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SKY  作者: RUI


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Sky10-ギリギリのライン-

 

 灰色の雲が、低く垂れていた。



 SKYのコクピットから見下ろす北方の空は、いつも以上に重たく見える。


 《アルファ1より各機。前方、帝国部隊を視認。歩兵多数、機甲三。対空砲座も確認》


 グレン中尉の声が、冷静に情報を読み上げる。


 《アルファ2、了解》


 《アルファ3、了解》


 HUD上に、赤いマーカーが次々と浮かび上がる。


 雪原を這うように迫ってくる、無数の影。

 その少し後ろに、黒い装甲車両と、小さな砲座の輪郭。


(……昨日までの“嫌がらせ”と、全然違う)


 感覚的に分かる。

 弾の密度も、進軍の組み方も、明らかに“正面戦”の形をしている。


 《こちら指揮所。ハイルトンだ》


 ハイルトンの声が、いつもの間延びを少しだけ削り落として回線に乗る。


 《敵の第一波は、こっちの出方を見るための“手前”だ。本命はその後ろにいる機甲と砲座。いいか、最初から全部落とそうとするな。あくまでラインを守れ》


 スクリーン端、地図表示の上に引かれた一本の線。


 E-5からG-6。

 その後ろに、補給拠点E-7と、避難集落#3が小さく点滅している。


 《ラインを抜かれた瞬間、後ろの連中がまるごと巻き込まれる。⸺そこだけは、絶対に通すな》


「……了解。アルファ1、聞いたな?」


 《アルファ1、了解》


 《アルファ2、了解》


 《アルファ3、了解》


 三機の返答が重なる。


(“届くところ”は、絶対に手を離さない)


 昨日、医務棟の裏でハイルトンに聞かされた「届くところだけ守れ」という言葉が、自然と胸の奥から浮かび上がる。


 《アルファ1、右側から回り込んで機甲の頭を押さえる。アルファ2、中央の防壁。アルファ3は左翼支援》


 グレン中尉の指示が飛ぶ。


 《了解》


 あすみは、機体を前へ滑り出させた。


 雪原の上を、白銀のSKYが三機、扇形に広がって進む。


 *


 最初の衝突は、一瞬のうちに訪れた。


 《来るぞ!》


 セリの声と同時に、帝国側の歩兵部隊が一斉に射撃を開始する。


 細かな弾幕が、雪を削る勢いで押し寄せてくる。


「⸺シールド展開」


 あすみは機体の腕を前に出し、エネルギーフィールドを展開させた。


 青白い光の膜に、無数の弾丸が弾かれて火花になる。


 《アルファ3、右から回り込む奴らを削る。アルファ2、そのまま中央を押さえろ》


 《了解!》


 セリの機体が左側へ滑り込み、歩兵の側面に火力を浴びせる。


 雪煙が舞い上がり、悲鳴とも怒号ともつかない声が混ざる。


(地上戦だ……)


 宇宙の静かな真空とは違う。

 空気があるから、音が全部、生々しく響いてくる。


 《敵装甲、前進開始!》


 リーサ軍曹の強い声が、上から降ってきた。


 《座標F-5、G-5のラインに接近中!》


「アルファ1、行きます!」


 グレン中尉のSKYが、前方に飛び出す。


 脚部スラスターで雪を蹴り上げながら、装甲車両の側面に回り込む。

 膝関節部分に狙いを定め、集中砲火を浴びせる。


 装甲が砕け、車体が横倒しになる。


 《一両、行動不能》


 《ナイスカット》


 セリが軽く乗る。


 しかし、倒れた車両の陰から、すぐに新たな砲撃音が立ち上がった。


 《対空砲座確認! 座標E-5!》


 HUD上に、小さな赤い三角が点灯する。


 その瞬間、視界いっぱいに青い光が走った。


 《⸺っ!?》


 コクピットを貫く、激しい警告音。


 《アルファ2に直撃! バイタルは⸺生きてる、生きてます!》


(やられた⸺!)


