5話 魔法は創れる
翌朝。
あたし達は昨日と同じ農園へ向かった。
「今日もよろしく頼むよ」
農園の主人は昨日と同じように迎えてくれた。
「収穫はもう少し続くからね。良かったらあと何日か手伝ってくれないかい」
「もちろんです」
あたしが返事をするより先にシェイラが頷く。
「こっちも仕事探す手間が省けるし助かるわ」
「よろしくお願いします」
カティアも頭を下げた。
収穫期で人手不足の今、毎日依頼を出し直すより、同じ人間に続けて来てもらう方が農園としても都合がいいらしい。もちろん、仕事を探し回らなくて済むあたし達にとっても願ったり叶ったりだった。
◇
二日目になると、不思議と体が動く。
昨日は右も左も分からなかった畑も、今日は自然と足が向いた。ただ二の腕と背中に筋肉痛があるせいで動きが少しギクシャクする。
「カティア、その籠こっちな」
「はい」
「キャナリィさん、こっち終わりました」
「オッケー」
三人で声を掛け合いながら作業を進める。
昨日よりも息が合っていた。
「いやぁ、助かるねぇ」
農園の主人が感心したように笑う。
「昨日よりずっと早いじゃないか」
「慣れてきましたから」
「この調子なら昼までには一区切りつきそうだ」
その言葉通り、午前の作業は昨日より早く終わった。
◇
収穫小屋の前。
木陰に置かれたベンチへ腰を下ろし、お弁当を広げる。
「やっぱ働いた後の飯はうまいな」
シェイラが豪快にパンへかぶりつく。
「朝から動きっぱなしでしたからね」
カティアも笑顔でスープを口へ運んだ。
昼食を食べ終え、一息つく。
昨日の話が頭をよぎり、あたしは二人へ向き直った。
「昨日さ、生活魔法を戦いに使えないかって話したでしょ」
「したな」
「はい」
「ちょっと気になることがあるんだけど」
シェイラが腕を組む。
「そういや前から思っとったんやけど、ウチ魔導具は使うたことあるけど魔法は使えへんねん。あれって何が違うん?」
「根本は一緒だよ」
あたしは地面へ一本の線を指で描いた。
「魔法って、まず魔力線で術式を組んで、そこへマナを流し込んで現象を起こすの」
さらに丸や線を書き足していく。
「魔導具は、その術式をあらかじめ瘴核へ刻んである道具なんだ。だから使う人は魔力を流すだけでいい」
「ほーん」
「つまり術式を組む部分を魔導具が肩代わりしてくれてるってこと」
「せやから魔法使えんウチでも使えるんか」
「そういうこと」
シェイラは「なるほどなぁ」と頷きながら地面の図を眺めていた。
「それでね」
あたしは足元へ転がっていた、こぶし大の石を拾い上げる。
「昨日、ホーンボアを運ぶ時に浮遊魔法を使ったよね」
「はい」
「ってことは、家具専用の魔法じゃない。対象は何でもいいってことだよね」
「そうですね」
「じゃあ、この石も持ち上げられる?」
カティアは軽く頷くと、石へ手をかざした。
ふわり。
石がゆっくり宙へ浮かび上がる。
「やっぱり」
あたしは石の動きを目で追う。
「少し聞いてもいい?」
「はい」
「どれくらい重い物まで持ち上げられる?」
「私一人なら、大人二人分くらいでしょうか」
「距離は?」
「私が一緒に動くなら、基本的にはどこまでも運べます」
「同時には?」
「同時は難しいですね。たとえば籠なんかにまとめられたものでしたらなんとか」
答えながら、カティアは石を左右へ動かし、ゆっくり回転させてみせる。
細かな操作も問題なくできている。
「最後に一つ」
あたしは石を見つめたまま尋ねた。
「重たい物を持ち上げる時って、何が起きてるの?」
カティアは少し考えてから答えた。
「浮くまで、ずっとマナを流し続けています」
「浮いた後は?」
「浮かし続けるために必要な分だけです」
その瞬間、頭の中で何かが繋がった。
「……そうか、ちょっと試したい」
思わず声が漏れる。
「シェイラ、この石ちょっと押さえてくれる?」
「こうか?」
地面へ戻した石を、シェイラが手のひらで押さえつける。
「カティアはいつも通り浮かせてみて」
「はい」
術式が発動する。
石は浮こうとする。
でもシェイラが押さえているせいで動かない。
「なんか押し返してくる感じするで」
「そのまま」
あたしは石から目を離さない。
「そのままマナの流量を少しずつ増やして、合図で思いっきりマナを流して。シェイラもあたしの合図で手を離して」
二人が小さく頷く。
あたしは石を見つめながら、静かに口を開いた。
「――今!」
シェイラの手が離れた瞬間。
石は弾かれたように真上へ飛び上がった。
石はぐんぐん高度を上げ、三人そろって空を見上げる。
「あんな飛ぶんか……」
シェイラが思わず口を開けた。
「なんですか、今の……」
カティアも目を丸くしたまま石の行方を追っている。
やがて勢いを失った石は、放物線を描いて落ちてくる。
地面へ突き刺さるほどではなかったけれど、乾いた音を立てて土をえぐった。
「これ、普通に兵器やん」
