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「セキュリティはAIで十分」と言われクビになったエンジニア、異世界で管理者権限を拾う  作者: 田中田田中
Bug 004: ディレクトリトラバーサル

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15/16

Case 012: ../reset

 玉座に座っていたのは、シープラ帝国の皇帝(こうてい)


 威厳(いげん)のある老人が、虚ろな目で玉座に腰掛けている。


 その隣には、若い男が立っていた。

 おそらく皇太子だろう。


 二人とも、ステータスを確認するまでもなく分かる。

 魅了されている。


 そして、その二人の前に――


「……っ」


 俺は奥歯(おくば)を噛みしめた。

 ラムダが、(ひざまず)かされていた。


 いや、跪かされているだけではない。

 両腕が――(ひじ)から先が、なかったのだ。


 鮮血(せんけつ)が床を赤く染め、切断された両腕が無残にも床に転がっている。


 そしてその傍らには、(おな)じく縛られた銀髪の少女がいた。

 フェッチ――ジキル伯爵の令嬢だろう。彼女は怪我こそないものの、恐怖(きょうふ)(ふる)えていた。


「あら」


 甘い声が響いた。


 クロージャだ。

 金髪の悪女は、豪華なドレスの(すそ)(ひるがえ)し、皇帝の傍らに立っていた。


「怖いのですか?」


 その手には、血に()れた剣が握られている。


 まさか、あの剣で……。


「やっと、私を恐れてくださいましたね」


 クロージャは微笑(ほほえ)んだ。


 その笑顔は、美しくも凄惨(せいさん)だった。


「ふふ、お姉さま。 まだ『お仕置き』は始まったばかりですよ?」


 彼女の足元には、潰された肉塊(にくかい)があった。

 ……さっきまでラムダの腕だったものだ。


「お得意のレイピアも、これでもう使えませんね」


 クロージャが嘲笑(ちょうしょう)した。


「お姉さまは剣士としての矜持(きょうじ)を持っていらっしゃったようですから。 腕がなくなれば、もう戦えませんよね?」


 ラムダは何も答えない。

 ただ、(くちびる)を噛みしめて、苦痛に耐えていた。


 周囲には、豪華な服を着た貴族たちが並んでいる。

 全員が魅了されているのだろう、虚ろな目でラムダを見下ろしている。


罪人(ざいにん)め」


 貴族の一人が(つぶや)いた。


「聖女様に(さか)らうとは」


「恥知らずな女だ」


断罪(だんざい)されて当然だ」


 (さげす)む声が、四方から()びせられる。


 操られた人形たちの、空虚な罵声(ばせい)

