22話 収穫祭 後編
夕方になると、王都の景色は昼間とはまた違ったものになっていた。
大通りには明かりが増え、食事時ということもあるだろう、昼間以上に人が増えている。屋台からは焼いた肉や香辛料の匂いが漂い、あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。
「何から食べましょうか」
「やっぱり肉やな」
「好きだねぇ」
シェイラは迷うことなく串焼きの屋台へ向かっていく。
「祭りなんやから、こういう時は肉食わな損やで」
「お昼も食べてましたよね?」
「屋台の店員もな、だんだん焼くのに慣れてくるから夜のほうが美味いんやで」
「そんな理屈ある?」
あたしが呆れている間にも、シェイラは串焼きを買っていた。
「ほら、二人も」
一本ずつ渡される。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
三人で歩きながら串をかじる。
普段なら仕事帰りに食事を済ませて家に帰るだけだけど、今日はどこを見ても人がいて、どこからでも美味しそうな匂いがする。
「これ、なんの肉でしょう?」
カティアが串を眺める。
「店の人に聞いたらええやん」
「聞いてきます」
「そこ気になるんや」
カティアは本当に店まで戻っていった。
「……真面目やなぁ」
「カティアらしいじゃない」
戻ってきたカティアが、嬉しそうに教えてくれた。
「魔物のお肉だそうですよ。王都ではあまり出回らない種類らしいです」
「へぇ」
「あと、こっちのお菓子も気になります」
カティアが別の屋台を指差す。
「食べてみよか」
今度は三人で買いに行く。
甘い菓子を食べたり、地方から来た料理を試したりしながら、大通りをゆっくり歩く。
「そういえばキャナリィ、さっきから食べ物より露店ばっかり見てへん?」
「そう?」
「さっきも魔導具見てたやろ」
「珍しいものがあったから」
「今日は研究休みやで」
「別に研究してるわけじゃないって」
そう言いながら、また露店の方を見る。
「ほら、今も見てる」
「……」
「キャナリィさん、今日は楽しむ日ですよ」
「分かってるって」
二人に挟まれて、仕方なく屋台へ向き直る。
こういうのも悪くない。
普段なら気にもしないようなものを食べて、知らない店を覗いて、ただ歩く。
そんなことをしているだけなのに、妙に楽しかった。
しばらく歩いていると、広場の端に設置された舞台が見えてきた。
昼間はイベントや楽団なんかの演奏が行われていたステージだ。今も軽快な音楽が聞こえてくる。
「夜はここがメインなんやな」
シェイラが舞台を見上げる。
そのときだった。
「……シェイラ?」
舞台の横から声を掛けられ、三人で振り返る。
そこには、見覚えのない女性が数人立っていた。
「やっぱりシェイラだ!」
「うわ、久しぶりやなぁ」
シェイラの表情が少し変わった。
「自分ら、こんなとこおったんか」
「そりゃこっちの台詞やって。今も旅してるんやから」
「そうなんや」
「そっちは?」
「ウチはちょっと成り行きで冒険者やってる」
「冒険者?」
女性たちが一斉に驚いた。
「まあ、その話はまた今度や。それより、今日はここでやるん?」
シェイラが舞台を指差す。
「そうそう。もうすぐ始まるで」
「ほな、見させてもらうわー」
「もちろん。客席で待ってて」
そう言って女性たちは舞台裏へ戻っていった。
「知り合いだったんだね」
「昔の仲間や。王都に来る前まで旅芸人やっててな、キャラバンとかに帯同してたんよ」
「だからシェイラさん腕っぷしが強いんですね」
「んーもう一年以上前の話やけどな」
「踊り子をしてたんですか?」
「踊ったり、歌ったり、荷物運んだり。人数少ないから何でもやらされるんや」
シェイラが笑う。
「大変そうですね」
「まあ、楽しかったで。あちこち行けたし、飯も食わせてもらえたしな」
「じゃあ、さっきの人たちとはずっと一緒に旅を?」
