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SKY  作者: RUI
BLACK LILY

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102/120

Sky102-襲撃の日-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。

 


 港の近くの堤防は、昼を過ぎても湿った風を抱えていた。海から吹きつける潮気がコンクリートの縁に白く乾き、遠くで貨物船の低い汽笛が鳴る。防波壁の向こうには、灰色の海面が細かく波立っていた。


 カイトは手すりから少し離れた場所で立ち止まり、視線だけを海へ向けていた。足音が近づく。振り返るまでもなく、軽い靴音と、どこか人を食ったような空気で分かる。


 ハンクが片手を上げて現れた。風に煽られた髪を指で押さえながら、若いジャーナリストはいつもの気安さで笑う。リュミエール自由民主主義共和国出身の彼は、連合国側の機密情報を嗅ぎ回る記者として、裏では名が知られていた。


 ハンクは堤防の縁に腰を預け、カイトの横顔を見た。

「珍しいな、君が諜報活動なんて」


 カイトは表情を動かさず、視線も逸らさないまま答えた。

「ケイは他を追ってる。俺は代わりに来ただけだ」


 ハンクの口元に、少しだけ意味ありげな笑みが浮かぶ。

「へえ。他か…」


 カイトはその反応を切るように、声を低くした。

「時間がない、単刀直入に聞く」

「LAAに兵器が運ばれたって情報がある。何が起きるか知ってるか?」


 ハンクの目がわずかに細くなる。冗談めいた空気が引き、記者の顔になる。

「…なるほど。さすがARCLINEだな」


 ハンクはゆっくりポケットからタバコを出す。

「最近、僕は連合軍の管制官と会ってるんだけど」


 タバコに火をつけ、煙を吐き出す。

「先日、1時間ほどLAAの監視レーダーを停止したそうだ」


 カイトがようやく視線を動かした。

 静かな目が、まっすぐハンクを射抜く。

「……理由は?」


 ハンクは肩をすくめる。だが、その目は笑っていなかった。

「さあ。彼曰く、命令指示書に“署名”がなかった。と」


 風が二人の間を抜けていく。遠くで荷役クレーンの金属音が鳴った。カイトは数秒、何も言わなかった。頭の中で情報を並べ、余計な感情を削ぎ落としている沈黙だった。


「…それで何が起きた」


 ハンクは堤防の下の消波ブロックに目を落とし、淡々と答える。

「何も。今日もLAAは平和に回ってる」

「…ただね」


「他にも興味深い情報があるんだ」

 その声が少しだけ小さくなる。ハンクは周囲を一度だけ確かめ、口元を寄せた。


「帝国側の貴族と、ガルディア合衆国大統領の密談」

「2週間後の大統領のLAA視察」


 その言葉で、カイトの目の色が変わった。表情はほとんど動かない。それでも、空気が一段だけ冷える。堤防の上にいた鳥が、ばさりと羽音を立てて飛び立った。


