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「セキュリティはAIで十分」と言われクビになったエンジニア、異世界で管理者権限を拾う  作者: 田中田田中
Bug 005: DDos攻撃

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Case 014: NullPointerException

 翌日の夕方。

 俺は目の前の光景に、思わず(あき)れてしまった。


「……お前、本当に引っ越してきたのか」


「はい!」


 ラムダは満面の笑みで答えた。


 その手には、荷物が詰まった大きな(かばん)

 彼女はそれを、俺の隣の部屋に運び込んでいた。


「昨日の今日で、よくそんな決断ができたな……」


「善は急げと申しますから!」


 彼女の行動力には、正直脱帽するしかない。



 ◆◆◆◆◆



 俺がパートナーとして雇うことを了承したのは、つい昨日のことだ。

 なのにもう、同じ宿の隣の部屋に引っ越してきている。


 ラムダの紫色の瞳が、(うれ)しそうに(かがや)いていた。

 昨日まで見えなかった目が、今はしっかりと俺を見つめている。

 その瞳は、本当に綺麗な藤色(ふじいろ)だった。


「これで、いつでもアドミン様のお役に立てます」


「……まあ、好きにしろ」


 俺はため息をついた。

 止めても無駄だろう。


 こいつは、一度決めたら梃子(てこ)でも動かないタイプだ。


 その時、階段を上がってくる足音が聞こえた。


「おう」


 ヴォイドだ。


 強面の店主は、俺とラムダを交互に見た。


「ラムダ、お前の心中はある程度察するが」


 ヴォイドが低い声で言った。


「ここは宿屋だ。 二人とも、あまり羽目(はめ)は外しすぎるなよ?」


「……は?」


 俺は首を(かし)げた。


 羽目を外すって、何のことだ?

 だがラムダの方を見ると、彼女は顔を真っ赤にしていた。


「て、店主さん……! そのようなことは……!」


「分かってるなら良い。 宿屋の信用(しんよう)に関わるからな」


 ヴォイドはそう言って、階段を降りていった。


「……何の話だ?」


「な、何でもございません!」


 ラムダは顔を(あか)らめたまま、慌てて自分の部屋に入っていった。


 俺は首を傾げながら、自分の部屋に戻った。



 ◆◆◆◆◆



 だが、すぐにその意味を知ることになった。


 その日の夜。

 俺は自分の部屋で、ベッドに横になっていた。


 今日は色々あって疲れた。

 早めに寝てしまおう。


 そう思って目を閉じた時だった。


「シュルルッ」


 隣の部屋から、(かす)かな音が聞こえてきた。


 (ころも)()れの音。

 服を脱ぐ時の、布が(こす)れる音だ。


「……」


 俺は目を開けた。


 ここは辺境の休息亭(ボーダーズ・レスト)

