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SKY  作者: RUI
BLACK LILY

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105/120

Sky105-王家の血-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。



 艦橋の窓の向こうで、雨が降っていた。

 岩礁に囲まれた本部の上方から、停泊中の母艦へ向かって雨粒が落ち、窓を濡らしていく。


 サジはミナの椅子に勝手に座り、ニコの隣でコーヒーを飲んでいた。


「で、カイトはどこ行ったんだよ」


 ニコは航路図を見ながら、ほんの少し眉間に皺を寄せる。


「アルクトリだよ。次の任務のために、皇室関係者へ会いに行った」


「なんで急にアルクトリ皇室なわけ」


 その時、端末を片手に持ったウィリスが艦橋へ入ってきた。

「急でもないだろ。帝国へ潜入するなら、地続きのアルクトリ国境を使うのが一番楽だ。協力してもらわないとな」


 サジは紙コップを傾けたまま、視線だけをウィリスへ向けた。

「そういや、オルディアとアルクトリって、なんで分裂したの」


 ニコがようやく顔を上げた。

「サジ。お前、ARCLINEにいるんだから、歴史と政治は勉強しとけよ」


「うるせぇ。俺は機械の操縦が専門なんだよ」


 ウィリスは端末へ視線を落としたまま答えた。

「もともと、オルタイト鉱脈とオルディア系の血統は、兵器資源ではなく、保護と技術継承の対象として扱われていた。

 だが、宇宙開発と軍事利用でオルタイトの価値が上がった。共有資産にするのか、国家が独占するのか。それで王朝内部が割れた」


「政治的な内戦に発展したってわけ」

 ニコが航路図に線を引きながら、言葉を付け加えた。


 ウィリスは頷いた。

「結果、兄のレオポルド・アルクトリ三世は敗北し、山脈を隔てたアルクトリ領へ退いた。弟のロナルド・アルクトリ二世は、東側の鉱山地帯と軍権を掌握した」

 わずかに間を置く。

「国号を奪い、ロナルド・オルディア二世として帝国を建てた」


 サジは紙コップを口元へ運びながら、嫌そうに眉を寄せた。

「……泥沼の兄弟喧嘩か」


 ニコが吹き出した。

「お前、うまいことまとめたけど、分かってないだろ?」


 サジも少しだけ笑い、窓の外を見ながらコーヒーを啜った。

「分かったよ。つうか、いつまでこんな洞穴に閉じ込められんだって。本部苦手なんだよ。なんか、埃っぽいし」


 *


 アルクトリ皇室の別荘は、湖畔の森に隠れるように建っていた。

 白い石造りの壁に、朝の光が薄く反射している。風が針葉樹を揺らし、窓の外では水面が静かに波打っていた。


 応接室では、窓際のソファに腰を下ろしたミラ・アステリアと、少し離れた壁際に立つケイ・レイナーが、先に二人を待っていた。


 アドルフ・アルクトリ皇太子に続き、ジャン・アルクトリが室内へ足を踏み入れる。その背後から、護衛が二人続いた。


 扉が閉まる直前、その隙間へ人影が滑り込んだ。


 護衛の一人が振り返るより早く、乾いた音が室内へ響いた。


 銃の撃鉄が起きる音だった。


 ジャンは、背後から首元へ回された腕に息を詰めた。

 カイトの片腕が胸元を押さえ、もう片方の手に握られた銃口が、顎の下へ冷たく触れている。


「無礼だぞ。誰に銃を向けているか分かっているのか」


 ジャンは睨み上げるように声を絞った。

 怒りはある。だが、その奥に薄い恐怖が混じっていることを、本人も隠しきれていなかった。


 アドルフは数歩先で足を止め、護衛が動こうとするより早く片手を上げた。

 制止の仕草は静かだったが、その場にいる全員の動きを止めるだけの重さがあった。


「カイト・オルディア」

 アドルフは、低く名を呼んだ。


 その声に、ジャンの肩がわずかに跳ねる。

 カイトの目だけが、ゆっくりとアドルフへ向く。


「君が、オルディアの第二皇子か」

 室内の空気が、さらに一段冷えた。


 ミラは窓際で息を呑んだ。

 彼女が用意したのは、医療支援と難民保護を名目にした、誰の記録にも残らない非公式の面会だった。

 だが、カイトがこういう形で姿を現し、銃口を向けるとは思っていなかった。


 カイトはジャンを押さえたまま、短く息を吐いた。

「俺がなぜここにいるか、分かってるな?」


 アドルフは、カイトの手元を見た。

 銃口。ジャンの首筋。カイトの指。

 それから、カイトの目を見る。


「……その銃を下ろしなさい。ここは戦場ではない」


 カイトの表情が、ほんの少しだけ歪んだ。

 笑ったのではない。怒りが、口元だけに浮いた。

「お前たちが立っている場所は、戦場の外だと思っているのか」


