表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/12

9話 失敗は過程の一部

夕食を終えるとあたしは工房から持ち帰った荷物を机へ広げた。


「今からやるん?」


歯磨きをしながらシェイラが呆れたように振り返る。


「うん。思いついた時に試さないと気になって眠れないから」


「お手伝いできることはありますか?」


カティアも椅子から立ち上がる。


「ありがとう。でも今日は大丈夫。何が原因で失敗するかも分からないし、一人でいろいろ試してみるよ」


「無理だけはせんようにな」


「はい。夜更かししすぎないでくださいね」


二人はそう言い残し、それぞれ寝る準備を始める。


部屋が静かになる。


小さなランプへ火を灯し、作業台へ向かった。


今のあたしには一から魔導具を作るのは難しい。


瘴核へ術式を刻む資格もない。


これまでの魔法の練習を思い出す。


カティアへ術式を書いて説明した時のこと。


紙へ術式を書いても、ただの紙だ。


マナは流れない。


でも。


瘴核はマナを通す。


だったら。


「瘴核の粉で線を描けば……」


そこまで考えたところで、小さく首を振る。


「やってみれば分かるか」


まずは試す。


それが一番早い。


小瓶へ少量のインクを移し、耳かき一杯ほどの瘴核の粉を落とす。


細い棒でゆっくりとかき混ぜる。


見た目は普通のインクとほとんど変わらない。


ペン先にインクを付け、紙へ簡単な術式を書く。


深く息を吸い込み、指先からマナを流した。


……反応しない。


「んー……」


瘴核が少ないのか。


もう一杯。


今度は少し多めに混ぜる。


もう一度術式を書く。


結果は同じだった。


さらに増やす。


また書く。


やっぱり反応しない。


「仮説が違った……?」


ガラス棒を置き、小瓶を持ち上げる。


何気なく光へかざした、その時だった。


「……あ」


瓶の底へ、何かが溜まっている。


棒でかき混ぜる。


見えづらいが底から灰色の粉が動いているのが分かった。


「そっか」


瘴核の粒子が重すぎるんだ。


混ぜたつもりでも、書く頃にはほとんど底へ沈んでしまっている。


術式を書いていたつもりで、実際には普通のインクで線を引いていただけだった。


だったら。


「もっと細かくしないと」


小皿へ瘴核の粉を移す。


そのまま乳鉢へ入れ、ほんの少しだけインクを垂らした。


乾いた粉より、この方が粒子を潰しやすい。


乳棒を握る。


こり……


静かな音が部屋へ響く。


ゆっくり。


円を描くように擦る。


こり、こり……


まだざらつく。


もう少し。


力を入れる。


時間だけが静かに過ぎていく。


途中で指先へ少しだけ付けてみる。


さっきより滑らかだ。


でも、まだ足りない。


「もうちょっと……」


夢中になって乳棒を動かし続ける。


何分擦ったかも分からなくなった頃。


指先で伸ばすとざらつきがなくなり、ペースト状になっている。


「これなら」


ペン先へ少量付ける。


紙へ一本、線を引くが粘度が高いせいかペン先にうまく乗らずにすぐに掠れてしまう。


何度かインクを付け足しながら簡単な術式を書き上げた。


綺麗な線とは言い難いが、とりあえずマナを流してみる。


青い光がゆっくりと術式を走る。


一瞬だけ途切けそうになりながらも、最後まで流れ切った。


「……通った」


思わず笑みがこぼれる。


まだ不安定だ。


線によって光り方も違う。


実用にはほど遠い。


それでも。


紙へ描いた線を、マナが流れた。


それだけで十分だった。


術式を何枚か続けて書く。


風、水、火。


単純な術式だけ。


本当なら発動まで試したい。


でも、この時間に部屋の中で火を出したりするわけにもいかない。


「今日はここまで」


紙を机へ並べる。


一晩乾かして、明日外で試そう。


ランプを消す頃には、街もすっかり寝静まっていた。


◇ ◇


朝、目を覚ますと部屋には光が差し込んでいた。


「あ、おはようございます」


最初に気付いたカティアが微笑む。


「おはよう……」


眠い目をこすりながら部屋を見回して、思わず目を丸くした。


「あれ? シェイラ起きてる」


「なんやその言い方」


椅子へ腰掛けていたシェイラが苦笑する。


「だって、いつも最後まで寝てるじゃん」


「昨日は遅うまで頑張っとったみたいやな」


「見てたの?」


「いーや。でも、あれ見たらわかるわ」


シェイラが顎で机を示す。


机の上には紙切れが何枚も散らばり、乳鉢や小瓶が出しっぱなしになっていた。術式を書いた紙も何枚も並んでいる。


「あ……」


夢中になっていて片付けることまで頭が回らなかった。


「何かわかりましたか?」


カティアが興味深そうに机を覗き込む。


「そう! あたしの仮定ではね、瘴核を研磨するときに出る研磨屑をうまく使えばマナの導体として使えるんじゃないかって思って、昨日はインクに混ぜて試したんだけど粒子が沈んじゃって、それで今度は――」


