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17話 弱点は自分自身

まだ夜も明けきらない、白々とした早朝の王都を三人で走っていた。


市場へ向かう仲買人や、巡回する騎士団員がたまに通り過ぎるくらいで、大通りはまだ静かだった。


先頭を走るのはシェイラ。その少し後ろをカティアが走り、さらに後ろをあたしが追いかけている。


「ほらー、もうちょっとやでー」


「頑張りましょう!」


二人の声が前から飛んでくる。


「ま、待って……」


返事をする余裕もない。


ぜえ、ぜえ、と肩で息をしながら、なんとか足を動かす。


目の前にいる二人との距離が少しずつ縮まっていく。


あと少し。


あと少しで追いつく。


「……追いついた……」


そう思った瞬間、足が止まった。


「ゲホッ、ゲホッ……!」


そのまま石畳の上に転がる。


「ここまでとはなぁ……」


シェイラが呆れたように見下ろしてくる。


「仕方ないですよ。力仕事や畑仕事とは全然違いますから……」


カティアも心配そうにしゃがみ込んだ。


言い返したい。


でも、今は無理だった。


肺が痛い。


喉が焼ける。


シェイラは涼しい顔で汗を拭っている。


カティアも多少息は上がっているものの、もう普通に話せるくらいには落ち着いていた。


地面に張り付いているのは、あたしだけだ。


「まあ、運動能力は続けてさえおったら、そのうちついてくるもんやから頑張るしかないなぁ」


「……なんで……」


ようやく声が出た。


なんで、こんなことになっているのか。


きっかけは昨日のことだった。


技術開発局との協力関係が始まって、最初の術符の使用レポート。


技術局側としても、実際の使用者がどう使うのかを知りたいらしい。


あたしとしても、作ったものを実際に使ってみたかった。地下道のネズミ相手では物足りない。


最初に試したのは、設置型の術符だった。


魔物が通りそうな場所にあらかじめ仕掛けておく。


そして、魔物がやってきたところで発動。


「うまくいった!」


思わず声が出た。


術符は狙った通りに発動した。


目立たないし、事前に仕掛けておけばいい。


これはかなり使える。


「せやけど」


隣でシェイラが術符を見る。


「これ、敵が予定通り来てくれる時しか使えへんな」


以前のスケイルリザードの時は上手くシェイラが誘導してくれたから問題はなかった。


「……まあ、それはそうだけど」


「予定外の方向から来たら?」


「その時は別の術符を使えばいいでしょ」


「その別の術符、今から置くん?」


「……」


そこで、実際に問題が起きた。


予定していた場所とは違う方向から魔物が現れた。


「えっ」


慌てて術符を取り出す。


使う術式は決まっている。


これなら倒せる。


そう思った。


「これを使えば――」


術符を構える。


魔物が近づいてくる。


近い。


思っていたよりずっと近い。


一度、横へ飛んで攻撃を避ける。


その間に術符を持ち替える。


もう一度狙おうとする。


魔物がこちらへ向きを変える。


「ちょっと待って……!」


今度は後ろへ下がるが、狙いを定める余裕がない。


その前にシェイラが割って入った。


「ほら、こっちは任せ!」


「分かった!」


カティアも援護に入る。


あたしはその後ろで術符を握ったまま、使うタイミングを探す。


けれど、結局最後まで使うことはできなかった。


三人で魔物を倒した。


術符自体はちゃんと使える。


術液にも問題はない。


それなのに、あたしは何もできなかった。


「……もうちょっと考えなきゃ駄目か」


戻ってから、あたしは術符を机の上に並べた。


「起爆までの時間を調整すればいいかもしれない。あるいは敵のマナに反応するように術式を書き換えれば――」


「術符の問題ちゃうやろ」


遮るようにシェイラが言った。


「……何が?」


「さっきの」


「だから、起爆条件を――」


「キャナリィさん」


カティアが口を挟んだ。


珍しく、言いにくそうな顔をしている。


「……何かわかるの」


「私も、その……シェイラさんと同じだと思います」


「何が問題なの?」


シェイラがため息をついた。


「ウチが言うのもなんやけど」


「うん」


「あんたやろ」


「……」


言葉が出なかった。


術式の知識はある。


