25話 もう一度
昨日の事故の翌朝。
部屋の片付けに思ったより時間がかかったうえ、ほとんど眠れなかった。
割れた窓は応急処置をしてもらったけれど、部屋の中はまだ元通りとは言えない。床に散らばった道具や素材を片付けているうちに、空が明るくなっていた。
シェイラは戻ってこなかった。
あたしは一人で病院へ向かった。
◇
病院の待合室に入ると、見覚えのある姿が目に入った。
「カティア」
「あ……キャナリィさん」
カティアは椅子に座っていた。
頭にはまだ包帯が巻かれている。
「ご心配をおかけしました」
「もう……大丈夫なの?」
「ええ。検査の結果は問題なかったですし、ただの脳震盪です」
「……そう」
それだけ言って、カティアの隣に立った。
何か話さないといけない。
そう思うのに、言葉が出てこない。
カティアも何も言わなかった。
待合室には、二人の間の沈黙だけが残った。
「ごめん」
ようやく口から出てきた。
「あたしのせいで」
本心だった。
昨日、シェイラに言われた言葉が頭から離れない。
仲間よりも自分の道具を心配するのか。
そんなつもりじゃない。
そんなつもりじゃなかった。
でも、あのとき最初に心配したのは研究資材だった。
カティアが血を流しているのを見ても、どうすればいいのか分からなくて、シェイラに言われるまで何もできなかった。
カティアは何も答えなかった。
「……何も聞かないんだね」
「何をですか?」
「昨日のこと」
少しの沈黙を挟んでカティアが手を組み直す。
「シェイラさんも同じ事を言っていました」
「!? シェイラ来たの?」
「ええ、夜に」
カティアが少しだけ首を傾げる。
「病室は二階だったんですけど、窓から入ってきてびっくりしました」
「……窓?」
「はい」
「やりすぎでしょ」
身体強化を使ったんだろう。夜にカティアの様子を見に来ていたとは思わなかった。
「……となり、いい?」
「? もちろん」
カティアの隣に腰を下ろす。
目を合わせるのが怖かった。
シェイラがあたしのことをなんて言っているのか分からない。
「他に何か……言ってた?」
「他……ですか?」
「いや、だって……あたしが作った術符で、こんな事になっちゃった訳じゃない」
聞くのが怖かった。
昨日の出来事の責任はあたしにある。
カティアが怪我をした原因を作ったのは、あたしの不注意だ。
それなのに、あたしは――。
「シェイラさんも自分のせいだっておっしゃってました」
「え?」
「勝手に触ったせいで、って」
「そうじゃないの……」
声が小さくなる。
「カティアが怪我した時も、病院に行った時も……あたし、シェイラに酷いこと言っちゃって」
うまく言葉がまとまらない。
「シェイラさんが一人だったので、何かあったんだろうなとは、なんとなく分かりました」
「……あたし、自分勝手で」
言葉が止まらない。
「昨日の事故の時も自分のことばっかりで……だから……」
「キャナリィさん」
カティアが静かに名前を呼ぶ。
「あたし、どうカティアに顔向けしたらいいか分かんなくて」
喉が詰まる。
「自分が最低な人間だって分かっちゃって! でも、シェイラに言われてわけ分かんなくなっちゃって! でも、でも……」
「キャナリィさん」
今度は少しだけ強い声だった。
あたしは顔を上げた。
カティアは、いつもの落ち着いた表情でこちらを見ていた。
「こうして、私の事を迎えに来てくれて、心配してくれて、話してくれた事実は変わりませんよ」
何も言えなかった。
「キャナリィさんが心の中でどれだけ辛い思いをしたのかは、私には分かりません。シェイラさんと何があったのかも分かりません」
カティアは一度言葉を切った。
「でも、いま後悔しているのは分かります」
胸の奥が詰まった。
「だったら、やり直したらいいじゃないですか」
「……やり直す?」
「失敗したら、それを反省して次に活かせばいいじゃないですか」
カティアは穏やかに続ける。
「研究も、人間関係も、失敗しながら良い方へ進んでいくんじゃないですか?」
頬を何かが伝った。
気づいたときには、涙が落ちていた。
なんで、こんな簡単なことに気づけなかったんだろう。
なんでもっと素直になれなかったんだろう。
あたしはようやく、カティアの目をしっかりと見ることができた。
「酷い顔ですね」
カティアが、ふふっと笑う。
そして、あたしの手を握った。
「……ごめん」
口にしてから、少しだけ考える。
違う。
今は、それじゃない。
「いや、違う」
握られた手に、少しだけ力を返す。
「ありがとう、カティア」




