第8話・進空
船橋のすぐ後ろにある緊急脱出口を二人がかりで押し開けると、星明かりも眩く思える星空が広がっていた。
扉の把手を握りながら身体を伸ばし、周囲を確認する。
連合の国境警備隊に擬装した小型の飛空艇はファールブの右舷側で相対速度を一致させ、今から乗り移ってやろうかという構えを見せている。
「対象は?」
「反応は四つ。接舷しようとしているのは一艇だけだが。他は?」
「目視は出来ませんね。流石に夜では分が悪い」
スカルビーは私の肩を両手で押し下げ、私の頭上から外を覗くように暗い空を見つめる。というか上司に対してその態度はどうなんだ。つくづく「上官」と「上司」が使い分けされる連合の軍制が厄介だ。
「……帝国軍、どうします?」
「さあな。やりたいならやらせればいいだろうさ。邪魔にならなければなんでもいい」
こっちは大使殿のたっての要請により許可を得て、偽の国境警備隊の迎撃に上がる。
だがその話がまとまり、接舷して乗り込んでくる悪漢共への対処をどうするかと帝国軍側に打診したら、同乗していた空挺の陸戦隊がしゃしゃり出てきた、という次第だった。船内だけ対応してくれればいいものを、他国の兵に手柄を奪われるのが面白くないらしい、とはスカルビーの穿った見方だが、根拠も無く私も同感ではある。
ただしそんなことで揉めている時間も無い上に立場が立場だ。好きにしてくれとしか言い様がない。同じ空域で戦闘に突入するなどゾッとしない話ではあるが、こちらは一人で動き回れる分小回りが利く。お互い邪魔になるというのであれば、それなりの立ち回りをすればいいだけのことだ。
いつもであれば決める必要のない覚悟を決めて、手早く装備を確認する。
それこそ何千回と繰り返した動作だ。手癖ではなくその意味するところを正しく理解した上で。
「かかるぞ」
「ご随意に。ルゥ=ファルル・バレット三等空士の進空を承認」
「ルゥ=ファルル・バレット三等空士、進空する!」
二人しか居ない場であるから、手続きも簡易だが、正式なものだ。
触媒の長杖を握る手に気界からの反応を覚える。
励起を調整しつつ、気界を通じて暗素界の分け身へ自分の位置を送ると、即座に気界を経由して暗素界にある我が身の写し身とのズレを認知する。
そうして生まれたズレは小さく、主観では「ふわりと浮き上がった」くらいにしか感じられない。
だが、触媒に流した自分の認識と、暗素界から戻って来る認知の差分の調整を終えると、一瞬内臓が押し潰されそうな加速を得て、ファールブの外殻を十人がかりで蹴り飛ばしたかのような勢いと共に、その場から消える。
「まさか帝国の空を大手を振って飛べる日が来るとはな!」
半ば以上自棄っぱちな怒号と共に突進を開始。
同時に周辺の索敵を開始するが、触媒の手応えに進空前に確認したもの以上のものは無い。
隠蔽なのか、こちらの索敵に同調した攪乱なのか。その判断さえ容易でないという一時だけで「敵性勢力」が手練れだという判断をせざるを得ない。
油断などさせてくれる相手ではないな、と風防眼鏡越しに夜空を細く睨む。
目の良さは飛空砲術士にとっての武器だ。ファールブの船上にいた時では気付かなかった、敵性勢力の飛空艇を目視で捉えることに成功する。ただ、その位置に触媒たる長杖からの手応えが、ない。
ただし、こちらも気取られぬように励起を抑え気味だった分、進空したことを悟られている様子もない。となれば相手の姿を見つけたこちらが先手を取れる。
「帝国の連中はまだ出てきてない、と。……やってみるか!……中空推進、断鎖。砲術、励起」
そんな必要はない。だが、涙も出なくなるほど厳しく重ねた訓練の賜物で意識せずとも行えるようにまでなった動作、そこに宣告を重ねる。
直上への加速が絶えるのと同時に、手にした杖の反応が変化。
