23話 師匠の工房
収穫祭が終わった翌日。
あたしたちは朝から技術開発局へ向かっていた。
昨日見たガルガン。
あの巨大な魚の鱗を、カード型術符の素材に使えないか相談するためだ。
「なるほど。ガルガンの鱗か」
話を聞いたエドガーさんが腕を組む。
「昨日、王都に献上されたガルガンって、どうなるんですか?」
「どうなるって?」
「鱗です。あれだけ大きければ、一枚くらい……」
「残念だけど、あれはもう引き取り先が決まっていてね」
「そうですか……」
せっかく見つけた素材だったのに。
「ただね、魚の鱗を加工して素材にする技術自体は、それほど珍しいものじゃない」
「そうなんですか?」
「防具なんかに使われているよ。鱗を煮出して柔らかくして、再形成するんだ。そうすれば、一枚の板状素材にできる」
それなら、ガルガンそのものにこだわる必要はない。
「普通の魚の鱗でも作れるんですか?」
「もちろん。ただ、一般的なものは防具用だからね。強度を優先している」
エドガーさんが机の上で指を組む。
「君が欲しいのは?」
「薄くて、軽くて、それでも投げたときに割れないくらいの弾力があるものです。それと、術式を書き込めないと困ります」
「なるほど。防具とは求める性質が違うね」
「はい」
「となると、既存の素材をそのまま使うのは難しいだろう。配合や加工方法を変える必要がある」
素材そのものを作り直す。
そこまでやるなら、専門の職人に相談した方が早そうだった。
「魚鱗素材を扱える工房って、ありますか?」
「あるよ。君たちが以前コインの加工を依頼した工房でもできるはずだ」
エドガーさんがリディアさんに目配せする。パラパラと資料をめくり、書類を確認していく。何枚目かで手を止めるとこちらに向き直った。
「ちょうど、以前依頼されていたコインの加工が完了したとの連絡も入っています」
「もうできたんですか?」
「ええ。取りに行くのであれば、そのときに魚鱗素材について直接相談してみてはどうでしょう」
それは都合がいい。
「どちらの工房ですか?」
あたしが尋ねると、エドガーさんが何でもないことのように答えた。
「実は私の兄の工房でね。ノックスというんだ」
「……え?」
思わず聞き返した。
「ノックス?」
「ああ」
「もしかしてノックス・ハルトマンですか?」
「そうだが?」
「あたしの師匠です」
◇
「キャナリィさんのお師匠様ってどんな方なんですか?」
職人街を歩きながらカティアが尋ねる。
「あたしたちの年から言ったらもうおじいちゃんって感じ。見た目通りの頑固親父かな。会ったらわかるよ」
まさか、技術開発局の局長と師匠が兄弟だったなんて思いもしなかった。
局長は温和な何を考えているのかわかりにくい人物だ。師匠となかなか結び付かなかった。研究や職人的な気質は似ているのかもしれないが。
「シェイラとは気が合うかもしれないね。豪快でハッキリものを言う人だから。お酒も好きだし」
「そりゃええな一杯やってかえろか」
「仕事中だってーの」
◇
王都商業区のほぼ端、お世辞にもいい立地とはいえない場所に店はある。
工房ノックス。
その看板を見上げる。
ここへ来るのは、ずいぶん久しぶりだった。
扉を開ける。
「お邪魔します」
工房の奥から金属を叩く音が響いている。
中へ入ると見慣れた年配の女性が振り返った。師匠の奥さんのミリアさんだ。
「あら、キャナリィちゃん、久しぶり!」
「お久しぶりです」
少し待つと、奥から大きな身体の男が出てきた。
白髪の混じった髪、変わらない職人らしい顔。
「……おう?」
ノックスさんが足を止める。
あたしの顔を見て、目を細めた。
「キャナリィか?」
「お久しぶりです、師匠」
「ったく、久しぶりじゃねーよ。ほっといたら全然顔出しゃしねぇ」
笑いながら近づいてきて、あたしの肩をばんばん叩いた。息が止まりそうだ。
「元気そうじゃねぇか」
「けほっ……はい」
「風邪でもひいてるのか? 飯は食ってるか?」
「食べてます」
「ならいい」
昔と変わらない。
細かいことは聞かないくせに、そういうところだけ妙に気にする。
「冒険者になったって噂には聞いてたが、本当だったんだな」
「どんな噂ですか……」
「妙な失業三人組がいるってな」
あたしの後のシェイラとカティアに目をやる。
「初めまして。カティアと申します。キャナリィさんとは仲良くさせていただいてます」
「シェイラや。よろしく」
師匠は顎に手を当てあたしたちを見渡すとため息を一つ吐いた。
「悪かったな、ボリスのバカさ加減に気づけなかった俺の責任だ」
