21話 収穫祭 前編
収穫祭当日。
早朝から王都は普段より人が多かった。
あたしたちが朝のランニングをしている時間帯はさほど人気はないのに今日に限ってはそうじゃないようだ。
日課を済ませ、朝食を取り終えてからあたしたちも出かけることにした。
中央広場には大きな舞台が組まれ、その前にはすでに大勢の人が集まっている。広場の奥では式典の準備が進められ、周囲には各地から運ばれてきた農産物や特産品を扱う露店も並び始めていた。
「王族も来るんやなぁ」
人混みのはるか向こうに見える貴族たちの姿を眺めながら、シェイラが呟く。
「王都の収穫祭ですからね。王族が参加するのも恒例なんでしょう」
カティアが答える。
やがて式典が始まり、今年の収穫への感謝や、各地から集められた品々についての挨拶が続いていく。
シェイラが少しだけ欠伸を噛み殺した。
「なんで偉い人の話はこう長いんやろなぁ」
「短いと、それはそれで国民への感謝が足りないって文句が出ますよ」
「ありそう」
あたしも頷く。
確かに、短くても長くても文句を言われそうだ。
結局、豆粒ほどのサイズでしか見えない王族が壇上に並んでいるのを眺めながら、三人で式典が終わるのを待った。
王族そのものに興味があるわけでもない。
王都の大きな祭りには、こういう人たちも参加する。
それが分かっただけで十分だった。
式典が終わると、人の流れが一気に動き始めた。
「さて、どこから見よか」
「冒険者ギルドの方に行ってみませんか?」
カティアが指差した先には、冒険者向けの競技会場が設けられている。
「そうね。何か面白そうなのやってるかも」
三人で人混みを抜けていく。
冒険者ギルドが主催するイベント会場には、簡単な訓練用の設備や的が並んでいた。
「あ、キャナリィさん!」
声を掛けられて振り返る。
ミアがこちらへ駆け寄ってきた。
「ミア。今日はこっちの手伝い?」
「はい。収穫祭の間はギルドも色々やってるので」
ミアが会場を指差す。
「それで、ちょうど模擬戦の参加者を募集してるんですけど、皆さん出ませんか?」
「模擬戦?」
シェイラが興味を示した。
「ええ。新人冒険者向けの簡単なものです。普段の訓練の成果を試す感じで」
「ええやん」
シェイラが乗り気になった。
「あたしは嫌よ」
「なんでや!」
言いながら、シェイラの手に視線を落とす。
そこには、さっきからずっと持っている酒の入った杯があった。
「だって、あんた……飲んでるじゃない」
「そこでもろたんやもん。飲まへんわけにはいかんやろー」
「飲酒した状態で模擬戦に出ようとしないでよ」
「いや、ちょっとくらいなら平気やって」
「ダメです」
カティアまで即答した。
ミアも苦笑している。
「さすがに酔った状態での参加は認められませんね」
「ほんならしゃあないなぁ」
シェイラはあっさり諦めた。
「残念やけど、今日は観客に回るわ」
「最初からそうして」
あたしがため息をつくと、ミアが別の会場を指差した。
「それなら、カティアさんはこちらに参加してみては?」
そこには射撃用の的が並んでいた。
弓や魔法、魔導具など、参加者がそれぞれ得意な方法で的を狙う競技らしい。
「射撃大会ですか?」
カティアが興味深そうに眺める。
「はい。武器や弾は持ち込みでも、こちらで用意したものでも大丈夫です」
「私でもいいんでしょうか」
「もちろんです。むしろこういう大会は、普段あまり戦闘に参加しない人でも参加できるようになっていますから」
「じゃあ……」
カティアが少し考えてから頷いた。
「やってみます」
「頑張ってなー」
酒を片手にシェイラが手を振る。
「絶対、途中で酔っ払って寝ないでよ」
「寝ぇへんって」
そんなやり取りをしているうちに、カティアの順番が来た。
「弾はどうしますか?」
ミアの問いにカティアが周囲を窺った。机の上にギルドが用意している模擬銃と弾に目を留める。
「では、これをお借りします」
カティアがいつものように右手に術式を構成する。うっすらと手が光りテーブルから三つの模擬弾が浮かび上がり、カティアの周囲に展開する。
観客が少しざわつくのが分かった。
「あれ? カティアいつの間に複数の弾を浮かせられるようになったの?」