 ハンクはその変化を見逃さず、真顔のまま続ける。

「あそこで何が起きるか。誰が計画しているのか。僕もずっと追っている」


 ハンクはタバコを落とすと、足で火を消した。

「ARCLINEが止められる事を祈ってるよ」


 カイトは答えなかった。

 ただ一度だけ短く頷き、風の匂いの向こうを見た。


 何かが起きる。まだ輪郭はない。

 だが、確実に。



 ガルディア合衆国議会の近くにあるカフェは、昼下がりの光を薄いガラス越しに受けていた。店の中には新聞をめくる乾いた音と、食器が触れ合う小さな音だけが流れている。


 ケイは窓際から少し離れた席で、新聞を広げていた。政治欄に目を落としているふりをしながら、耳は店内の気配を拾っている。


 隣の席に誰かが腰を下ろした。スーツをきちんと着た男だった。仕立ては上等だが、身体つきが隠しきれない。ビジネスマンにしては大きく、軍人にしては表情が柔らかい。


 男は店員にコーヒーをたのみ、ケイと背中合わせの位置で椅子に深く座る。やがて、唇だけをわずかに動かした。

「用件は」


 ケイは新聞の紙面から顔を上げない。指先でページの端を押さえながら、平坦に返した。

「帝国とのオルタイト鉱山を巡る意見交換回」

「嫌だねぇ、どいつもこいつも利権、利権て」


 男の声が一段低くなる。

「…聞きたいのはそれか?」


 ケイはページをめくる音だけを立てて、軽く言った。

「…運んだのはSKYか」


 男の返答は短い。

「…知らん」


 その一言を聞いた瞬間、ケイの目だけが新聞の向こうで細くなった。

「…誰をやる気だ」


 男はほんのわずかに息を止め、それから吐いた。

「…手を出すな」

「それしか言えない」


 ケイの口元が冷たく歪む。

「否定しなかったな」


 男は視線をどこにも向けないまま、静かに言った。

「…彼は戦争を終わらせるつもりだ」

「それ以上は察しろ」

「お前だって、この世界の仕組みは理解してるはずだ」


 新聞を持つケイの指先が止まる。次に口を開いた時、その声には冗談の気配が一切なかった。

「…子供を巻き込むな」


 男は一拍だけ沈黙し、短く答える。


「もう遅い」


 紙が音を立てる。ケイは新聞を机に叩きつけると、席を立った。男は振り返らない。湯気の立つコーヒーだけが、二人の間に置き去りにされる。


 そこからケイの足は止まらなかった。


 議会周辺の整った街路を抜け、舗装の荒れた道へ入る。低所得者層の集まるマンションの壁には古い落書きが残り、窓枠には錆びた鉄柵が嵌められている。バーの看板が昼間の光の中で色を失い、鉄格子で防犯対策の施された商店が連なる。さらに進むと、高速道路の高架下に飲み屋街が口を開けていた。薄暗い階段を駆け降りるたび、足音がコンクリートに鈍く反響する。


 ケイは迷いなく一軒の店の前で立ち止まり、勢いよくドアを開けた。


 店内にいた従業員が驚いて顔を上げる。そこは一見、ただの修理屋だった。合鍵を作る機械、錆止め剤、金具類。何の変哲もない狭い店内に、金物商品の鈍い光だけが並んでいる。


