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「セキュリティはAIで十分」と言われクビになったエンジニア、異世界で管理者権限を拾う  作者: 田中田田中
Bug 005: DDos攻撃

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Case 015: Stack Overflow

「さあ、犯罪者チェックサム。 次はお前の番だ」


 ヌルが勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。


 俺は冷静(れいせい)に状況を分析した。

 つまり、あいつは全ての変数をnull(ヌル)にしてしまえる。


 人間自体は『変数』じゃないから消すことはできない。

 だが——例えば目の状態、手の状態、そういった『パラメータ』は変数だ。


 あいつに触れられたら、目を消されたり、手を消されたりするかもしれない。

 ラムダの目を治したばかりだってのに、またそんなことになったらたまったもんじゃない。


「……厄介だな」


 ヌルがまるで弾丸のように()()んできた。


 その速度は、やはり桁外(けたはず)れだ。

 勇者チート——普通の人間では考えられないほどの身体能力。


 俺は咄嗟(とっさ)に横に跳んで回避(かいひ)した。


「逃げるな!」


 ヌルが追いかけてくる。

 その動きは俊敏そのものだった。


 俺並みに速い。

 いや、もしかしたら俺より速いかもしれない。


「チェックサム様!」


 ラムダが叫んだ。

 だが、武器を失った彼女にできることは限られている。


「下がってろ!」


 俺は叫び返した。


「あいつに触れられたら、終わりだ!」


 俺はコマンド入力画面を開いた。


 いつものように、魔法を直接実行する。


『> fire_storm.exe (現在座標, 999999, 前方)』


 エンター。


 炎の嵐が、ヌルに向かって放たれた。

 だが——


無駄(むだ)だ!」


 ヌルが炎に向かって手を(かざ)した。


 次の瞬間、炎が霧散(むさん)した。

 まるで最初から存在しなかったかのように、消え去った。


「なっ……!」


「私の能力『ヌル参照』は、人以外なら何でも消せることを忘れたか!」


 ヌルが不敵(ふてき)に笑う。


「魔法だろうが、武器だろうが、触れてしまえば終わりだ!」


 俺は舌打(したう)ちした。


 魔法が効かない。


 しかも、こいつは俺並みに俊敏だ。

 距離を取っても、すぐに詰められる。


「ならば——」


 俺は連続でコマンドを入力した。


『> ice_lance.exe (現在座標, 999999, 前方)』

『> lightning_bolt.exe (現在座標, 999999, 前方)』

『> wind_blade.exe (現在座標, 999999, 前方)』


 氷の槍、雷撃、風の刃。


 三つの魔法が同時にヌルに向かって放たれた。

 だが——


 ヌルは(すず)しい顔で、全ての魔法に手を触れていった。


 氷が消えた。

 雷が消えた。

 風が消えた。


「無駄だと言っただろう?」


 ヌルが嘲笑(ちょうしょう)した。


「いくら魔法を放っても、私に触れられてしまえば全て消える」


 くそ。


 こいつの身体能力は、俺の魔法の速度すら上回っているのか。

 俺は必死に魔法を連発した。


『> fire_ball.exe (現在座標, 999999, 前方)』

『> earth_spike.exe (現在座標, 999999, 前方)』

『> water_cannon.exe (現在座標, 999999, 前方)』


 火球、土の(やり)、水の砲弾(ほうだん)


