第6話・騒擾の始まり
着替えを済ませるや否や一時拝借した空き部屋-恐らく身分が高いのだか金持ちだかの客を乗せるための部屋だろう-を飛び出し、畳んでいる暇など無かった礼服を戦闘服が入っていた袋に雑に仕舞いながら駆けているうちに船橋に到着する。美味くはあってもあまり心に響くものの多くなかった食事をとった部屋からはそう離れておらず、この点だけは高い所に集まりたがるお偉いさんの習性に感謝したものだ。
「お、お客様、この先は関係者以外は……」
「アルプメント共和連合空軍のルゥ=ファルル・バレット三等正士だ。部下が先に来ている。通してもらうぞ」
「あっ……」
帝国籍の船で連合の名前を出してまかり通るのが上手いやり方であるわけがない。ただ、スカルビーが先に入っているだろうし、緊急事態であることが認識されている雰囲気であることも察せているし、最後の手段として大使殿の名前を出すことも厭わないつもりでいたら、船橋に通じる扉をあっさりと開けてもらえた。まあ係員が屈強な兵士などではなく若い船員だったせいだろうけれど。
「失礼する。アルプメント共和連合空軍第一直衛団所属、ルゥ=ファルル・バレット三等空士だ」
ただ、巨大な船なりに広い船橋に入って名乗りを上げた際、煙たがられるのではなくむしろほっとされたように思えたのはどういうことだろうか。
「バレット三士、ちょうど良かった」
そして廊下で別れた時よりも大分険しい顔になっていたスカルビーが側に来て声を潜め言う。
「あまり歓迎出来ない事態です」
「何が起きている?」
「国境警備隊です。進路の変更を指示されています」
「警備隊?帝国のか?」
「いえ、我が国の、です」
そんな馬鹿な話があるか。国境を越えるのは翌朝のことで、まだ帝国領内だ。
そこに友好国とはいえ共和連合の国境警備隊が侵入して帝国籍の船に進路変更の指示を与える、だと?
「直接話は?」
「先程からファールブの担当が交渉してはいますが」
「方針も決めずに交渉しても意味がないだろうが」
「船長を今迎えに行っている最中だそうで」
判断が遅いのか船長がのんびりしているのか。どちらにしても要人も乗船している船にしては緊張感というものが無い。あの樽型体型の大使殿もなかなか運の無いことだ。一食分の食費が浮いた恩のある彼のために憫笑を浮かべると、品がないからお止めなさい、とスカルビーにたしなめられた。まあ確かに礼儀になかった真似とも言えまい。
いくらか反省して、伝令所とやりとりしている船橋の担当者を注視する。この辺りは船の規模などで異なるが、船長不在ということもあってか当直の船員がそれを担っているようだ。
伝令所では主に手旗信号で船外と意志の疎通を行い、船橋とは伝声管でやりとりする。
なので、今どんな状況にあるのかはこちらにも丸わかりではあるのだが。
「……あまり良い手際とは言えないな」
事が外交に関わる事案ということで、民間船の船員が威丈高にも高飛車にも出られない点は同情すべきだろう。だがそれでも船の安全に責任がある者として守らなければならない線を守れているとは到底言えない雰囲気だった。
どうする?越権行為であることは承知の上で交渉役を申し出るか……と考えているうちに船長を呼びに行ったと思われる伝令が船橋に戻ってきた。副長らしき一同の責任者は伝令を呼びつけると、恐らく船長の指示を確認したのだろう。だが焦りを見せていた彼の表情は芳しい方向に変化することはなく、この際誰に責任を押しつければいいのかを思い絶望的になったように見えた。
つまり何だ、船長が給料に見合う責任を果たすことを放棄したということか。そいつは副長殿も不幸なことだな……と他人事のように思った時、目が合った。私と、不幸な副長殿の。
「あのぅ……」
……来るんじゃなかった、とスカルビーに恨めしげな視線を向けたら目を逸らされた。いやそれは確かにお前のせいではないけどな!だがせめて伝播した不幸を分かち合うくらいしてくれてもいいだろうっ!!