 ジャンが息を呑む。

 カイトの腕に、わずかに力が入った。

「そうやって中立を名乗って、見て見ぬふりをしてきたんだろ」


 アドルフの目が細くなる。

「我々は、戦争を避けてきた」


「避けたんじゃない」

 カイトの声は低かった。

「逃げただけだ。お前たちが逃げて守った民の外で、何人死んだ。どれほどのオルディア人が犠牲になった」


 窓の外で、風が枝を揺らした。

 湖面の光が、室内の床をかすかに震わせる。


 アドルフは、カイトから目を逸らさない。

「逃げなければ、守れなかった民もいる」


 ケイは壁にもたれたまま、何も言わなかった。

 腕を組み、片目だけを細くして、カイトとアドルフを見ている。

 止める気配はない。


 アドルフは、その沈黙を一瞥した。


「古賀ケイ。あなたが彼を連れてきたのですか」


 ケイは肩をすくめ、カイトを顎で指した。

「俺はついてきただけだ」

 それから、軽く首を傾ける。

「悪いな、殿下。“正しく”育てたら、こうなった」


 ジャンは首だけを少し動かし、背後のカイトを見ようとした。

「君が……本当に」


「黙ってろ」

 カイトは短く言った。

 乱暴な声ではなかった。だが、拒絶だけがあった。


 アドルフは静かに息を吐いた。


 怒鳴らない。

 怯まない。


 けれど、その表情からは、さっきまでの外交用の柔らかさが消えていた。

「何を求めている」


 カイトは答えた。

「鍵だ」


「鍵?」


「俺の名を使って、すべての照会を開く」


 ジャンの目が大きく開いた。

 アドルフは、わずかに沈黙した。


 その沈黙だけで、カイトには分かった。


 やはり、ある。


「この血で開く扉があるはずだ」


 アドルフの声が低くなる。

「君は、自分の血を使って何をするつもりだ」


 カイトは一瞬だけ、ジャンを押さえる腕の力を緩めた。

 けれど、銃口は下ろさない。


「あんたたちが、しなかったことだ」


 ミラが目を伏せる。ケイは、わずかに息を吐いた。


 アドルフは、長い沈黙のあとで言った。

「銃を下ろしなさい」


 カイトは動かない。


 ジャンの喉が動いた。

「父上――」


「黙っていなさい、ジャン」

 アドルフの声が、初めて硬くなる。

 ジャンは口を閉じた。


 その時、奥の扉が開いた。


 杖をついた老人が、従者に付き添われて現れた。


 長く蓄えた髭に仕立ての良いスーツ。

 齢八十を超えてなお、穏やかな目だけは少しも濁っていない。


 室内の緊張を察した従者が一瞬だけ足を止めたが、老人は構わず進んだ。


 ミラは立ち上がり、深く礼をした。

「皇王陛下」


 老人は片手だけで、ミラへ座るように示した。

 それから、カイトをじっと見つめる。

「君が、カイト・オルディアか」


 カイトは、その目の奥から何かを掴もうとした。

 だが、感情は見えない。


「リオネル・アルクトリだ。ここから先は、皇王である私が話を聞こう」


 カイトは、老人の目を見た。


 王朝は、オルタイトとオルディアの血を巡って割れた。

 国家のために利用しようとした帝国と、それを拒んだアルクトリ。

 ならば、守るために隠したものがあるはずだった。


 カイトは息を呑み込み、わずかに下がりかけていた銃口を、ジャンの顎の下へ戻した。

「……お前たちが、オルタイトを扱うために隠したものはなんだ」


 リオネルは、ほんの少しだけ目を見開いた。

 やがて、ソファへゆっくりと腰を下ろす。


 アルクトリとオルディアが分裂してからの長い沈黙を辿るように、深く息を吸った。

「……血の真実だ」


「……血?」


 リオネルは、カイトを見据えたまま答える。

「私が生まれた年、オルタイトの爆発事故で、南の島が一つ海に沈んだ。歴史上は、研究中のオルタイト兵器を稼働させすぎたことで起きた暴走事故として記録されている」


 ミラが重い口を開いた。

「皇王陛下。それは……どういうことですか?」


 あの事故のあと、地球でのオルタイト兵器使用禁止条約が締結された。

 しかし、その威力を知った世界中の軍や政治家、企業までもが、競うように兵器利用の開発を進める発端にもなった。

 アステリア財団も、例外ではない。


「オルディア狩りは、あの事故のあとから始まった」


 リオネルの声が、静かに室内へ落ちた。

「なぜか分かるか?」


 カイトは、リオネルを見つめたまま答えない。


「あの事故は、帝国側の研究者だった一人のオルディア人の血と、オルタイトが共鳴したことで起きた」


 ケイとミラが、視線だけを合わせた。


「人間の血が、オルタイトの力を引き出すこと自体は知られていた。だが、誰も知らなかった」

 リオネルは一度、言葉を切った。

「限界まで引き出した時、その力がどこまで届くのかを」


