのすぐ後ろに、歩兵と砲座の位置が見える。

 その先。地図上の、“線”の向こう。

 補給拠点と、避難集落#3のマーク。

(ここ抜かれたら⸺あの人たちごと、後ろを全部…持ってかれる)


 村にいた兄妹。

 あの肩の高さと手の小ささが、脳裏に焼き付いて離れない。

 アスミは一瞬目を閉じ、息を整えてから伝える。


「⸺アルファ2、前へ出ます!」

 スロットルを、限界まで押し込んだ。


 《レイナー!》

《アルファ2、被弾ログ確認! これ以上の前進は⸺》

 リーサの声が悲鳴じみる。

 《司令!? 止めないんですか!?》

 指揮所の回線で、誰かが叫んだ。


 《……黙って見てろ》

 ハイルトンの声は、妙に静かだった。

 《今あいつを引き戻したら、“届かない場所”を一個増やすだけだ》

 モニターの中で、白銀の機体が一機、突出する。

 左肩の装甲を半分失い、警告表示を点滅させながら⸺それでもスラスターを最大まで吹かして、敵の進路に割り込んでいく。


 *


 敵装甲の砲口が、こちらを捉える。

(来る)

 アスミは、呼吸を一度だけ深くした。この距離で真正面から撃たれれば、さすがに持たない。

 それでも⸺

(ここは、“届くところ”だ)

 自分の足で踏み込める。シールドを展開できる。腕を伸ばして、押し返せる距離。

 十分だ。

「⸺シールド、最大出力!」

 残ったエネルギーを、すべて前面に集中させる。青白い光の壁が、目の前で展開した。

 次の瞬間、砲撃の音がして光と衝撃が走り、世界が、一瞬だけ真っ白になった。


 《⸺っ、アルファ2!?》

 リーサの叫びが、遠くで木霊する。

 視界がノイズで埋まり、機体の姿勢制御が一瞬だけ吹き飛ぶ。

 ヴィーラは倒れなかった。膝が、ぎりぎりのところで踏ん張っている。


 前面シールドは、半分以上が砕け散り、装甲もさらに削られていた。それでも、砲撃の勢いは受け止めた。

 砲口が、わずかに上を向く。足を止めざるを得ない一瞬の“隙”。


「⸺今!」

 アスミは右腕を振りかぶり、装甲車両の砲塔に拳を叩き込んだ。

 鈍い金属音がして、砲塔が大きく歪み、砲身が折れ曲がる。


 《アルファ3、右から! 足をもらう!》

 セリの機体が滑り込み、装甲車の側面に集中射撃を浴びせた。車体が、もんどり打って雪の中に沈む。

 《二両目、行動不能!》

「っ、はぁ……!」

 息が荒い。視界の端で、あちこちの警告灯がまだ赤く点滅している。


(まだ⸺動ける)

 身体のどこかで、そう判断している。けれど、その瞬間右上からの影に気づいた。


 《アルファ2、右上!》

 グレンの声に、反射的に視線を動かした。

 倒れた三角屋根の上に、携行対戦車兵器を構える影が見えた。

(まずい、間に合わない)

 スラスターを吹かすには、ほんの少し遅い。トリガーを引き、火線が走る。


 《⸺っしゃあああああ!》

 咆哮と共に、別のヴィーラの影が横から割り込んだ。

 グレンの機体だ。

 その背中に、火線が直撃し爆炎が上がる。白銀の機体が大きくよろめき、片膝をつきかける。


 《中尉!》

《問題ない! 脚は残ってる!》

 短い悲鳴みたいな声と、無理やり押し戻し平静な声でグレンは言った。


 《アルファ1、機動後退しつつライン保持! アルファ3、左側の歩兵を削れ! アルファ2は⸺》

 グレンが指示を飛ばそうとした、その瞬間。


 《……アルファ2、十分だ》

 ハイルトンの声が、静かに被さった。

 《そこから下がれ。お前の機体は、“壁”にはなれるが、“剣”にはなれない》


「……でも」

 アスミは唇を噛んだ。

 確かに、警告音は止まらない。左肩だけでなく、脚部にも細かい警告表示が灯り始めている。


(これ以上前に出たら、今度こそ足をもっていかれる)

 直感がそう告げる。

(⸺でも、まだ動ける)

