Case 010: cd ..
ある朝、宿屋の食堂に降りると、店主のヴォイドがカウンターで俺を待っていた。
いつもの強面だが、今日は少し困ったような表情をしている。
「どうした」
俺は短く尋ねた。
「お前を探している奴がいる」
ヴォイドが低い声で言った。
「レイルズ子爵家の使者が、金髪碧眼の冒険者を探しているそうだ」
……金髪碧眼。
俺のチェックサム姿のことか。
「何の話だ?」
「よせよせ、お前があの金髪冒険者なことくらいは分かってる」
「……」
「というかアドミン、お前冒険者と言っておきながら、アドミンの名前で登録してねぇだろ?」
どうやらお節介で俺に指名依頼をしようとしたところ、受付に「そんな名前の冒険者はいない」と突っぱねられてしまったそうだ。
元々雑に装った名前な自覚はあったが、そんなところからバレてしまうとはな。
「宿屋は信用で成り立つ仕事なんでな、別に誰にも話す気はないから安心しろ」
「そうか」
「特に連れ込み宿として使う輩も多いからな。 宿屋が口を開けば、大抵の利用者の弱みは掴めるもんだ」
……聞きたくはなかったが、確かにそういうホテルとしての役割も、この世界の宿屋には役目があるだろうな。
まぁ本当にめんどくさい相手にバレた時は、また名前も見た目も変えてしまえばいい。
今は愛着の湧きつつあるこの見た目をわざわざ変えるような、無粋なことはすまい。
「……要件は、聞いているか?」
「それは聞いていない。 だが、子爵家は信用できる相手だと思う」
ヴォイドは短く言った。
「お前がどう判断するかは、お前次第だが」
「……そうか」
俺は頷いた。
レイルズ子爵家。
レドマイン男爵家を取り潰して、この地を管轄下に置いた子爵家だ。
孤児院への食料輸送の依頼を出したり、民への給付を行ったり、やることがわかりやすい。
裏で何を考えているかわからない上司よりも、よっぽど信用できると俺は思う。
「……行ってみるか」
俺は呟いた。
面倒だが、放っておくわけにもいかない。
俺を探しているなら、何か重要な話があるのだろう。
◆◆◆◆◆
宿を出ると、俺は管理者ツールでアバターを切り替えた。
アドミンの黒髪姿から、チェックサムの金髪碧眼の姿へ。
そして、黒い外套を羽織る。
「……それにしても」
俺は周囲を見回した。
宿の周りには、いつものラムダの気配がない。
いつもなら、俺がどこにいようが何故か神の力が働いたかのようにあいつがどこからともなくやってくるというのに。
「……妙だな」
俺は呟いた。
いや待て。
どうして俺はあいつがやってくるのが当たり前だと……。
これじゃあ俺があいつのことを待ってるみたいじゃねぇか。
あんなトラブルが服を着て歩いてるような災害メーカー、俺は勘弁だ。
だがそんなフラグをいくら立てても、今日は一向に姿を見せてこない。
……嫌な予感がする。
これは、面倒なことに巻き込まれる予兆だ。
◆◆◆◆◆
レイルズ子爵家の屋敷に向かった。
門番に声をかけると、すぐに中へ通された。
「お待ちしておりました、チェックサム様」
執事らしき男が、深々と頭を下げた。
「子爵様がお待ちです。 こちらへ」
俺は案内されるまま、屋敷の中へ入った。
応接室に通されると、壮年の男が立ち上がった。
「ようこそ、貴殿がチェックサム殿ですか。 先日は助かった、ありがとう」
男が深々と頭を下げる。
レイルズ子爵だろう。
整った髭、落ち着いた服装。貴族らしい品格がある。
「忙しいところすまないな」
「……用件は?」
俺は低い声で尋ねた。
「実はな……入れ!」
子爵がそう言いかけた時、ノックをして執事が部屋に入ってきた。
「子爵様、ジキル伯爵家から催促の伝令が」
「……何?」
子爵は眉をひそめた。
「伯爵様が、チェックサム様に直接お会いしたいと」
「……」
子爵は少々困ったような表情になると、執事が事情を説明してくる。
「申し訳ありません、チェックサム殿。 実は、今回の件は私の懇意にしているジキル伯爵家の依頼でして……」
「たらい回しか」
「申し訳ございません」
流石に貴族に向こうから来いよなんて言ったら、俺の首が明日まで繋がっている保証がない。
「……まあ、仕方ない。 行こう」
「ありがとうございます」
子爵が深々と頭を下げた。
◆◆◆◆◆
ジキル伯爵家は、レイルズ子爵領からさらに北に二日ほど馬車で行った場所にあった。
異世界の情報伝達手段のなさには、本当に呆れる。
普通なら電話一本で済む話を、わざわざ使者を立てて、たらい回しにして。
効率が悪すぎる。
だが、まあ、仕方ないか。
この世界にはメールも電話もないんだから。
「……」
俺は馬車の中で、外の景色を眺めていた。
レイルズ子爵が用意してくれた馬車だ。
なかなか豪華で、乗り心地も悪くない。
だが、俺の頭の中には、一つの疑問が浮かんでいた。
結局、ラムダは、どこに行ったんだ?
いつもなら、こういう時に限って現れるのに。
◆◆◆◆◆
二日後、ジキル伯爵家の屋敷に到着した。
門をくぐると、広大な庭が広がっている。
レイルズ子爵家よりもはるかに大きく、豪華な屋敷だ。
「お待ちしておりました」
執事が俺を出迎えた。
「伯爵様がお待ちです。 こちらへ」
応接室に通されると、中年の男が立っていた。
ジキル伯爵だろう。
鋭い目つき、引き締まった顔。子爵よりも威圧感がある。
ジキル……なんかWebサイトを生成しそうな名前してんな。
「チェックサム殿、よくぞ来てくださった!」
伯爵が深々と頭を下げた。
「早速で申し訳ないが……助けていただきたい」
「……何があった?」
俺は尋ねた。
「私の娘が、攫われたのです」
伯爵の声が、震えていた。
「娘……?」
「はい。 銀髪で、名をフェッチと申します」
フェッチて。
弟がいたらマージって名前を付けそうだな、この伯爵。
いや、それより。
銀髪……?