私の砲術は標的を捉える過程が砲撃に組み込まれていないため、照準をした後に砲射の術に移行しなければならない。手間が掛かる。
その代わり、実際に発射される砲撃がべらぼうに速い。威力も、全力で撃てばファールブの外殻を右から左まで貫くくらいは簡単だろう。
故に、恐ろしく使い勝手が悪い。術者の自分が言うのもなんだが、扱いづらさにおいては連合空軍の砲術士でも一、二を争うくらいだという評判だ。対気砲術の部隊運用に拘る帝国の戦闘教義に従えば見世物にしかなるまい。
だから、空を飛ぶことを徹底し、砲術の砲射の速度を上げることに血を吐くような努力を重ねた。
結果、「お前は何処へ行っても一人で戦える」という評価を得て、こういう立場になった。肩を並べて飛び、戦ってくれる仲間は……いない。
「照準……確定」
擬装が露見したであろう瞬間に対検索触媒を励起させる手際の良さの割には呑気に飛び回っている擬装警備艇の、一番ファールブ寄りの艇に標的を定める。
中空推進は切って砲術に回しているから、今は落下しているのみ。
大地に向かって引き下ろされる感覚を体の芯で覚えながら照準を確定。即座に砲射。と同時に推進を復起。砲術の命中を確認するより先に機動を再開する。
私の砲術は、標的の状態に拠って形態を変えて運用するのが常だが、遠距離移動中の相手に対してはまず中てることを優先する、速度重視のものだ。外見も超高速の矢状の光る弾体が一直線に飛んでいくという、ごくごく普通の見た目に過ぎない。
そして対気砲術の特性上、矢のように飛翔の軌道が曲線を描くこともない。故に、撃てば必中が身上のはず。
「加えて先手必中は我が隊の銘、外すわけが……外したっ?!」
いや、外された、というべきか。こちらの砲術の励起を嗅ぎ取ってか、砲射直後から回避行動を開始したらしい。これも対気砲術の特性になるが、相手が手練れであれば砲撃の弾体が届くより先に砲射を察知することも不可能ではないのだ。
まさかノンビリと飛び回っていた小舟にそんな備えがあるわけがない、という思い込みを嘲笑われたような気分に臍を噛みながら、推進を回避に回す。砲撃されたことに気付かれればやってくるのは当然、反撃、ということになる。
単独で飛行し、自前の砲術で攻撃を加える飛空砲術士という兵科は共和連合空軍独自のものだ。その利点は的が小さいことと、とにかく小回りが利くことにある。砲術投射の威力については個人の力量頼みになってしまう点、古の対気砲術と何ら代わりはないわけだが、機動力でそれを補うことと単騎運用に徹底的に拘ることで、共和連合空軍はそれをモノにした。
一方、通常の飛空艇運用は小回りが利かないこと、速度が出ないことにおいて飛空砲術士には全く敵わないが、代わりに複数の術士を搭乗させることによって、索敵や砲術投射を分担させることが可能になる。
これも術者の力量次第、という点は我々飛空砲術士と変わらないものの、上手く連携をとることで隙の無い運用が可能になる、という利点はあった。
「接舷したのが一艇、一人で三艇相手、か」
そして、敵の力量を最大限上に見積もった上で、立ち回り方を計算する。
自信が無いわけではない。訓練でその程度の経験はある。実戦で、となると流石にそんな機会は無かったが。
とはいえ、こちらに対する敵意を展開しつつある擬装した警備艇三艇を「目立つように、なるべく派手に撃退する」のは容易な話ではない。
私は。
「………くくっ、面白そうじゃないか」
……我知らず薄笑いを浮かべた口元を、舌で一舐めする。
バーダヴィルズの魔女、などという物騒な二つ名が流布される理由を、連中の身に刻みつけてやる。
我ながら物騒な闘争心が湧き起こるのを抑えきれず、ファールブと同軸上にあるだろう私の反応を捉えただろう敵の運命を、せいぜい悪いものではないように、と傲慢にも祈りながら、杖の触媒の励起上昇率を操作する。
空は、今日もきっと騒擾に塗れている。




