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「セキュリティはAIで十分」と言われクビになったエンジニア、異世界で管理者権限を拾う  作者: 田中田田中
Bug 004: ディレクトリトラバーサル

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Case 011: Noclip

 伯爵邸を出た俺は、受け取った地図を開いた。


 シープラ帝国。

 ルビー王国の北東に位置する巨大な帝国。

 ラムダの故郷であり、彼女を追放した国だ。


「……遠いな」


 普通に馬車で行けば、一週間はかかるだろう。

 正直俺なら、馬車だとしても行きたくない。


 だが、俺には瞬間移動がある。

 管理者ツールを開き、座標を確認する。


 現在地はジキル伯爵領。

 目的地はシープラ帝国のモジーラ侯爵家付近。


「よし」


 俺は座標の値を、少しずつ書き換えていく。


 X座標を1000増やす。

 エンター。


 瞬間――景色が変わる。


 さっきまで伯爵邸の庭にいたのに、今は見知らぬ平原の真ん中だ。


 さらにX座標を1000増やす。

 また景色が変わる。


 丘陵地帯になった。


「このワールドマップ、無駄に広いな……」


 やはりオープンワールドか。

 最近多いもんな、そういうの。


 流石にこういったものをループやタスク化してやるわけにはいかない。

 放置して海に放り出されていたら、たまったもんじゃないからな。


 俺は黙々と座標を書き換え続けた。

 1000、2000、3000……。


 景色がめまぐるしく変わっていく。

 平原、森、川、山、また平原。


 この世界の広さを、改めて実感する。


 そして数分後――


 俺は巨大な城壁の前に立っていた。


「……これか」


 シープラ帝国の国境だ。


 城壁は圧倒的な高さで(そび)え立ち、国を大きく囲むように(つら)なっている。

 まるで、外敵の侵入を拒むかのように。


 門の前には、(もん)(へい)が何人も立っている。

 通行証を確認し、出入りを厳重に管理しているようだ。


「……面倒だな」


 俺は呟いた。


 当然、通行証など持っているわけがない。

 ルビー王国の冒険者が、シープラ帝国の通行証を持っているはずもない。


 ただし、城壁はまだいい。

 問題は――


 俺は目を細めた。


 城壁の周囲に、薄く(ひか)(まく)のようなものが見える。


 結界だ。


 魔力で編まれた、巨大な結界が、国全体を覆っている。


「……これも聖女によるものか?」


 シープラ帝国の聖女として崇め奉られている、ラムダの異母妹クロージャ。


 この結界も、彼女の仕業だろうか。


 俺は管理者ツールを開いた。

 結界のステータスを確認する。


『シープラ帝国外壁結界』

『種別: 防護結界』

『効果: 入出検知、魔法阻害』


「……ふむ」


 入出検知、魔法阻害。


 なるほど、これは外からの侵入者を防ぐだけでなく、中からの脱出も防いでいるのか。

 きっと魔法阻害は転移魔法を防いでいるのだろう。


 結界を破ることはたやすいが、設置者に警告や通知が行く可能性がある。

 聖女に俺の存在を知られるのは、よろしくないな。


「……仕方ないか」


 俺は考えた。


 結界を破らずに、中に入る方法。


 普通なら、門から正規のルートで入るしかない。

 だが、通行証がない以上、不法侵入するしかないのが(つら)いところだ。


 まあ、勝手に他国の貴族を(さば)こうとしている時点で、この国に法も何もないんだがな。


「……生憎、俺のは転移ではなく、ただの座標編集による『移動』なんでな」


 俺にとって、城壁も結界も、実は関係ない。


 俺は管理者ツールで、座標を確認した。


 現在地は、城壁の外側。

 そして、城壁の内側の座標を計算する。


 城壁の厚さは、目測で約5メートル。

 つまり、現在のX座標に6メートル足せば、城壁の内側に出られる。


「……簡単だな」


 俺は座標を書き換えた。


 X座標を、10増やす。

 エンター。


 瞬間――

 景色が変わった。


 さっきまで城壁の外にいたのに、今は城壁の内側に立っている。

 そう、壁抜けだ。


 座標を直接書き換えれば、壁も結界も関係ない。

 当たり判定を無視して、指定した座標に移動する。


 Noclip(ノークリップ)


