7話 魔導具
あたし達は三日目になる農園へ向かった。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
農園の主人は手を上げて迎えてくれる。
「今日で収穫も一区切りだ。最後までよろしく頼むよ」
「はい」
三人で返事をして、それぞれ持ち場へ散っていった。
三日目ともなると、もう迷うことはない。
どの畝から収穫を始めれば効率がいいかも分かるし、籠がいっぱいになる頃には次の空いた場所へ自然と足が向いていた。
◇
昼休み。
収穫小屋の前で昼食を済ませ、練習に移ることにする。
「今日は無理しないからね」
立ち上がりながらカティアへ念を押す。
「少しでも気分が悪くなったら、すぐ終わり」
「分かっています」
カティアは苦笑しながら頷いた。
「まずは術式の確認」
昨日は結果を急ぎすぎた。
今日は新しい術式を書き足しては消し、魔力線の流れを確認して、また組み直す。
実際に発動させるのは最低限。
頭の中へ浮かぶ設計図と、紙の上の術式を見比べながら、少しずつ形を整えていく。
「ここは、こんな感じですか?」
「んー……」
紙を受け取り、じっと眺める。
「この線、少し太くしてみようか」
「はい」
「あと、固定術式の部分だけ描く練習してみようか」
昨日みたいに夢中になって突っ走ることはしなかった。
ちゃんとカティアの様子を見ながら、一つ試しては休憩を挟む。
「無理はしないので大丈夫ですよ」
気にしすぎているのが伝わっているのかカティアが笑う。
「昨日の夜、あんだけ落ち込んどったからな」
「忘れて」
「無理や」
そんな他愛ない話をしているうちに、昼休みはあっという間に終わった。
◇
午後の作業も順調だった。
夕方には最後の籠まで荷車へ積み終え、農園の主人が大きく息を吐く。
「これで今年の収穫もひとまず終わりだ」
額の汗を拭きながら、主人はあたし達へ向き直る。
「三日間、本当にありがとう」
「こちらこそ、お世話になりました」
三人で頭を下げる。
「最初はどうなることかと思ったけど、終わってみれば本当に助かったよ」
主人は少し笑ってから続けた。
「そういや、お前さん達」
「はい?」
「昼休みに魔法の練習しとっただろ」
三人同時に肩が跳ねた。
「あ……」
「す、すみません」
慌てて頭を下げると、主人は声を上げて笑う。
「怒っとるわけじゃない」
その一言に胸をなで下ろす。
「農場の向こうに空き地があるだろ。昔は資材置き場にしとったんだが、今は何も使っとらん」
指さした先には、雑草がまばらに生えた広い空き地が見えた。
「練習したいなら、好きに使っていい」
「ほんまですか?」
シェイラが思わず身を乗り出す。
「ああ。ただし畑や建物は壊さないように。それと害獣が出たら、ついでに追っ払ってくれると助かる」
「あ、それなら」
キャナリィはすぐに頷く。
「昨日の水汲み機みたいに、魔導具の調子が悪くなった時も見させてもらえませんか?」
「もちろん構わんよ」
主人は嬉しそうに笑った。
「こっちも修理屋呼ぶ手間が省ける」
思わず顔を見合わせる。
仕事をもらえて、練習場所まで手に入った。
思っていた以上の収穫だった。
◇
ギルドへ戻り、依頼完了の手続きを済ませる。
「はい、三日目の報酬です」
受付のお姉さんから報酬袋を受け取った。
「お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
袋をしまいながら、少しだけ考える。
これで収穫の仕事は終わり。
懐に少しは余裕はあるが明日からまた、新しい仕事を探さなければならない。
「さて」
ギルドを出たシェイラが両手を頭の後ろで組む。
「次は質屋寄ろか」
「質屋?」
「ああ。預けっぱなしの魔導具、取りに行くんや」
そう言って、シェイラは王都の通りを歩き始めた。
◇
質屋を出て共同住宅へ戻ると、シェイラは抱えていた包みを机へ置いた。
「ほい」
布をほどくと、中から一振りのショートソードと、銀色の腕輪が現れる。
「これが質屋に預けてた魔導具?」
「せや。酒場おった頃、酔っ払い相手の賭けで勝って手に入れたんや」
「堂々と言うことじゃないよね」
「向こうも納得しとったから問題なし」
本当に問題ないんだろうか。
少しだけ気になったけれど、今はそれより魔導具だ。
あたしはショートソードを手に取る。
鞘からゆっくり引き抜くと、刃はすこし欠けているけど状態は良さそうだ。柄尻に瘴核がはめ込まれている。
「へぇ……」
思わず見入ってしまう。瘴核内の刻印を拡大鏡で覗き込む。
「どうなん?」
「身体強化の術式だね」
見る角度を変えながら刻印を追っていく。
「剣そのものを強くする魔導具じゃない。魔力を流すと使う人の身体能力を引き上げるタイプ」
「ほー」
「シェイラ向きだと思う」
「ウチ向き?」
「うん。もともと力もあるし、近付いて戦う方が得意でしょ?」
シェイラは剣を受け取ると、軽く振ってみせた。
「確かに、スコップよりはしっくり来るわ」
その姿を見て、自然と頷く。
魔物相手なら、きっとこの方が戦いやすい。
続いて腕輪を手に取る。
こちらにも術式が刻まれている。
「これは……防御術式かな」
「防御?」
「衝撃を和らげたり、一瞬だけ障壁を作ったりするタイプだと思う」
「じゃあこれもシェイラさん向きですね」
「んー」
「二つとも装備したらええんちゃう?」
二人の言葉に、あたしは首を横へ振った。
「それはできないんだ」
「できへんの?」
「魔導具の核になってる瘴核には、共鳴する性質があるの」
二人が机へ身を乗り出す。
「瘴核同士が近くにあると、お互いの術式へノイズが入るんだ。だから一人で複数の魔導具を同時に使うと、本来の性能が出なくなる」
「そんな欠点あるんか」
「うん。だから基本は一人一つ」
腕輪を机へ戻す。
「持ち歩くこと自体はできるよ。でも使う時は、使わない方を体から離さないといけない」
「なるほどなぁ」
「それに、瘴核は大きいほど共鳴も強くなる。高性能な瘴核を使えばいいって話でもないんだ」
シェイラはショートソードを眺めながら頷いた。
「何でもかんでも装備でけへんのか」
「魔法と魔導具は一緒に使えるから、組み合わせを考えるのも大事なんだけどね」
「ほんなら、ウチはこの剣で戦って、カティアが腕輪と魔法使う感じか」
「今のところは、それが一番かな」
まだ三人とも冒険者としては駆け出しだ。
でも、少しずつ形は見え始めていた。
シェイラには武器ができた。
カティアは新しい魔法を練習している。
残るは、あたし。
机へ置かれたショートソードと腕輪を見つめながら、小さく息を吐く。
「あたしも、そろそろ自分の戦い方を考えないとな」
その言葉に、二人は特に返事をしなかった。
まだ答えなんて、誰も持っていない。
でも、それでよかった。
一歩ずつ。
昨日できなかったことが今日できるようになったように。
きっと、その答えもいつか見つかる。
そう思いながら、あたしはもう一度ショートソードの瘴核へ目を落とした。