 そしてクロージャが剣を振り上げた。


「さあ、お姉さま。 これで私にはあなたを討つ明確な理由ができました」


 その刃が、ラムダの首に向けられる。


「ここでお別れですね」


「……」


 俺は、その光景を見ていた。


 こんなの、事故と同じだ。


 ラムダは何も悪いことをしていない。

 ただ、生まれた家が悪かっただけ。

 ただ、異母妹に目をつけられただけ。


 そう、俺があの日、不当解雇されたのと似たようなもんだ。


 どうしてこんな目に遭わなければならないのか、きちんとした説明が何もない。

 ただ理不尽に身分を褫奪される感覚。


 あの感覚を再び思い出し、俺はいつの間にか耐えられなくなっていた。


「待て、(クズ)女」


 俺は声を上げた。


 玉座の間に、俺の声が響く。

 クロージャが、ゆっくりと振り向いた。


「あら……いつの間にネズミが入り込んでいたのでしょう?」


 彼女の瞳が、俺を(とら)えた。


「あ、あなた様は……!」


「へぇ、その反応。 あなたが私の計画を邪魔した、お姉さまの『救世主』様ですか」


 しかし慌てた様子もなく、クロージャが微笑む。


「……答える義理もないな」


「むしろ、ちょうどよかった。 あなたがお姉さまの『最後の希望』であるのでしたら、私がそれをへし折って差し上げましょう」


 次の瞬間、俺のステータスに変化が起きた。


『状態異常: 魅了(永続)を付与しようとしています……』

『失敗しました』


「……あら?」


 クロージャが眉をひそめた。


「おかしいですね。私の結界をすり抜けたばかりか、かからない……?」


 当然だ。


 俺の魔力量はカンスト(上限値)している。

 しかも一切消費しないから、減ることもない。


 お前程度の魔力量で、俺に魅了が通るわけがない。


「……面白い方ですね」


 クロージャの目が、(ほそ)まった。


「では、力づくで排除するまでです。 この国で、私が知らないことがあってはなりませんから――」


 彼女が手を振ると、魅了された騎士たちが剣を構えた。


「話をする前に、まずはその伯爵令嬢を解放してもらおう」


 俺は冷静に言った。


「ふふ、同じことを――」


 俺はクロージャの言葉を無視して、管理者ツールを開いた。


 フェッチの座標を確認。

 ジキル伯爵家の座標に書き換え。


 エンター。


 次の瞬間、銀髪の少女の体が光に包まれ――消えた。


「なっ……!?」


 クロージャが驚愕(きょうがく)した。


「何をしたのですか!?」


「『この国のことなら知らないことなどない』のではなかったのか、聖女クロージャ・モジーラ?」


 俺は短く答えた。


「私の名前まで……! あなたは、いったい何者なんですのッ!!」


 これで、伯爵令嬢は無事だ。

 伯爵との約束は果たした。


「さて、次は――」


 俺は皇帝と皇太子のステータスを開いた。


『状態異常: 魅了(永続)』


 これを消す。


『状態異常: なし』


 エンター。

 二人の目に、光が戻った。


「……なんだ、これは」


 皇帝が(うめ)いた。


「私は……何をしていた……?」


陛下(へいか)……」


 皇太子も困惑している。


「まあ……」


 クロージャが目を見開いた。

 だが、すぐに笑顔を取り戻す。


「素晴らしい能力をお持ちですね。でも――」


 彼女の瞳が、再び皇帝と皇太子を捉えた。


「もう一度、かけ直せば良いだけのことです」


 次の瞬間、二人のステータスに変化が起きた。


『状態異常: 魅了(永続)を付与しようとしています……』

『付与されました』


「ふふ、これで――」


「残念だったな」


 俺は言った。


「……何ですって?」


 俺は既に、あの二人に『1秒ごとに状態異常を解除する魔法』をかけている。


 そう、スケジューラー機能だ。

 自動実行のタスク設定。


 1秒に1回、こいつらに状態異常を解除し続ける魔法を自動実行する。

 これでどんな状態異常がかかったとしても、1秒以内に消え去ってしまう。


 その上この魔法は匿名アカウントで実行しているので、俺はこの状態異常回復に対して魔力を使うことすらない。


 案の定、皇帝と皇太子の『魅了』は、またすぐに消えた。


「な……っ!?」


 クロージャの顔が、(ゆが)んだ。


「どうなっておりますの……!?」


「説明してやろう、皇帝」


 俺は皇帝の前に歩み出た。


「この女――クロージャが、この国で何をしてきたかを」



 ◆◆◆◆◆



「まず、なぜラムダだけが今も魅了されていないのか」


 俺は語り始めた。


「それは『されなかった』んじゃなく、『できなかった』からだ」


「……」


 クロージャの目が、(けわ)しくなった。


「ラムダの魔力量がクロージャを上回っていたんだろう?」


 俺は続ける。


 一度魅了されれば永続的に魅了できてしまう魔法なんて、正直チートともいえる。

 だが、俺はここに発動条件(ゲームバランス)があると考えた。


 クロージャは何も言わない。

 だが、その表情は明らかに強張(こわば)っている。


