10話 答えは失敗の中に
「画材に関係する依頼とか、あったりせえへんかな」
掲示板を眺めながらシェイラがぼそりと呟く。
あたしも少しだけ期待して依頼書をめくる。
荷運び。
採集。
清掃。
畑仕事。
見慣れた依頼ばかりだった。
「……ないね」
「ま、そうやろな」
シェイラが笑う。
「絵描きが困ったらギルドやなくて弟子呼ぶわ」
「確かに」
少しだけ期待した自分がおかしくて笑ってしまう。
結局、近場の採集依頼を受けることにした。
依頼そのものは難しくなかった。
三人で手分けして薬草を集め、昼過ぎには納品も終わる。
報酬を受け取り、ギルドを出たところでシェイラが振り返った。
「ほな、昨日言うとった画材屋行くか」
「場所、分かったの?」
「酒場で聞いてきた」
少し得意げな顔をする。
「絵描きがよう使う店が一本裏通りにあるらしい」
「さすが」
「こういう情報集めはウチの仕事や」
◇
店内へ入ると、乾いた木の匂いと、どこか甘いような匂いが鼻をくすぐった。
棚には色とりどりの顔料。
大小さまざまな筆。
小瓶へ入った液体。
見たこともない道具まで並んでいる。
「あ……」
気付けば店の中を見回していた。
「すごいですね」
カティアも興味深そうに棚を眺めている。
店主へ事情を話すと、老人は少し驚いたように目を丸くした。
「絵の具の作り方?」
「はい。少し試したいことがあって」
老人は頷き、棚からいくつか小瓶を取り出した。
「色の元になる顔料だけじゃ絵の具にはならん」
一本ずつ机へ並べていく。
「膠。樹脂。用途によっちゃ他にも混ぜる」
「にかわ……」
カティアが不思議そうに首を傾げる。あたしも聞いたことがない素材だ。
「膠って言うのは動物の皮や骨を煮出して作ったもんだ」
「ちょっとうまそうやな」
「嬢ちゃん、食べられなくはないが、これは画材用だから食べたら腹を壊すぞ」
「やめとくわー」
「全部役割が違うんですか?」
「ああ。紙へ定着させたり、乾きを調整したりな」
あたしは思わず身を乗り出した。
「……じゃあ、絵師さんは全部自分で?」
「腕の立つ絵師ほど、自分で作る」
店主は笑う。
「市販品じゃ満足せんからな」
その言葉に思わず苦笑した。
なんとなく気持ちは分かる。
必要そうな材料を少量ずつ購入し、店をあとにした。
◇
「始めよう」
夕食を済ませると、昨日より少し広く机を使う。
「今日は手伝うで」
シェイラが腕まくりをした。
「私も」
「じゃあ、お願いするね」
カティアにノートを開いて渡す。
「あたしは配合を考える。シェイラは研磨屑をできるだけ細かく摺って。カティアは分量と結果を書き残してほしい」
「了解」
「お任せください」
自然と役割が決まる。
昨日よりずっと作業が早かった。
「試験番号、一番」
カティアが書き留める。
膠。
研磨屑。
秤で正確に計り、少しずつ、じっくり混ぜる。画材屋さんで買ってきた絵筆を使い、術式を書く。
軽くマナを流す。
反応なし。
「試験番号、二番。あ、これにも番号書いといて」
一番の術符をカティアに手渡す。今度は膠の代わりに樹液を使う。
配合を変える。
また書く。
少しずつ研磨屑を増やしていく。
今度は導通した。
でも術式が途中で途切れる。
「試験番号、七番」
膠を減らす。
「八番」
樹脂を増やす。
今度は粘りすぎて線が引けない。
部屋の床に術符が広がっていく。
「邪魔やから失敗したやつ捨ててもええか?」
シェイラが一枚を摘まみ上げる。
「駄目」
思わず大きな声が出た。
シェイラがきょとんとする。
「あ、ごめん」
少し言い過ぎた。
「失敗も残しておかないと、何が原因で駄目だったか分からなくなるから」
「ああ、そういうことか」
シェイラは紙を元の場所へ戻した。
「全部データなんやな」
「うん」
カティアも静かに頷き、試験番号の横へ丁寧に結果を書き込んでいく。
作業は夜遅くまで続いた。
「……思ったより使うね」
空になりかけた瓶を見つめる。
工房から持ち帰った研磨屑は廃材とはいえ、無限にあるわけじゃない。
「減り早いなぁ」
シェイラも瓶を覗き込む。
「もうちょっと節約できたらええんやけど」
「そこも課題だね」
床一面には成功とも失敗とも言えない術式が何十枚も並んでいた。
「今日はここまで」
どれもまだ乾いていない。
昨日と同じように一晩置いて様子を見るしかない。
ランプを消し、それぞれ布団へ入った。
◇
翌朝。
真っ先に机へ向かう。
一番導通が良かった術式へマナを流す。
昨日より安定している。いや、安定しすぎている?
「……あれ?」
隣に置いていた失敗作を手に取る。
昨日はまったく反応しなかった術式だ。
試しにマナを流す。
青い光が最後まで流れ切った。
「え?」
「どうしました?」
カティアが隣へ来る。
「カティア、六番の割合と結果どうなってる?」
「六番は膠のみのものですね。昨日は通らなくて、失敗したと思ってたんですけど……」
「うん」
何枚も確認する。
昨日成功したもの。
昨日失敗したもの。
結果はばらばらだった。
でも。
乾いたあとに導通が改善している術式が、いくつもある。
「何かが変わってる」
拡大鏡を取り出し、術式の線を覗き込む。
「あ……」
昨日は気付かなかった。
線の中心ほど色が濃い。
端へ行くほど薄くなっている。
しかも偶然じゃない。
どの術符も、同じような形になっていた。
「粒子が……整ってる?」
「どういうことでしょう?」
カティアが首を傾げる。
「うーん」
小皿に残った最後のインクを拡大鏡で見てみる。中心ほど黒く、濃く粒子が集まり、そこから放射状にグラデーションしている。底に溜まったというよりは粒子同士が引き合ったように見えなくもない。
「たぶん……瘴核の共鳴反応」
あたしは術式から目を離さず答えた。
「前に話したでしょ。魔導具をたくさん持つと、瘴核同士が共鳴してノイズが出るって」
「ああ」
「その力が、粉になっても残ってるんだ」
一晩かけて。
少しずつ。
粒子同士が引き寄せ合い、自然と並んだ。
だから昨日とは違う結果になった。
「わからん」
シェイラが即答する。
その横でカティアが小さく笑う。
「つまり、失敗だと思っていた中に成功があったということですね」
「……そういうこと」
思わず笑ってしまう。
「これなら乾くまでの時間をうまく使って、配合する研磨屑も節約できるかもしれない」
机いっぱいに並んだ術符を見回す。
「今日はこれを持って、空き地で試してみよう」
期待を胸に、あたしは術式を一枚ずつ丁寧に重ねた。




