24話 なんもわかってへん
師匠から受け取ったコインを、あたしたちはテーブルの上に並べていた。
大きさも厚さも少しずつ違う。
同じコイン型術符でも、書き込む術式によって使い分けられるように、いくつか試作してもらったものだ。
「これがコイン型術符かぁ」
シェイラが興味深そうに眺める。
「そう。色々作ってみたから、また色々試してみたいな。久し振りにラウドさんのところ行ってみようかな」
「いいですね。最近、外でまともに訓練できていなかったですし」
カティアもコインを覗き込む。
収穫祭の準備や技術開発局との相談で、ここしばらくは訓練らしい訓練ができていなかった。
実際に投げて使うなら、やっぱり屋外で試した方がいい。
「それはなんの術式なん?」
シェイラが一枚を指差す。
「そっちは爆発を起こすやつ。こっちはカティアの掃除用風魔法を参考に作ったの」
「へー。ちょっと見せてーな」
シェイラが手を伸ばし、コインを一枚つまみ上げる。
「あ! それはまだ触っちゃダメ!」
「え?」
慌てて手を伸ばした。
シェイラからコインを取り返そうとした瞬間、身体がぶつかる。
「あっ」
シェイラの指からコインが滑り落ちた。
カツン。
床に落ちたコインが、硬い音を立てる。
「みんな伏せて!」
次の瞬間、部屋の中を猛烈な風が吹き抜けた。
「きゃあっ!」
「うわっ!」
テーブルの上に置いていた紙が一斉に舞い上がる。
椅子が倒れ、棚に置いていた道具が床へ落ちる。窓の方から凄まじい音がして、ガラスが砕け散った。
風は止まらない。
「ちょ、これ強すぎ――!」
シェイラの声も風にかき消される。
あたしは床に伏せたまま、両腕で頭を覆った。
ほんの十秒ほどだったと思う。
やがて風が弱まり、部屋に静けさが戻った。
「……止まった?」
恐る恐る顔を上げる。
部屋の中は、さっきまでとは別の場所みたいになっていた。
紙は床一面に散らばり、椅子は倒れている。棚から落ちた工具や素材があちこちに転がっていた。
窓ガラスも割れている。
「……うそ」
立ち上がって、あたしは自分の机へ駆け寄った。
術液の瓶。
素材。
書きかけの術式。
試作品。
「これ……」
無事なものを一つずつ確認していく。
割れていない。
こっちも大丈夫。
術液も――。
「カティア!」
シェイラの声がした。
振り返る。
シェイラが床にしゃがみ込んでいた。
その腕の中に、カティアがいる。
「カティア?」
返事がない。
頭から血が流れている。
床にも赤いものが落ちていた。
「え……」
足元から力が抜けそうになる。
「カティア!」
駆け寄ろうとした瞬間、シェイラがこちらを睨んだ。
「落ち着け!」
「でも、カティアが……」
「ええから!」
シェイラはカティアの頭に布を当て、傷を押さえる。
「止血する。キャナリィ、そこの布取って!」
「え、あ……」
「早く!」
言われた通り、近くに落ちていた布を拾う。
シェイラはそれを受け取ると、カティアの傷を押さえた。
「剣は?」
「え?」
「ウチの剣!」
「どこに……」
「そこや!」
シェイラが顎で示した先に、倒れた棚の下から柄が見えていた。
シェイラは棚を持ち上げて剣を取り出すと、腰に差した。
「ウチが病院に連れて行く!」
身体強化を使ったシェイラが、カティアを抱き上げる。
「ま、待って。あたしは……」
頭の中が真っ白だった。
何をすればいい。
何を――。
「キャナリィ!」
「……はい」
「ここに残って、大家かギルド職員に事情を説明や」
「でも……」
「こんなんほっといて出ていかれへん!」
シェイラはそれだけ言うと、カティアを抱えたまま部屋を飛び出していった。
あたしは、開いたままの扉を見つめた。
その向こうから、遠ざかっていく足音が聞こえる。
やがて、それも聞こえなくなった。
◇
しばらくして、騒ぎを聞きつけたギルドの職員と騎士団の人がやってきた。
「この部屋で間違いありませんか?」
「はい」
割れた窓。
散乱した工具。
床に落ちた術符。
見れば分かる状況だった。
「何が起きたのか、最初から説明してもらえますか」
