第7話・責任の需要と供給
ファールブの外郭通路にいたのはわたしだけじゃなく、二等船室以上のお客さんということだから、きっと身分とかがあるのはもちろんのことわたしたちよりもお金のある人たちだったんだろう。
だから空で悪事をはたらく、いわゆる空賊と呼ばれる集団が襲ってくるとなるとその目的はおそらく身代金目的の誘拐だろうし、わたしとフーをだけ守るのだったら大人しく三等船室の端っこで震えていればいいだけの話だ。どうせ三等船室の客なんかから身代金が取れるわけないんだし……と思ったわたしは。
「急いで自分の部屋に戻って!家族とかと一緒に固まって、船の人の指示に従って!!」
……外殻通路にいた他のお客さんたちにそう怒鳴って、自分は通路から上の階層に繋がる階段室に向かって駆け出した。多分きっと間違いなく「頭のおかしい子」扱いされているだろうけど。
フーのことなら心配ない。きっとすぐに船内放送で何が起こっているか……までは説明されなくても、どう行動すればいいかは流れてくるだろうし、賢い子だから危険な真似を自分からすることもない。だからわたしは、自分が出来ることをするために「あそこ」に向かう。
『船内のお客様にお知らせします』
階段室に飛び込むと同時に船内放送が始まる。もちろん空賊が襲ってきた、なんてことが知られたら収拾の付かない騒ぎになるだろうから、自分の部屋に戻って次の指示を待て、という常識的な内容だ。
階段を駆け上がりながら船内の構造を思い起こす。こういうのは船に乗った時にまずやるべきこと、と故郷で叩き込まれた。叩き込まれただけで実践する機会は無かったけれど。
「……三等船室の階層の外殻通路からは三層上がれば救命艇収納場がある。まずそこに行って……あった!」
薄暗い階段室を昇りきる。非常口を見つけて備え付けの斧を取り外し。
「せぇぇぇのっっっ!」
思い切り振りかざして打ちつけると、非常扉の閂は一発でぶっ壊れる。
「ごめん!」
別に誰か見てるわけじゃないけれど、公共物を破壊したという罪悪感に苛まれてなんとなく謝っておく。後で弁償しろとか言われたらどうしよう。
「……なんて言ってる場合じゃないか。ええっと……いた!」
外に出ると、猛烈というほどではないけれど油断したら命に関わることになりそうな勢いの風に煽られる。吹き飛ばされないように暗い空を見回す。触媒が反応する光を探していると、すぐに見つけることが出来た。
「うわ、もう始めちゃってる……だ、大丈夫かな……」
空を飛ぶ軌道とは思えないくらいの急な角度で上昇下降、それから旋回を繰り返す「反応」は、時折光を発する。その色は昨日見かけた同郷の士官さんを想起させる。確か……ルゥ=ファルル、三等空士。わたしと大して変わらない年で、一人で空を飛んで戦う、共和連合空軍の飛空砲術士。
そのひとが、空賊とみた怪しい飛空艇と空中戦を繰り広げていた。
・・・・・
「?どういうことだ?!」
埒が明かないと見て交渉を代わろうとしたところで、伝令所の信号手からやけに慌てた様子の報告が上がって来た。
哀れな副長殿は伝声管を耳に当てたまま咆えたのだが、だからといって事態が好転するはずもない。
「何ごとです」
そして、不承不承ながら引き継ぎを承諾した私としては、わざとらしいと思いつつもそう訊ねざるを得ない。聞いてしまったら責任が発生しそうだ、というのはこの際忘れておくことにする。
「共和連合の警備隊の連中……失礼、警備隊ですが……どうもこちらが全面的に指示に従わないためか、接舷して臨検するとのことで……」
聞くんじゃなかった。
思わず天を仰ぐ。
そしてスカルビーに「どうするこれ?」と目で問うたが、まあ鼻で笑って肩をすくめられたくらいのものだ。その嘲笑が私に向かったのか、事態の収拾に一切寄与出来なかった当事者の船員諸氏に向けたものかは定かではないが。
「……そんな真似が認められるわけがないだろう!ここは帝国領で本船も帝国船籍だ!さしたる根拠も無く臨検する権利なぞどこの国際法規をひっくり返しても出てこぬわ!そう言ってやれ!!」
私とスカルビーの間で無言の不毛なやりとりがされている間に副長殿は伝声管に向かってそう怒鳴っていた。
その言い分はもっともだが、相手が本物の共和連合国境警備隊であればこそ、だろう。
「ニセモノだろうな」
「でしょうね」
「であればとっとと外に出て迎撃した方が早くないか?」
「……あのですね」
声を潜めてそう提案したら、眉根を揉んで沈痛な面持ちになっていた。
「帝国領で許可もなく戦闘行為に及んだら国際問題になるでしょうが」
「それこそいくらでも言い訳出来るじゃないか。同国の国境警備隊が相手だったので説得するつもりで発進しました、とか」
「それで納得させられるのは我が隊の上層部くらいのものでしょうね」
「お偉方に言い訳する仕事くらいしてもらっても構わないだろうさ」
なるほど、と一瞬納得しかけたスカルビーだったが、僅かに浮かび上がっていた余裕のない雰囲気をクスリという感じの微かな笑みで振り払う。
