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SKY  作者: RUI
BLACK LILY

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101/120

Sky101-始まりの音-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。

 

LAA大統領襲撃事件 二週間前。


 ARCLINEの艦橋は、夜でも明るかった。

 壁一面のモニターには航行データと通信ログが流れ続けている。停泊中の艦体はほとんど揺れない。けれど床の奥から低く響く機関音だけが、ここが巨大な船の内部であることを思い出させていた。


 通信席に座るミナは、片耳のイヤーピースを押さえながら、傍受した通信ログを順に開いていた。暗号化された文字列が解け、時刻と識別名が並んでいく。艦橋の空調は一定で、モニターの光だけが彼女の頬に薄く反射していた。


 ミナの視線が、ふと止まる。


 表示された数行のログを、彼女はもう一度読み直した。


LAA VIP ARRIVAL

GARDEA PRESIDENT

ETA 09:40


AIRSPACE CLEAR

09:30–10:20


 ミナの眉がわずかに寄った。


 違和感があった。

 何かが噛み合っていない。数字も時刻も整っている。整っているからこそ、その隙間にあるはずのものが抜け落ちて見えた。


「……ん?」


 ミナは椅子を半分回し、艦橋の奥へ振り返った。


「ケイ、これ見てください」


 壁際で腕を組んでいたケイが顔を上げた。モニターの光を受けた横顔に、眠気はない。彼はもたれていた壁から背中を離し、ゆっくりとミナの後ろへ歩いてくる。


「何だ」


 ミナは端末の画面を指差した。


「防空コードが出てない」

「VIPが来るなら、普通は防空待機や警備機の指示が出るはずです」


 ケイは何も言わず、画面を覗き込んだ。ログをスクロールさせ、前後の通信も確認する。時刻、発信元、宛先、空域確保。ひとつずつ目で追いながら、彼の眉がわずかに動いた。


「防空なし?」


 ミナは小さく首を振った。


「ありません」


 ケイは腕を組み直し、しばらくモニターを見つめていた。通信の並びを頭の中で組み替えるように、視線だけがゆっくり動く。

 LAAへのVIP到着。

 ガルディア大統領。

 空域確保。

 けれど、防空待機の指示がない。


 やがて、ケイは小さく息を吐いた。


「……きなくせえな」


 ミナは椅子を半分回した姿勢のまま、ケイを見る。


「警備ミスでしょうか?」


 ケイはようやく視線を画面から外し、ミナに目を向けた。


「ミナ、ウサギを捕まえろ 23時 Bar G。今の情報のことは伏せろ」


 ミナは椅子ごと向き直った。


「えー。捕まるかなあ、飛び回ってそう」


 ケイは肩を軽くすくめた。


「好物の人参でもぶら下げておけ」




 港の裏通りは、夜になると様子が変わる。

 昼間は貨物作業員と整備士が行き交うだけの通りに、夜になるとネオンの光が落ちた。濡れた舗道が赤や青を拾い、酒場から漏れる音楽と人の声が路地の奥で混ざっている。酒と安い香水の匂いが、湿った空気の中に残っていた。


