内密な話
ちょっと訳あって時間が空いてしまいましたが、続きを投稿しました。
これからの時任教授との出会いが、新たな展開のきっかけとなる。
翌日の朝、まだ9時を回ったばかりなのだが初夏の日差しがすでに猛暑の始まりを告げている。翔と大地は昨夜の焼肉のお釣りを渡すべく稲葉教授の研究室を訪ねた。稲葉教授の応用物理学研究室は昨年新しくできた第3校舎にある。最近の大学は学校というよりもオシャレなオフィスの様相を呈していて勉強するにも楽しくなるような環境、少子化が進む最近の事情で学生の獲得競争のための戦略ということも1つの理由なのだろう。10階建ての第3校舎のエントランスを入ると直ぐに2階まで吹き抜けとなっている広いスペースにカフェの様に1つの丸いテーブルに4脚の背もたれの付いた椅子が数組置かれている。何人かの学生はそこに座りペットボトルに入った飲み物を飲みながら宿題なのであろうレポートを仕上げていた。二人はその吹き抜けを横切り、奥にあるエレベーターホールへ向かう。
『俺、この校舎入るの初めてなんだけど、こんなオシャレなところだったんだな。俺たちがいつも授業を受けている第1校舎とは雲泥の差だよね。』と翔が言う。
『確かにな、早く3年になってこっちの校舎で授業を受けたいよなぁ。2年も3年も授業料は大して変わらないんだから。なんかちょっと不公平な気分だよな?』と大地がエレベータホールに着きエレベーターの上へ行くボタンを押しながらぼやく。
『そう言われると、そうだよなぁ。同じ設備費なんだから1、2年もこっちの校舎使って授業やってもいいのにな。』とチンと音を立てて3基並んだエレベーターのうちの真ん中の扉が開き、二人は乗り込む。エレベータの中はガラス張りになっていて、外の景色が見えるタイプのエレベーターだった。稲葉教授の研究室はこの建物の8階まで他の階には止まらずに登った。二人はエレベーターが上がっていく間は外の景色を眺めながめていた。小高い丘に建つこの建物から、エレベーターが上がるにつれて遠くの街並みが徐々に見えてくる。普段見慣れている街並みも、少し視点を変えて見ると新鮮にみえたのか、二人は思わず『おぉ〜。』と感嘆の声を漏らした。
8階に着きエレベーターホールから一番遠い位置にある稲葉教授の研究室のドアの前まで行くと、在室中と表示されたサインをみて一瞬呼吸を整えるように間をあけて翔が扉をノックした。すると中から『どうぞ、空いてます。』と声がしたので翔がゆっくりと扉を開け1歩だけ中へ入り、中の様子を伺いながら稲葉教授を探すと、部屋の奥にある本で埋もれた机の向こうから顔を覗かせている稲葉教授を見つけた。
『はい、何でしょうか?』と稲葉教授からみれば多くの学生の中の二人を訝しげな表情で見つめていた。
『あっ、自分2年の時尾と申します、実は昨日駅近くの焼肉屋で偶然にあの時任教授とご一緒させていただきまして、それでその時に時任教授から自分たちの飲み代として1万円をお店に預けていただいていたみたいで、その時のお釣りをお知り合いと伺っていた稲葉教授から渡していただけないかと思って伺いました。』それを聞いた稲葉教授の表情が急に和らぎ、優しい表情にさせて嬉しそうに話す。
『あぁ、君らもあの店に居たのか。彼には申し訳ないことをしてしまってね。昨日彼の携帯に電話したら楽しそうにその店であった学生のことを話していたけど、それが君らだったんだね。そのお釣りは多分貰ってしまっても良いのじゃないかぁ?まぁどうしてもと言うんだったら渡しておくが、、、。』そんな稲葉教授の言葉に二人は思わず顔を見合わせたが、直ぐに翔が答える。『あの、食事代の方は有り難くお受けしたいのですが、さすがに現金となると受け取るの気が引けるのでお渡ししていただけないでしょうか?』と翔が手に握っていたお金を稲葉教授に見せる。『そうか、そう言うことであれば受け取っておくよ。』と本に埋もれた机の椅子から立ち上がり翔のところまで歩み寄るとそのお金を受け取り近くにあった封筒にいれて胸のポケットに刺していたボールペンでその封筒に”時任先生へ”と書きその封筒を自分の顔の前で掲げて二人に見せた。
『ありがとうございます。時任先生にお礼を言っておいてください。』と大地が言うと稲葉教授が思い出したように。
『そうだ、このお礼は君たちが直接言ったらどうだろう? 時任教授は今度うちの農学部の先生の所にまた近々来ると思うんだが。』と聞くと翔が、
『あ、はい是非そうさせてください。でも何で農学部なんですか? 時任教授のお知り合いでもいらっしゃるのでしょうか?』というと稲葉教授が少し困ったような表情になり言う。
『そういえば、農学部の先生の話は内密にしてくれと言われていたのを忘れていた。』と頭の後ろを右手で掻きながらバツの悪そうな表情で、
『このことは君たちも外部には漏らさないでくれよ。絶対に。』と顔の前で両手を合わせて頼み込むように言った。
『はい。それは全然構わないのですが、、、。といよりも、多分直ぐ忘れてしうと思いますよ。』と翔が、稲葉教授が困っている状況がうまく飲み込めずいながらそう答えた。
『そうか、そう言ってくれると助かるよ。そうだ、今度時任教授が来る時がわかったら連絡するから、よかったら携帯の番号かかメールアドレスか何でもいいから教えてくれないか?』というと。
『わかりました、携帯の番号を言いますので今私の番号にかけてみてください。』と携帯の番号を告げると、稲葉教授はそのまま発信のボタンをおして翔の携帯の着信音がなた。
『では、よろしくお願いします。稲葉教授。』と二人は研究室を後にした。エレベーターの中で大地が、
『農学部の先生のことを内密にって、なんか逆に気になるよな?なんでそんな隠すことがあるんだろう。』と不思議そうに言うと。
『そういえば、農学部の遺伝子か何か研究室に教授にしては若くて綺麗な先生が居るじゃないか。その先生を紹介することになっているんじゃないか?』と翔がちょっと意地悪そうな表情で答えると。
『あぁ、あの先生かぁ。確かに、俺たちでも綺麗だって思うもんなぁ。』と大地が言い終わる前にエレベータが1階につき扉が開くとそこに翔子が立っていた。
『ちょっと、俺たちでも綺麗だって思うって、もしかして私のこと話した?』と翔子が冗談めかして言うと。
『あっ、そ、そうだね。』とうまく誤魔化しきれない受け答えをして、大地と翔は思わず顔を合わせたが、翔子からはその後深く突っ込まれなかったので何も言わなかった。
『ところで、翔子はなんでこんな所に居たんだ?』と翔が尋ねると。
『昨日のことが気になって、二人が稲葉教授の研究室に行ったって聞いたからちょっと私も行ってみようと思って。』と答えると。
『あ、そうか。その話だったら、また時任教授に会える機会があるかもしれないからその時にお礼を言うことになったよ。』と翔がすぐさま受け答える
『へぇ、また来るんだ。稲葉教授の所にくるのかな?』と深い意味はないがそう言われて思わず出た疑問だったが、その疑問に対してまた翔が。
『綺麗だって思う翔子に会いに来るかもね。』と冗談めかしてこたえると翔子はちょっとバカにされたと思ったのか。
『ちょっと、なによそれ。』と口を尖らせ、その様子を二人が見て思わず吹き出したのだった。
今回の内密、どんな話へと続くか。
乞うご期待。