どんな術式を組めばいいのかも分かる。


魔物の動きを見て、どの術符を使えばいいのか判断もできていた。


それなのに、使えなかった。


術符を取り出す。


構える。


狙う。


投げる。


動きながら次の術符を取り出す。


攻撃を避ける。


その全部を同時にやるだけの身体能力が、あたしにはなかった。


設置しておけば使える。


でも、戦闘中に状況が変わったら対応できない。


「……あたしが使いこなせてないんだ」


ようやく認める。


その言葉を口にした瞬間、別のことにも気付いた。


あたしは術式を改良しようとしていた。


起爆条件を増やす。


敵を自動で認識させる。


発動までの時間を短縮する。


それなら、もっと便利になる。


でも。


それって、何かおかしくない?


魔導具は、術者の負担を減らすために生まれた技術だ。


術式を簡略化し、複雑な処理を魔導具に肩代わりさせる。


それによって、術者が魔力や集中力を消耗せず、素早く魔法を使えるようにする。


なのにあたしは、自分の身体で扱えないからという理由で、術式の方へどんどん負担を押し付けようとしていた。


「……逆だ」


「ん?」


シェイラが首を傾げる。


「いや、なんでもない」


これは術符の問題じゃない。


あたし自身の問題だ。


術符を実戦で使いたいなら、まず自分が使えるようにならなければならない。


「ほんなら、身体鍛えよか」


「……え?」


「使うんキャナリィやろ?」


「いや、まあ……そうだけど」


「ほんなら身体が動かんと話にならへんやん」


「……そうだけど」


「決まりやな」


そうして、早朝のランニングが始まった。


そして現在。


「ほら、休憩終わり」


「もう無理……」


「まだ走り始めて十分も経ってへんで」


「向いてないって……」


「何言ってるんですか」


カティアが苦笑する。


「少しずつでいいですから」


「そうやそうや」


シェイラが手を差し出してくる。


仕方なく、その手を掴む。


「うわっ」


引っ張られて立ち上がった瞬間、足がふらついた。


「ほら、まだまだいける」


「……」


でも、やるしかない。


術符を作っただけで終わらせたくはない。


自分で作ったものを、自分で使えるようになりたい。


そう思っていると、シェイラが何かを思い出したようにポケットを漁り始めた。


「そういや昨日の話やけど」


「うん?」


「術符、投げて使うんやったら、あの柔い紙のままじゃあかんのちゃう?」


「……確かに」


薄い紙では、風に煽られる。


数メートル先の相手に投げても、狙った場所へ飛ばせるとは思えない。


「もっと硬いもんにしたらええんちゃう?」


「硬いもの?」


シェイラが荷物から何かを取り出した。


「これ」


それはコインだった。


「こうやって投げるんや」


シェイラが一枚を指で弾く。


コインは真っ直ぐ飛んで、少し先の壁に当たった。


「……なるほど」


あたしはコインを拾い上げる。


この大きさなら、投げられる。


薄い紙より硬いから風にも負けにくい。


近距離なら、術符を設置するよりずっと早く使える。


「コイン型……」


頭の中で術式を思い浮かべる。


けれど。


「……これ、術式を書く場所がない」


「そこはあんたが何とかするんやろ?」


「簡単に言わないでよ」


コインを指先で回しながら


術式を小さくする。


線を減らす。


構成を変える。


できるかどうか。


それを考えるだけで、少しだけ楽しくなってきた。


「……ちょっと、試してみる価値はあるかも」


「ほな、走ろか」


「待って。今それとこれとは別でしょ」


「身体鍛えるんが先や」


「研究したーい」


「身体がついてこんかったら研究しても使えへんやろ?」


「……」


正論だった。


「分かったよぉ」


あたしは拾い上げたコインをシェイラに返す。


「でも、これが終わったら新しい術式を考えるからね」


「はいはい」


「ちゃんと聞いてる?」


「聞いてる聞いてる」


シェイラが笑う。


カティアも笑っている。


あたしはもう一度、大きく息を吸った。


今度はさっきより少しだけ長く走れるように。


「行くよ」


三人で、また王都の通りを走り始めた。

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