シェイラが石を拾い上げながら言う。
「投げるより速いんちゃうか?」
「たぶんね」
あたしは石を受け取り、手の中で転がした。
「この魔法って、浮かせる魔法じゃないんだ」
「え?」
カティアが首を傾げる。
「浮くまでマナを流し続ける魔法なの。さっきはシェイラが押さえてたから浮けなかった。でも術式は浮かせようとして、ずっとマナを流し続けてた」
「せやから離した瞬間に、一気に飛んだんか」
「うん」
頭の中で、生活魔法の術式が少し違う形で見え始めていた。
「だったら」
地面へ枝を拾い、簡単な術式を書き始める。
「最初から石が飛ばないように術式で固定できれば、手で押さえなくても同じことができるかもしれない」
「おお」
「さらに、その固定を好きなタイミングで解除できれば……」
そこまで言ったところで、シェイラが苦笑する。
「もう途中から何言うとるか分からん。でも、できたら強そうやな」
「やってみよう」
あたしは紙を取り出し、術式を書き直し始めた。
◇
「できた」
カティアが新しく書き直した術式へ視線を落とす。
「まずは小さい石で試そう」
さっきと同じ石へ手をかざす。
術式が発動し、石が浮き上がる。
「追加した式も意識してみて」
「はい」
カティアが頷いた次の瞬間、石は何事もなかったように真上へ飛んでいった。
「あっ」
「留められませんでした……」
「ううん、それは気にしなくていい」
普段使わない術式なんだから当然だ。
問題はそこじゃない。
もう一度。
今度は固定を意識しながら術式を維持する。
石は少し振動しながらも地面近くに留まっている。
「できた!」
そのまま少しずつマナを流していく。
術式の線が淡く光る。
「もう少し」
さらに流す。
その瞬間だった。
ぱちっ、と乾いた音が響き、カティアの掌の光が消え術式は霧散した。
「あれ?」
カティアが困ったように自分の手を見つめた。
「もう一回やってみます」
二回。
三回。
結果は変わらない。
一度だけ石が砕けたものの、術式は最後まで持たなかった。
あたしはカティアの描く術式をみながら霧散するタイミングを計った。
「……そうか」
自然と答えが口をついて出た。
「術式は間違ってない」
二人がこちらを見る。
「でも魔力線が細すぎる」
紙の一か所を指差す。
「生活魔法は必要最低限のマナしか流さない前提で組まれてるんだ。だから無理に流量を上げると、術式より先に魔力線が耐えられなくなる。普段は慣れた作業だから物体の重量や移動距離に応じて自然と魔力線や流量を調整してるんだけど、慣れない構成だと細かい調整が――」
「待って待って。全く分からへん」
「……あっ」
「つまり、私がまだ新しい魔法に慣れていないから、術式をうまく維持できなかったということですか?」
「半分くらいそうかな」
頭の中で術式を組み直しながら、自然と言葉が溢れてくる。
「普段は家具を浮かせたり荷物を運んだり、毎日同じようなことをしてるでしょ? だから重さや距離に合わせて、魔力線の太さとか流量とかを無意識に調整できてる。でも今回は違う。使ったことのない術式だから、その感覚がまだ追いついてないんだ」
「つまり慣れの問題なんか?」
「慣れもある。でも、それだけじゃない」
紙へ何本も線を書き足す。
「ほら、ここ。この構成だと流量を増やした瞬間、この魔力線に負荷が集中する。だから先に焼き切れる。だったら線を太くするか、流れを分散させるか……いや、それだと今度は術式全体の効率が……」
「キャナリィさん?」
「あと固定の術式も良くないな。維持だけで結構食ってるし、解除のタイミングも――」
「キャナリィ」
シェイラに肩を軽く叩かれて、ようやく我に返る。
「あ」
二人とも、ぽかんとした顔でこっちを見ていた。
「……ご、ごめん」
「途中から全然分からんかったわ」
シェイラが苦笑する。
その横で、カティアは小さく笑った。
「でも、一つだけ分かりました」
「え?」
「まだ完成じゃないってことですね」
その一言で、あたしも笑ってしまった。
「うん。まだ全然完成じゃない」
工房で魔導具を設計していた頃は、刻印した術式が安定して動くように調整するのが仕事だった。
誰が使っても同じ結果になって、無駄な魔力を使わず、安全に動くこと。
それが魔導具師の仕事。
でも今やっているのは違う。
誰も作ったことがない術式を、その場で組み替え、実際に人へ使わせている。
設計と試験を同時にやっているようなものだった。
思わず苦笑して紙を見つめながら、もう一度考える。
「……駄目だ。術式だけじゃ足りない。魔力線の太さも、流量も、タイミングも全部合わせないと、実戦じゃ使えない」
午後の作業が始まる合図が聞こえた。
紙をしまい、三人で顔を見合わせる。
「続きは帰ってからやな」
「うん」
そう答えたものの、あたしの頭の中は、もう収穫より術式のことでいっぱいになっていた。