 街外れの安宿(やすやど)だ。

 壁が薄いのは、当然と言えば当然だった。


 扉も窓も全部閉めたところで、音は筒抜(つつぬ)けなのだ。

 隣の部屋で、ラムダが着替えている音が聞こえてくる。


「勘弁してくれ……」


 俺は枕で耳を塞いだ。

 だが、それでも音は聞こえてくる。


 (おれ)の心の平穏が、()(みだ)されていく。


 これは、まずい。

 店主が言っていたのは、こういうことだったのか。


 俺は深く息を吐いた。

 今夜は、眠れるだろうか。



 ◆◆◆◆◆



 そして、(きわ)めつけは深夜のことだった。


 ギシッ。

 ギシギシッ。


 (きし)む音が、隣から聞こえてくる。


 その音をよく耳を澄ませていると、ベッドが軋む音のようだった。


「……おいおい」


 俺は天井を見上げた。

 時計を確認する。


 深夜二時だぞ。

 少しは隣への迷惑を考えてくれ。


 ギシッ、ギシッ、ギシギシッ。


 音は止まらない。


 規則(きそく)(てき)に、断続(だんぞく)(てき)に、延々と続いている。


「俺の平穏が……」


 俺は小さく(うめ)きながら再び枕で耳を塞いだ。

 だが嘆いたとて、軋む音は一向に止まらなかった。


 ギシッ、ギシギシッ。


「これからこれが、毎日続くのか……?」


 あいつを雇ったことを、少し後悔し始めていた。



 ◆◆◆◆◆



 翌朝。

 俺は完全に寝不足だった。


 それもそのはず。

 昨夜のあの軋む音は、なんと六時間も続いたのだ。


 深夜二時から朝の八時まで。

 延々と、ギシギシ、ギシギシ。


 多めに睡眠時間を確保したつもりだったのに、正直二時間も眠れていない。

 完全に寝不足だ。


 前職ではこんな中でも必死に働いていたが。

 正直金も量産(りょうさん)できてしまうこの世界で、こんな状態で働きたくはない。


 俺は(おも)足取(あしど)りで一階に降りた。

 食堂には、既にラムダが座っていた。


「おはようございます、アドミン様!」


 彼女は(さわ)やかな笑顔で挨拶してきた。

 お前、あれだけ(さわ)いでおいて、よくそんなに元気でいられるな。


「……おう」


 俺は()()なく返事をして、向かいの席に座った。


 ヴォイドが朝食を運んできてくれる。

 パンとスープ、そして()し肉。


 質素だが、悪くない。

 俺は黙々と食べ始めた。


「アドミン様、お顔の色が優れないようですが……」


 ラムダが心配そうに言った。


「大丈夫ですか?」


 お前がそれを言うのか?

 もしかして、俺が試されているのか?


「……」


 いや、多分本人は気付いてもいないのだろう。


 そのとんがった耳の様子から耳はいい方だと思っていたが、自分が騒音を立てているときには気づかないタイプか?

 なんて厄介な。


「……あのなぁ」


 俺は(はし)を止めた。


 言うべきか、言わざるべきか。

 いや、言わないとこの状況は改善されないのだろう。


「……俺も、そういう(よく)がないとは言わんから、多少は許してやるが」


「え……?」


 ラムダが首を(かし)げた。


「お前、夜(うるさ)いのはなんとかしろ」


「う、うるさい……?」


「睡眠を妨げるなら、店主に頼んで離れた部屋に移動してもらうか、元の宿に戻ってもらうからな」


 俺は気まずくならないように、至って淡々(たんたん)に告げた。


 ラムダの顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。


「え……? あ……その……っ!」


 彼女は口をパクパクさせていた。


 何か言おうとしているが、言葉が出てこないようだ。


「……とにかく、そういうことだ」


 俺は気まずくなって、残りの朝食を()()んだ。


「先に部屋に戻る」


 俺は席を立ち、階段を上がっていった。


 背後から、ラムダの視線を感じる。

 だが、振り返ることはしなかった。


 二階に上がり、自分の部屋に入ろうとした時だった。


「いやああぁぁっ!」


 一階から、甲高(かんだか)い悲鳴が聞こえてきた。

 ラムダの声だ。


 どうやら()ずかしさのあまり、(さけ)んでしまったらしい。


「……はぁ」


 俺は溜息(ためいき)をついた。


 既に先行き不安だった。



 ◆◆◆◆◆



 その日の午後。

 俺たちは冒険者ギルドに向かった。


 こいつとパーティ登録をするためだ。


「パーティ登録、ですか」


 ラムダが首を(かし)げた。


 今朝のことは、もう(わす)れたらしい。

 いや、忘れたフリをしているだけかもしれないが。


「ああ、冒険者にはパーティを組んで活動している奴らもいるらしいからな」


「確かに、大規模な依頼をこなすには、複数人で動いた方が効率が良いですね」


「それにお前と俺の関係を公式に登録しておけば、色々と都合がいい」


 俺たちはギルドの受付に向かった。


 いつもの受付嬢が、笑顔で迎えてくれる。


「いらっしゃいませ、チェックサム様。 本日はどのようなご用件でしょうか?」


「こいつとパーティ登録をしたい」


「かしこまりました。 パーティ名と、メンバーのお名前をお願いします」


 俺は少し考えた。


 パーティ名か。

 何がいいだろう。


「……検証者(デバッガー)で」


「デバッガー、ですか?」


「ああ」


 検証者(デバッガー)


