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SKY  作者: RUI
BLACK LILY

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112/120

Sky112-死神の告白-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。


 

 天井から落ちてきた結露の雫が、頬を打って目が覚めた。

 腕は後ろで縛られ、椅子の背と体が紐で固く巻き付けられ、動かしても微動だにしない。視界の正面にはただの金属でできた壁があるだけで出入り口の扉は見当たらない。さっきまでいた貸し保管庫ではない。

リーパーは出口を探そうと、周囲を見渡した。


「ミレーヌ・ブロンソン」

 後ろから呼ばれた名前に、リーパーの動きが止まった。ゆっくりと顔を横に向け、声のする方を見る。

 視界の先は暗く、声以外の識別は難しかった。

「ミレーヌって本名なんだな」

 軽く息を抜くように笑うと、ミレーヌは声のする方へ顔を横に向けて、言った。

「殺さないの?」

 湿った地面を歩く足音が、ゆっくりと近づいてくる。暗がりから出てきたカイトの胸に、天井に吊るされた裸電球の小さな照明が当たる。

「殺さない」

 そう言って、カイトはミレーヌの正面に椅子を一つ置いた。手にした銃口は、その間も常にミレーヌから外れない。

 カイトの顔を見上げたミレーヌは、柔らかく微笑んだ。

「優しいのね。何が知りたいの?」

 カイトは感情の読めない顔でミレーヌを見下ろし、ゆっくりと椅子に浅く腰掛けた。椅子の脚がギシ、と鳴った。

「俺が誰か知ってるか?」

 ミレーヌは一瞬考えてから、眉を軽く上げて言った。

「ARCLINEのVectorでしょ」

 カイトはミレーヌを見据えたまま、静かに言った。その声は冷静で、それでいてどこか軽かった。

「権力っていうのは便利だよな」

 カイトが何を言っているのか、ミレーヌには、すぐに理解できなかった。

「帝国保安局、皇王府保安監察官。ヴィンセント・グレイモン……バートルの実働部隊だろ」

 カイトは視線を手元の銃に落としながら、ゆっくりと言葉を続けた。

「リーパー。お前、なんで俺が青いファイルの中身までわかったと思った。お前が個人的に隠した拾い物まで、どうして俺が調べられると?」

 ミレーヌはカイトから目を離さず、声を落として聞いた。

「……どうやって、ヴィンセントがバートルだと調べたの」

 バートルの隊員情報は、国家機密として幾重にも照会が必要な情報だ。どれだけ通信機器や暗号文に精通していても、外から調べることはできない。

 情報収集を生業としてきたミレーヌでさえ、本人から聞くまで、ヴィンセントの素性は公のもの以外わからなかった。

 カイトはポケットから一枚の白いカードを取り出した。中央には、黒い百合の紋章を象った蝋封が押されている。

「お前も言ってただろ。その立場の“セキュリティカード”があれば、国外のデータバンクにアクセスできるって」

 カードを指で挟んでミレーヌに見せながら、カイトは軽く微笑んだ。

「この国の“全ての照会”を開く紋章だ」

 息が、止まりそうになった。

 殺しの依頼主の情報は、いつも家族構成から血縁関係、友人知人まで、くまなく調べていたはずだった。

 国内外のネットワーク。裏社会の情報。

 けれど、目の前にいるこの男の手には、オルテア帝国の王家にしか扱えない百合の紋章が刻印されたカードがある。


 Vectorは王族。刻印がそう告げていた。


 ミレーヌはカイトを睨みつけるように見据えた。さっきまでの笑みは、もうどこにも残っていない。

「……そんな情報、どこにもなかった。あなた、何者なの」

 カイトが白いカードをミレーヌに向かって放ると、それはひらひらと揺れながら、彼女の足元に落ちた。

「これを使って、オルテアに関わる情報の全てを開けたり閉じたりできる“肩書き”がある人間だ」

溜まっていた水が落ちたカードをじわじわと侵食していく。

「お前が、何を見たのか、何が見れなかったのか。その“情報”を“誰が”操作したのか」

 カイトは終始穏やかに微笑んでいた。だが、カフェで見た時の寡黙な青年の顔はどこにもなかった。


 刻印に目を落としたまま、ミレーヌは肩を揺らして笑った。

「参ったわ。何が知りたいの? 貴方に調べられなくて、私が知っていることがあるとは思えないけれど」

 カイトの顔からも、笑みは消えていた。

「バートルを仕切っているやつは、用心深い。簡単には、自分の情報を記録に残さない」

 銃口をミレーヌへ向け直すと、カイトは照準を眉間に合わせた。

「地下室の研究員殺害を依頼したやつは誰だ」

 二人の間に、長い沈黙が落ちた。聞こえるのは、天井から落ちる水滴の音だけだった。

 椅子の背に体重を預けると、金属の軋む鈍い音がした。寄りかかったまま、ミレーヌは天井を見上げ、静かに言った。

「命の保証は?」

「そのために、ノエル・オルディアのファイルを、ヴィンセントの目を盗んで持ち出したんだろ」


 ミレーヌは、口元を歪ませた。

 死んだ研究員が持っていたチップの中身。ノエル・オルディアの生体実験データ。

 あれが帝国にとってどれほど大切な資料なのか、研究室で目にした時にすぐにわかった。

 何重ものセキュリティ、ハッキング対策用のプログラム。

 あの男は、万が一の時のためにと、コピーを私に託した。私に殺されるとも知らずに。ただ、ファイルを持って入ってきた同僚だと思って。不用心で疑うことを知らない善良な男。だから、チップを受け取るために、その場で殺さず森で殺すことにした。

