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SKY  作者: RUI
BLACK LILY

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108/120

Sky108-港の火事-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。

 

 エルネスト自由都市の倉庫街では、夜間も人の行き来が絶えない。戦争が始まって以来、帝国の南に位置するこの国は、帝国と外の世界をつなぐ輸送ルートの拠点として栄えていた。貨物線に沿って並ぶ倉庫の間を運搬用の車両がひっきりなしに行き交い、倉庫の前では、端末を手にした作業員たちが積荷を確認している。フォークリフトの警告音と、コンテナを積み下ろす金属音が、深夜の空気に絶え間なく響いていた。

 午前二時を回った頃、倉庫街の奥にある物流事務所で、警報がけたたましく鳴り響いた。次の瞬間、窓ガラスの向こうで炎が立ち上がった。

「火事だ!」

 誰かの叫び声が上がった。

 物流事務所の横には、いくつもの貿易会社が共同で使う、仮眠用の小さな従業員寮が並んでいる。警報音に叩き起こされた従業員たちが、寝巻きのまま次々と外へ飛び出してきた。スリッパを履いた者もいれば、裸足のまま立ち尽くしている者もいた。

「誰か、中にいるか!」

「おい、消防を呼べ!」

 怒鳴り声が飛び交う中、倉庫街の通路を一人の男が走ってきた。ロウだった。片手には缶コーヒーが二本握られており、少し離れた場所にある自動販売機から戻ってきたところだった。

「ロウ! 無事か!」

 寮から飛び出してきた同僚が、その腕を掴んだ。

「何があった!」

 ロウは答えなかった。燃え盛る建物を見上げたまま目を見開き、手の中で二本の缶コーヒーを小さくぶつけ合わせていた。

「俺……コーヒーを買いに、そこまで行ってただけで……」

 声が震えた。

「中に……ヘレンが……」

 周囲にいた従業員たちは、一斉に息を呑んだ。炎はすでに窓枠を舐め、黒い煙が夜空へ立ち上っている。離れた場所にいても、頬を炙るような熱気が伝わってきた。誰も動くことができず、ただ、燃え続ける建物を見上げていた。


 *


 エルネスト国立病院の正面玄関前に、一台の白い乗用車が急ブレーキをかけて停まった。タイヤが短く鳴り、運転席の扉が勢いよく開く。寝巻きの上からフーディーを羽織った男性は、血の気の引いた顔で車外へ飛び出すと、そのまま自動扉をくぐり、受付近くにいた看護師へ駆け寄った。

「妻が……あの、港から運ばれた急患の処置室はどこですか」

 息が切れているせいで、言葉がうまくつながらない。看護師は男性の顔を見ると、すぐに廊下の奥を示した。

「患者さんなら、奥の救急処置室に――」

 言い終える前に、男性は救急処置室へ向かって走り出した。

「ちょっと、車は玄関に停めないでください!」

 背後から看護師の声が飛んだが、男性は振り返らない。消毒液の匂いが漂う白い廊下を、慌ただしく行き交う人々の間を縫うように走り抜けていった。

「ヘレン!」

 男性が救急処置室へ駆け込むと、ヘレンはカーテンの開いたベッドで処置を受けていた。短く切った金髪の上から、真新しい包帯が巻かれている。

「ハンク」

 ヘレンが夫の姿を認めると、ハンクの膝から力が抜けた。よろめくようにベッドのそばまで歩み寄り、柵に手を置く。

「お前、火事で運ばれたって……大丈夫なのか」

 ヘレンは頭を押さえながら、ハンクに言った。

「事務所にあった宅配便が発火したの。気づいた時には煙で何も見えなくなって」

 煙を吸ったためか、声は少し掠れていた。ハンクは、確かめるようにヘレンの肩を抱いた。

「無事で良かった」

 ヘレンは周囲を見回し、隣にいた医師を見上げた。

「先生、さっきのあの男性はどこに?」

 医師は、ガーゼを載せたトレーを看護師へ渡しながら、周囲を見回した。

「彼ならさっきまで、そこの椅子に……あれ? ねえ、そこに座ってた黒いジャケットの男の子は?」

 ヘレンのベッドの斜め前にある椅子を指しながら、通りがかった看護師に尋ねる。看護師は椅子へ顔を向けた。

「あら? さっきまでそこにいたのに」

 ヘレンはハンクの顔を見た。

「炎の中に入ってきて、助けてくれた人がいたの。名前を聞いたんだけど教えてくれなかった」

 まだ暖かい椅子の座面には、わずかに煤が残っていた。そこから玄関へ向かって続いていた濡れた足跡は、廊下の途中で次第に薄れ、やがて消えていた。


 *


 ARCLINEの格納庫では、整備用の照明の下で作業員たちが機体の周囲を行き交っていた。工具の触れ合う金属音と、遠くで響く試運転の低い唸りが重なり合う中、格納庫の片隅で作業用端末を見ていたカイトのズボンのポケットが震えた。

