6話 瘴気酔い
農園での二日目の仕事を終え、あたし達はギルドで依頼完了の手続きを済ませた。
「ご苦労さま」
受付のお姉さんから報酬袋を受け取る。明細を見ると思ったより少し多い。
「あれ? 少し多いですけど……」
「ああ、それね」
受付のお姉さんが笑う。
「農園のご主人から。昨日より仕事が早かったし、多めに頑張ってくれたから少し色を付けといてくれって」
「ありがとうございます」
「また明日もよろしく頼むよ、だってさ」
三人で顔を見合わせ、小さく笑う。
一昨日まで無職だったあたし達にとって、また明日も仕事があるという言葉は、それだけで少し安心できた。
◇
王都の通りを並んで歩く。
「今日も風呂寄って帰ろか」
シェイラが大きく伸びをした。
「あー、汗かいたし賛成」
あたしも頷く。
「カティアは?」
返事がない。
隣を見ると、カティアは少し俯いたまま歩いていた。
「……すみません」
ようやく口を開いた声には力がない。
「今日は少し調子が悪いので、私は先に部屋へ戻ります。お二人だけでどうぞ」
「いや、一人で帰らせるわけにはいかんやろ」
シェイラが慌てて回り込む。
その拍子に、カティアの顔がよく見えた。
額にはうっすら汗が浮かび、どこか焦点も合っていない。
「……カティア」
昨日も今日も一緒に仕事をしていた。これは、ただ疲れている顔じゃない。
「それって……瘴気酔い?」
カティアは少しだけ困ったように笑った。
「たぶん……そうだと思います」
その言葉を聞いた瞬間、昼間の実験が頭をよぎる。
無理にマナを流させた。術式を書き換えて、何度も試させた。
「ごめん……」
思わず声が漏れる。
「昼間、無理させちゃった」
「違うんです」
カティアは首を振る。
「私も楽しくて、つい……」
そこまで言ったところで少しふらつく。
シェイラがすぐ肩を支えた。
「ほら。喋っとらんと帰るで」
◇
共同住宅へ戻ると、カティアを部屋で横にならせる。
「水持ってくる」
シェイラが階下へ降りていく。
あたしは枕元へ腰を下ろした。
「すみません……ご心配おかけしました」
「喋らなくていいから」
「少し休めば治りますので」
そう言って笑うけれど、顔色はまだ良くない。
「ほんとにごめん」
「そんなに謝らないでください」
カティアは小さく笑った。
「私もやってみたかったんです」
その笑顔が余計に胸へ刺さる。
◇
カティアが眠った後シェイラが小声で聞いてきた。
「なぁ、瘴気酔いって何なん?」
あたしも声を潜める。
「魔法や魔導具を使うと、瘴気が出るでしょ」
「うん」
「普通は少しずつ体の外へ抜けていくんだけど、一度に使いすぎると体に残って、気分が悪くなったり頭が痛くなったりするんだ」
「へぇ」
「シェイラは、なったことない?」
「ないなぁ」
「お酒強い?」
「酒場勤めやったしな。そこそこ飲めるで」
思わず納得する。
「比較的、お酒に強い人は瘴気酔いにも強いって言われてるんだよね」
「ほんまか?」
「俗説だけど」
「なんやそれ」
二人で小さく笑う。
笑ったあと、部屋はまた静かになった。
眠るカティアを見る。
今日の実験は成功より失敗の方が多かった。
それでもあたしは、術式のことしか見えていなかった。
工房にいた頃は違う。
試作品は何度も調整し、安全を確認してから人へ渡す。
それが当たり前だった。
でも今日は。
完成していない魔法を、そのままカティアへ使わせてしまった。
「……設計だけ見て、人を見てなかった」
小さく呟く。
術式を完成させるだけじゃ駄目だ。
使う人が無理なく扱えるところまで考えて、初めて完成なんだ。
その当たり前を、今日やっと思い知った。
「気にしすぎやで」
隣でシェイラが静かに言う。
「失敗せんと分からんこともある」
「……うん」
「次から気ぃ付けたらええ」
その言葉に少しだけ救われる。
今日はもう何も考えない。
そう決めて布団へ入った。
明日は、同じ失敗を繰り返さないように。
◇
翌朝。
昨日のことが頭から離れなくて、いつもより早く目が覚めた。
