15話 技術開発局
翌日、いつものように冒険者ギルドへ顔を出すと、受付の前にミアと見知らぬ女性が立っていた。
女性は三十代くらいだろうか。きっちりとした服装で、背筋も伸びている。受付嬢のミアが何やら説明しているようだった。
「あ、あちらの方です」
ミアがこちらに気付いて視線で示すと女性が振り返った。
「初めまして。王都技術開発局副局長、リディア・フェルナーと申します」
「……副局長?」
思わず聞き返した。
その言葉が聞こえたらしい。
近くにいた冒険者がこちらを見る。受付の奥でも誰かが顔を上げた。
「技術開発局の副局長って……」
「なんで冒険者ギルドに?」
「誰か呼びに来たんか?」
ざわざわと声が広がっていく。
どうやら、かなり偉い人らしい。
あたしは隣の二人を見る。
シェイラもカティアも、同じような顔をしていた。
「……なんで副局長さんが、ウチらのところに来とるん?」
「昨日の件でしょうね」
カティアが小声で答える。
「やっぱり?」
リディアさんは周囲の反応など気にした様子もなく、こちらへ歩いてきた。
「昨日、騎士団から報告を受けました。術符について、技術開発局で確認したいことがあります」
「術符ですか」
「はい。違法行為の疑いがあるという話ではありません」
そこは先に言っておくことらしい。
「では、何を?」
「昨日の時点では騎士団の方々にも判断できなかったそうです。技術開発局としても、あのような技術について確認された記録がありません」
確かに、あれは誰かに教えてもらったものじゃない。
「それで、あたしに話を聞きたいと」
「はい。できれば技術開発局までご足労いただけますか」
リディアさんが三人を見る。
その視線に、少しだけ違和感を覚えた。
あたし一人じゃない。
最初から三人まとめて来てほしいらしい。
「ウチら全員?」
シェイラが聞く。
「可能であれば」
「なんで?」
「昨日の報告では、三人で研究をされていると伺っていますので」
「ウチらは手伝っただけやけどなぁ」
シェイラがカティアと目を合わせる。
「技術開発局って、そんなところに冒険者が入っても大丈夫なんでしょうか?」
「今回は私が案内しますので問題ありません」
リディアさんは事務的に頷く。
そのやり取りを聞いていたらしい受付のあたりから、また小さく声が上がった。
「副局長が直接案内するって……」
「おい、あいつら結成して一月くらいだろ?」
「なんでそんなことになってんだよ」
聞こえてくる。
あたしは少しだけ居心地が悪くなった。
昨日まで、ただの新人冒険者だったはずなのに。
「……なんか、面倒なことになっとらん?」
シェイラが小声で言う。
「なりそうな気がするね」
「ところで技術開発局ってなんや?」
「あたしも知らない」
「なにか凄そうな響きですよね」
カティアまで小声になる。
「王都の魔法や魔導具を研究開発する部門です。もちろん王命の元行われています」
聞こえていたようだ。リディアさんが淡々と説明してくれるのはいいが、ますます場違い感がある気がしてくる。
「私たちが伺ってもいいような場所なんでしょうか」
カティアも同意見だったみたいだ。
リディアさんは少しだけ表情を緩めた。
「局長のお願いで参りましたので、お気になさらずおいでください」
「よくわかりませんが、断ると余計に面倒な事になりそうなので伺います」
「ありがとうございます。では参りましょう」
背中にいくつもの視線を感じた。
振り返らなくても分かる。
たぶん、今日からあたしたちを見る目が少し変わった。
「なあ、キャナリィ」
隣を歩くシェイラが言う。
「なに?」
「これ、ウチら有名人になったんちゃう?」
「さあ? 元々シェイラは有名人じゃないの」
「でもさっきめっちゃ見られてたで」
「技術局の副局長が迎えに来たからでしょ」
「それを有名いうんちゃうん?」
「違うと思う」
「でも技術開発局の副局長が直接迎えに来るって、やっぱり普通じゃないと思います」
「……まあ、それはそう」
あたしもそこは否定できなかった。
昨日の騎士団員が技術局へ報告すると言っていた。
だから呼ばれる可能性は考えていた。でも、まさか副局長本人が迎えに来るとは思いもしなかった。
「まあ、術符のこと聞かれるだけならええやん」
シェイラは気楽そうに頭の後ろで手を組んだ。
「聞かれるだけならねぇ」
聞くだけならわざわざこんな手段を取らなくてもいいはずなんだ。
技術開発局。
王都の魔法や魔導具を研究する場所。
そう聞くと、興味がないわけではなかった。
むしろ、あたしにとっては興味のある場所だ。