「そうやな。何年か一緒にやってた」
シェイラが舞台を見る。
「今でも続けてるみたいやな」
その声は、どこか嬉しそうだった。
やがて舞台の明かりが灯った。
音楽が始まり、シェイラの昔の仲間たちが舞台へ出てくる。
「始まりましたね」
カティアが身を乗り出し、シェイラは黙って舞台を見ている。
軽快な音楽に合わせて、踊り子たちが舞う。
「あれ、昔からあんな感じ?」
「まあな。細かいところは変わってるけど、基本は一緒や」
「懐かしい?」
「そら昔やってたからな」
あたしとカティアは、舞台とシェイラを交互に見る。
いつも騒がしくしているシェイラが、今は静かに昔の仲間たちを見ていた。
一つ目の演目が終わり、拍手が起こる。
次の演目の準備が始まったところで、舞台の横から先ほどの女性が顔を出した。
「シェイラ!」
「ん?」
「ちょっと来て!」
「なんや?」
「一曲だけ一緒にやらへん?」
「は?」
シェイラが目を丸くする。
「いや、もう一年以上やってへんで?」
「一曲くらい大丈夫やって」
「いやいや、急すぎるやろ」
「いけるいける」
「せやかてなぁ……」
シェイラがこちらを見る。
「せっかくだし、やってきたら?」
「私も見てみたいです」
「二人とも他人事やなぁ……」
「だって、せっかく昔の仲間に会えたんだし」
「うーん……」
少し考えてから、シェイラが立ち上がる。
「……一曲だけやで」
「ありがと!」
女性がシェイラの手を引いていく。
「あ、衣装はそのままでええから!」
「そこはええんかい」
そんな声を残して、シェイラが舞台裏へ消えていった。
しばらくすると、音楽が始まった。
先ほどの踊り子たちに混ざって、シェイラが舞台へ出てくる。
最初は少しだけ動きを確かめるようにしていた。
けれど、音楽が進むにつれて、その動きが変わっていく。
身体が音楽を覚えている。
足の運びも、身体の向きも、手の動きも。
昔の仲間たちと並んで踊るシェイラは、いつものシェイラとは少し違って見えた。
「……すごい」
カティアが呟く。
「ほんとに踊れるんだ」
あたしも思わず見入っていた。
シェイラは一人で目立とうとはしない。
仲間たちと動きを合わせ、舞台全体の流れに合わせて踊っている。
一曲が終わる。
けれど、シェイラはそのまま舞台に残った。
次の曲が始まる。
「あれ?」
「一曲だけって言ってませんでした?」
カティアが首を傾げる。
「……まあ、本人が楽しそうだしいいんじゃない?」
シェイラは最後まで仲間たちと一緒に踊り切った。
最後のポーズが決まり、客席から大きな拍手が起こる。
シェイラも笑っていた。
舞台から戻ってきたシェイラは、少し汗をかいていた。
「あー、疲れた」
「お疲れ様です」
「すごかったよ」
「そう?」
「まだまだいけるんじゃない?」
「鍛えとるからな!」
シェイラが舞台の方を見る。
「でも、久しぶりに踊ったら楽しかったわ」
その顔は、いつもより少しだけ晴れやかだった。
「ほな、もう一回屋台見に行こか」
「まだ食べるの?」
「祭りやで?」
「そうでしたね」
三人で笑いながら、再び大通りへ戻る。
しばらくして、夜空に大きな音が響いた。
「わっ」
カティアが空を見上げる。
夜空に大きな光が開いた。
花火だった。
次々と夜空に花が咲いていく。
人の声が少しだけ静かになり、みんな空を見上げている。
「あれ、去年は仕事中で見られへんかったんよな」
シェイラが呟く。
「綺麗ですね……」
カティアが嬉しそうに笑う。
あたしも空を見上げた。
朝から始まった収穫祭。
王都にきてもう数年経っているのに、こんなに収穫祭を楽しいものだと思ったのは初めてだった。
花火が終わる。
「来年も来たいですね」
カティアが言った。
「そうだね、また三人で来れたらいいね」
「来年はもっと飲むで」
「今年も飲んでたでしょうが」
笑いながら、三人で家への道を歩いた。




