19話 また練習
「コインは、ちょっと難しいかもしれないね」
机の上に置いたコインを眺めながら、あたしは腕を組んだ。
昨日考えたコイン型術符は、簡単な術式を持ち歩く方法としては悪くない。
小さいから邪魔にならないし、硬いから紙より投げやすい。カティアが魔法で飛ばして使うなら、ちょっとした弾としても使える。
ただし、問題はある。
「そもそもこれは使われてるお金でしょ? これを術符にするのは勿体ないよね」
「新しく作ればええんちゃう?」
シェイラが言う。
「大きいやつ?」
「せやせや。もっと大きくして、術式を書けるようにしたらええやん」
「それだと金属加工が必要になるでしょ」
コインを指で弾く。
「材料費だけじゃなくて、加工する手間もかかる。これを何枚も作るとなると、結構なお金になるわよ」
「うーん……」
シェイラもコインを手に取って眺める。
「じゃあ、ボールみたいなものに書いてはどうでしょう?」
カティアが口を挟んだ。
「ボール?」
「はい。丸いなら投げやすいですし、コインより大きくできますから」
あたしは少し考えてから、首を横に振った。
「曲面には術式を書きにくいのよ。それに、ボールを何個も持ち歩くのって結構邪魔じゃない?」
「あ……」
カティアも納得したように頷く。
「そうですね。ポーチに入れるのも難しそうです」
「カティアの弾として使うなら、もう少し大きいコインでもいいんだけど……」
あたしはコインを指先で回した。
「そもそも、あたしが投げようと思うと、これって意外と真っ直ぐ飛ばないのよね」
「そうなん?」
「ほら」
コインを摘まんで投げる。
くるくると回転したコインは、少し先で軌道を変えて落ちた。
「飛ぶには飛ぶんだけど、狙ったところに飛ばすのが難しいのよ。投げるたびに回転の仕方が変わるから」
「なるほどなぁ」
シェイラが腕を組んだ。
そのまましばらく考え込んでいたかと思うと、急に顔を上げた。
「ほんなら、こんなんはどうや?」
「何?」
シェイラが鞄から何かを取り出した。
それは、見覚えのある絵柄の描かれた紙の束だった。
「トランプ?」
「酒場のおっちゃんがやってたんやけどな」
一枚抜き取る。
「こうやって指に挟んで……ぴゅっと投げるんや」
シェイラの指から離れたカードが、くるりと回転しながら飛んでいった。
カードは床とほぼ平行に回転し、そのまま真っ直ぐ前へ進んでいく。
三メートルほど先まで飛んだところで、床に落ちた。
「……え?」
思わず立ち上がる。
「何それ!?」
「いや、カード投げやけど」
「どうやったの!?」
「どうって……」
シェイラが不思議そうな顔をする。
「指先で挟んで、ぴゅっと投げるんや」
「それで飛ぶの?」
「飛ぶで。野菜とか果物くらいやったら刺さるし」
「刺さる!?」
「昔、酒場で暇な時にやっとったんよ」
シェイラがもう一枚取り出す。
今度は少し角度を変えて投げる。
やっぱりカードは真っ直ぐ飛んだ。
「これだ!」
あたしはシェイラからカードを受け取った。
「ちょっと貸して!」
見様見真似でカードを指に挟む。
シェイラがやっていた通りに腕を振って――
ポロ。
カードは指から離れず、そのまま床に落ちた。
「……」
三人でカードを見る。
「もう一回!」
今度は少し力を入れる。
ぱら。
カードは飛んだ。
飛んだというより、手から落ちただけだった。
「……」
「……」
「……」
「なんで!?」
思わず叫んだ。
「いや、練習やな」
シェイラがあっさり言う。
「練習ですね……」
カティアまで頷く。
「あたし、また練習するの!?」
「せやな」
「どんどんやること増えてくんだけど!」
シェイラが笑う。
「そら、術符を使いこなしたいんやろ?」
「そうだけど!」
言い返しながら、もう一度カードを拾う。
けれど、カードそのものには確かに可能性がある。
コインより大きい。
それなのに軽い。
この大きさなら、コインよりずっと複雑な術式を書ける。
薄いから何枚持ち歩いても邪魔になりにくい。
そして、シェイラの投げ方を使えば、数メートル先まで真っ直ぐ飛ばせる。
問題は、今のあたしにはそれができないことだけだ。
「……カードなら、術符として使えるかもしれない」
「ほんま?」
「うん。コインよりずっといい」
あたしはカードを机の上に置いた。
欲をいうならもう少し硬い方がいいけど。
指でカードを曲げると紙だから曲がったまま癖がついてしまう。
「投げるなら、もう少し硬い方がいい。だけど金属にすると重くなるし、加工も大変」
「魔物の素材とかはどうでしょう?」
カティアが言った。
「魔物の皮とか、薄くできるものなら使えそうですよね」
「それはありかも」
魔物の素材なら、普通の紙とは違う性質を持っているものもある。
薄くても丈夫な素材が見つかれば、カードに加工できるかもしれない。
「技術開発局に聞いてみようかな」
「あそこなら色々持ってそうやな」
「研究用の素材くらいなら提供してもらえるかもしれないし」
術符の開発については、技術局と協力関係を結んでいる。
こちらが技術を提供する代わりに、向こうから材料を提供してもらう。
そういう関係なら、頼んでみる価値はある。
「それにしても……」
あたしはもう一度カードを手に取った。
「これなら本当に、近距離でも使えるかもしれない」
紙の術符は、あらかじめ設置しておくもの。
コインは小さすぎる。
ボールは持ち運びに向かない。
でもカードなら、ポケットやポーチに何枚も入れられる。
必要な時に取り出して、投げる。
術式が発動する。
それができれば、戦闘中でも術符を使える。
「問題は……」
カードを指に挟む。
「これを、あたしが投げられるようになること」
「せやな」
「……また練習?」
「また練習や」
「……」
あたしはカードを見つめた。
研究ならいくらでもやる。
術式を考えるのも楽しい。
材料を試すのも好きだ。
でも、カード投げは別だ。
「……やるしかないか」
そう呟いたところで、シェイラが笑った。
「それ、昨日も聞いた気がするで」
「言わないでよ……」