「共和連合空軍の士官殿とお見受けしますが」
「……いかにも」
足取りはおずおずと、しかし表情は露骨に安堵した色を見せつつ歩み寄ってきた副長を責めることなど出来まい。そもそもこの船のアホンダラな船長が職務を放棄したのが原因なのだから。だからといって我が国の国境警備隊を自称するヤカラとの交渉を押しつけられる謂われは無いはずだ。
「貴国の国境警備隊からの指示が本船にありまして……どうも要領を得ない内容でしたので、どうにも対応に困り果てており、なんとかご助力を賜れないものかと……」
つまり、テメェのところのワケ分からん連中がガタガタぬかしているから責任とってなんとかしやがれ、と言いたいのだな、と言いかけて辛うじて堪えた。流石にこれを口にしたら国際問題になる……ようなことはあるまいが、いくら何でも外聞が悪すぎる。
傍らのスカルビーをチラと見る。
代わりましょうか?……と、気遣いと侮る気配が半々の微笑だった。
要するに上官のお手並み拝見、ということか。いいだろう。軍歴も階級もスカルビーの方が上だが、職位に見合う能力が無いと見做されるのも業腹だ。
「分かりました。小官が対応しましょう」
こう告げた時の副長のあからさまにホッとした様子にはもう少し給料分の仕事をしたらどうかという気分にはなったが、それ以上に隣のスカルビーが意外そうな空気を醸したことに「ざまぁみろ」という気分にもなったのは確かだ。それで自分の首を絞めることになっても、それは私自身の業という他は、ない……要するに自業自得、という意味だが。
・・・・・
外の様子を知りたくて外郭通路に出た。こんな時間でも外の景色を楽しみたい人がいるのか、星明かりだけが差し込む通路には割と身なりの良い感じの人が幾人もいた。
「お客様、この時間帯外郭通路は二等船室以上をご利用のお客様専用となっております。お部屋にお戻りになってお休みください」
でも通路に出た途端、船員さんに声をかけられてしまうわたしだった。一目で分かるくらいアレな格好をしているというつもりは無かったんだけれど。
というか、ね。昨夜は昼間はしゃぎすぎて早々に寝てしまったから初めて知ったんだけれど、なんかわたしたち三等船室の乗客には夜船内をうろうろする権利が無いらしかった。それは身なりの良い感じの人ばかりになるよね……ってことで。
「え、ええっ……そうだったんですかあ……。なんだかまだ興奮してよく寝られなくって」
しょんぼり。
そりゃあもう、お仕事に忠実だった船員さんの罪悪感を煽るようにしょぼくれてみせるわたし。
ここでナマイキなクソガ……もとい、男の子みたく反抗したら首根っこ捉えられて放り出されるところなんだろうけれど、いたいけな少女が哀しげにしてたら少しは手心加えてくれるんじゃないかなあ、って計算した上で。
「ごめんなさい。部屋に戻って大人しくしてます」
ぺこり。
仕方ないよねそう決まってるんだもんねお船の人もわたしにいじわるしたいんじゃなくてお仕事だから言うこときかなくちゃあーあお船の外側見たかったなあきっと夜だと星とか雲がきれいなんだろうなあ残念だなあ……と万感の思いを込めて、頭を下げてみせる。
それから力なく振り返って、もう泣き出さんばかりの雰囲気を背負って、今出てきたばかりの扉の把手に手をかけた。
「……あの、お客様」
ここで両手を掲げて我が大望果たせり!……なんてうかつな真似をしてはいけない。
船員さんが声をかけたのが自分だってことにも気付かない態で、のろのろ扉を開こうとする。もちろん、後ろ髪引かれる思いを込めて「お外、見たかったなあ……」って背中で語るのは忘れない。
「お客様」
「はっ、はい……えと、わたし……ですか?」
きっと苦笑混じりだろう声には「仕方ないな」って色が混じってる。さすがにちょっと、悪いことしたかなあ、って気にはなる。
でも沈痛な表情だけは崩さず、でもほんの少し期待を匂わせる風に振り返ると、思ってるたよりも柔和な顔の船員さんが、窓外の空を背中にして立っていた。