今日はカティアを休ませよう。
せめて朝ご飯くらいはあたしが作ろうと思ってたんだけど。
「あれ?」
隣では既に身支度を整えたカティアが毛布を畳んでいるところだった。
「起きて大丈夫なの?」
「おかげさまで。もう大丈夫ですよ」
振り返ったカティアは、昨日よりずっと顔色がいい。
思わず胸をなで下ろした。
「瘴気酔い自体は慣れているんです。昨日は久しぶりだったので、少し気分が悪くなってしまって」
「ごめんね」
昨日から何度目か分からない謝罪が口をつく。
「瘴気酔いのことなんてすっかり頭から抜けてた。術式のこと考え始めると、周りが見えなくなっちゃって」
「気にしないでください」
カティアは小さく笑う。
「それより、新しい魔法のこと……やめるだなんて言わないでくださいね」
思わず顔を上げる。
「え?」
「あの魔法、完成させたいんです」
「そんなに興味あった?」
手を止めないままカティアは少し照れくさそうに笑った。
「実は私、小さい頃は魔法の才能を期待されていたんです」
その一言に、思わず手を止める。
「でも、瘴気酔いに弱くて、魔法学院の選抜には進めませんでした」
「そうだったんだ……」
知らなかった。
カティアがそんな過去を抱えていたなんて。
「結局、魔法とは縁のないまま奉公に出ました」
カティアはそう言って、照れくさそうに笑いながらも、どこか懐かしそうな顔をする。
「でもその仕事も楽しかったです。掃除も洗濯も、お料理も。生活魔法を使わない日はありませんでしたから」
だからか。細かな力加減なんかは熟練の域だった。
「その……お屋敷のお嬢様は魔法学院へ通われていたんです」
畳んだ毛布を横に置き、椅子に座って続ける。
「攻撃魔法や応用魔法のお話を、いつも楽しそうに聞かせてくださいました。将来は魔法師団に入るんだって」
「羨ましかった?」
聞くまでもなかった。
「はい」
返事はすぐ返ってきた。
「同じ魔法なのに、私は生活魔法しか使えないんだって。そう思っていました」
少しだけ寂しそうに笑う。
「だから昨日、生活魔法も工夫すれば戦えるかもしれないって聞いた時……本当に嬉しかったんです」
昨日の実験を思い出す。
石が飛んで。術式が壊れて。失敗ばかりだった。
でも。
あたしには失敗でも、カティアには違って見えていたんだ。
「冒険者登録する時も、少し期待していました」
「期待?」
「今度こそ、魔法に関われるんじゃないかって」
その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなる。
昨日まで、あたしは二人を自分の夢に巻き込んでいるんだと思っていた。
工房を持ちたい。
新しい魔法を作りたい。
全部、あたしのわがままだと。
でも違った。
「だから」
カティアはまっすぐあたしを見る。
「これはキャナリィさんだけの夢じゃありません」
思わず息をのむ。
「私の夢でもあるんです」
返事はすぐに出なかった。
でも、自然と笑っていた。
「……うん」
小さく頷く。
「一緒に完成させよう」
その時だった。
「ほな、ウチも混ぜてもらおか」
聞き慣れた声に振り返る。
「起きてたの?」
「起きてらしたんですか?」
「二人で真面目な話しとるから、口挟むタイミングなかってん」
シェイラは大きく欠伸をしながら笑う。
「こうなったら、ウチら真面目に冒険者目指さなあかんな」
「でも、危ないって言ってたのシェイラじゃなかった?」
「何もドラゴン倒そう言うとるわけちゃうやろ」
肩をすくめる。
「やれる範囲から始めたらええねん」
思わず笑ってしまう。
「まだ完成してないけどね」
「そこはキャナリィの腕の見せどころやな」
「責任重大だね」
「私も頑張ります」
カティアが笑う。
「でも、無理だけはしないでよ」
「分かりました」
少しだけ悪戯っぽく笑って続ける。
「でも私、結構頑張る方ですから」
「「知ってる」」
声が重なった。
三人で顔を見合わせ、思わず笑い合う。
朝日が差し込む部屋で囲む朝食は、昨日までより少しだけ賑やかだった。