あたしはコイン型術符を作っていたことから話した。
技術開発局に相談し、ノックスさんの工房で試作品を作ってもらったこと。
その中に風を発生させる術式を組み込んだものがあったこと。
まだ試験前だったこと。
そして、シェイラがコインを手に取って、取り返そうとしたときに落としてしまったこと。
「研究そのものは、技術開発局の承認を受けているんですね?」
「はい」
「確認できますか?」
「たぶん、技術開発局に記録があると思います」
その確認のため、技術開発局からリディアさんがやってきた。
「お待たせしました」
リディアさんは部屋を見回して、一瞬だけ目を見開いた。
「……随分派手にやりましたね」
「すみません……」
「謝罪は後で結構です。まずは事実確認をしましょう」
淡々とした声だった。
リディアさんは研究許可の記録を確認し、騎士団の人たちと一緒に現場を調べていく。
あたしも質問されるたびに答えた。
風の術式を組み込んだコインだったこと。
床に落ちた衝撃で発動したこと。
カティアが飛んできた工具に当たって倒れたこと。
話している間も、頭の中にはカティアの姿が浮かんでいた。
頭から血を流していた。
でも、今はシェイラが病院へ連れて行ってくれている。
大丈夫。
きっと大丈夫。
そう思うしかなかった。
一通りの確認が終わると、リディアさんがこちらを見る。
「カティアさんが運ばれた病院ですが、場所を確認しておきました」
「教えてもらえますか?」
「もちろんです」
教えてもらった場所を頭に叩き込む。
「ありがとうございます」
あたしはそのまま病院へ向かった。
◇
病院の待合室にシェイラがいた。
壁際の椅子に座り、腕を組んでいる。
「あの……」
シェイラが顔を上げた。
「カティアは?」
「傷自体はそんなに深くない」
その言葉を聞いて、胸が少しだけ緩む。
「ただ、当たった場所が頭やからな。大事を取って一晩入院や」
「良かった……」
思わず息が漏れた。
シェイラがこちらを見る。
「……良かった?」
声が低かった。
「え?」
「良かった……?」
シェイラが立ち上がる。
そして、ゆっくりとあたしの前まで歩いてきた。
「あんた、暴発したあと、真っ先に自分の道具心配しとったやろ」
「いや……」
「どういうつもりなんや」
「だって……」
「自分が作ったモンでカティアが怪我したんやで!?」
声が待合室に響く。
「シェイラが悪いんでしょ。勝手に触るから……」
口にしてから、しまったと思った。
でも、もう止まらなかった。
「そういう事をいうとるんやない!」
シェイラが一歩詰め寄る。
「仲間の事より自分の道具の方が大切なんか!?」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「しかもカティアが怪我しとるいうのに、あんたは何も動こうとせんかった」
言葉が詰まる。
「もし、外で魔物相手にしとる時に誰か負傷したらどうするんや!」
何も言い返せなかった。
あのとき、あたしは何もできなかった。
カティアが血を流しているのを見ても、どうすればいいのか分からなかった。
「こんなことになるなんて思わなくて……」
やっと出てきた言葉は、それだけだった。
「ウチらはこの仕事選んだ以上は、そういう事態にも対応せなあかんのや」
シェイラの声は冷たかった。
「思わんかった、ではすまんのやで」
「……ないの」
「なんや?」
「なんでそこまで言われなきゃならないの!?」
自分でも驚くくらい、大きな声が出た。
「なんやて?」
「勝手に触って暴発させたのはシェイラでしょ!?」
「……」
「それに、カティアに怪我させたかったわけじゃない!」
シェイラが黙った。
怒っている。
そう思っていた。
けれど、違った。
さっきまで向けられていた怒りが消えている。
代わりに、何かを見ることそのものをやめたような目で、あたしを見ていた。
「……なんもわかってへんのやな」
それだけ言うと、シェイラはあたしの横を通り過ぎた。
病院の出入口が開く。
シェイラの背中が外へ消えていく。
あたしは、その姿を追うことができなかった。