胸の奥が少しだけ詰まる。
ボリスはあたしがこの間まで働いていた工房のオーナーだ。元々、師匠の店で一緒に働いていたんだけど魔道具に特化した工房を開くにあたって移籍した。
師匠はそのことに負い目を感じていたんだろう。
「すみません」
「謝るな。元気ならそれでいい」
ノックスさんはそう言って、あたしの頭を軽く撫でた。
「この人、あの事件の後ギルドに出向いてはキャナリィちゃんの様子気にしてたのよ」
「余計な事言うなっての!」
師匠はバツが悪そうに頭をガリガリとかいた。
「それにしても、キャナリィが冒険者ねぇ。昔は工房から出てこなかったのにな」
「今でも似たようなもんやで」
シェイラが横から口を挟む。
「術式のことになると周り見えへんからな」
「余計なこと言わないでよ」
師匠は肩で笑いながらカウンターの椅子に腰掛けた。
「それで、今日は冒険者さんたちが何しに来た?」
「あ、そうでした」
あたしたちは、まずコインの受け取りに来たことを説明した。
「エドガーの言ってた面白い連中ってのは、お前さんたちのことだったのか!」
「どのような説明をされてるんでしょうね」
困ったようにカティアが首を傾げた。
「なにに使うんだ、こんな物」
作業台の上に並べられたコインを見る。
大小様々なサイズがあり、どれも綺麗に磨き上げられている。
「術符の開発に使います」
「術符?」
「はい。あたし、まだ刻印技師の資格を持ってないんで、瘴核に刻印せずに術式を維持する方法を研究してます」
ノックスさんがコインを一枚つまみ上げる。
「なるほどな……刻印技師の資格が要らねぇ新しい技術か」
そして、あたしを見る。
「相変わらず研究バカだな」
「師匠に言われたくないです」
「はははっ。違いねぇ」
「あと……もう一つ相談があります」
あたしは収穫祭で見たガルガンのことから話し始めた。
巨大な鱗。
カード型術符の素材として使えないかと考えたこと。
そして、薄くて軽く、投げても割れない程度の弾力を持った素材が欲しいこと。
師匠は黙って聞いてくれ、話が終わると、作業場の棚から一枚の板を取り出した。
「これが魚鱗の再形成材だ」
渡された板を指で触る。厚さはニセンチ程。硬いが、表面はわずかに弾力がある。
少し力を入れても、ほとんど撓らない。
「防具用だ。鱗を煮出して柔らかくして、まとめてから成形してる」
「……厚いですね」
「防具だからな」
「これをもっと薄くすることは?」
「できる。だがこのまま薄くすりゃ割れやすくなるだろうな」
「なにかいい添加物ありますか?」
ノックスさんが別の棚から小さな容器を取り出す。
「これを混ぜれば、ある程度は粘りが出せる」
容器の中身を少しだけ見せてもらう。
透明とも半透明ともつかない、固まった樹脂だった。
「これなら、薄くしても?」
「そこは配合次第だな」
ノックスさんは容器を置いた。
「鱗をどれだけ入れるか。樹脂をどれだけ入れるか。薄さをどこまで攻めるか。実際に作ってみなきゃ分からん」
「試作、お願いできますか?」
「おう」
師匠はあっさり頷いた。
「いくつか配合を変えて作ってみる。納期はあるか?」
「いえ、コイン型でやりたいこともあるんで急いではないですが……」
そこまで言ってから少し、考える。話がトントン拍子で進むのはいいんだけど、師匠の本来の仕事の邪魔をするわけにはいかない。
元々繁盛している店、って訳でもないんだけど、技術局との利用関係だったから遠慮はしていなかったのに師匠が関わってくる、となると話が変わる。
「いいんだぜ、遠慮しなくても。最近は半分引退気味の趣味みたいなもんだ」
あたしの心配を察したのか師匠はくるりとあたしに背を向けた。
「えっ」
「金も心配しなくていい。エドガーに請求は回しとくからな」
師匠が肩をすくませて続ける。
「お前が作ろうとしてるもんだ。俺も見てみたいしな」
奥でそれを見ていたミリアさんが微笑みながら口を開く。
「実はね……」
「いや、なんでもねぇ! 作業場が使いたくなったら遠慮なく言え! 好きに使っていいからな」
ミリアさんの言葉を遮り師匠が言った。ミリアさんは「はいはい」と言いながらあたしたちに向き直ってほほ笑む。
「遠慮しなくてもいいからね」
「? ありがとうございます」
あたしたちはコインを受け取り店を出た。
師匠が何を言いたかったのかはわからないけど、ミリアさんの表情を見る限り心配するような事ではないだろう。
「とてもいい方でしたね」
「夜飲みに行こかな」
「商業区の端だけどね」
鞄の中のコインがカチカチと小気味いい音を立てていた。




