Sky9-前線の朝と引かれた線-
本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。
食堂の朝のラッシュは、とにかく騒がしい。
トレイを持った兵士たちが列を作り、湯気の立つスープとパン、栄養価だけを優先したようなソーセージが容赦なく配られていく。
「今日も見事に茶色いな……」
トレイを受け取りながら、セリが小さくぼやいた。
「贅沢言わない。前線の缶詰よりマシだよ」
アスミは、隣の鍋からスープをなみなみとよそいながら笑う。
「お!Sランクさん、おはよう」
奥のテーブルから、整備服の袖をまくったラルフが手を振った。
その隣で、口の端にパンくずをつけたまま新聞端末を読んでいるのが、ジン・ハーヴィー伍長だ。
「……階級で呼べ、階級で。」
ラルフが声を落として、ジンに話しかける
「いやだって、俺たちのところに来るパイロット、だいたいB、まれにA。」
「適性値は関係ないんだろ」
ジンが端末から目を離さずに突っ込む。
「おはようございます、ラルフさん、ジン伍長」
あすみがトレイを持って近づくと、向かいの席をぱっと空けてくれた。
少し遅れて、セリも座る。
「今日も格納庫、忙しいんですか?」
ラルフはスープを口に運びながら、セリを見た。
「まあな。昨日の地上戦で、ヴィーラの足回りが軋んでる。グレン中尉の機体なんて、もうちょっとで膝からいきそうだったぞ」
「だから俺が戻れって言ったのに、あの人聞かないからなぁ……」
セリが肩をすくめながら言う。
ジンが端末に目を落としたまま、コーヒーカップを口元に運びながら言った。
「パイロットってのはなぁ、機体を自分の足だと思ってるからな。限界ギリギリまで使うのが仕事だと思ってる」
セリはパンをちぎりながら、少しだけ眉間に皺を寄せた。
「ジン伍長、そう言うと整備側の愚痴にしか聞こえません」
ジンは表情を変えずに淡々と続ける。
「事実だからな」
ラルフが吹き出しそうになりながらスープを飲み込む。少し離れたテーブルでは、機動歩兵部隊のマルコ伍長が声を張り上げていた。
「聞いたか? 昨日の避難集落の件。俺たちが到着する前に、ヴィーラがシールド張ってなかったら、隊ごと持ってかれてたぞ」
隣のマーク軍曹が水の入ったカップを持つ腕でマルコの肘を小突いた。
「マルコ、声でかい」
マルコはスプーンを持つ手をそのままマークの顔の近くに向ける。
「いいじゃねぇか、たまには褒めてやらねぇとよ。北方の連中、どうせ『雪かきばっかり』だって馬鹿にされてんだから」
「雪かきは大事な任務です」
真顔で返したのは、管制担当のリーサ軍曹だった。身長は小さいのに声だけは大きい。
「雪が詰まったらアンテナ死ぬんですよ? アンテナ死んだら、あなた達の居場所も分からなくなるんですよ?」
「はいはい、リーサの説教タイム入りましたー」
マルコたちの笑い声と、食器の触れ合う音と、スープの匂い。
(……なんか、“普通”だな)
アスミは、手元のパンをちぎりながら、ふとそんなことを思った。
オルテアとの境界線のすぐそば。地図で見たら、“前線”の文字が一番近くに置かれる場所。
それでも、ここには普通に腹を減らす人たちがいて、文句を言いながら働いて、笑っている。
(守ってるの、こういう場所なんだな)
昨日の黒い跡が、胸の奥で小さく疼いた。
*
ブザーが鳴ったのは、朝食が終わる少し前だった。
《全ヴィーラパイロットおよび機動歩兵部隊、至急ブリーフィングルームへ。繰り返す——》
低い警報音が、食堂の空気を一瞬で変える。
「……おいおい、食後すぐは勘弁してくれ」
マルコが立ち上がりながらぼやく。
「ほら、言ってるそばからこれですよ」
リーサがスープを一息で飲み干し、トレイを片付けながら走っていく。
「行くぞ」
セリが立ち上がる。アスミも頷いた。
ラルフとジンは、目だけで「気をつけろよ」と伝えてくる。
*
ブリーフィングルームのスクリーンには、衛星からの映像が映し出されていた。