 不具合を見つけて修正する者。

 この世界での俺の役割そのものだ。


「メンバーは、俺とこいつ……ラムダだ」


「はい、承知しました。チェックサム様とラムダ様で、パーティ『検証者(デバッガー)』ですね」


 受付嬢が書類に記入していく。


「これで登録完了です。今後は二人で依頼を受けることもできますし、パーティとしての実績も記録されます」


「助かる」


「それでは、何かお探しの依頼はございますか?」


「いや、今日は登録だけでいい」


 俺たちが帰ろうとした時だった。


 受付嬢が、思い出したように言った。


「あ、そういえば最近、ちょっとした噂があるのですが……」


「噂?」


「はい。 ジャバ共和国の女勇者が、ルビー王国にやってきているそうです」


「ジャバ共和国?」


 俺は眉をひそめた。


「その女勇者は、指名手配犯を探しているとか……」


「女勇者の名前は?」


「確か……ヌル=ポインタ様、だったかと」


「……」


 俺は(かた)まった。


 ジャバ共和国の、ヌル=ポインタ。


 それを聞いた途端、俺は無意識のうちに口から言葉が()れ出た。


「ガッ」


「……え?」


 受付嬢が怪訝な顔をした。


「チェックサム様……?」


「急に、どうかされたのですか?」


 ラムダも心配そうに俺を見ている。


「いや……何でもない」


 俺は首を振る。


 これは一種の通過儀礼のようなものだ。


 だが、この世界では通じない。

 美人が常に隣にいるのはやや得かもしれんが、前世のネタが分からないというのは、やはり少し寂しく感じる。


「それで、その女勇者が探している指名手配犯というのは?」


「それが……チェックサム様、お名前が出ておりました」


「……は?」


 俺は(まゆ)(ひそ)めた。


「どういうことだ」


「シープラ帝国で暴れ散らかしたことを理由に、ジャバ共和国で罪に問われているという噂が……」


「待て。 シープラ帝国で俺がやったことが、なぜジャバ共和国で罪になる?」


「それは私にも分かりません……あくまで噂ですので」


 胡散臭(うさんくさ)い話だ。


 シープラ帝国でクロージャの悪行(あくぎょう)(あば)いたことが、なぜ隣国で罪に問われるのか。


 どう考えても、おかしい。


「……まあいい。 気をつけておく」


「お気をつけください。 勇者というのは、普通の冒険者とは(けた)(ちが)いの力を持っていますから」


 俺たちはギルドを出た。



 ◆◆◆◆◆



 その日の夕刻。

 俺たちが宿に戻ろうとしていた時だった。


 空から、影が降ってきた。


「……っ!」


 俺は咄嗟(とっさ)に身構えた。


 巨大な影が、街の広場に降り立つ。

 竜だ。


 (つばさ)を広げた、青黒(あおぐろ)(うろこ)の竜。

 そしてその背中に、一人の女が(また)がっていた。


「見つけたぞ、犯罪者チェックサム!」


 女の声が、広場に響き渡った。


「観念しろ!」


 竜から飛び降りた女は、大剣を構えていた。


 短い紅髪に、(するど)眼光(がんこう)