「クロージャ、お前の魔力量は、あまりにも少ない」


「あなた、どこでその情報を……」


 たった今、目の前のお前からな。


 事前にクロージャのステータスを確認していた。

 魔力量は、一般人より少し多い程度。


「それにわざわざ国に来た外からの輩に、全員謁見(えっけん)させるのも妙な話だ」


 モジーラ侯爵家での聖女謁見。

 この国に来る者は、必ずそこを通る。


「そこで分かるのは、永続でかけられるお前の『魅了』には条件があることだ。 一つ目は、相手をその目に収めないといけないこと」


 俺のステータス操作と同じだ。

 目に入りステータスが表示される相手にしか通用しない。


 そう、視界に入れる必要があったのだ。

 だから、敢えて謁見という形で実際に会うというリスクを取ってまで、全帝国民と会うことを徹底した。


「二つ目に、魔力量が勝っている相手でないと、魅了にかけることができない」


 そして俺もラムダも、魔力量に関しては多い方だった。


「その二つのどちらかが満たされていなければ、お前の『魅了』は弾かれる」


「っ……!」


 魔力感知を常時展開できるほどの魔力量。

 それがラムダの強みだった。


「であるなら、王家等の他の人物はどうして操られているのかという話だが――」


 俺は皇帝を見た。


「それは薬を盛って魔力量を一時的に下げ、無理やりかけられるようにしたのだろう。 徐々に食事に混ぜ込んでな」


「なんと……!」


 皇帝の顔が、青ざめた。


「それを繰り返し、操り人形を増やしていった」


 俺はクロージャを(にら)んだ。


「だがラムダだけは、操れなかった」


 核心を突かれたクロージャの(くちびる)が、干渉しあう波のように(ゆが)む。


「そのスキル『魔力感知』のせいで、薬を盛ろうとしたのに対し、いち早く危険を察知でき、すべて阻止してきたのだろう」


 だから、正攻法では無理だった。


「だから、適当な理由をつけて追い出すしかなかった」


 俺はクロージャを見据えた。


「そうだろう、悪女クロージャ」


「……気に食わないですね、あなた」


 クロージャの声が、低くなった。


「私の計画を、出会って数分で看破するなんて」


 彼女が手を振った。


「皆さん、あの男を排除なさい」


 魅了された騎士たちが、一斉に剣を構えた。



 ◆◆◆◆◆



 正直に言えば、さっきまでの懇切丁寧な暴露は、ただの時間稼ぎだった。


 俺はその間、管理者ツールで必死に探していた。


 この場にいる全員を一斉に救う方法を。

 魅了を解除し、この国を元に戻す方法を。


 一人一人ステータスをいじるのは大変だ。

 それにたとえ魔法でもこの場全体をどうにかするのは、相当危ない橋を渡ることになる。


 聖女も今のところ偽物しかいないようなこのゲームで、そのような都合のいい特大範囲の状態異常回復魔法が用意されているわけもなく。


 一目、詰んでいる。

 そう思った。


 だが――


「……いや待て」


 そう、俺は思い出した。

 このゲームが動いている環境はどこかということを。


 ここは、由仁のPCだ。

 そして由仁は、いくつかのゲームの過去作を作っている。


 もし過去作も同じ作りをしてこのPCの中に立ち上げているのであれば――

 そのゲームの階層にまでアクセスできれば、他のゲームで使われていた魔法やコマンドを、このゲーム世界で実行できるのではないか?


 そう、いわば「ディレクトリトラバーサル攻撃」。

 本来そのゲームでアクセス可能な階層の、さらに親の階層まで(さかのぼ)って情報を入手してしまう脆弱性(ぜいじゃくせい)だ。


 俺はコマンド入力画面を開いた。


 現在のディレクトリは、このゲームの中。

 だが、「../」を使えば、親ディレクトリに移動できる。


『> cd .. 』


 エンター。


 フォルダ一覧が切り替わった。


 由仁のPCの、ゲームフォルダ一覧がそこにはあった。


「相変わらず、脆弱すぎやしないかね、由仁さんや……」


 本来、ゲーム内から親ディレクトリにアクセスできるなんて、あってはならない。

 だが、由仁のゲームは、その基本的なセキュリティすら(ほどこ)されていなかった。


 フォルダの一覧が表示された。


 『IsekaiOnline』――おそらくこれが今いる世界。

 『FarmSimulator_v2』――農業シミュレーター。

 『RoguelikeRPG_beta』――俺も知らんが、ローグライクRPGなんて作ってたのか。

 他にもいくつかのフォルダがある。


 俺はその中で『FarmSimulator_v2』のフォルダを開いた。


 由仁の過去作の農業シミュレーターゲーム。

 確か、人を雇って農地を耕すゲームだ。


 農民一人一人がランダムな思考を持ち、それぞれ独自の行動で農地を豊かにしていくのを特徴にしたくて作ったらしい。

 しかしあまりにもランダム性に特化しすぎた結果、農民が制御不能になったり、バグで宙に浮いたりすることがあるようになってしまったらしい。

 それはそれで面白かったりもするのだが。


 なぜそんなことを知っているのかって?