 Bar Gは、その通りの奥にある小さな店だった。

 古びた木の扉の上で、赤い看板がぼんやり光っている。店の前には吸い殻がいくつか落ち、誰かがさっきまでそこに立っていたように煙の匂いだけが残っていた。


 ケイは迷わず扉を押し開けた。

 店の中には煙草と酒の匂いが漂い、低い音楽の向こうでグラスの音が響いていた。カウンターでは数人が背中を丸めて飲んでいる。奥の席には、派手なシャツの男が座っていた。


 情報屋のバニーだ。


 ケイが席の前まで来ると、バニーはグラスを持ち上げかけた手を止めた。ゆっくり顔を上げ、目の前に立っている人物を見た瞬間、目を見開く。


 ケイは向かいの椅子を引き、何事もないように腰を下ろした。

「よお、久しぶりだな。相変わらず、あちこち跳ねてんのか」


「ケイさん!なんで。ミナは?」

 バニーは思わず周囲を見回した。入口、カウンター、店の奥。誰かに見られていないか確かめる仕草だった。それから額に手を当て、諦めたように息を吐く。


「あー……そうゆうことか。ちょっと勘弁してくださいよ」

 バニーはケイへ前のめりに近づき、声を落とした。

「あんたと直接会ってるって誰かにバレたら、どうなるか」


 ケイはバーテンダーに手を上げて酒を頼んだ。視線だけはバニーから外さない。

「まあ、そう構えんなよ。別に酒くらい付き合ってくれてもいいだろ」


 バニーは目を細めた。

「見返りは?」


 運ばれてきたグラスを受け取りながら、ケイは言った。

「ミナのプライベート情報だ」


 バニーの表情がわずかに変わった。警戒の奥で、欲が動く。

「……食事一回」


 ケイは小さく笑った。

「お前、相手にされてないのに懲りねえなあ」


 バニーは肩をすくめて、手を軽く上げた。

「そうゆうのを追いかけんのが、俺のスタイルなんで」


 ケイはグラスを机に置き、ポケットから端末を取り出した。店内の音楽が一瞬だけ切れ、別の曲へ移る。空いた間に、遠くで誰かの笑い声が聞こえた。

「聞いておいてやる。保証はしない」

「本題に入るぞ」


 ケイはミナが拾った通信ログを表示し、机の上に置いた。

 バニーは身を乗り出して画面を覗き込む。派手なシャツの袖が、テーブルの端に引っかかった。彼はそれにも気づかない。


 ケイの声が低く落ちた。

「誰がとは聞かない。誰も知らないだろうしな。」

「……LAAで何が起きる」


 バニーはグラスを握ったまま黙り込んだ。グラスの氷が小さく鳴る。

 笑っていた顔から、色が引いていく。彼は一度だけ唇を舐め、視線を端末から外した。

「……知らない方がいいですよ」

「あんたらが近くにいたら、全部あんたらのせいにされる」


 ケイの目が細くなる。

「……何をするつもりだ」


 バニーは視線を逸らした。

 答えない沈黙ではない。答えたくない沈黙だった。


 ケイは背もたれに体を預ける。


「……バニー」

 低く名前を呼ぶ。


「お前が言わないなら知ってる奴の名前を言え」


 テーブルの下で、銃がゆっくり持ち上がった。


「一生飯が食えなくなる前にな」


 黒い銃口が、まっすぐバニーを向いていた。


 バニーの顔色が一瞬で変わる。派手なシャツの下で、肩が跳ねた。


「ヒッ!勘弁してくださいって!」

「俺が知ってるのは、LAAに兵器が運ばれたって事までですよ」


 ケイの眉がわずかに動く。


「……兵器?どうゆうことだ」


 バニーは慌てて続けた。言葉が滑り、声が少し上ずっている。


「だから、俺もそこまでしか聞いてないんですよ。兵器って言っても、オルタイトを使ってるわけじゃないし、作業用って話もあるんです」

「ただ、これ以上は誰に聞いても同じことを言うんですよ」


 ケイは銃を下ろさない。


「同じこと?」


 バニーは顔をしかめた。


「……それ以上探るな。死ぬぞ。って」


 グラスを持つバニーの手が微かに震えた。氷がまた鳴る。今度は、さっきより大きかった。


「全員が同じ事を言う時は大体本気でやばいんだ」


 ケイはしばらく黙っていた。

 店の奥で誰かが笑い、カウンターにグラスを置く音がした。その普通の音が、いまはひどく遠く聞こえた。


 やがてケイは銃をしまい、席を立った。



 整備灯の光が、機体の影を長く床に落としていた。

 ARCLINEの格納庫では整備班が夜の作業を続けている。遠くで整備アームが動き、金属の低い音が響く。通路の床には整備灯の白い帯が伸び、その中に機体の脚部や台車の影が切れ切れに落ちていた。


 ケイは通路の奥に立つカイトを見つけ、視線だけで呼んだ。


「明日、ハンクに会って情報を聞き出して来い」


 カイトが眉をわずかに上げる。腕に抱えていた端末を閉じ、ケイを見る。


「……何の?」


 ケイは答えた。


「LAAに兵器が運ばれた。何か起きる。その内容だ」


 機体の影の向こうへ、ケイの視線が一瞬だけ流れる。


「俺は別ルートで同じ情報を追う」


 カイトは少し考え、それから頷いた。


「ーー了解」


 ケイはカイトに向かって、頼んだ。と手を上げた。

 すぐに踵を返し、格納庫を後にする。


(全員が同じ事を言う…か。)

(何かでかい事が起きるって事か)


 足取りが自然と速くなる。

 格納庫の警告灯が、ゆっくりと点滅している。赤い光が、床に伸びたケイの影を一度だけ濃くした。


(……よりによってLAAで)


 その時、ケイの端末が鳴った。


 彼は足を止めずに端末を開く。メール欄に返信が来ていた。本文には、カフェの住所と時間が書いてある。


「…間に合うといいが」


 ケイは端末を見てそう言うと、廊下の奥へと消えていった。


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