8話 完成と課題
朝食を食べ終え、いつも通りあたし達はギルドへ向かった。
「今日はどうする?」
収穫の依頼は終わった。
今日からはまた、自分達で仕事を探さなければならない。
掲示板を眺めながら、あたしは一枚の依頼書を手に取る。
「薬草採集かぁ」
「報酬はあんまりやな」
横から覗き込んだシェイラが苦笑する。
「でも農園の近くだよ」
そう言って依頼書を見せる。
「あそこで練習もしたいし、場所的にはちょうどいいかなって」
「なるほどな」
シェイラも納得したように頷いた。
その横で、別の依頼書を手に取る。
「あ、これ」
「どうしたの?」
「探し人や」
依頼書には、中年男性の似顔絵と特徴が書かれていた。
「報酬は成功した時だけですね」
「でも探すだけ?」
「酒場でよう酔っ払い探しとったしな」
妙な経験を自慢げに話す。
「これならウチ一人でも何とかなる」
「別行動?」
「今日はその方が効率ええやろ」
確かに。
薬草採集に三人で行く必要はない。
「じゃあ今日は別々で」
「夕方には帰るわ」
依頼を受け、それぞれ受付を後にした。
◇
農園近くの森へ入る。
薬草の採集自体は難しくなかった。
農園主に教えてもらった場所を歩くと、目当ての薬草はすぐ見つかる。ただ数が多い。
「これですね」
カティアが丁寧に根元から摘み取る。
「うん。それで合ってる」
採集の合間には、農園の空き地へ戻る。
「今日は昨日の続きをやろう」
紙へ術式を書き込みながら、カティアへ渡す。
「昨日気になったところだけ変えてみた」
「やってみます」
魔法を発動する。
石は少し浮き、すぐ落ちた。
「今の感じ、どうだった?」
「昨日より自然でした」
「じゃあ、その感覚忘れないうちにもう一回」
午前より少しだけ。
昨日よりほんの少しだけ。
術式が馴染んできているのが分かった。
「焦らなくていいからね」
「はい」
無理をさせない。
昨日、自分で決めたことだった。
◇
夕方。
依頼を終え、あたしたちは共同住宅へ戻ってきていた。
「おかえり」
先に帰ってきていたシェイラに出迎えられる。
「ただいま。どうだった?」
「見つけたで」
椅子へ腰掛ける。
「王都外縁のスラムにおったわ」
「そんな遠く?」
「借金取りと間違われて逃げる逃げる」
思わず笑ってしまう。
カティアも納得したように頷く。
「まあ、こういうのは運もあるな」
今日の依頼を思い返す。
あたし達も大した報酬じゃなかった。
でも、その分ゆっくり練習できた。
「そっちは?」
シェイラが聞いてくる。
「もう少しかな」
紙へ描いた術式を見ながら答える。
「形にはなってきた。でも、あと一歩」
「明日には完成しそう?」
「たぶん」
そう答えると、シェイラが嬉しそうに笑う。
「ほな明日はウチも見に行くわ」
「いいの?」
「どうせ一緒に戦うんやろ」
その一言で、頭の中へ一つの考えが浮かぶ。
「そうだね」
カティアと二人だけで考えていた。
でも実際に使うなら、シェイラとの連携まで考えないと意味がない。
「じゃあ明日は三人で農園行こう」
「決まりやな」
明日こそこの魔法を完成させたい。
そんな期待を胸に、あたしはもう一度机の上の術式へ目を落とした。
翌日。
朝から三人で農園の空き地へ向かった。
「今日は見るだけやないからな」
ショートソードを腰へ差したシェイラが笑う。
「ちゃんと完成させてや」
「プレッシャーかけないでよ」
苦笑しながら紙束を取り出す。
昨日、寝る前までカティアと検討した術式。
今のあたしが考えられる形としては、これが完成形だった。
「カティア、準備いい?」
「はい」
カティアが深く息を吸う。術式はもう頭に叩き込まれている。後は再現と調整。
少し離れた場所に置かれた石。今度は手のひら大程ある。
そのさらに奥には、目印代わりの枯れ木。
「まずは昨日までと同じように」
「分かりました」
術式が展開され、石は静かに浮かび上がった。
一昨日までのような淀みはなく、術式が揺れていない。魔力線も安定している。
「そのまま固定」
「はい」
石が空中でぴたりと止まる。
「流量を少しずつ上げて」
カティアが小さく頷く。
石の周囲の空気が歪んでいるようだった。
術式も崩れない。
魔力線も焼き切れない。