「あの、なんでしょう……?」
目が合うと期待と不安半々みたいな目で船員さんを見上げる。結構背が高い。わたしより頭一つ半くらい。きっといい人なんだろうなあ、って思って内心で謝っておく。
「ええ、私はこれから反対側の通路を見回りに行きますので……なるべくお早めに部屋にお戻りください」
一瞬何を言われたか分からない、というフリで小首を傾げ、それから真意に気付いたように、飛びつかんばかりの勢いで嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。半分行かないくらいは本心だったけど、船員さんはそれに満足したのか、もう一回「良い夜を」とニコリと笑って船の後ろ側に向かって通路を歩いていったのだった。
……よし。
なんか本っ気で申し訳ない気がするけれど、この際悪い子にでもならないと気が済まないのだ。
わたしは急いで窓際に駆け寄ると、星だの雲だのには目もくれず、視界に映る景色の中にある違和感を探る。
何があるのか、なんてことは分からない。分からないけれど、ここに来るまでに身体が感じたものの正体は理解した。
この船、少し進路を変えている。
乗船前に航路は頭に叩き込んでおいた。管制下で空を飛ぶ者にとっては当たり前の行為だ。そして自分で飛ばない時だってそうする程度には、わたしは空と近い場所で生きているのだから。
だから、この時間帯に変針する必要などないことは分かっている。あるとすれば進行方向の天気が悪いことが分かっている場合だろうけれど、視界の上半分に雲はなく、ただ星が瞬くばかり。下半分だって雲は疎らで地上の山々は星明かりと月に照らされている……街の灯が見えない?
航路を頭の中に呼び出す。よほど予定より遅れているのでなければ今頃はウンヴェイの街明かりが見えるはず。
というか、基本的に航路は地上の街道の上空を飛ぶから、どこかしらに街の光が見えるはずなのだ。
それが見えないということは、やっぱり変なところを飛んでいる。
周囲の人たちを見ると、そんなことに気付いている人はいないようだけれど、船を運航している人たちが分からないわけがない。
「おかしい。何か変なことが起きてる……」
そういえばこの船って、百年条約の更新のために帝国のエラい人が乗ってるとかって言ってた。もしかしてそれと関係がある?政治のことだったらフーに聞いた方が早い。部屋に戻って年下の雇用主を起こそうと思ったその時だった。
「……?!」
山の稜線と空の間あたりに、結構見慣れた飛空艇の姿があった。
大きくはない。でもこんな夜に民間の小型の船が飛んでるわけがない。てことは軍隊か、国境警備隊のどちらか。だとしたら帝国の船……?
「……?帝国の船、じゃないよね。共和連合の紋章……?」
所属を示す徴が見えるくらいには近いところを飛んでいる。ってことはとっくに船の運航側の人たちには分かっているはず。ファールブが進路を変えているのなら無関係ってことはない。
つまり、並んで飛ぶ共和連合の船の指示で……?
「そんなわけあるかぁっ!!」
共和連合の航空管制の厳格さは身に染みて分かってる。あのカタブツそのものな、ウチの国の空の役人が戦争でもないのに勝手に帝国領空を飛んで、あまつさえこんなおっきな船に指示出して進路を変えさせる、なんてことをするわけがない。仮に何かあったとしても、問題が起こらないようにまず帝国側管制に連絡して自分たちは「例え手遅れになっても」原則を貫く。そーいう人たちだ、共和連合の役人は。
つまりあれは共和連合を騙ったニセモノ。そんなものがこの色々と曰く付きの巨大旅客船に並んでいるってことは。
ゴゥンッ!!
飛んでいた飛空艇が急上昇したかと思ったら、上の方で何か重いモノ同士がぶつかるような音がした。
強制的に接舷したというのなら、あれは……。
「空賊っ!!」
狙いが何なのかはともかく、ろくでもないことが始まることに違いはない。




