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11話 実用への壁

朝食を終えると、あたしたちは昨日作った術符を一枚ずつ鞄へしまった。


「そんな何回も確認せんでも逃げへんて」


術符の角を揃え直していると、シェイラが苦笑する。


「初めて外で使うんだもん」


「そわそわしてますね」


カティアまで笑う。


「……してる」


否定はできなかった。


三人で農園裏の空き地へ向かう。


いつもの魔法の練習場所。


今日は、その中心へ術符を何枚か並べた。


「まずは照明から」


一枚を地面へ置き、マナを流す。


青い光が術式を走り、ふわりと白い光が灯った。


「……できた」


思わず息が漏れる。


机の上ではなく、ちゃんと外でも魔法になった。


「ほんまに使えとる」


シェイラがしゃがみ込み、術符を覗き込む。


「紙から魔法が出るなんてなぁ」


続いて着火。


乾いた小枝の先へ、小さな火が灯る。


送風。


今度は術符の前から穏やかな風が吹き抜けた。


「成功ですね」


カティアが嬉しそうに笑う。


「あたしの考え方、間違ってなかった……」


胸の奥から力が抜ける。


やっと、ここまで来た。


その時だった。


送風の術符から吹いた風が、地面へ並べていた残りの術符を巻き上げた。


「あっ!」


紙が何枚も宙へ舞う。


「飛んだ!」


シェイラが駆け出す。


カティアも慌てて追い掛ける。


あたしも一枚ずつ拾い集め、ようやく全部を回収した。


「全部ある?」


「たぶん」


枚数を確認しながら一息つく。


その中の一枚を何気なく手に取った。


「あれ?」


さっきまで使えることを確認した着火の術符だった。


もう一度マナを流す。


……反応しない。


「なんで?」


別の未使用の術符も試す。


これも反応がない。


「さっき使えたやん」


シェイラが首を傾げる。


「ちょっと待って」


鞄から拡大鏡を取り出し、術式を覗き込む。


「……あ」


術式へ、ごく細い傷が入っていた。


「ひび割れ……」


紙を持ち上げる。


風で舞い上がり、地面へ落ちた時についたわずかな曲がりや折れ。


その線に沿って術式が割れていた。


「紙が少し曲がっただけで……」


導通が切れる。


それだけだった。


「それが原因か」


シェイラも覗き込む。


「……待って」


今度は、さっき成功した照明の術符を手に取る。


こちらは曲げていない。


でも、術式の一部が少しだけ色を変えていた。


着火。


送風。


成功した術符を一枚ずつ並べる。


全部、マナが流れた部分だけ僅かに変色している。


「使っただけでも変わる……」


「壊れたんですか?」


カティアが心配そうに尋ねる。


「いや」


首を振る。


「一回使えば多少傷むのは予想してた」


魔力が術式を通る以上、負荷は避けられない。


問題なのは、そっちじゃない。


「曲がっただけで割れること」


そこが致命的だった。


術符を持ち歩く以上、多少しなることは避けられない。


これでは実用品にならない。


少し考え込んでいると、シェイラが口を開いた。


「ほな、硬い紙に描いたらええんちゃう?」


「硬い紙?」


「トランプみたいなやつとかどうや」


指先でカードを弾く仕草をする。


「ああいう紙やったら曲がらへん」


「確かに……」


一つの解決方法ではある。


「しかも投げて使えたら、ちょっと格好ええやん」


「それは確かに」


思わず笑う。


カティアも小さく頷いた。


「でも」


術符を見つめる。


「できれば普通の紙にも使いたい」


巻いて持ち歩ける。


本へ挟める。


手紙に忍ばせることだってできる。


紙だからこその利点は残したい。


曲がっても割れない術式。


次に目指すものが決まった。


「また画材屋さんかな」


「せやな」


「相談してみましょう」


三人で顔を見合わせる。


一つ壁を越えたと思ったら、また次の壁。


それでも、不思議と嫌な気分はしなかった。


失敗は過程の一部。


その先へ進むための、新しい発見だった。


◇ ◇


再び三人で画材屋を訪れると、店主はあたしたちの顔を見るなり苦笑した。


「今度は何があった」


「乾くとこれが割れちゃうんです」


昨日作った術符を一枚差し出す。


店主は紙を受け取り、指先で軽くしならせた。


「なるほどな」


術式をじっと眺め、小さく頷く。


「絵の具でも乾きすぎると割れることはある」


棚からいくつか瓶を取り出し、机へ並べた。


「柔軟性を持たせたいなら、油を混ぜたり、蜜を加えたりする方法がある」


「蜜ですか?」


「入れすぎると乾かんがな」


店主は笑う。


「配合は経験だな絵師ごとに違う」


瓶を一本ずつ眺める。


どれも術液に使える保証はない。


絵の具としての話であって、術式が正常に働くかは別問題だ。


それでも、試す価値はある。


必要そうな材料を少量ずつ購入し、店をあとにした。


「また配合を考えなきゃ」


袋の中身を見ながらため息をつく。


「あーいうちまちましたのは性に合わんからまたゴリゴリやるわ」


シェイラが肩を回す。


「でも、頑張りましょう」


カティアが笑顔を向けてくれる。


「うん。でも今まで実験したデータもたくさんあるし、そんなに難しくないと思う」


前回は手探りだった。


でも今は違う。


どの配合で失敗して、どの配合でマナが流れたのか。


全部記録が残っている。


そこから少しずつ調整していけばいい。


「それやったら」


シェイラが何か思いついたように口を開く。


「カティアの魔法で、ちょっと思いついたことあるんやけど」


「私ですか?」


「まあ、晩飯買いに行くついでに話すわ」



市場で夕食用の惣菜を買い込む。


そのままシェイラが迷わず豆を扱う店へ入っていった。


「んー……どれがええかな」


袋に入った豆を一つずつ眺めている。


「スープにするんやったら、どの豆が好き?」


「私はこれですね」


カティアが白い豆を指差した。


「ほな、これにするか」


店主へ袋を渡す。


「あれ、晩ご飯の話?」


あたしが首を傾げると、シェイラがにやりと笑った。


「それもある」


袋へ豆を詰めてもらいながら続ける。


「カティアの魔法って別に石飛ばさんでも練習できるんちゃう?」


「え?」


「例えば、これ」


買ったばかりの豆を一粒つまみ上げる。


「これ飛ばしたらええやん」


「あ……!」


思わず声が出た。


なるほど。


石じゃなくてもいい。


飛ばすという動作そのものを練習するなら、もっと軽くて柔らかい物でもいい。


「これなら部屋の中でもできますね」


カティアの表情も明るくなる。


「せやろ?」


シェイラは得意げに笑う。


「練習終わったら拾って洗えば、晩飯にもなるし」


「シェイラってさ」


思わず笑ってしまう。


「前からたまに思ってたけど、結構天才じゃない?」


「私もそう思います」


カティアも素直に頷いた。


「発想力には驚かされます」


「褒めても何も出ぇへんで」


照れ隠しなのか、シェイラはそっぽを向く。


「いや、本当にいい案だよ」


豆を指先で転がしてみる。


「石よりずっと軽いし、強度も低い」


少し力加減を間違えれば砕けてしまう。


「だから逆に、繊細なマナ操作の練習になる」


カティアへ向き直る。


「たぶん石よりずっと難しいよ」


「それは練習のしがいがありますね」


嫌がるどころか、少し嬉しそうだった。


新しい材料。


新しい課題。


そして、新しい練習方法。


買い物袋を抱え、あたしたちは次に試すことを話しながら家路についた。

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