ここまでは予定通り。
「じゃあ――解除」
その瞬間だった。
乾いた破裂音とともに、石が一直線に飛び出す。
空気を裂きながら一直線。
狙った枯れ木へ吸い込まれるように飛び、
ばきっ、と幹を貫いて、そのまま森へ消えていく。
「こんなもんかな」
「うまくできました」
思っていたより、ずっと速くて威力もでた。何度も調整して反復した成果だ。
シェイラが目を丸くしたまま口を開く。
「いや、これ普通にヤバいな」
驚くシェイラを二人で見て自然と笑みがこぼれた。
「でも、まだ問題はあるんだ。今回はたまたま飛び切ったけど、もっと流量を上げたら途中で砕けると思う」
「威力を上げようとすると石が先に壊れるんか」
「うん。飛ばす物にも強度が必要なんだ」
そのまま何度か試し撃ちを試みる。射出の初速を上げようとすると留めている時に石が崩れた。
「じゃあ魔物相手ならどうなん?」
シェイラの一言で手が止まる。
「魔物は止まってくれへんで」
「あ……」
確かにそうだ。
今狙っているのは全部動かない木や石。
実戦では相手が動く。
しかも、こっちは石を固定して力を溜める時間が必要になる。
「当てるだけでも難しそうですね」
カティアも頷く。
「だから連携かな」
自然とシェイラを見る。
「ウチ?」
「シェイラが前に出て相手の動きを止める。もしくは敵を一定の方向へ誘導する。その隙にカティアが撃つ」
シェイラは少し考えてから笑った。
「なるほど。それやったら何とかなりそうや」
「魔法は完成した。でも、戦い方はこれからだね」
三人で頷き合う。
まだ課題は山積みだ。
それでも、一歩前へ進んだことだけは間違いなかった。
◇
農園を出たところで足を止める。
「ごめん。あたしちょっと前の大家さんに預けてた道具をいくつか取りに行ってから帰るね」
一瞬カティアが何か言いたそうに顔を向けた。だがシェイラがあっさりと言ってくれた。
「ほな、ウチら先帰っとるわ」
二人と別れ、一人で王都の通りを歩く。
まず向かったのは、少し前まで毎日通っていた魔導具工房だった。
表の入り口に立つと閉鎖したお知らせの紙が風に揺れていた。入り口は板が打ち付けられ、入ることはできない。
毎朝当たり前のようにくぐっていた扉は、もう開くことはなかった。
だが、目的の物は中ではなかった。
あたしは裏口に回り込み廃材置き場に向かう。
少し前まで毎日捨てていた場所を、自分が漁る日が来るなんて思わなかった。
薄暗い中、金属片や、皮屑をかき分け目的の物を探す。他の廃棄物が回収されていないからあるはずだ。
「あった」
底のほうに目的の瓶を見つけた。明るい場所に持って出て中を覗くと鈍く、黒く光る粉末が入っている。
瘴核を研磨した時に出る屑だ。本来なら使い道は無く、むしろ魔導具を製作するうえでは絶対に除去しなければならないもの。
茶碗一杯分程しかないが、実験に使う分には十分だろう。足りなくなったら、その時また考えよう。
工房を出ると、その足で以前住んでいたアパートへ向かった。
転居するにあたって大家さんへ預けたままだった工具箱を回収する。急な失業だった事もあって荷物の保管を快諾してくれていた。
木箱の重みが手に伝わる。
工房で毎日のように使っていた道具ばかりだった。
◇
部屋へ戻ると二人は夕食の準備をしていた。
「おかえり」と2人に迎えられる。
部屋に帰ってきて誰かに出迎えられるのもまだ妙な感覚がある。少し恥ずかしさを感じながらあたしは「ただいま」と言った。
少し前まで、家へ帰っても誰もいなかった。
「おかえり」と言われる生活が、少しずつ当たり前になり始めている。
待って帰ってきた工具箱と瓶を部屋の隅に木箱で即席で作った机へ並べる。
魔導具は作れない。
瘴核も高い。
刻印には資格がいる。
でも、それで諦める理由にはならない。
紙へ術式を書いて、カティアへ説明していた時から、一つの考えが頭を離れなかった。
瓶の中で鈍く光る粉を見つめる。
「もしこれをインクへ混ぜて、紙に術式を書いたら……」
誰も試したことのない方法。
それが成功する保証なんて、どこにもない。
それでも。
「あたしにも、戦える方法があるかもしれない」
その言葉と一緒に、瓶の縁を指でなぞった。