 全て、ヌルの手によって消されていく。


「はははっ! どうした、それだけか!」


 ヌルが笑いながら迫ってくる。

 だが——


 俺は、ある違和感に気付いていた。

 魔法を連発している最中、周囲の動きが——ほんの少しだけ、遅くなっている気がする。


 ラムダの動き。

 風に揺れる木の葉。

 飛んでいる鳥。


 全てが、ほんの少しだけ——スローモーションになっている。


「……なるほど」


 俺は、(ひらめ)いた。

 この世界は、プログラムで動いている。


 そして、俺が放つ魔法は——全て『処理』として実行されている。

 つまり——


「……よし」


 俺は作戦を変えた。


 魔法の向きを——上に変えた。


『> fire_storm.exe (現在座標, 999999, 上方)』

『> ice_storm.exe (現在座標, 999999, 上方)』

『> lightning_storm.exe (現在座標, 999999, 上方)』


 炎と氷と雷が、天に向かって放たれた。


「……何をしている?」


 ヌルが(いぶか)しげに俺を見た。


「気でも触れたか?」


 俺は答えなかった。


 ただ、魔法を撃ち続けた。

 ヌルに向かってではなく、天に向かって。


 ヌルに触れられないように同じ魔法を、何度も何度も。


 ループ処理を使って、無限に近い回数の魔法を一気に発動する。


『> for i in range(10000): fire_ball.exe』


 一万発の火球が、天に向かって放たれた。

 空が、炎で()()くされていく。


「何の意味がある!」


 ヌルが叫んだ。


「私に当たらない魔法など、無意味(むいみ)だ!」


 だが俺には、はっきりと見えていた。


 ヌルの動きが——明らかに遅くなっている。

 さっきまでの俊敏さが、嘘のように。


 まるで、水の中を歩いているかのような、緩慢(かんまん)な動き。


「な  ん  だ  こ  れ」


 ヌルの声が、間延(まの)びした。


 彼女の動きが、完全にスローモーションになっていた。

 そう、処理落ちしていたのだ。


「これが——DDos攻撃だ」


 俺は、普通の速度で言った。


「DDos攻撃ってのは、簡単に言えば『大量の処理を送り付けて、相手のシステムをパンクさせる』攻撃だ」


 俺はヌルの周りをゆっくりと歩いた。

 彼女は俺を(にら)んでいるが、体が追いつかない。


「サーバーには処理能力の限界がある。 その限界を超える量のリクエストを送り付ければ、サーバーは処理しきれなくなって——動きが鈍くなる」


 聞こえていないだろうが、俺は続けた。


「この世界も同じだ。 この世界を動かしている『システム』には、処理能力の限界がある」


 ヌルが必死(ひっし)に動こうとしているが、その動きは(かめ)のように遅い。


「俺が大量の魔法を放つことで、この世界に『処理落ち』を発生させた。 結果——俺以外の世界が、スローモーションになった」


 厳密に言えば、俺自身もこの世界の一部だ。


 だが、俺は『管理者』。

 きっとシステムを操作する側の人間は、処理落ちの影響を受けない仕様なのだろう。


「いくら勇者でも、これは想定外だったようだな」


 俺はヌルの背後に回り込んだ。


 彼女は振り向こうとしているが、その動きは蝸牛(かたつむり)のように遅い。


「時を制する者が、場を制する」


 俺は言った。


「頭を冷やせ、脳筋勇者——」


 俺は、ヌルの頭に手刀を振り下ろした。


 彼女の手に触れないように、慎重に。

 背後から、頭頂部を狙って。


 ゴッ。


 (にぶ)い音がした。

 ヌルの目が、次第に(うつ)ろになっていく。


 そしてゆっくりと、地面に(くず)れ落ちた。


 スローモーションの中、彼女の体が(たお)れていく。


 俺は魔法の連発を止めた。

 処理落ちが解消され、世界が元の速度に戻る。


 ドサッ。

 ヌルが地面に倒れた。


 完全に気絶した。


「……辛くも、制圧成功か」


 俺は溜息(ためいき)をついた。


「チ  ェ  ッ  ク  サ  ム  様  !」


「ぷっ」


 ラムダがスローモーションで駆け寄ってきた。

 その様がアホらしくて思わず吹き出してしまう。


「ご  無  事ですか……!?」


 もう処理落ちは必要ないから、先ほどの魔法をタスクキルして消す。


 急に戻るのも面白いからやめてほしい。

 まるで通信が悪い時のビデオ通話そのものだ。


「ああ、なんとかな」


 俺はヌルを見下ろした。


「こいつを宿に連れていく。 事情を聞かないといけないからな」


「はい……!」


 俺はヌルを(かつ)ぎ上げた。

 思った以上に重いなこいつ。


 筋肉質な体は、見た目以上に質量(しつりょう)があるようだ。



 ◆◆◆◆◆



 辺境の休息亭(ボーダーズ・レスト)