 そりゃあ言うまでもない。

 俺がこのバグを発見した張本人(デバッガー)だからだよ。


 このゲームで使用可能なコマンド一覧を確認する。


 『harvest.exe』――収穫コマンド。

 『plant.exe』――植え付けコマンド。

 『hire_worker.exe』――労働者雇用コマンド。


 そして――


 『reset_all_workers_state.exe』


 「自分の今いる土地で働く人達の状態リセット」。


 俺は説明文を読む。


『このコマンドは、土地全体の労働者の状態を正常にリセットする』


 そう、本来はバグ対策用のコマンド。


 由仁らしい。

 ゲームバランスを壊しかねないほどランダム性を強くしておいて、バグったらリセットで対応する。

 (ざつ)な設計だが、この意味不明なコマンドが、今の俺には好都合(こうつごう)だった。


 このコマンドを、シープラ帝国全体に適用したら――


 騎士たちが迫ってくる。


 俺はコマンドを書き換えた。


 対象範囲を『現在の農地』から『シープラ帝国全域』に変更。

 リセット対象を『労働者』から『全住民』に変更。


 これでいい。


「悪いな、クロージャ」


 俺は呟いた。


「お前の茶番(ちゃばん)は、ここで終わりだ」


 エンター。



 ◆◆◆◆◆



 瞬間――


 世界が、光に包まれた。


 白い光が、玉座の間を()たす。


 騎士たちの動きが、止まった。

 貴族たちが、茫然(ぼうぜん)と立ち尽くした。


 そして、光が収まった時。


「……何が、起きた?」


 騎士の一人が呟いた。

 その目には、光が戻っていた。


「俺は……何をしていたんだ?」


 別の騎士が、困惑(こんわく)した声を上げる。


「なぜ、剣を構えている……?」


 魅了が解けていた。


 玉座の間にいる全員の魅了が。


 いや、それだけじゃない。


「ラムダ……!」


 俺はラムダの元に駆け寄った。


 彼女の両腕を見る。

 (ひじ)から先が――再生していた。

 切断されたはずの腕が、元通りになっている。


「……え?」


 ラムダが、自分の手を見つめた。


「私の、腕が……?」


 状態リセット。


 『正常な状態』に戻すコマンド。

 それは、切断された四肢も、魅了という状態異常も、全てを『なかったこと』にしていた。


「チェックサム様……!」


 ラムダが俺を見上げた。


 その目には、涙が(あふ)れていた。


「また、助けていただいたのですね……!」


「立てるか」


 俺は手を差し出した。


「は、はいっ……!」


 ラムダがその手を取って、立ち上がる。


「な、何が起きたのですか……!?」


 クロージャが(さけ)んだ。


「私の魅了が……私の力が……!」


 彼女の顔は、蒼白(そうはく)だった。


「陛下!」


 魅了から解放された騎士たちが、皇帝を守るように動いた。


「今のは何だったのです!? 私たちは……!」


「落ち着け」


 皇帝が低い声で言った。


 老いた皇帝(こうてい)の目には、怒りの炎が燃えていた。


「……全て、思い出した」


 皇帝はクロージャを見た。


「クロージャ。お前が、(ちん)を操っていたのか」


「ち、違いますわ、陛下……!」


 クロージャが後ずさる。


「私は、ただ――」


(だま)れ!」


 皇帝のしゃがれた声が、玉座の間に響いた。


「騎士たちよ。クロージャを捕縛(ほばく)せよ」


「はっ!」


 騎士たちが、クロージャを取り囲んだ。


「お、お待ちください……! 私は聖女ですわ……!」


「聖女だと?」


 皇帝が(はな)(わら)った。


「国民を操るだけでなく、(ちん)を人形にした女が、あろうことか聖女だと?」


「悪女の間違いではないのか?」


 貴族も騎士も、そこにいて長い時間かけて洗脳した奴らが正気を取り戻し、すべてがクロージャの敵に変わっていた。


「そ、そんな……!」


 クロージャが()(みだ)す。


 その時、玉座の間の扉が開いた。


 騎士が、一人の女を連れてきた。


 豪華なドレスを着た、中年の女性。

 クロージャに似た顔立ちをしている。


「陛下……! この者が、逃げようとしておりました……!」


「お、お母様……!」


 クロージャが叫んだ。


「モジーラ侯爵夫人か」


 皇帝が冷たく言い放つ。


「娘の共犯(きょうはん)だな。 同じく捕縛せよ!」


「そ、そんな……!」


 侯爵夫人がわめ(・・)いた。


「私は何も知りません……! 全てクロージャが勝手に……!」


(だま)れ! 今逃げたということは、貴様だけ記憶があるということに他ならない。 捕えよ」


 皇帝は繰り返した。