「あー、なんかようわからんけど成果はあったみたいやな」


話の途中でシェイラが笑う。


「ご、ごめん……」


勢いよく話し始めてしまったことに気付き、肩をすくめた。


「キャナリィさんは、こういう時は本当に楽しそうですよね」


カティアもくすっと笑う。


「まずは食事にしましょう。準備しますので、お顔を洗ってらしてはどうですか?」


「うん」


「顔にインクが付いてますよ?」


「えっ!? 本当に!?」


慌てて頬へ手を当てる。


「あー、言うてもたんかー。いつ気付くか見てようと思っとったのに」


「ひどいよ、シェイラ〜!」


抗議すると、シェイラは声を上げて笑った。


その笑いにつられてカティアも笑い出し、部屋には朝らしい穏やかな空気が広がった。




朝食を終え、昨日書き上げた術式を机からまとめて持ってくる。


「昨日の成果、見てよ」


テーブルへ置こうとした、その時だった。


「あれ?」


指先へ黒い粉が付く。


慌てて一枚持ち上げる。


術式の線を指でなぞると、さらりと粉が落ちた。


嫌な予感がした。


昨日、一番最初に成功した術式へマナを流す。


青い光は途中まで線を走り、そのまま静かに消えた。


「……定着してない」


「どゆこっちゃ?」


シェイラが隣から覗き込む。


あたしは慌てて机の上へ残っていた紙も一枚ずつ確認する。


昨日失敗したもの。


最後に成功したもの。


全部だ。


術式の線には細かな粉が乗ったままで、指で触れるだけでぽろぽろと剥がれていく。


「インクが乾く前はマナが通ってたんだけど……」


紙を光へかざす。


「乾いたら紙の表面へうまく定着しなかったみたい。線が途中で切れちゃってる」


「失敗……ですか?」


少し心配そうにカティアが尋ねる。


「うん。失敗」


そう答えてから、小さく笑った。


「でも、最初から一発で成功するなんて思ってなかったし」


失敗した紙を重ねながら続ける。


「原因ははっきりしてるから、対策は考えやすいよ。実際、乾く前はちゃんとマナが流れてたわけだし」


「思ったより前向きやな」


シェイラが感心したように言う。


「まぁね」


苦笑しながら頷く。


「こういうのって試行錯誤の仕事だから」


一枚の紙を指先で軽く弾く。


「逆に、なんで成功したのか分からない方が嫌かな」


「次に繋がらないしね」


「ウチやったらめっちゃイライラしそうや」


「かもね」


思わず笑うと、シェイラもつられて笑った。


部屋の空気が少しだけ軽くなる。


「でも、乾いてもうまく紙へ定着させる方法は考えないとなぁ……」


散らばった術式を眺めていると、カティアが一枚の紙を手に取った。


「そういえば、お屋敷には古い絵画がたくさん飾られていました」


「絵画?」


「はい。何十年も前のものだと聞いていましたけど、色はほとんど落ちていませんでした」


その一言で、頭の中に何かが引っ掛かった。


「……絵の具か」


思わず呟く。


「普通のインクは紙へ染み込ませるけど、絵の具は表面へ乗せて残す……」


自然と頭の中で考えがまとまり始める。


「だったら、必要なのはインクじゃなくて……」


「あー、もう始まった」


シェイラが苦笑する。


「あたし?」


「考え込みモードや」


シェイラは肩をすくめると、ぱんと手を叩いた。


「よう分からんけど、仕事探しに行くついでに画材屋でも寄ったらええやん」


「画材屋?」


「絵の具とか売っとる店や。見たら何か分かるかもしれへんし」


カティアも頷く。


「私も見てみたいです。絵の具には、何か参考になる工夫があるかもしれません」


「……そうだね」


考えるだけじゃ進まない。


知らないことは、知っている人に聞けばいい。


「じゃあ、まずは今日の仕事を片付けよう」


「話はそれからだね」


「せやせや。まずは今日の食い扶持や」


あたしたちは顔を見合わせ、小さく笑いながらギルドへ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