 俺たちは、ヌルを俺の部屋に運び込んだ。

 椅子に座らせ、念のためロープで縛っておく。


 しばらくして——ヌルが目を覚ました。


「……ここは」


「俺の宿だ」


 俺は()()なく答えた。


「お前には聞きたいことがある」


「……私は負けたのか」


 ヌルが(うめ)いた。


「信じられん……。 勇者である私が、負けるとは……」


「勇者だろうが何だろうが、世界の仕組みを理解していなければ負ける」


 俺は言った。


「それより、質問に答えろ」


「……私は敗者だからな、聞いてやる」


 なんで上から目線なんだよ、こいつ。


「なぜ俺を追ってきた。 シープラ帝国の件が、なぜジャバ共和国で罪に問われる」


 ヌルは(まゆ)(ひそ)めた。


「……私は、元首から命令を受けた」


「元首?」


「ジャバ共和国の元首だ。 『シープラ帝国で暴れ回った犯罪者がいる。捕らえよ』と」


 俺は(うで)()んだ。


「それで、何も聞かずに飛んできたのか?」


「……ああ」


 ヌルが苦々(にがにが)しげに言った。


「元首の命令だ。 勇者として従うのは当然のこと」


「詳細は聞かなかったのか」


「……聞いていない」


 俺は(あき)れた。


「お前、本当に何も考えずに来たのか」


「勇者は悪を許さない。 それだけだ」


「その『悪』が本当に悪なのかどうか、確認もせずにか?」


 ヌルは黙った。


「お前が『犯罪者』と呼んでいる俺は、シープラ帝国で何をしたか知っているか?」


「……知らない」


「国民全員を魅了で操っていた偽物の聖女を暴いて、国を解放したんだよ」


 ヌルの目が、大きく見開かれた。


「……何だと?」


「チェックサム様は、シープラ帝国を救った救世主(きゅうせいしゅ)です」


 ラムダが口を開いた。


「私もその場にいました。 彼は、魅了に操られた国民全員を解放し、悪女クロージャを捕らえました」


「そんな……」


 ヌルの顔色が変わった。


「では、私は……」


「お前は、何も知らずに()(ぎぬ)を着せられた人間を追い回していたんだよ」


 俺は冷たく言った。


「『勇者は悪を許さない』? 笑わせるなよ。 お前がやったのは、ただの冤罪(えんざい)に傷を塗る行為そのものだ」


 ヌルは(うつむ)いた。


 その(かた)が、(ふる)えている。


「……私は」


 彼女の声が、(かす)れた。


「私は、何をしていたのだ……」


 沈黙が、部屋を満たした。



 ◆◆◆◆◆



 しばらくして——ヌルが顔を上げた。

 その目には、決意(けつい)のようなものが宿っていた。


「お前は強者だ」


 ヌルが言った。


「私は、強い者に従う」


「……何?」


「私の勘違(かんちが)いで、お前に迷惑(めいわく)をかけた。 その(つぐな)いをさせてくれ」


 ヌルがロープを引きちぎろうとした。

 だが、俺が頑丈(がんじょう)なロープを選んでおいたおかげで、簡単には切れない。


「おい、何をしている」


「私のカラダを、好きに使え」


 ヌルがそう言いながら、鎧の()()を外し始めた。


「は?」


 鎧が外れ、その下の筋肉質な体が(あらわ)になり始めた。


 ()()まった腹筋(ふっきん)(きた)()かれた(うで)

 筋肉質だが、女性らしい曲線(きょくせん)も残っている。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」


 ラムダが(あわ)てて割り込んだ。


「貴女、何をしているのですかっ!」


「何って……女が男に差し出せるものなんて、一つしかないだろう?」


「そういう意味じゃないでしょうっ!」


 ラムダが()()な顔でヌルの鎧を押さえた。


「お、おい、止めろ——」


「アドミン様、この方は何か勘違(かんちが)いされているようです!」


「分かってる!」


 俺は頭を(かか)えた。


 何でこうなるんだ。


「とにかく服を着ろ! 話はそれからだ!」


「……そうか。 まだ早かったか」


 ヌルが残念(ざんねん)そうに言いながら、鎧を着直し始めた。


 何が『早かった』だ。


 そういう問題じゃないだろう。

 この世界には、色ボケ女しかいないのか?



 ◆◆◆◆◆



 ヌルが服を整えた後、俺たちは改めて話し合った。


「……状況は分かった」


 俺は言った。


「要するに、お前はジャバ共和国の元首に(だま)されて、俺を追いかけてきたわけだ」


「……そのようだ」


 ヌルが苦々(にがにが)しげに(うなず)いた。


「だが、なぜ元首がそのような(うそ)をついたのかは分からない」


「シープラ帝国とジャバ共和国は隣国だったな」


「ああ、国交もある」


「なら、クロージャの一派と繋がりがあっても不思議じゃない」


 俺は(あご)に手を当てた。


「クロージャは捕らえたが、その背後にいた奴らが動いている可能性がある」


「つまり、私は利用(りよう)されていたということか」


「そういうことだ」


 ヌルの拳が、(にぎ)りしめられた。


「許せん……! 勇者である私を、駒のように使うとは……!」


「落ち着け」


 俺は言った。


「怒りは分かるが、今は情報が足りない。 ジャバ共和国に行って、元首から直接話を聞く必要がある」


「……私も、それを望む」


 ヌルが(うなず)いた。


「元首に、真実を問いただしたい」


「私も同行します」


 ラムダが言った。


「チェックサム様を()(まわ)した責任は、きちんと取っていただかないと」


「……お前に言われる筋合(すじあ)いはないが」


 ヌルが(しぶ)い顔をした。


「まあ、仕方ない」


「仕方ありませんね」


 ラムダも仕方(しかた)なさそうに言った。


 二人の間に、微妙(びみょう)緊張(きんちょう)が流れていた。

 だが、目的は一致している。


「……よし」


 俺は言った。


「とりあえず一時休戦だ。 ジャバ共和国まで一緒に行って、真相を確かめるぞ」


「了解した」


「承知しました」


 二人が同時に(うなず)いた。

 こうして俺たちは、新たな旅に出ることになった。


 ジャバ共和国へ。

 この茶番(ちゃばん)黒幕(くろまく)を、(あば)くために。

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