 あすみの機体の左肩部分が、大きく弾け飛んでいた。

 装甲が剥がれ、警告表示だらけになったモニターが、赤く瞬く。


 《古賀! 下がれ! 今のダメージじゃ前線維持は⸺》


 グレンの声が鋭くなる。


「⸺まだ動けます!」


 反射的に、声が出ていた。


 左肩の感覚はほとんどない。

 しかし、両脚と右腕は生きている。スラスターも出力を保っている。


 問題ない。⸺まだ、前に出られる。


 《被弾警告レベル4だ! ライン下がれ!》


 《指揮所よりアルファ2。現状で前進は⸺》


「ここで下がったら、そのまま抜かれます!」


 あすみは、モニターの端に映る地図を睨みつけた。


 敵装甲二両目が、倒れた一両を迂回するように前進を始めている。

 そのすぐ後ろに、歩兵と砲座の位置が見える。


 その先。

 地図上の、“線”の向こう。


 補給拠点と、避難集落#3のマーク。


(ここ抜かれたら⸺あの人たちごと、後ろを全部…持ってかれる)


 兄妹。

 昨日走っていた小さな背中。


 あの肩の高さと手の小ささが、脳裏に焼き付いて離れない。


 あすみは一瞬目を閉じ、息を整えてから伝える。


「⸺アルファ2、前へ出ます!」


 スロットルを、限界まで押し込んだ。


 《古賀!》


 《アルファ2、被弾ログ確認! これ以上の前進は⸺》


 リーサの声が悲鳴じみる。


 《司令!? 止めないんですか!?》


 指揮所の回線で、誰かが叫んだ。


 《……黙って見てろ》


 ハイルトンの声は、妙に静かだった。


 《今あいつを引き戻したら、“届かない場所”を一個増やすだけだ》


 モニターの中で、白銀の機体が一機、突出する。


 左肩の装甲を半分失い、警告表示を点滅させながら⸺それでもスラスターを最大まで吹かして、敵の進路に割り込んでいく。


 *


 敵装甲の砲口が、こちらを捉える。


(来る)


 あすみは、呼吸を一度だけ深くした。


 この距離で真正面から撃たれれば、さすがに持たない。


 それでも⸺


(ここは、“届くところ”だ)


 自分の足で踏み込める。

 シールドを展開できる。

 腕を伸ばして、押し返せる距離。


 十分だ。


「⸺シールド、最大出力!」


 残ったエネルギーを、すべて前面に集中させる。


 青白い光の壁が、目の前で展開した。


 次の瞬間⸺


 砲撃。

 光。

 衝撃。


 世界が、一瞬だけ真っ白になった。


 《⸺っ、アルファ2!?》


 リーサの叫びが、遠くで木霊する。


 視界がノイズで埋まり、機体の姿勢制御が一瞬だけ吹き飛ぶ。


 しかし⸺SKYは倒れなかった。


 膝が、ぎりぎりのところで踏ん張っている。


 前面シールドは、半分以上が砕け散り、装甲もさらに削られていた。


 それでも、砲撃の勢いは受け止めた。


 砲口が、わずかに上を向く。


 足を止めざるを得ない一瞬の“隙”。


「⸺今!」


 あすみは右腕を振りかぶり、装甲車両の砲塔に拳を叩き込んだ。


 鈍い金属音。

 砲塔が大きく歪み、砲身が折れ曲がる。


 《アルファ3、右から! 足をもらう!》


 セリの機体が滑り込み、装甲車の側面に集中射撃を浴びせた。


 車体が、もんどり打って雪の中に沈む。


 《二両目、行動不能!》


「っ、はぁ……!」


 息が荒い。

 視界の端で、あちこちの警告灯がまだ赤く点滅している。


(まだ⸺動ける)


 身体のどこかで、そう判断している。


 だが、その瞬間⸺


 《アルファ2、右上!》


 グレンの声に、反射的に視線を動かした。


 倒れた三角屋根の上に、携行対戦車兵器を構える影が見えた。


(まずい⸺間に合わない)


 スラスターを吹かすには、ほんの少し遅い。


 トリガーが引かれる。

 火線が走る。


 《⸺っしゃあああああ!》


 咆哮と共に、別のSKYの影が横から割り込んだ。


 グレンの機体だ。


 その背中に、直撃。


 爆炎。

 白銀の機体が大きくよろめき、片膝をつきかける。


 《中尉!》


 《問題ない! 脚は残ってる!》


 短い悲鳴みたいな声と、無理やり押し戻した平静。


 《アルファ1、機動後退しつつライン保持! アルファ3、左側の歩兵を削れ! アルファ2は⸺》


 グレンが指示を飛ばそうとした、その瞬間。


 《……アルファ2、十分だ》


 ハイルトンの声が、静かに被さった。


 《そこから下がれ。お前の機体は、“壁”にはなれるが、“剣”にはなれない》


「……でも⸺」


 あすみは唇を噛んだ。


 確かに、警告音は止まらない。

 左肩だけでなく、脚部にも細かい警告表示が灯り始めている。


(これ以上前に出たら、今度こそ足をもっていかれる)