 その感覚と、さっきの砲撃を受け止めた手応えが、意地を引っ張る。


 《レイナー》

 ハイルトンの声が、ほんの少しだけ低くなった。

 《ラインはもう保たれてる。砲座も足も折った。敵の先頭は潰した》


 HUD上で、敵部隊の布陣が崩れていくのが見える。

 歩兵たちは倒れた装甲車両を盾にしながら、じりじりと後退を始めていた。後方の砲座も、位置を変えようと動き出している。


 《ここから先は、“追い払う”仕事だ。⸺“守る”仕事は、もう終わってる》

(……)

 胸の奥のどこかが、ぎゅっと縮む。

(本当に?)

 視界の端で、揺れる赤いマーカー。さっきの砲撃を受け止めた瞬間と、

 兄妹のいる避難集落の位置と、今、敵の進行が完全に止まっている状況と。

 全部を一度に並べてみる。

(……届いた、のかな)

 届くだけの距離まで出て、耐えて、止めた。そこから先は、他の機体と地上部隊と砲撃に任せてもいい領域だ。


 《アルファ2、後退しろ》

 グレン中尉の声は、命令として揺らがない。


 《……了解。アルファ2、ライン後方へ下がります》

 アスミは、ようやくスロットルを引いた。


 *


 戦闘が完全に収束したのは、それから二十分後だった。

《敵部隊、撤退確認》

 リーサの声が、ほっとしたように少しだけ緩む。

 《追撃は?》

 《指揮所より各部隊。これ以上の追撃は不要。ライン外には出るな》

 ハイルトンがきっぱりと言い切った。

 雪原には、黒く焦げた跡と、倒れた装甲車両と、壊れた砲座だけが残された。基地本体も、補給拠点も、避難集落も地図上のマークのままだ。


(……守れた)