 ヴィンセントには言わなかった。言う義理もない。

 依頼主の“あの男”が、もしも私の命を狙ってきた時のための、保険材料だったから。


 今度は、部屋中に響き渡るような声で笑った。

「なんでもお見通しってわけね。噂通り、Vectorって天才的な線引きをするのね」

ミレーヌが天を仰ぎ見て笑っているのを、カイトは黙ってみていた。


「いいわ、バートルの頂点を教えてあげる」

 それから、ゆっくりと顔を下げてカイトを見た。銀色の長い髪が、顔の前で揺れた。

 耳をすまさないと聞こえないほどの声で、ミレーヌはカイトの目を見据えて告げた。

「ローガン・ルッケンバウアー。皇王府統帥総監よ。」

 その名前を聞くと、カイトは銃口を下げ、椅子から立ち上がった。それを見たミレーヌは、カイトを見上げて聞いた。

「私のこと、どうするつもり」

 後ろにある扉まで歩いて行くと、扉のノブに手をかけて振り返らずにカイトは言った。

「依頼主の名前を口にしたんだ。もう表には出られないんだろ」

 ミレーヌは微笑んで、カイトを仰ぎ見るように、また上を向いた。

「保護してくれるの?」

 カイトは扉を開けた。外の光が差し込み、急に室内が明るくなる。

「ああ。保護してもらうよう頼んでくるよ」


 そして、扉は静かに閉じた。


 エルネスト自由都市の港から、ほんの少し外れた場所。

 アルクトリ企業が所有する使われていない倉庫に、ARCLINEの母艦は停泊していた。艦橋へ続く廊下に、足音が響く。その音が少しずつ大きくなると、ミナは自分の席から扉の方へ視線を送った。


「Vectorが来ましたね」

 ミナはヘッドホンを片方だけ耳からずらし、ニコへ視線を向ける。

 操舵席のコンソールに足を乗せ、椅子の背にもたれかかっていたニコが、ミナを見た。

「とうとう、靴音まで分析するようになったのか」

 ミナはニコを睨みつけると、何も言わずにヘッドホンを耳へ戻した。そして、目の前の端末へ向き直る。


 カイトは艦橋に入ってくると、ミナの後ろに立ち、自分のセキュリティコードが登録されたカードを取り出した。

「アルクトリ経由の秘匿回線でローガン・ルッケンバウアーの情報を洗ってくれ。監視網に捕まる前に逃げろ」

 ミナはカイトからカードを受け取ると、頷いて端末に差し込んだ。

 ニコがカイトを見上げた。

「大丈夫か?」

「問題ない」

 すぐにそう言って踵を返して艦橋を出ていった。足取りに迷いはなく、靴音は真っ直ぐ廊下の奥へと進んで消えた。


 *



 統帥総監の仕事とは、かくもつまらぬものだ。

 長引く戦争の中で、卓上に積まれる報告書の内容も、いつしか変わり映えのしないものになっていた。

 戦争が始まった頃、国内の兵器開発事業は技術競争の名のもとに栄え、経済も上向きだった。

 研究機関も、軍需企業も、皇王府の方針に従い、ひとつの目的へ向かっていた。


 今はどうだ。


 一枚岩だと思っていたオルテアは、機密事項を外部へ持ち出そうなどと考える研究者が、平然と息をする国

 に成り下がった。

 小蝿の処理など、私の仕事ではない。

 その程度のものは、下の機構で処理されるべき案件だ。私の卓上にまで上がってくる時点で、問題は小蝿ではなく、巣が発生する場所にある。


 ルッケンバウアーは溜息をつき、席を立った。


 窓際の棚に置かれたグラスを取り、ブランデーを注ぐ。琥珀色の液体が、静かな音を立ててグラスの底を満たした。

 一口だけ含むと、彼は窓の外へ目をやった。


 ルッケンバウアーの執務室は、ルクスグラン中心部にある皇王府中枢棟の一角にあった。窓の向こうには首都の高いビル群が並び、その上空を、軍の輸送機がいくつも行き交っている。


 この国は、利益と領土、そして勢力圏を広げるために、他国よりも抜きん出ようと努めてきた。

 オルタイト利権も、対オルディア政策も、すべてはオルテアのためだ。NTOに好きに介入されては、オルテアの名が廃る。


 ルッケンバウアーが外を眺めていると、執務室の扉がノックされた。

「ルッケンバウアー様、お手紙が届いております」

 秘書のザインが入ってきた。いくつかの封筒を乗せたトレーを、執務机の上へ置く。

 トレーに並んだ封筒の中に、差出人のない真新しい白い封筒があった。

 ルッケンバウアーは、ふと目についたその封筒を手に取る。


 宛名だけが記された白い封筒だった。指先で確かめると、中に何か固いものが入っている。

 封を開けると、中にはカードのような紙が一枚だけ入っていた。


 ルッケンバウアーは、その中央を指で摘まみ、ゆっくりと引き上げる。

 その瞬間、彼の目が大きく開いた。


 ザインが、その表情の変化に気づいて声をかける。

「いかがなさいましたか?」


 ルッケンバウアーは何も言わなかった。

 引き出した紙を封筒へ戻し、そのままトレーへ置く。別の手紙を一通だけ手に取ると、トレーをザインの方へ押し戻した。

「捨てておけ」


「かしこまりました」

 ザインはそれ以上何も聞かず、トレーを持ち上げる。一礼して、執務室を出て行った。

 ルッケンバウアーはザインが運んでいくトレーの上の白い封筒に目をやった。


 馬鹿なことを。死んだ人間を使って私を脅してくるなど。不敬が過ぎる。


 グラスを持ち直し、再び窓の外を見る。

 先ほどまで晴れていた空に、厚い雲が覆い始めていた。


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