 ゲームでよく使われるバグやチートコマンドと同じようなことが、できてしまっている。

 ただし――


「こういうのって……座標を間違えると、ヤバいんだよな」


 俺は呟いた。


 例えば、城壁の中央――つまり石の中に座標を設定してしまったら。


 その瞬間、俺は「かべのなかにいる」状態になる。

 身動きが取れなくなり、最悪の場合、石に(つぶ)されて即死だ。


 よくあるゲームのバグ挙動(きょどう)だが、この世界がリアルであることを考えると、笑い事じゃない。


 だからこそ、座標の計算は慎重に行う必要がある。

 6メートルではなく10メートルにしたのも、余裕を持たせるためだ。


「……まあ、無事に抜けられたな」


 俺は周囲を見回した。


 城壁の内側は――


「……なんだ、これは」


 俺は思わず呆気(あっけ)に取られた。


 目の前に、巨大な宮殿が(たたず)んでいた。


 いや、宮殿というより、城というべきか。

 尖塔(せんとう)(いく)つも(そび)え、装飾(そうしょく)(すみ)から(すみ)まで(ほどこ)されている。

 まるでゴシック様式の大聖堂を、そのまま巨大化させたような建築だ。


 情報量が多い。

 目がチカチカするほどの装飾過多。


「由仁、趣味が悪いぞ……」


 俺は呟いた。


 ルビー王国のシンプルな建築に慣れていた俺には、この派手さは(まぶ)しすぎる。

 まるで金を持っていることを誇示したい為がだけに建てたような宮殿だな。


 だが、宮殿よりも気になることがあった。



 ◆◆◆◆◆



 街の様子が、おかしい。


 城壁の内側には、宮殿だけでなく、街並みも広がっている。

 石畳の道、商店、住宅、広場。


 だが、活気がない。


 人は歩いている。

 商人は店を開いている。

 子供が遊んでいる。


 しかし、どこか様子がおかしい。


 表情が虚ろだ。

 動きが機械的だ。

 まるで、操られているかのように。


「……」


 俺は路地裏に身を隠し、街行く人々のステータスを確認した。


 管理者ツールを開く。

 近くを歩く男のステータスが、表示された。


『名前: ジェネリック・A』

『職業: 農民』

『HP: 100/100』

『状態異常: 魅了(永続)』


「……魅了?」


 俺は眉をひそめた。


 魅了。

 対象を自分に従わせる、精神系の状態異常だ。


 だが、永続とは?

 俺は別の通行人のステータスを確認した。


『名前: ジェネリック・B』

『職業: 商人』

『HP: 120/120』

『状態異常: 魅了(永続)』


 こいつも魅了。


 さらに別の人間を確認。

 魅了。

 魅了。

 魅了。


「……全員かよ」


 俺は舌打ちをする。


 街行く人々が、全員魅了状態。

 国民全員が、誰かに操られている。


 誰に?