 筋肉質(きんにくしつ)な体を(よろい)(つつ)み、いかにも戦士然とした(たたず)まいだった。


「……お前が、(くだん)のヌル=ポインタか」


「そうだ! ジャバ共和国の勇者、ヌル=ポインタ! 悪を許さぬ正義の(けん)!」


 熱血(ねっけつ)そうな女だ。


 目が爛々(らんらん)(かがや)いている。


「お待ちください」


 ラムダが前に出た。


「話を聞きなさい。チェックサム様は犯罪者ではありません」


「黙れ!」


 ヌルが大剣を振りかぶった。


「勇者は悪を許さない! 犯罪者をかばう者も、同罪だ!」


「話を聞けと言っているでしょう!」


 ラムダがレイピアを抜いた。

 だが、ヌルは聞く耳を持たない。


「邪魔をするな!」


 ヌルが()()んできた。

 その速度は、桁外(けたはず)れだった。


「っ!!」


 これが勇者チートか。

 普通の人間では考えられないほどの身体能力。


 距離を一瞬で詰め、大剣を振り下ろす。

 だが――


 カァンッ!


 金属音が響いた。

 ラムダのレイピアが、大剣を()()めていた。


「……ほう」


 ヌルが目を細めた。


「勇者の一撃を受け止めるとは、なかなかやるなッ!」


「私を、(あま)く見ないでいただけますかっ!」


 ラムダが静かに言った。


 その目が、真っ直ぐにヌルを見据えている。

 紫色の瞳が、夕日を受けて(かがや)いていた。


 ラムダは目が見えるようになった。

 つまりこれまで魔力感知に注いでいた魔力を、別の用途で使えるようになった。

 そう、魔法を攻撃に使えるようになったのだ。


()えよ」


 ラムダが短く詠唱(えいしょう)した。


 次の瞬間、彼女のレイピアが炎に(つつ)まれた。


「炎魔法だと……!?」


 ヌルが目を見開いた。

 炎を(まと)ったレイピアが、大剣に向かって()ぎ払われる。


 ジュウッ!

 金属が()ける音がした。


「これが――」


 ラムダが言った。


()まれ()わった、私の力です!」


 炎が大剣を()めていく。

 ヌルの大剣が、見る見るうちに()けていく。


 勇者相手に、一歩も(ゆず)らない姿勢(しせい)

 ラムダは、俺から見ても本当に強くなっていた。


「くっ……!」


 ヌルが後ろに跳んだ。


 だが、大剣は既に半分以上溶けていた。

 もはや武器としては使い物にならない。


「観念しなさい」


 ラムダが炎のレイピアをヌルに向けた。


「これ以上の戦闘(せんとう)無意味(むいみ)です」


「……ふん」


 ヌルが(はな)()らした。


「面倒だな」


 次の瞬間――


 ヌルが、素手でラムダのレイピアに触れた。


「な……!?」


 ラムダが驚愕(きょうがく)した。

 炎を(まと)ったレイピアに、素手で触れる。


 普通なら、大火傷(おおやけど)どころでは済まない。

 だが――


 (ほのお)が、消えた。

 ヌルの手に触れた瞬間(しゅんかん)、レイピアを包んでいた炎が、(けむり)のように消え去ったのだ。


「気でも()れましたか……?」


 ラムダが呆然(ぼうぜん)と呟いた。


「いや、むしろ――」


 ヌルがニヤリと笑った。


 そして、レイピアの(やいば)に手を当てた。

 次の瞬間――


 レイピアが、消えた。

 ラムダの手から、武器そのものが消失したのだ。


「私の、レイピアが……!?」


「私は勇者だから、特別なんだ」


 ヌルが高慢に言った。


「この能力『ヌル参照(さんしょう)』は、人以外なら触れたらなんでも消せるのさ」


 Null(ヌル)Pointer(参照)Exception(例外)


 参照先が何でもない状態――「ヌル」になっているときに発生する例外(エラー)


 それが、この世界では『触れたものを消す』能力として具現化(ぐげんか)しているのか。


「厄介な女だな……」


 意図的に触れたものを(ヌル)に変換してしまうなんて、相当ヤバいヤツだ。


「さあ、犯罪者チェックサム。 次はお前の番だ」


 ヌルは()(ほこ)ったように笑みを浮かべていた。

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