術符のことを説明するだけなら、こちらにも得るものがあるかもしれない。
ギルドを出ると王都紋章入りの魔導車両に案内された。その辺を走っている魔導列車とは比べものにならない。
柔らかい座席に無駄に装飾を施された内装。みんな落ち着かない様子でただ借りてきた猫のようになっていた。
しばらく王都のメインストリートを進む。中央区を抜け、さらに騎士団本部、魔法師団本部を通り過ぎる。一般人が普段訪れるのはせいぜいここまで。ここから先は貴族街、王都の中心地だ。ペーペーの冒険者が来るような場所では断じてない。
魔導車は貴族街も抜け、王城へ進む。車に乗ったままいくつもの門や詰め所をパスしていくと一つの建物の前で車は止まった。
「こちらです」
王都技術開発局。
思っていたより大きな建物だった。
「でか……」
シェイラが見上げる。
「研究施設と事務施設を兼ねていますので」
「ここで魔導具作ってるん?」
「開発部門もあります」
「へぇ」
シェイラが興味深そうに建物を見る。
カティアも同じように辺りを見回している。
リディアさんに案内され、建物の中を進む。
途中ですれ違う職員たちがこちらを見る。皆、それなりの高貴そうな連中だった。
そんな中、妙な冒険者が三人もぞろぞろ歩いている。
しかも先頭は副局長。
やがて一つの部屋の前でリディアさんが止まる。
「室長、お連れしました」
「どうぞ」
中から男性の声が返ってきた。
リディアさんが扉を開ける。
「やあ、初めまして」
中にいたのは、五十歳前後に見える男性だった。
柔らかな笑顔。
研究者というより、どこか気のいい商人のようにも見える。
「技術開発局開発室長のエドガー・ハルトマンです」
「キャナリィ・フォールズです」
「シェイラ・ローウェルや」
「カティア・ベルノアです」
三人が名乗る。
エドガー室長は満足そうに頷いた。
「いやぁ、来てくれてありがとう。昨日の術符を作ったのはキャナリィさんだね?」
「はい」
「見せてもらってもいいかな」
「もちろん」
あたしが持ってきた術符を渡す。
エドガー室長はそれを受け取ると、さっきまでの柔らかな笑顔を残したまま、じっくりと眺め始めた。
紙の厚さを確認し、術式を目で追い、裏返してみる。
「これは面白い」
「そうですか?」
「うん。非常に面白い」
その言い方が、少しだけ気になった。
リディアさんが室長の横に立つ。
「室長、まずはお話を」
「分かっている。それでは、キャナリィさん」
室長が術符から顔を上げる。
「これをどうやって思いついたのかな?」
そこから、あたしは術符について説明を始めた。
刻印技師としての資格を未所持だということ。
そこから発想した技術だということ。
魔導具と違って持ち運びが簡単なこと。
術液によって刻印の技術を簡略化してあること。
まだ研究途中であること。
室長は途中で何度か質問を挟んだが、あたしが答えると、それ以上は口を挟まずに聞いていた。
「なるほど……」
説明を終える。
「いや、これは面白いな」
「さっきからそればっかりですね」
思わず言うと、室長は笑った。
「研究者なんてそんなものだよ」
そう言われると、何も言えない。
「ところで、術液の材料はどうしているのかな?」
「それが今ちょっと困っていて」
室長の目がわずかに動いた。
「あたしが使っている術液には瘴核の研磨屑が必要なんです。でも、それを出してくれる工房が少なくて」
「なるほど」
「瘴核そのものを買って自分で加工する方法もありますけど、費用がかかりすぎるので」
「ふむ」
室長が腕を組む。
「技術開発局なら、そういう材料は手に入るんですか?」
自分でも、聞いてから少し前のめりになったのが分かった。
「もちろん。研究用の材料なら、それなりに扱っているよ」
「本当ですか?」
「ただし、勝手に持って帰るわけにはいかないけどね」
「……ですよね」
そこまで都合のいい話はない。
でも、少なくともここなら研究に必要なものが何なのか、相談くらいはできそうだった。
「キャナリィさん」
リディアさんが口を挟む。
「そのあたりも含めて、今後の話をさせていただければと思います」
「今後?」
「はい」
室長が笑った。その笑顔が、なぜか少しだけ嫌な予感をさせた。
「せっかく面白い技術を持った人が来てくれたんだ。昨日一度説明を聞いただけで終わり、というのももったいないだろう?」
シェイラが隣で小さく呟く。
「なんや、これ。話長なるやつちゃうか?」
「たぶんね」
あたしは答えながら、目の前の室長を見た。
どうやら、あたしの作った術符は思ったより大事になっているようだった。