 直感がそう告げる。


(⸺でも、まだ動ける)


 その感覚と、さっきの砲撃を受け止めた手応えが、意地を引っ張る。


 《古賀》


 ハイルトンの声が、ほんの少しだけ低くなった。


 《ラインはもう保たれてる。砲座も足も折った。敵の先頭は潰した》


 HUD上で、敵部隊の布陣が崩れていくのが見える。


 歩兵たちは倒れた装甲車両を盾にしながら、じりじりと後退を始めていた。

 後方の砲座も、位置を変えようと動き出している。


 《ここから先は、“追い払う”仕事だ。⸺“守る”仕事は、もう終わってる》


(……)


 胸の奥のどこかが、ぎゅっと縮む。


(本当に?)


 視界の端で、揺れる赤いマーカー。


 それでも⸺


 さっきの砲撃を受け止めた瞬間と、

 兄妹のいる避難集落の位置と、

 今、敵の進行が完全に止まっている状況と。


 全部を一度に並べてみると⸺


(……届いた、のかな)


 届くだけの距離まで出て、耐えて、止めた。


 そこから先は、他の機体と地上部隊と砲撃に任せてもいい領域だ。


 《アルファ2、後退しろ》


 グレン中尉の声は、命令として揺らがない。


 《……了解。アルファ2、ライン後方へ下がります》


 あすみは、ようやくスロットルを引いた。


 *


 戦闘が完全に収束したのは、それから二十分後だった。


 《敵部隊、撤退確認》


 リーサの声が、ほっとしたように少しだけ緩む。


 《追撃は?》


 《指揮所より各部隊。これ以上の追撃は不要。ライン外には出るな》


 ハイルトンがきっぱりと言い切った。


 《今日のテーマは“撤退させる”だったろ。⸺ちゃんと達成だ》


 雪原には、黒く焦げた跡と、倒れた装甲車両と、壊れた砲座だけが残された。


 基地本体も、補給拠点も、避難集落も⸺地図上のマークのままだ。


(……守れた)