 決まっている。

 大方、聖女クロージャだろう。


「……とんでもねぇな」


 国全体を魅了で支配するなど、普通の魔法使いにできることじゃない。


 真に聖女と崇められている存在であれば、この魅了地獄を何とかしていることだろうからな。

 どうやら聖女という肩書きは、伊達じゃないらしい。


 だが。


「この所業は、どう考えても聖女じゃねぇだろ……」


 その地位とは真逆にいることだろう。



 ◆◆◆◆◆



「……試してみるか」


 俺は近くにいた一人の男に近づいた。


 中年の農夫だ。

 虚ろな目で、どこかへ向かって歩いている。


 俺は管理者ツールで、彼のステータスを開いた。


『状態異常: 魅了(永続)』


 これを消す。


『状態異常: なし』


 エンター。


 瞬間――


 男の動きが止まった。


「……ん?」


 男が、きょろきょろと周囲を見回す。


 虚ろだった目に、光が戻っていく。


「俺は……なんでここにいる?」


 男が(つぶや)いた。


「今まで……何をしていたんだ……?」


 困惑した声。

 記憶が混乱しているらしい。


「落ち着け」


 俺は低い声で言った。


「……だ、誰だ!?」


 男が俺を見た。


「俺の事より、辺りを見回してみろ」


 俺は街並みを指さした。


「お前も、あいつらみたいに操られていたんだ」


「操られ……?」


 男が街行く人々を見る。


 虚ろな目で歩く人々。

 機械的な動きで働く商人。

 無表情で遊ぶ子供たち。


「な、なんだ、これは……!」


 男の顔が、恐怖に(ゆが)んだ。


「み、みんな、様子がおかしいぞ……!」


「騒ぐな。 こいつらをこんなにした奴らに見られているかもしれない」


 俺は男の肩を掴んで、言い聞かせる。

 男はやっと状況を理解したようで、ただ黙ってこくりと頷いた。


「まずは落ち着ける場所で話を聞く」


「あ、ああ……」



 ◆◆◆◆◆



 俺は男を、人目につかない路地裏に連れ込んだ。


「……記憶があるのは、どこまでだ?」


 俺は尋ねた。


「記憶……そうだな」


 男が考え込む。


「俺は……そうだ、この国に来たんだ。 商売のために」


「それは災難だったな」


 たまたま立ち寄ったのであれば、とんだ災難だ。


「それで……最初にモジーラ侯爵家に向かうように言われた」


「モジーラ侯爵家?」


「ああ。 この国に来る者は、まず侯爵家に挨拶に行くのが(なら)わしらしくてな」


 男が続ける。


「侯爵家では、聖女様に謁見(えっけん)できると言われた」


「聖女に?」


「ああ、『民達の悩み事を聞く』という名目で、聖女様との謁見が必ずあるんだ。 この国では有名らしい」


 俺は眉をひそめた。


「……それで、謁見したのか?」


「ああ。 聖女様は……とても美しい方だったよ」


 男の目が、一瞬恍惚(こうこつ)となる。


「そして聖女様が俺の手を取って、それから……」


 男が首を(かし)げる。


「……覚えてないな。 次に気がついたら、お前に声をかけられていた」


「……なるほど」


 俺は頷いた。


「おそらく、聖女がそこで何か細工をしていたようだな」


「細工……?」


「お前は、聖女に謁見した時に魅了をかけられたんだ」


「み、魅了だって……!?」


 男の顔が、みるみる青褪(あおざ)めていく。


「じ、じゃあ、今まで俺は……!」


「操り人形だったってことだ」


 俺は冷たく言った。


「……許せねぇ!」


 男が(こぶし)を握りしめた。


「聖女だと? ふざけるな! 俺たちを操って、何のつもりだ!」


「静かにしろ」


 俺は唇の前に人差し指を立て、男を(せい)した。


「……悪いが、お前には別の役目を頼みたい」


「別の役目……?」


 男が俺を見る。


「ああ。 お前には、証人になってもらう」


「証人?」


「この国で何が起きているか、外の世界に伝える証人だ」


 俺は管理者ツールを開いた。


 ジキル伯爵家の座標を入力する。


「俺は今から、お前をジキル伯爵家という場所に送る」


「ジキル伯爵家……? ルビー王国の?」


「知ってるのか」


「ああ、商売相手だからな……だが、なぜ?」


「ちょうどいい。 伯爵に、この国の状況を伝えてほしい」


 知り合いなら、あっちに送っても門前払いということはないだろう。


「国民全員が魅了で操られていること。 聖女が謁見の際に細工をしていること。 そして――」


 俺は結界のことを思い出した。


「あの結界は、外部から国を守るためじゃない」


「……は?」


「魅了にかけた人間を、逃げられなくするためだ」


 男の顔が、さらに蒼白(そうはく)になった。


「そ、そんな……」


「俺はこの状況を打破するべく動く必要がある。 頼めるか?」


「……」


 男は黙った。


 そして、深く頭を下げた。


「……わかった。 必ず、伯爵に伝える」


「よし」


 俺は男の座標を、ジキル伯爵家に書き換えた。


 エンター。


 男の体が、光に包まれる。


「待って、お前は――」


「俺は、この国を何とかする」


 俺は短く答えた。


「ラムダって女を知ってるか? 銀髪のエルフだ」


「ラムダ……? いや、知らないが……」


「そうか。 じゃあな」


 次の瞬間、男は消えた。



 ◆◆◆◆◆



 俺は再び、街並みを見渡した。


 相変わらず、虚ろな目の人々が行き交っている。


 この国を解放するには、どうすればいい?