 端末を取り出して応答すると、電話口の向こうからキーンの声が聞こえた。短い会話のあと、誰かへ端末を渡す気配がする。次に聞こえてきたのは、アンナの声だった。

「先日の件だけど、見つけたわ」

 カイトの表情は変わらない。作業用端末から視線を外し、ゆっくりと口を開いた。

「どこで会える」

「アルクトリの湾岸倉庫。明後日の夜、二十三時」

 アンナは少し間を置き、続けた。

「どこにでも自由に運び込めるって言っていたわ。学園コロニーでも、議会でもって」

 電話の向こうから聞こえるアンナの声は甘い。その声を耳に残さないように、カイトは言った。

「ありがとう。助かった、アンナ」

「いいのよ」

 声だけで、彼女が微笑んでいることが分かった。通話はそこで切れた。


 *


 二日後、カイトはアルクトリの湾岸倉庫にいた。

 薄暗い倉庫の中には、油と錆の匂いがこもっていた。天井近くでは古い換気扇が回り、裸電球の光が、積み上げられた木箱の影を不規則に揺らしている。テーブルの上には小型爆薬の見本が置かれ、その向かい側の椅子には、兵器ブローカーのムーアが深く腰掛けていた。

「小型爆薬を探してる。どこにでも運べると聞いたが」

 カイトが言うと、ムーアはテーブルの上へ視線を落とした。

「……ああ、幾つ欲しい。」

 ムーアは口元を歪めた。

「LAAにも運べるか?」

「そんなの、お安い御用――」

 言葉が途中で止まった。ムーアはゆっくりと顔を上げ、正面に立つカイトを見た。その瞬間、自分が何を口にしたのか悟ったようだった。

「誰に売った」

 カイトの声は低く、抑揚がなかった。

 ムーアは一瞬だけ黙り、すぐに肩をすくめた。

「知らないな。俺は売るだけだ」

 乾いた銃声が、倉庫内に響いた。

「――ッ、あああああッ!」

 ムーアは椅子から転げ落ち、床の上で身体を丸めた。撃ち抜かれた太腿を両手で押さえた指の隙間から血が滲み出し、ズボンを濃く染めていった。

 カイトは銃を下ろさず、床の上でもがくムーアへ向かって、ゆっくりと歩いていった。

「笑わせるなよ」

 靴底が硬い床を叩く音が、ひとつずつムーアへ近づいていった。

「買い手は調べるだろ」

 ムーアの前でしゃがみ込み、カイトは銃口をその腕へ押し当てた。

「次は、腕がいいか?」

 冷たい金属が、ムーアの皮膚の上をゆっくりと滑っていく。腕から肩へ、首筋を通り、やがて額の中央で止まった。

「それとも、ここか?」

 ムーアは喉を引き攣らせ、荒い呼吸の合間から声を絞り出した。

「言う……! 言うから撃つな!」

「誰に売った」

「本当に知らない……! 金と商品の受け渡しは、輸送の時だけだ!」

 カイトは銃口を額へ押し当てたまま、親指で撃鉄を起こした。硬い金属音が、狭い倉庫に響いた。

「受け取ったやつは誰だ」

 ムーアは息を切らしながら、震える唇を動かした。

「二人だ……。一人はこの間、政府に拘束された犯人だ」

「もう一人は?」

 太腿から流れた血が、床の上に小さな溜まりを作っていく。

「……リーパー」

 ムーアは目を見開いたまま、掠れた声で続けた。

「そう呼ばれていた。あいつらは……プロの殺し屋だ」

 カイトは銃口を下げると、そのまま倉庫の出口へ向かって歩いていった。

 背後から、ムーアが声をかけた。

「リーパーを見つけたいなら、巣穴に行け」

 カイトは足を止め、振り返った。

「巣穴?」

「仲介しているやつがいる。バニーっていう情報屋だ」

 カイトは踵を返し、倉庫の扉の外で見張っていたニコに言った。

「病院の前で落とす」

 ニコは頷き、倉庫の中へ入ろうとして足を止めた。

 弾が貫通した傷口を見て、カイトに言った。

「急所を外したのか。殺さないだけ偉いってことにしておく」

 ニコはムーアのそばまで歩いていくと、傷口を確認してから止血テープを取り出した。港の方から、輸送船の汽笛が聞こえた。


 *


 ヘレンは安静のため三日ほど入院していたが、経過に問題はなく、予定どおり退院できた。

 ハンクが病院まで迎えに行き、二人は車に乗って家へと向かった。家の前に到着すると、ハンクは車をガレージへ入れた。二人が車から降りたあと、シャッターの閉まる音が、静かな住宅街に響いた。

「忙しいんでしょ? 迎えに来なくても良かったのに」

 ヘレンがハンクに言った。

 ガレージのシャッターを閉めたハンクは、携帯端末を取り出しながら答えた。

「何言ってるんだ。仕事は大丈夫、俺がいなくてもなんとかなるよ」

 ヘレンは心配そうな顔をして、ハンクを見た。

「そんなこと言って、営業統括さんがいないと誰がお得意様と物流会議するのよ」

 そう言うと、ヘレンは郵便受けを確認するため、玄関前のポーチへ歩いていった。

 ハンクは少し笑い、未処理の業務連絡へ目を落とした。


 オルテア帝国向け輸送貨物、搬出保留。

 ヴァルシュタイン工業、部品照合待ち。


 その画面の上に、差出人不明の通知が一件だけ残っていた。

「ハンク、あなたに手紙が届いているわよ」

 ヘレンは郵便受けの前で、白い封筒を持っていた。

「手紙?」

 ハンクはそう言うと、玄関へと歩いていった。


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