 ケイはまっすぐレジまで歩いた。


 レジの奥にいた、メガネをかけた初老の男が、訝しげに視線を向ける。

「御用は?」


 次の瞬間、ケイの手が伸びていた。男の襟を掴み、そのまま上へ持ち上げる。男の両足が床から浮き、喉の奥で苦しげな音が鳴った。


 後ろの従業員が悲鳴に近い声を上げる。

「社長!!」


 ケイは振り返らない。視線だけで従業員を止め、そのまま持ち上げた男に向き直る。表情は冷たいのに、声は異様なほど静かだった。


「何を運んだ」


 男の顔が強張る。呼吸が浅くなり、言葉が喉で詰まる。


「っ!」

「なんっ」

「なんのことだ!」


 ケイの腕に、さらに力が入った。


「何を運んだかだけ言え。SKY並みのデカさの戦闘兵器を足がつかないように運ぶとしたら」

「仲介役は、お前しかいない」


 男の顔色が赤く変わっていく。首筋の血管が浮き、足がわずかに空を蹴る。

「…っ!」


 ケイは離さない。目だけが冷たく男を見ている。

「…お前、こないだ孫が生まれたってウィリスに話してたらしいな」


 男の瞳が大きく揺れた。


「言わなきゃ、孫、殺すぞ」


 男はケイを睨み返そうとして、すぐに無理だと悟ったように襟を叩く。

「分かった!」

「分かったから…手っ、離せっ」


 ケイは手を離した。男は床に足をつけた瞬間、ゲホゲホと咳き込みながら喉を押さえる。従業員が慌てて駆け寄り、その肩を支えた。


 しばらくして男は息を整え、涙の滲んだ目でケイを見上げた。


「ったく、馬鹿力が」

「…運んだのはデカい箱だ」


 ケイは従業員に支えられた男を黙って見ている。


「…箱?」

「SKYじゃないのか」


 SKY輸送機じゃない。なら、どうやって運んだ。


 男は息を整えながら、ゆっくり首を振る。


「違うね。アレはSKYじゃない」


 二人の視線が真っ向からぶつかる。どちらも逸らさない。


「俺の勘でしかないが……アレは使い捨ての兵器だ」


 その言葉に、ケイの肩がわずかに動いた。ほんの一瞬だけだったが、空気が変わるには十分だった。


「…殺す気か。大統領を」


 男は黙ってケイから視線を外した。喉を押さえたまま、低く答える。


「俺は知らん」

「…仕事をしただけだ」


 ケイはそれ以上何も言わなかった。無言で踵を返し、店の外へ出る。扉が勢いよく閉まり、薄暗い店内に硬い音が残る。


 沈黙の中で、男が小さく声を落とした。


「止められん。あんたにも」



 ARCLINEはガルディアの宇宙港に停泊していた。停泊中の艦内は、動いているのに静かだ。遠くで機関の低い駆動音が鳴り、艦橋へ向かう通路には白い照明が一定の間隔で落ちている。


 艦に戻ったケイは、そのまま艦橋へ向かった。歩幅は速い。足音が金属床を連続して打つ。

 艦橋に入ると、ミナが端末に向かったまま顔だけを上げる。複数のモニターの淡い光が、彼女の横顔を照らしていた。

「ミナ、ブライトン大統領のスケジュールを調べろ。LAA到着日、訪問日、同行者、警備計画全てだ」


 ミナはすぐに姿勢を正したが、眉だけが少し上がる。


「了解しました。でも、なんで」

「昨日の無線ですか?」


 ケイは立ち止まらない。

「ブリーフィングで説明する。先に情報だ」


 艦橋の扉の前まで歩いたところで、ケイは顔だけを振り返った。


「それから、うさぎと飯に行ってやれ。一度でいい」


 操縦席にいたニコが、片方の口角を持ち上げてミナを見る。

「人参はお前だったのか、ミナ」


 ミナは一瞬ぽかんとケイを見たあと、すぐにニコへ睨みを返した。


 停泊中の艦内はいつも静かだ。だが、その静けさの中で、確実に何かが動き始めていた。

 ケイは自室前の廊下でカイトと落ち合った。白い壁に落ちる照明は冷たく、二人の影を足元に短く切り取っている。


 ケイは扉を開け、顎で中を示した。

「入れ」


 カイトは先に部屋へ入り、扉の横の壁に背中を預けた。腕を組み、何も言わずにケイを見る。


 ケイは扉を閉め、机の前の椅子に腰を下ろす。

「…何かわかったか」


 カイトは壁に寄りかかったまま、ハンクから聞いたことを順に話した。


「数日前、1時間ほどLAAの監視レーダーが停止した」

「帝国側の貴族と、ガルディア大統領の密談」

「2週間後の大統領のLAA視察」


 短い沈黙のあと、カイトは言葉を切った。

「…聞いたのは以上」


 ケイは肘を机に置き、組んだ指を口元に当てた。目は一点を見ている。

「…やっぱりな」


 カイトが静かに問う。

「…ケイは?何か分かった?」


 ケイは前を見たまま答えた。

「政府関係者は見て見ぬふり」

「輸送屋はLAAに“箱”を届けた」


 指先にわずかに力が入る。


「…使い捨ての兵器がLAAに入った」


 カイトは腕を解き、ゆっくり口を開いた。


「…大統領が狙われてる?」


 ケイが立ち上がる。椅子の脚が床を擦る音が短く鳴った。


「輸送屋はSKYではないと言った」

「でも、政府関係者は何も否定しなかった」


 ケイはカイトに向き直る。目の奥で、ばらばらだった情報が一つに繋がった顔をしていた。


「運ばれたのは、使い捨ての兵器だ。人間ごと使い潰す種類の」

「狙われているのは大統領……いや」

「LAAと両方かもしれない」


 カイトは黙って頷いた。腕が扉のドアノブに伸びる。

「行くんですよね」


 ケイも頷く。そして、そのまま扉へ足を進めた。


「…ブライトン大統領に死なれたら困る」


 大統領訪問まで、もう時間がなかった。

 間に合うかどうかは、誰が先にLAAへ辿り着くかにかかっている。



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