 騎士たちが、二人をあっさりと取り押さえた。

 普通にやればできるじゃねぇか。


「待て」


 捕らえて牢屋へ連れて行こうとする兵士に対して、俺はそれを制止した。

 まだやることがあったからだ。


「なんだ、朕の決定に逆らう気か?」


「別に逆らう気はない。 だがこいつを牢獄に入れられたとて、こいつが魅了を使わないという保証がどこにある?」


 監視を出し抜いて抜け出すなど、こいつにとって造作でもないというのに、そのままの状態で牢屋に入れるなんて馬鹿のすることだ。


「ふむ、一理あるな」


「であれば、そいつを潰してやれば問題ないだろう?」


「こやつらの首を、今ここで斬れということか?」


「知っているか? 人が他人に嫌がらせをする奴はな、案外『自分が一番されたくないこと』を一番最初に思い付くもんなんだよ。 つまり、それがお前の弱点だ」


 クロージャに焦点を合わせると、出てきたステータス画面から、『目』の設定をいじって、両目とも『80/100→0/0』にする。


「きゃあああっ! わ、私の目が……目があああっ!!」


 クロージャがラムダに一番最初にした大きな嫌がらせは、その両目を潰すこと。

 執拗にそれを狙ったのは、それをクロージャ自身が、最も恐れていた事だったからだ。


「見えなくなってしまえば、もう誰も魅了にかけることができない」


 分母を0にしたので、もう回復魔法でもよくならない。

 デバッグ画面を開ける俺が書き換える以外に、今のところ治る手段はないことだろう。


 つまりその『魅了』は、もう使い物にすらならないということだ。


「他人を貶められる奴は、自分も貶められる覚悟のある奴だけだ。 お前の姉を苦しめた何十年間、せいぜい同じ苦しみを味わうことだな……」



 ◆◆◆◆◆



 玉座の間が騒然(そうぜん)とする中、一人の男が進み出た。


 中年の貴族だ。

 俺はそのステータスを確認した。


『名前: ヴァリアント・モジーラ』

『職業: 侯爵』


 モジーラ侯爵。

 ラムダとクロージャの父親だ。


「ラムダ」


 侯爵が、ラムダに近づいた。


「すまなかった」


 彼は深く頭を下げた。


「私は……娘に操られていた。お前を追い出したのも、クロージャの讒言(ざんげん)に惑わされてのことだ」


 ラムダは何も答えない。


「どうか、許してくれ。そして、侯爵家に戻ってきてくれないか」


 侯爵の声には、謝罪というより懇願(こんがん)(にじ)み出ていた。


「お前は私の娘だ。 正統(せいとう)嫡子(ちゃくし)だ。今度こそ、お前を守ると誓う」


「……」


 ラムダは(うつむ)いたまま、何も言わなかった。


 俺は、その様子を見ていた。

 胸の奥で、何かが(くすぶ)っていた。


 そう、怒りだ。


 こいつは、今更何を言っているんだ?


 娘を追い出して、目を奪わせて、今になって「許してくれ」だと?

 謝っただけで帰ってもらえるとでも思ったのか?


「おめでたい奴だな」


 俺は低い声で言った。

 侯爵が、俺を睨みつける。


「お前は、何者だ?」


「失明したことを理由に勘当し身分すらなくして追い出した張本人が、たった数秒謝っただけで、それまでの何十年間の過ちを許してくれるとでも思ったのか?」


「な……!?」


 侯爵の顔が強張(こわば)った。


「ラムダがこんなになったのも全部、お前が新しい配偶者を適当に選んだせいだよ」


 侯爵家なら、その財力で異母に子がいることも、その子供に魅了の魔法持ちであることも、いくらでも調べられたはず。

 こいつはそれを怠って、身から出た錆を覚えてもいないのだ。


「お前は何を言っている! これは我が家の問題だ、部外者が口を出すな!」


「部外者?」


 俺は鼻で笑った。


「お前こそ、こいつとはもう部外者だろう?」


 追い出したのは、お前の方だろうが。


「くっ……」


「何を一丁前に口を出しているんだか。 それとも、今から数十年と失明して、身分を全部捨てて冒険者として生きてみるか?」


「そんなこと、できるわけがないだろう?」


「ふん」


 俺はラムダの手を取った。


「そんな覚悟すらない()()()()()()()()()。 これは、俺のだ!!」


「チェック……サム様……っ!」


「待て、貴様――」


「こんな場所にいる必要はない。 帰るぞ」


 俺はラムダに言った。


 ラムダが、俺を見上げた。

 その目には、まだ涙の(あと)が残っていた。


 ラムダは、しっかりと俺の手を(にぎ)り返した。


「はい……!」


 小さく、だが(たし)かな声で。


 俺は管理者ツールを開いた。

 緊急脱出用の座標をそれぞれのステータスに入力する。


 設定先は――いつもの()()()()()