そして自分の訓練生時代を思い出す獰猛な本音を取り繕う柔和な声色で、言った。
「バレット三士。あなたが時折見せる、自分が出来ることに対する揺るがない信頼に裏打ちされた向こう見ずな振る舞いは小官としても大変好ましく思うところですが」
「皮肉を言うな、皮肉を」
「渉外担当官としてはもう少し本音を押し隠す努力くらいはした方がよろしいかと」
「むう……」
それを言われると返す言葉も無い。今の私は実力行使が不可能ではないこともない外交官みたいなものだ。上司が文官か軍かの違いはあるが、動きの自由はある程度保障されてはいても国家の看板を背負っていることに違いは無い。
「となれば、どうすればいい」
「そんなもの、責任は押しつけられる人物に押しつければいいんですよ。ほら、そろそろおいでのようです」
スカルビーが指さした副長殿の方を見やる。
どうも接舷するとかいう連中の要求を拒否はしたが無視されたようで、乗客の安全を守るべく船内への案内を行うよう指示していた。
「し、指示と申しましても……どのようにすれば……」
「部屋から出るな大人しくしていろ、くらいでいい!乗船してタダ飯食らっている軍の連中はどうした!迎撃の真似ごとくらいしてみろと伝えろ!!」
「その、船長の許可無しに越権行為ではないかと……」
「そのクソ船長が任せる、とか言っておるのだ責任は全部あの馬鹿野郎に押しつければいい!」
「しょっ、承知しましたっ!!」
「……あれが責任の適切な押しつけ方、というものです」
「勉強になる」
俄に生き生きしてきた副長殿を見て何故か嬉しそうなスカルビーだった。相変わらず修羅場が楽しくて仕方がない、という態だが彼女の悪いところは自分のものに留まらず、他人の修羅場まで楽しんでしまうところだ。その点だけは見習いたくないものだ。
「この状況でのほほんとしてるあなただって大概なものでしょうに」
「失礼な上に不本意な評価を面と向かって言われるとな」
交わされたのは皮肉交じりの苦笑。まあこんなものだろう。
「ああ、そうそう。責任というものは押しつけて押しつけられるのが世の習いというものですが」
「……この話まだ続くのか?」
「世の中に例外というものがあります。例えば好んで責任を寄せ集める救いようのない御仁などがおりまして」
「何が起こっておる!!」
許可も得ず船橋に乗り込んできた、スカルビーの言う「御仁」。昨晩、望んでもいない世話になった、動く樽……いや、別にそこまで悪感情を抱いているわけではないが、お互い遠くで幸せになりたいものですな、と意見の一致した、百年条約締結会議派遣の青銅帝国大使殿が、そこにいた。
……なるほど。実務として消化が可能かどうかは別として、責任を負うことは大好きそうではある。実際にそれを果たせるかどうかは別として。
だが、「閣下……その、実は……」と上手く掻い摘まんでいたと思われる副長殿の説明を聞いた時の大使といえば。
「アホウか貴様は!状況を考えれば賊の類であろうことは明白だろうが!乗り込んでくるというのであればとっとと乗り込んでいる兵を働かさんか!!」
判断の速さも指示の内容も、私とスカルビーが顔を見合わせて満足の笑みを浮かべる程度には気が利くようだった。
「しかし閣下、お言葉ですが乗船の兵は閣下ら要人の方々の護衛が任務の少数と、あとは儀仗兵ばかりと聞いておりますが……」
「儀仗兵だろうが本職は軍人だろう。乗客を危険に晒すよりは遥かにマシというものだ。それより船長はどうした!」
「せ、船長は……その、良きに計らえと……」
「ほう。ならば何をやらかしても船長が責任をとってくれるというものだ。証言してやるから副長の判断でよろしきように取り計らい給え」
「!……、は、はっ!!」
思わず気色を浮かべた副長殿が大使殿に示したのは帝国空軍式の敬礼だった。軍上がりなのだろうか。となると、後ろ盾を得ての判断としてはそれほど過つことはあるまい。
となると乗客の安全にだけ気を配ってあとは傍観を決め込むことが出来そうだな、と考えた時だった。
「バレット三等空士どの」
こちらの存在にはとっくに気付いていたと思われるが、喫緊の対応の指示を与えるまでは知らぬ顔をしていたのだろう。俄に忙しくなってきた船橋の騒ぎに背をむけてこちらに向き直ると、大使殿はやけに恭しく、且つ「腹に一物どころか五つくらいは抱えておりますぞ」みたいな顔になって近付いてきた。
当然、嫌な予感はする。とはいえ、私の悪い予感など当たるものではないのだが。
「当船に乗船している我が国の兵は基本的に陸軍のものばかりでしてな。飛空船の外に出て賊と一戦構える用向きには即しておらんのです。つきましては……」
……そして、本っ当に都合の悪い、嫌な予感というものに限って。
「帝国の名代として要請いたします。船外の賊に当たり、当船の保護に協力を頂きたい」
当たってしまう、というのも得難い経験則というものだった。嬉しくなどまったくない事実である。