俺は眉をひそめた。
「攫ったのは誰だ」
「……わかりません。 ですが、手がかりはあります」
伯爵は一枚の地図を取り出した。
俺はその地図を受け取った。
「……シープラ帝国」
俺は呟いた。
ラムダの故郷だ。
そして、彼女を追放した国。
「実は……」
伯爵が続けた。
「数日前、同じように子爵を助けた有能な銀髪のエルフの女性冒険者に同じ依頼をしたのですが、この手紙を見るなり飛び出していったのです」
「……銀髪のエルフ?」
「はい、名をラムダと申します。 ご存じですよね?」
……やっぱりか。
銀髪と聞いて、真っ先にあいつの顔が思い浮かんだからな。
道理であいつが最近、偶然と思しき追突事故を起こして来ないわけだ。
俺は頭を抱えたくなった。
「彼女は、娘と旧知の仲でして……幼い頃、社交界でフェッチが世話になっていたそうです」
「……」
「そして、ラムダ嬢はこう言っていました。 『私が狙われているのです。同じ銀髪だから、フェッチ様が身代わりに……!』と」
俺は舌打ちした。
ラムダが狙われている。
だから、同じ銀髪の女が攫われた。
そしてラムダは、自分のせいだと気づいて――
「まさかあいつ、単身で乗り込んだのか……?」
「ええ、恐らくは」
伯爵が頷いた。
無謀が過ぎる。
「彼女は『本来私が逃げなければ良かったのです。 ですから、身代わりとして私が行きます』と言って、シープラ帝国へ向かったようです」
「……阿呆か」
無策で突撃するなんて、とんだ自殺行為だ。
相手は誘拐犯だぞ。
殺そうとしてくる相手に、一人で向かっていくなんて。
お前が行ったとて、その誘拐犯やらが伯爵の娘を無事に返す保証なんてどこにもない。
「チェックサム殿……どうか、力を貸していただけませんか」
伯爵が深々と頭を下げた。
「……」
正直、面倒だ。
他国の侯爵家が相手なんて、関わりたくない。
だが――
「……チッ」
俺は舌打ちした。
ラムダは、この世界に来て初めて深く知ってしまった人間だ。
いつも俺を追いかけてきて、面倒な女だと思っていた。
だが、知人が死ぬのをただ見ているのは……癪だな。
「……わかった」
俺は低い声で頷いた。
「連れ帰ってやる」
「ありがとうございます!」
伯爵が顔を上げた。
「だが――」
俺は気になることがあった。
「誘拐犯は、他国の侯爵家。 しかも、ラムダの実家だろ?」
「……はい」
伯爵が頷いた。
「シープラ帝国のモジーラ侯爵家……ラムダ殿の生家です。 実はラムダ殿には、異母妹がおりまして……名をクロージャ嬢と申します」
「クロージャ……?」
俺は眉をひそめた。
Closure……。
「閉じ込める」、まさにヤンデレ妹にぴったりな名前だな、由仁よ。
「彼女は現在、シープラ帝国で聖女として崇め奉られております」
「……聖女だと?」
「はい。 確かな地位を持ち、シープラ帝国国内でも幅を利かせている存在です」
伯爵が続ける。
「恐らく、クロージャ様が……ラムダ殿を抹殺しようと」
「……」
俺は黙った。
なるほど、そういうことか。
ラムダを追放したのも、今回の誘拐も、全てこのクロージャという異母妹の仕業か。
「だが、俺が聞きたいのはそこじゃない」
俺は伯爵を見た。
「最悪、ラムダとその令嬢を連れ帰っても、泣き寝入りになることはないのか?」
「……と、言いますと?」
「相手は他国の侯爵家で、しかも聖女だ」
俺は続けた。
「こっちが誘拐を訴えても、向こうが『知らない』『証拠がない』で押し通したら、どうにもならないんじゃないのか?」
「……」
伯爵が黙った。
「それとも、お前には何か策があるのか?」
「……そんなことは」
伯爵が強い声で言った。
「私が絶対に証拠がないとは言わせません」
「……へぇ」
俺は鼻で笑った。
「それなら今すぐルビーの王家にでも頼んで、この誘拐を国際問題にまで発展させてみせろ」
「……!」
伯爵の顔が、強張った。
「シープラ帝国に、正式に抗議しろ。 王家を通じて、な」
俺は続けた。
「そうすれば、向こうも無視できなくなる。 少なくとも、泣き寝入りにはならないだろう」
「ですが……それは」
「できないのか?」
俺は冷たく言った。
「それとも、『絶対にさせない』っていうのは、口だけか?」
「……」
伯爵が歯を食いしばった。
「……わかりました」
伯爵が頷いた。
「今すぐ王家に伝令を送ります。 正式な抗議として」
「よし」
俺は頷いた。
「それなら話は早い」
「ありがとうございます、チェックサム殿……」
伯爵が頭を下げたのを見て、俺は先程受け取った地図を握りしめて歩き出す。
シープラ帝国。
ルビー王国の北東に位置する、巨大な帝国。
モジーラ侯爵家の位置も、記されている。
俺は地図を畳んで懐にしまった。
「行ってくる」
「どうか、ご無事で……」
伯爵の声が、背中に響いた。