 実感が胸に落ちるのに、少しだけ時間がかかった。


 《各機、帰投ルートに入れ。救護班と回収班を出す》


 帰還指示と同時に、SKYたちは基地の方向へ機首を向ける。


 あすみの機体の左側は、ボロボロだった。


 肩から装甲が剥がれ、内部フレームがあちこち剥き出しになっている。

 脚部スラスターも一部損傷していて、推力バランスが微妙にずれていた。


 《あすみ、その状態で無理な機動するな。帰り道で転ぶぞ》


 《……気をつける》


 セリの半分呆れた声に、ようやく少しだけ力なく笑う余裕が出てきた。


 *


 北方第七基地・第一格納庫。


 帰投したSKYが、それぞれの持ち場に戻っていく。


 あすみの機体がプラットフォームに膝をつくように停止すると、すぐに整備班が走ってきた。


「うわぁ……こりゃあ派手にやりましたねぇ」


 ラルフが、思わず口笛を吹いた。


「よく帰ってきたな、これで」


 ジンが、左肩の焼けただれたフレームを見上げて、眉をひそめる。


「古賀二等兵、出られますか?」


「……はい」


 コクピットハッチが開く。

 冷たい空気が、熱のこもった空間に流れ込んできた。


 あすみは、少しよろめきながらも、梯子を降りた。


 足元がふらつく。


「おっと」


 ラルフが慌てて支える。


「すみません……」


「本当ですよ。こんなの直すこっちの身にもなってくださいよ」


「ジン伍長の本音が漏れてます」


 ラルフが苦笑する。


 しかし、ジンの目は真剣だった。


「⸺死ななかったのは褒めてやる」


 ぼそっと、フレームを見上げたまま言う。


「それと、ここまでやっといて倒れなかったこの子は、ちゃんと労っとけよ」


 ぽん、と露出したフレームに軽く触れる。


 あすみは、機体の側面に手を当てた。


「……ありがとう」


 小さく、そう呟く。


 その声は、自分に向けたものなのか、機体に向けたものなのか、もうよく分からなかった。


「古賀二等兵」


 背後から、別の声がした。


 振り向くと、ハイルトン大佐が立っていた。


 今日は珍しく、軍服の前をちゃんと閉めている。


「……司令」


「医務室、行ったか?」


「これから……」


「行け」


 即答だった。


「俺はな、整備班の苦労より医務班の手間の方が偉いと思ってる。お前みたいな“自分のダメージ無視系”は、真っ先に怒られるタイプだ」


 ジンとラルフが、同時に頷いた。


「その通りです、司令」


「はい、分かりました」


 あすみは、苦笑いしながらも素直に頷いた。


 歩き出そうとしたところで⸺


「古賀」


 ハイルトンの声が、少しだけ真面目な響きになる。


「⸺よくやった」


 短く、それだけを言った。


 あすみは、ほんの一瞬だけ固まってから。


「……ありがとうございます」


 小さく頭を下げた。


「ただな」


 そこで、ハイルトンはゆるく息を吐いた。


「あんまり自分を削るな」


 視線が、ボロボロのSKYと、腕に残る微かな震えと、立ち止まる足元を、順番に辿る。


「お前は多分、“削ってでも前に出る”方を選ぶタイプだ。⸺誰に似たんだかな」


 ぼそっと、半分独り言のように付け足された。


「……すみません」


「謝るな。そういう奴がいないと戦線は持たない」


 ハイルトンは、肩をすくめた。


「ただ、“届いたところ”まで行ったら、そこで一回止まれ。そこから先は、“別の誰か”が出る番だ」


 医務棟の裏で言った言葉を、少しだけ形を変えて返す。


「それができない奴は⸺そのうち本当に、折れるぞ」


「……はい」


 今度の返事は、さっきよりもずっと素直に出た。


「よし。じゃあ医務室な。サボったら、リーサに回線乗っ取らせて、全館放送で怒鳴らせるからな」


「それは全力で遠慮します」


 軽口を交わしながら、あすみは医務棟へと向かった。


 *


 夕方。


 簡単な検査と応急処置だけで済んだあすみは、医務棟を出て、ふらふらと足を屋上へ向けた。


 北方第七基地・本棟屋上。


 風はまだ冷たいが、昼間よりも少しだけ穏やかだった。


 空には薄い雲が流れ、その隙間から、星の気配が滲み始めている。


 風よけの壁にもたれ、あすみは空を見上げた。


(……守れた)


 補給拠点も、避難集落も、基地も⸺吹き飛ばされずに残っている。


 数字でいえば、“戦術的勝利”。

 報告書にはそう書かれるだろう。


 それでも、雪の上には新しく増えた黒い跡もある。


 倒れた敵兵。

 砕けた機体。


 その全部を、あのラインのこちら側から見ていた。


(中等部の教室には⸺もう戻れないな)


 あの頃の自分は、出来のいいVR用のシミュレーションで、“戦争の形”だけを学んでいた。


 そこには、雪の匂いも、血の色も、砲撃の振動もなかった。


 あるのは、赤と青のマーカーと、勝敗の判定だけ。


 今は違う。


 足元が信用できない地上で、何が飛んでくるか分からない場所で⸺


(“届くところ”までは、自分で行く)


 その上で、届かない場所は誰かに託す。


 そうしないと、自分も、守りたい場所も、両方まとめて折れてしまう。


 頬を撫でる風は、まだ冷たい。

 あすみはそっと目を閉じて、空に向かって顔を上げた。


 肺の奥まで、冷たい空気を吸い込む。

 しばらくそのまま立ってから、ゆっくりと目を開ける。




「……私、軍人になったんだな」


 

 小さく呟いた。


 吐いた息が白く解けて、夜の空に溶けていく。

 頭上には、ただ静かに北の空が広がっていた。


 宇宙にいちばん近い地上。

 帝国との境界線に一番近い基地。


 そして⸺自分が、自分の意思で立っている“こっち側”の地点。


 空は、昨日と同じように、冷たくて綺麗だ。


 そこにいる方が安心だと、はっきり言ってしまった場所。


(空に出る理由は、きっと一つじゃない)


 失われた約束。

 探し続けている誰か。

 守りたい背中。

 もう二度と見たくない景色。


 それら全部を抱えたまま⸺


「……ちゃんと、飛ぶよ」


 誰に向けたとも分からない約束を、北の空に落とす。


 星が一つ、雲の切れ間から顔を出した。


 その光は、中等部の教室の窓から見た地球と、軌道上の輸送船から見た星々と、何も変わらない。


 ただ一つ違うのは⸺


 そこへ向かって飛ぶ時、自分がもう“LAAアカデミーの生徒でも、子ども”でもないということ。


 北方第七基地の夜空は、静かに、それを見下ろしていた。



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