 実感が胸に落ちるのに、少しだけ時間がかかった。


 《各機、帰投ルートに入れ。救護班と回収班を出す》


 帰還指示と同時に、ヴィーラたちは基地の方向へ機首を向ける。アスミの機体の左側は、ボロボロだった。

 肩から装甲が剥がれ、内部フレームがあちこち剥き出しになっている。脚部スラスターも一部損傷していて、推力バランスが微妙にずれていた。


 《アスミ、その状態で無理な機動するな。帰り道で転ぶぞ》

 《……気をつける》

 セリの半分呆れた声に、ようやく少しだけ力なく笑う余裕が出てきた。


 *


 帰投したヴィーラが、それぞれの持ち場に戻っていく。アスミの機体がプラットフォームに膝をつくように停止すると、すぐに整備班が走ってきた。


「うわぁ……こりゃあ派手にやったねえ」

ラルフが、機体を見上げて思わず口笛を吹いた。

「よく帰ってきたな、これで」

 ジンが、左肩の焼けただれたフレームを見上げて、眉をひそめる。

「レイナー二等兵、出られますか?」


「……はい」

 コクピットハッチが開く。冷たい空気が、熱のこもった空間に流れ込んできた。

 アスミは、少しよろめきながらも、梯子を降りた。足元がふらつく。

「おっと」

 ラルフが慌てて支える。

「すみません……」

アスミは軽く頭を下げながらラルフに言った。

「本当だよ。こんなの直すこっちの身にもなれよ」

ジンは機体とアスミを交互に見ながら言った。

「ジン伍長の本音が漏れてます」

 ラルフが苦笑する。しかし、ジンの目は真剣だった。

「死ななかったのは褒めてやる」

 ぼそっと、フレームを見上げたまま言う。

「それと、ここまでやっといて倒れなかったこの子は、ちゃんと労っとけよ」

 ぽん、と露出したフレームに軽く触れる。


 アスミは、機体の側面に手を当てた。

「……ありがとう」

 小さく、そう呟く。

 その声は、自分に向けたものなのか、機体に向けたものなのか、もうよく分からなかった。


「レイナー二等兵」

 背後から、別の声がした。振り向くと、ハイルトン大佐が立っていた。

 今日は珍しく、軍服の前をちゃんと閉めている。

「……司令」

アスミの顔を見ると、ハイルトンは真面目な顔をして静かに聞いた。

「医務室に行け」

アスミは整備班の持っている端末に目をやる。

今日のログを記録しておかないと。

「これから……」

ハイルトンはアスミと整備班の間に入り、今度は少しだけ強めに声を落とした。

「行け」

「俺はな、整備班の苦労より医務班の手間の方が偉いと思ってる。お前みたいな“自分のダメージ無視系”は、真っ先に怒られるタイプだ」

 ジンとラルフが、同時に頷いた。

「その通りです、司令」

アスミは、苦笑いしながらも素直に頷いた。

「はい、分かりました」

歩き出そうとしたところでハイルトンはアスミを呼び止めた。

「レイナー」

 ハイルトンの声が、少しだけ真面目な響きになる。

「よくやった」

 短く、それだけを言った。アスミは、ほんの一瞬だけハイルトンの顔を見て小さく頭を下げた。

「……ありがとうございます」

 そこで、ハイルトンはゆるく息を吐いた。

「あんまり自分を削るなよ」

 視線が、ボロボロのヴィーラと、腕に残る微かな震えと、立ち止まる足元を、順番に辿る。

「お前は多分、“削ってでも前に出る”方を選ぶタイプだ。誰に似たんだかな」

 ぼそっと、半分独り言のように付け足された。

「……すみません」

 ハイルトンは、少しだけ口元を緩ませた。

「謝らなくてもいい。そういう奴がいないと戦線は持たない」

 医務棟の裏で言った言葉を、少しだけ形を変えて返す。

「それができない奴はそのうち本当に、折れるぞ」


「……はい」

 今度の返事は、さっきよりもずっと素直に出た。


「よし。じゃあ行け。行かなかったら、リーサに回線乗っ取らせて、全館放送で怒鳴らせるからな」

「それは全力で遠慮します」

 軽口を交わしながら、アスミは医務棟へと向かった。


 *


 医務室では簡単な検査と応急処置だけで済んだ。アスミは医務棟を出て、ふらふらと足を屋上へ向けた。


 風はまだ冷たいが、昼間よりも少しだけ穏やかだった。空には薄い雲が流れ、その隙間から、星の気配が滲み始めている。風よけの壁にもたれ、あすみは空を見上げた。


(……守れた)

 補給拠点も、避難集落も、基地も吹き飛ばされずに残っている。

 数字でいえば、“戦術的勝利”。報告書にはそう書かれるだろう。

 それでも、雪の上には新しく増えた黒い跡もある。


 倒れた敵兵。砕けた機体。


 その全部を、あのラインのこちら側から見ていた。

(中等部の教室にはもう戻れないな)

 あの頃の自分は、出来のいいVR用のシミュレーションで、“戦争の形”だけを学んでいた。


 そこには、雪の匂いも、血の色も、砲撃の振動もなかった。

 あるのは、赤と青のマーカーと、勝敗の判定だけ。今は違う。

 足元が信用できない地上で、何が飛んでくるか分からない場所に立ってる。


(“届くところ”までは、自分で行く)


 その上で、届かない場所は誰かに託す。頬を撫でる風は、まだ冷たい。

 アスミはそっと目を閉じて、空に向かって顔を上げた。

 肺の奥まで、冷たい空気を吸い込む。

 しばらくそのまま立ってから、ゆっくりと目を開ける。


「……私、戦場にいるんだな」 

 小さく呟いた。吐いた息が白く解けて、夜の空に溶けていく。頭上には、ただ静かに北の空が広がっていた。

 宇宙にいちばん近い地上。帝国との境界線に一番近い基地。

 そして自分が、自分の意思で立っている“こっち側”の地点。空は、昨日と同じように、冷たくて綺麗だ。

 そこにいる方が安心だと、はっきり言ってしまった場所。

(空に出る理由は、きっと一つじゃない)


 失われた約束。探し続けている誰か。守りたい背中。もう二度と見たくない景色。

 それら全部を抱えたまま自分は立っている。


「……ちゃんと、飛ぶよ」

 誰に向けたとも分からない約束を、北の空に落とす。星が一つ、雲の切れ間から顔を出した。

 その光は、中等部の教室の窓から見た地球と、軌道上の輸送船から見た星々と、何も変わらない。


 ただ一つ違うのはそこへ向かって飛ぶ時、自分がもう“LAAアカデミーの生徒でも、子ども”でもないということ。


 北方第七基地の夜空は、静かに、それを見下ろしていた。



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