 一人一人の魅了を解除していくのは、現実的じゃない。

 何万人もいるだろう国民を、一人ずつ治すなんて、何日かかるかわからない。


「……元を断つしかねぇか」


 聖女クロージャ。

 彼女を倒せば、魅了も解けるかもしれない。


 いや、解けなかったとしても、少なくともこれ以上被害者が増えることはない。


「……まずは、王城か」


 俺は宮殿を見上げた。


 あの馬鹿(ばか)でかい城。

 おそらく、この国の王や貴族たちが住んでいる。


 彼らも魅了されているだろう。

 だが、王族を解放すれば、国全体を動かす力になる。


「『象牙の塔』、『煙となんとかは高いところが好き』じゃねぇが……」


 俺は重い腰を起こすように、ゆっくりと狙いを視界に定めていく。


「偉い奴ってのは、大体ああいう高いところにいるもんだよな」


 俺は管理者ツールを開く。


 宮殿の屋根上の座標を計算する。

 まずは上から侵入して、少しずつ座標を下げていく。


 いきなり中に入ると、壁の中にいる状態になりかねないから。

 慎重に、慎重に。


「よし」


 俺は座標を書き換えた。

 エンター。



 ◆◆◆◆◆



 瞬間――俺は宮殿の屋根の上に立っていた。


 風が強い。

 眼下には、シープラ帝国の街並みが広がっている。


「……さすがに高いな」


 ここから座標を少しずつ下げて、宮殿の中に入る。


まずはZ座標を10下げる。

 エンター。


 景色が変わった。


 屋根裏部屋のような場所だ。

 (ほこり)っぽいが、人の気配はない。


 さらにZ座標を下げる。

 廊下に出た。


 豪華な絨毯(じゅうたん)(かべ)()けられた絵画(かいが)燭台(しょくだい)(あか)り。

 いかにも王宮らしい内装だ。


 人の気配を探る。


 ……いる。

 この先の部屋に、複数の人間がいる。

 俺は足音を殺して、廊下を進んだ。


 大きな(とびら)の前で立ち止まる。

 扉の隙間から、中を覗く。


 広い部屋だ。

 玉座の間だろうか。


 そして――


「……!」


 俺は息を呑んだ。


 部屋の中央に、二人の女が立っていた。


 一人は、銀髪のエルフ。

 見覚えのある姿だ。


 ラムダ。

 彼女は両手を縛られ、床に(ひざまず)かされていた。


 そしてもう一人。


 玉座の隣にまるで皇太子の女とばかりに佇む、金髪の女。

 豪華なドレスに身を包み、優雅(ゆうが)に微笑んでいる。


 その女のステータスを、俺は確認した。


『名前: クロージャ・モジーラ』

『職業: 聖女』

『称号: シープラ帝国の聖女、モジーラ侯爵家令嬢』


「……おいおい」


 俺は小さく呟く。

 俺は王家に会いに来たはずなんだが?


 こいつが、ラムダの異母妹。

 そして、この国を魅了で支配している張本人。


「お姉さま♪」


 クロージャの声が、部屋に響いた。


 甘く、優しげな声。

 だが、その裏には冷酷(れいこく)な響きが隠れている。


「ようやく、お会いできましたね……」


 ラムダは何も答えない。


 ただ(くちびる)()みしめて、クロージャを(にら)んでいる。


「逃げ出したお姉さまを、ずっと探していたんですよ」


 クロージャが歩みを進め、ラムダに近付く。


「でも、もう大丈夫。これからは、ずっと一緒ですから」


 そして彼女の手が、ラムダの(あご)を持ち上げる。


「……私の可愛いお姉さま♡」


 その笑顔は、美しくも(おそ)ろしかった。


 既に、シープラ帝国は悪女の手に落ちていたのである。

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