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12話 レベルアップ

「この配合は蜂蜜が多すぎたかな」


「乾きは早かったけど、少しベタついてんな」


「じゃあオイルの方も試してみる」


そんなやり取りが、この数日ですっかり日課になっていた。


術液の配合を少し変える。


術式を書く。


乾かす。


マナを流す。


結果を記録する。


その繰り返し。


以前のように手探りではない。


どの配合で失敗し、どの配合で成功したのか。


全部ノートへ残してある。


だから失敗しても、次に試すべきことがすぐに分かった。


その横では、カティアが豆を一粒浮かせている。


「……えい」


ぴしっ。


豆が途中で割れた。


「また割れました」


「今のは力入れすぎやな」


シェイラが笑いながら空き瓶を壁際へ並べる。


「ほれ、今日はこれ当ててみ」


「はい」


最初は壁へ当たり、床を転がっていた豆も、日が経つにつれて少しずつ狙った場所へ飛ぶようになっていった。


的までの距離も少しずつ伸びていく。


「当たりました」


「おっ、ええやん」


「これ以上離れられんし、次は的動かしてみよか」


シェイラが嬉しそうにゴムボールを放り投げる。


カティアの豆が壁へ当たる音。


シェイラの笑い声。


それを聞きながら術液を混ぜる。


そんな日が二日、三日と続いた。



「……できた」


乾いた術符を指先でゆっくり曲げる。


戻す。


マナを流す。


青い光が術式を最後まで走り抜けた。


もう一度。


今度はさっきより強く曲げる。


それでも途切れない。


「やった!」


思わず声が出た。


「成功?」


シェイラが覗き込む。


「うん! 流石に何ヶ月もこの弾力を維持できるかは分かんないけど数日だったら大丈夫そう」


照明の術式が静かに光る。


送風。


着火。


どれも問題なく発動した。


「やっと完成だ……」


胸の奥に溜まっていたものが、ふっと軽くなる。


「二人ともありがとう」


自然と頭が下がっていた。


「一人だったら、絶対ここまで来られなかった」


シェイラは照れくさそうに頭を掻く。


「ウチはちょっと手伝っただけや」


「私は豆を飛ばしていただけですよ」


「その『ちょっと』が大きかったんだよ」


二人がいなければ、ここまで何度も試行錯誤を続けられなかった。


完成した術符を見つめながら、小さく笑う。


ようやく、実用品として持ち歩ける術符が完成した。



「ずっと部屋におったし、今日は仕事でも探しに行こか」


シェイラの一言で、三人は久しぶりにギルドへ向かった。


受けた依頼は倉庫の害獣退治。


大型のネズミが住み着き、荷物を齧って困っているらしい。


「ちょうどいいね」


あたしは完成したばかりの術符を取り出した。


通り道へ一枚。


入口へ一枚。


ネズミが踏めば起動するように設置する。


しばらく待つと、小さな爆発音が倉庫へ響いた。


驚いたネズミが飛び出す。


カティアの小石弾が一匹を正確に撃ち抜く。


逃げたもう一匹をシェイラが身体強化で追い掛け、


「待たんかい!」


勢い余って、


「いったぁ!」


壁へ激突した。


結局、三人で倉庫中を走り回ることになったけれど、依頼は無事に完了した。


「起動も問題なし」


回収した術符を眺める。


「設置型としては十分使えそう」


机の上だけじゃない。実際の依頼でもちゃんと役に立つ。


それが何より嬉しかった。


小さな成功に三人で顔を見合わせる。


少しだけ、自信がついた気がした。



翌朝。


完成した術符を何枚か鞄へしまう。


昨夜描き上げたばかりの起爆術符だ。


今日は依頼じゃない。農園の空き地を借りて、戦闘用に作った術符を試す予定だ。


「爆発の威力も見とかんとな」


支度を終えたシェイラが笑う。


「今日は実験ですからね。無理は禁物ですよ」


カティアも念を押す。


「うん。まずはどんな感じか確かめるだけ」