 室内に、長い沈黙が落ちる。


「帝国だけが、先に知ってしまったんだよ」

「オルディア人の血が、最大出力を引き出す“資源”になり得るということを」


 リオネルは、しばらく黙ったあとで続けた。

「オルタイトの扱いを巡って、王朝はすでに割れていた。血を守るべきだと考えた者と、国家のために使うべきだと考えた者に」


「その亀裂を、あの事故が決定的なものにした」


 リオネルは、窓の外へ視線を向けた。

「君の言う通り、旧王朝最後の王、レオポルド・アルクトリ三世は、逃げるしかなかったのかもしれない」


「オルディアの民が逃げられる場所を、作りたかったのかもしれない」


「今となっては、誰にも分からん」


 やがて、リオネルはカイトへ視線を戻した。

「帝国を止める方法は、見つけたのか」


 その問いは、責める声ではなかった。

 試す声でもない。


 八十年という時間の底から、ようやく誰かに預ける場所を見つけたような声だった。


 カイトは、ジャンを押さえたままリオネルを見る。

「暴走している列車を止める方法は、一つだけだ」


 アドルフの眉が、わずかに動く。

 ジャンは息を詰めた。


 それが何を意味するのか、この部屋にいる全員が分かっていた。


 止めるのではない。

 走れなくする。

 レールを壊し車輪を砕く。

 必要なら、列車そのものを谷底へ落とす。


 リオネルは、静かに目を閉じた。

 目の前にいるオルディアの第二皇子が求めているのは、そのために必要な照会を開く鍵だった。

「……アルクトリ王家は、カイト・ボリーを支持する」


 アドルフが顔を上げた。

「父上」


「ただし、記録には残さない」

 リオネルの声は揺れなかった。

「この国は、明日も永世中立国であり続ける。議会にも、外交記録にも、王室日誌にも、君の名は残らない」


 カイトは黙っていた。


 リオネルは続けた。

「だが、我々は知っている。君がここへ来たことを」


「君が何を求め、何を壊そうとしているのかを」


 湖面の光が、床の上でかすかに震えた。


「君に託す。必要な手は貸そう」


 その言葉に、ジャンの肩が強張った。アドルフは何も言わない。

 ケイだけが、壁際で小さく息を吐いた。


 カイトは、ようやく銃口を下げた。

 ジャンの胸元を押さえていた腕も離れる。


 だが、その目は少しも柔らかくならなかった。


「託されるつもりはない」


 リオネルが目を開ける。


 カイトは、低く言った。

「俺は、俺の目的のために使うだけだ」


 リオネルは、ほんのわずかに笑った。

 それは安堵ではなかった。

 諦めに近い、古い王の笑みだった。


「それでいい」

 わずかに間を置く。

 リオネルは、カイトの目を静かに見つめた。

 真っ直ぐに人を射抜くような、拒絶を恐れない目だった。


「それでこそ、王家の血を引く者だ」


 その声のあと、しばらく誰も動かなかった。


 カイトが腕を解くと、ジャンは勢いよく振り返った。

 睨みつけるように、カイトを見る。

「次は、きちんと正面から挨拶しろよ」


 カイトは、短く答えた。

「次があればな」


 窓の外で、風が湖面を渡った。


 白い光が床の上で揺れ、テーブルの脚をかすめて消える。


 *


別荘を出た三人を乗せ、濃色の車が湖畔の道を走り始めた。


 窓の外では、針葉樹の影が流れていく。


 後部座席で、ミラは美しく整えられたグレーヘアの前髪を軽くかき上げ、サングラスをかけた。


「皇室に繋げと言われた時、何が起きたのかと思ったのよ」


 隣へ乗り込んだケイへ、呆れたような視線を向ける。


「まさか、ARCLINEのVectorが……オルディアの第二皇子だったとは。ケイ、大事なことは一番先に言いなさい」


 ケイは面倒そうに、シートへ身体を預けた。


「別に隠してない。聞かれなかっただけだ」


 ミラは大きくため息をついた。


「まったく。連合から攫ってくるなんて、あなたって人は。いつ援助を打ち切られても構わないってわけ?」


「勘弁してくれ。そんなことされたら、フィーに殺される」


 ミラは、助手席のカイトへ視線を向けた。

「カイト・ボリー」


 カイトは黙って前を見ていた。


 ミラは、フロントミラー越しにその横顔を見る。

「第二皇子という肩書を利用する以上、万が一、公の場へ出ることになっても、恥ずかしくない立ち振る舞いを覚えなさい」


「表に出るつもりはない」


 短く返したカイトに、ミラは微笑んだ。


「世の中というのはね、思いもしないことが起きるものなのよ。覚悟はしておきなさいね、第二皇子様」


走り出した車は、静かに市街地の方へ向かって行く。


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