白い地図の上に、赤いマーカーがじわじわと増えている。
「オルテア側からの部隊接近を確認」
レーン中尉が、指揮棒で座標を示す。
「規模は……今までの“嫌がらせ”より一段階上だな」
後ろの方で、誰かが小さく口笛を吹いた。
「機甲部隊を伴っている。こちら側に向けて布陣していることから、偵察というより“試し叩き”と判断する」
レーン中尉が言い終わる前に、背後の扉が開いた。
「続けて」
気のない声とともにハイルトンが入ってきた。第一ボタンの開いた軍服。無精髭。いつも通り。だが、目だけはスクリーンの情報を舐めるように追っている。
「基地本体が標的か?」
「いえ、司令。進行方向と射程から見て、第一目標は補給拠点E-7、その背後にある避難集落#3と推測されます」
「……“前座”にしては、いやらしいところを突いてくるな」
ハイルトンは、顎に手を当てて少しだけ考え込む。その沈黙は、いつものだらしなさとは違っていた。
「ヴィーラ部隊、三機。地上に機動歩兵一個中隊。砲撃支援は?」
「長距離砲一門、中距離二門、運用可能です。ただし弾数に制限が」
「弾は後で補充すりゃいい。人間は補充が利かない」
ハイルトンは淡々と叩き切る。
「いいか」
それから、顔を上げて部屋全体を見渡した。
「敵の狙いは、基地を削ってくることじゃない。“北は守りが薄い”っていう実績を作ることだ。ここを抜かれたら、地図の上の線が一気にズレる」
スクリーン上の線が、一つずれるだけで——その先にどれだけの町と人間がぶら下がっているか。
「だからラインを決める。ここだ」
指揮棒が、簡易マップの上を滑り、座標をなぞる。
「E-5からG-6まで。そこを、絶対に抜かせるな」
その線の少し後ろに、小さく補給拠点と避難集落のマークが見える。
「ヴィーラはそのラインの“壁”だ。地上部隊は、その壁の影に入って働け。砲撃支援は——」
「座標D-4からF-6の間、敵が踏み込んだら即射撃可能にします」
レーン中尉がすぐに答える。
「よし。……今日のテーマは“撤退させる”だ。殲滅にこだわるな」
「それと、ここは中立国じゃない。“正面の戦場”だ。ヴィーラが出せるうちに、ちゃんと結果出しとけ」
ハイルトンは、ほんの少しだけ声を和らげて言った。
「ここを、“墓場”にするつもりはない。以上」
軽いようでいて、どこか刺さる締め方だった。
「ヴィーラ部隊、アルファ1〜3、十五分後発進準備。解散」
*
コクピットの中は、いつだって静かだ。アスミはHU Dの表示を確認しながら言った。
《アルファ2、心拍安定。スーツの締め付け問題なし》
グレンの無線が飛んでくる。
《レイナー、聞こえるか?》
音量ボタンを操作して音声を確認する。
《グレン中尉、聞こえてます》
《大丈夫か?》
《昨日よりは》
短い返事に、グレンが鼻を鳴らす気配がした。
《セリ、お前はどうだ》
セリが首の後ろの神経接続を確認しながら言った。
《俺はいつでも完璧ですよ》
その時、ハイルトンの声が、回線に割り込んできた。
《北方第七基地司令、ハイルトン・グレイだ。これより、基地防衛戦を開始する》
その声は、さっきのブリーフィングより少しだけ低かった。
《繰り返す。ラインはE-5からG-6。そこを抜かれたら、後ろにいる連中がまとめて死ぬ。だからと言って、お前らまで一緒に死ぬ必要はない》
モニターの端に、避難集落と補給拠点の小さなマークが点滅する。
《“届くところ”まででいい。“届くところ”は、絶対に手を離すな》
昨日の言葉が、少しだけ形を変えて戻ってくる。
《以上。アルファ1〜3、発進を許可する》
「——アルファ2、アスミ・レイナー、出ます」
スロットルを押し込む。ヴィーラは雪原を蹴り、低空飛行で戦場へ向かっていった。
(ここからが、本当に“こっち側”なんだろうな)
そんな予感だけが、胸の奥で静かに灯っていた。
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