第54話
ヴァルクの転移魔法により、私達は深淵へと足を踏み入れた。
肌を撫でる風が、重く冷たい。
――まるで世界そのものがこちらを拒んでいるようなそんな感覚だ。
「ここが......深淵、ですか」
セラフィンが辺りを見渡すと、薄暗い空には赤黒い雲が渦巻いている。
遠くには黒く聳え立った城が見える。
――あそこにゼノンがいる。
そう直感的に思った。
私は思わず身震いをする。
するとエリオスとセラフィンがそれぞれ手を握って来た。
「レヴィ。大丈夫。一人じゃないよ」
「そうです。私達がそばにいます」
「二人とも......ありがとう」
私は思わず笑みを零すと、二人は顔を赤くした。
......やはり深淵の空気は合わなかったか?
「二人とも。無理することはない。ここから先は私一人でも......」
「「なりません!!」」
「は、はい......」
二人の勢いに押され、私は思わず敬語になった。
「......皆さま。......覚悟はよろしいでしょうか?」
「あぁ。大丈夫だ。連れて行ってくれ」
そう言うと、ヴァルクを先頭に、私達は歩き出した。
***
同じ頃。
深淵王の城。
「......来た」
玉座に腰掛けていたゼノンがゆっくりと立ち上がった。
その顔は狂気的な笑みを浮かべていた。
「本当に......来てくださった」
遠くに感じる気配。
忘れもしない。
何年。何千年経とうとも。
あの気配だけは、忘れるはずがない。
「あぁ......レヴァイア様......」
ゼノンは玉座から下りる。
そして、一歩。
また一歩と入り口に近づいていく。
まるで待ちきれない子供のように。
「今度こそ」
その瞳には狂気的な熱が帯びていた。
「貴方を誰にも渡さない......!!」
***
巨大な扉の前でヴァルクは立ち止まった。
「こちらにゼノン様はいらっしゃいます」
「そうか......ここに」
私はその重々しい扉に触れると、ギィイイッと音を立て扉が開いた。
エリオスは剣を構え、セラフィンも警戒するように身構えた。
そして扉が開ききった途端、私は温かい人のぬくもりに包まれた。
「レヴァイア様......!! お待ちしておりました!! この時を何年......いや、何千年お待ちしていたことでしょう!!」
「ぜ、ゼノン? 一体何を......!!」
「何って......再会のハグですよ。貴方は私を、私の想いを思い出してくださった!! あぁ......実に感動的です」
ゼノンは私の身体を抱きしめながら何度も何度も、私を"レヴァイア"と呼んだ。
「ゼノン。私はもうレヴァイアではない。それに......」
「いえ? 貴方はレヴァイア様です。 あぁ。貴方が私の腕の中にいる......なんて甘美なことでしょうか......」
「ゼノン・アビス。その汚い手を離してもらおうか?」
「これはこれは勇者に、聖女。......私達の再会を祝いに来た、という訳ではないのだな。残念だ。実に残念だ」
ゼノンはそう言うと二人に手を向けた。
そして、魔力を集中させる。
「やめろ!! ゼノン。私は話しに来たのだ」
「話しに? あぁ。私との愛を語らいに......」
「違う!!」
ゼノンはもう話にならない程、酔っているようだ。
......何にって?私にだ。
「私はもうお前の愛したレヴァイアではない!!」
「? だったらなんだというですか?」
「......え?」
「記憶はあるんですから、もう一度私を愛させるだけ......!!」
そういうと、ゼノンは私の額に指を当てる。
「――っ?!」
視界が歪む。
そして――。
今まで見たことのない光景が脳裏によみがえってくる。
二人で笑いあった時間。
交わした言葉。
触れた指先。
――知らないはずなのに懐かしい。
「な、なんだ......これは」
あまりのも膨大な記憶。
あまりにも強烈な感情。
私の頭では、とても受け止めきれない。
「レヴィ!!」
遠くでエリオスの声が聞こえた。
「レヴィ様!!」
セラフィンの声も聞こえる。
二人は近寄ろうとしてくる。が。
「近寄るな。お前達には用はない。近寄るというなら今ここで......分かるな?」
ゼノンが何かを言っている。
けれど――。
もう、何も考えられない。
視界が暗く染まっていく。
そして、私は――。
深い眠りへと、落ちていった。