 辺境の休息亭(ボーダーズ・レスト)の、俺の部屋だ。

 エンター。


 俺とラムダの体が、光に包まれた。



 ◆◆◆◆◆



 次の瞬間、俺たちは宿屋の部屋に立っていた。


「……ここは」


 ラムダが、きょろきょろと周囲を見回した。


「ここなら安全だ」


「……」


 ラムダは、俺を見上げた。

 その目には、言葉にできない感情が(あふ)れているように見えた。


「チェックサム様……」


「何だ」


「ありがとうございます」


 ラムダが、深く頭を下げた。


「また、助けていただきました。腕も……元に戻していただきました」


 彼女は自分の両手を見つめた。


「夢のようです。あの時、もう二度と剣は握れないと思いましたから」


「……」


「でも、貴方様のおかげで……」


 ラムダの声が、震えた。


「もう、何度目か分かりません。 貴方様には、何度感謝してもし足りません」


「礼など、いらない」


 俺は素っ気なく言った。


「お前は自分の家に帰れ。 俺ももう今日は、疲れた」


「……はい」


 ラムダが頷いた。


「では、お言葉に甘えて……」


 彼女が部屋の外に出ようとした時、店主のヴォイドが階段を上がってきた。


「おう、戻ったか」


 ヴォイドが俺を見た。


 そして、ラムダを見た。


「……まるで送り狼だな」


「ほっとけ」


 俺は短く返した。

 ラムダは少し顔を赤くしながら、「失礼します」と律儀に言って宿を出ていった。


 俺は自分の部屋に戻った。


 管理者ツールで、アバターをadminの姿に戻す。

 金髪碧眼から、黒髪短髪の姿へ。


 久々の大仕事で、頭が疲れていた。


 俺はベッドに(たお)()んだ。


 腐るように、眠りに落ちた。

 そして翌日まで、自分が犯してしまった重大な問題に気付かなかったのだ――



 ◆◆◆◆◆



 翌日。


「おい、起きろ」


 ヴォイドの声で、俺は目を覚ました。


「……何だ」


 ヴォイドが客を起こすなんて、めったにすることじゃない。

 普通は顧客と過度な接触をするもんじゃないからな。


 そのヴォイドが敢えて俺を起こしたのだ。

 正直、その奇行だけで嫌な予感しかしなかった。


「アドミン、お前に客だ」


 ヴォイドが、ぶっきらぼうに言った。


「客……?」


 俺は眠い目を(こす)りながら、起き上がった。


 階段を降りて、宿屋の入り口に向かう。

 そこには――


「……ラムダ?」


 銀髪のエルフが、立っていた。


 彼女は俺を見て、驚いた顔をした。


「あ……あなたは……!?」


 その声が、(ふる)えていた。


「あのバーの……失礼な客……ッ!!」


「……は?」


 俺は(くび)(かし)げた。


 何を言っている?


「一人で静かに飲むのが好き、とか言って……私の話を全然聞いてくれなかった、あの……!」


 ……ああ。

 バーで、アドミンの姿で、ラムダに話しかけられた時のことか。


 いや、待て。


 俺は今、そのアドミンの姿だ。

 黒髪短髪の、バーにいた時と同じ姿。


 そして昨日、俺は「チェックサム」の姿でラムダと一緒にこの宿の俺の部屋に転移して。

 彼女を見送って。

 その後アドミンの姿に戻って寝た。


 そして今、同じ宿の同じ部屋から、「アドミン」の姿で出てきた。


 ……やらかした。


「あなたが……」


 ラムダの声が、震えていた。


「あなたが、チェックサム様だったのですか……!?」


 俺は何も答えられず、そのストレスで大きなため息をつきながら、ただ頭に手を置いていた。


 ただ盛大にやらかしたことだけは、痛いほど分かった。

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