そう言って三人で農園へ向かった。


畑の手前まで来ると、農園主がこちらへ歩いてきた。


「おっ、久しぶりじゃないか」


「あはは……ちょっと研究に没頭してまして」


そう答えると、農園主は安心したように笑う。


「元気そうでよかったよ」


その笑顔はすぐに曇った。


「でも今日は、ちょっとタイミングが悪かったね」


「何かあったんですか」


思わず聞き返す。


「魔物が出てる」


その一言で空気が変わった。


シェイラも表情を引き締める。


「魔物?」


「ああ。スケイルリザードっていう結構凶暴なやつだ」


ホーンボアの姿が頭をよぎる。


でも農園主は首を振った。


「この前の害獣とは別物だ。本物の魔物だよ」


どうやら様子がおかしい。


「ギルドか騎士団へ討伐依頼を出そうと思ってたところなんだ」


鞄へ視線を落とす。


完成したばかりの起爆術符。


まだ実戦では一度も試していない。


「一つ、お聞きしてもいいですか」


農園主が頷く。


「その魔物の特徴って分かります?」


少し考え込んでから、指を折って説明してくれた。


全身が硬い鱗で覆われてる。


首から上と腹は比較的薄い。


足は遅いが、尻尾が厄介。


小さい木くらいなら簡単になぎ倒す。


話を聞きながら頭の中で組み立てる。


足は遅い。


弱点は頭と腹。


なら――。


「……やれるかも」


二人へ向き直る。


「ちょっと聞いて」


その場で簡単な作戦を伝える。


「起爆術符を一か所へまとめて設置する」


地面へ棒で位置を書きながら続けた。


「シェイラはここまで誘導」


シェイラは地面を覗き込みながら頷く。


「術符が起動して怯んだ瞬間、カティアが頭を狙う」


「難しかったら?」


「とりあえずどこかに思いっきり当てる感じで」


「わかりました」


カティアは真剣な表情で答えた。


「動きが止まってダメージが入ってたらシェイラがトドメ。」


「おっけー」


剣の柄を軽く叩く。


「もしカティアが外したら?」


シェイラの問いに頷く。


「その時は無理しない。一旦身体強化で距離を取って」


「もう一回術符まで誘導するか、カティアに狙撃で牽制してもらう」


「了解」


それぞれの役割を確認した、その時だった。


畑の奥から低い唸り声が響く。


草をかき分け、一匹のスケイルリザードが姿を現した。


「来た」


農園主を後ろへ下がらせる。


あたしたちは予定通り散開した。


起爆術符を地面へ並べる。


シェイラが前へ飛び出した。


「こっちや!」


スケイルリザードが大きく尻尾を振りながら追ってくる。


そのまま術符の上へ踏み込んだ。


爆発音とともに土煙が舞い上がる。


「えっ……」


思ったより爆発が大きい。確実に踏ませようと複数設置したのが裏目に出た。


視界が完全に塞がれた。


「カティア!」


「見えません!」


煙の向こうは何も分からない。


シェイラも剣を構えたまま様子をうかがう。


次の瞬間。


土煙を突き破ってスケイルリザードが飛び出した。


「うわっ!」


シェイラは身体強化で横へ飛び退く。


その一瞬だった。


乾いた破裂音。


煙を裂くように飛んだ石が、一直線にスケイルリザードの頭を撃ち抜く。


魔物の身体が大きく揺れた。


その隙を逃すまいとシェイラが剣を構えて踏み込む。


「もらっ――」


そこまでだった。


スケイルリザードは力なく崩れ落ち、そのまま動かなくなる。


「……え?」


剣を振り上げたまま固まるシェイラ。


静まり返った畑で、最初に口を開いた。


「……ちょっとくらい、ウチにも見せ場残しといてくれなー!」


「す、すみません……」


カティアは慌てて頭を下げる。


あたしは倒れた魔物とカティアを見比べ、小さく笑った。


どうやら、豆を飛ばし続けた数日間は、思っていた以上にカティアの技術をレベルアップさせていたみたいだ。

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