「んー? ちょっと前から普通にやっとるで」
的は十メートル、二十メートル、三十メートルの三か所に設置されている。自分で的までの距離を選び、距離と着弾位置で成績が弾き出されるのだが。
カティアは少し考えてから、いつものように魔法を使った。
弾が風を切り勢いよく飛び、十メートル地点の的の中央付近を射抜いた。
「おお」
周囲から声が上がる。
カティア自身も少し驚いた顔をした。
二発目。
次は二十メートル地点。これもほぼ中心に命中。
三発目。
次は三十メートル地点。これも大きく外れることなくど真ん中ではないものの的内に着弾する。
「あれ?」
本人が首を傾げている。
「カティア、結構うまいやん」
「そうなんでしょうか?」
「そうやろ」
シェイラが笑う。
あたしも的を見ながら考える。
「カティア……なんで三箇所それぞれに当てたの?」
「え? どういうことですか?」
「得点の査定基準は的までの距離と当たった位置で出るんだよ。別に三つの的全部に当てる必要なかったんじゃ?」
「そうだったんですか! 弾が三つで的も三つだったから全部に当てるものだとばかり……」
「そうですよ」
ミアが驚きながらカティアに告げる
「全部遠い方に当てていればかなりの高得点だったのに!」
「あちゃ~ちゃんとルール確認せえへんから〜」
「す、すいません……」
「いや、謝る事じゃないけどね、遊びなんだから」
しばらく他の参加者の動向を見守っていたがやはり、一番近くを狙うものはなかなかいない。遠くを狙って外せば得点にはならないとはいえ、だ。
「結果が出ました!」
係員が順位を発表する。
カティアは三位だった。
「やりました!」
カティアが嬉しそうに両手を握る。
「おめでとう」
「すごいやん」
「ありがとうございます!」
素直に喜んでいる。
「でも、最初から遠いところに当てていれば優勝できたかもしれないね」
「次はちゃんとルール確認しないとですね」
「えっ、また出るん?」
「機会があれば」
「向上心あるなぁ」
シェイラが感心したように言う。
その頃には、射撃大会の周囲にも人が増えていた。
どうやら別の会場で行われていたイベントも終わったらしい。
人の流れが一方向へ向かっている。
「あっち、何か始まるみたいですよ」
カティアが人混みの先を見る。
商業ギルドの旗が立っている。
「ああ、釣り大会の結果発表ですね」
ミアが教えてくれた。
「大物釣り大会です。毎年、収穫祭ではかなり盛り上がるんですよ」
「へぇ」
魚には特に興味はなかったけれど、せっかくだから見ていくことにした。
会場には、釣り上げられた魚が何匹も並べられていた。
その中に、一際大きな魚がいた。人二人分くらいの長さはある。
「……でっか」
思わず声が漏れる。
普通の魚とは明らかに違う。一体どうやって釣り上げたんだろう。
「これ、何?」
「ガルガンですね。魔物化した大型魚です」
ミアが答える。
「今年の大物ですよ。かなり大きいですね」
あたしは魚の横にしゃがみ込んだ。
魚そのものより、その体を覆う鱗が気になる。
一枚が大きい。
薄い。
それなのに、指で軽く押してみると簡単にはへこまない。
少しだけしなる。
「……これ」
「どうしました?」
カティアが覗き込む。
「あたしの術符に使えないかな」
「あ、カード型ですか?」
「うん」
紙よりずっと丈夫。
しかも、これだけ大きければ一枚の鱗からカードサイズを取れそうだ。
何より、最初から薄い。
加工するとしても、紙を固めるよりずっと簡単かもしれない。
「これ、この魚どうなるの?」
近くにいた係員に尋ねる。
「こちらは王都へ献上される予定です」
「献上?」
「はい。収穫祭の大物として記念に献上されます」
「そっか……」
今ここで鱗を分けてもらうわけにはいかない。
でも、手に入れる方法がないわけじゃない。
「キャナリィさん、使えそうですか?」
カティアが聞いてくる。
「まだ分からない。でも、試す価値はあると思う」
技術開発局に相談してみよう。
あそこなら、こういう素材についても詳しいはずだ。
あたしはもう一度、巨大なガルガンの鱗を眺めた。
カード型術符。
「ちょっと生臭そうだけど……」




